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本編
第96話
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次から次へと出てくる言葉に、とうとう誰も何も言えなくなってしまった。
サンは、圧倒され立ち竦んでいるセナに歩み寄ると、彼の前髪を指先で払う。
「隈がすごいね君。メイクに甘えて不健康な生活をしない方がいい。食事と睡眠が健康な肌をつくるんだからさ。とにかく内側から輝くような肌艶が大事なんだよ、わかるか?土台を整えてやれば化粧ノリも変わってくるし、もっと美しくなる」
そう言っていきなり、大きな手でセナの頬を挟み込んだ。
「僕のメイクはダメージとか欠点を隠したり補正するためだけのものじゃない。もともと美しいものをより美しくするためにあるんだから、最低限の努力をしてもらわないと困るよ」
とんでもない奴が来た。同期であるユミグサを除いた誰もが(彼女は彼の言動に慣れているのである)そう思った。
「――黙ってりゃさっきから勝手なことをベラベラと……」
ようやく声を絞り出したアコが怒りもあらわに睨み上げる。
「なに?僕の言ったこと間違ってる?」
へらへら笑っているが、彼女に向けられたその眼差しは挑戦的だ。
「なあ、そろそろ認めなって。ウル・ラドがまだ原石どまりだってことをさ」
セナを解放した彼は、目を瞠っているアコの周りをゆっくりと歩く。
「素材の無駄遣いはもうやめようよ。ウル・ラドを頂点に押し上げたいなら、僕たちはイメージ戦略をもう一度ちゃんと考える必要があると思うね。海外じゃ、トレンドの最先端として注目されるのは俳優とかモデルじゃなくてアイドルだったりもするんだぜ。若者のファッションアイコンになることで知名度があがれば、その宣伝力を買われていろんな仕事が入ってくるよ。ラグジュアリーブランドのモデルとして起用されたりもするしさ。アイドルを取り巻く環境は昔とは違う……どういう形で売り出すかは自由だし、ウル・ラドにできないことはない」
「カネさえあればね」
アコはそう吐き捨て、まっすぐにサンを睨んだまま言葉を継いだ。
「――ムナカタさん。衣装の予算、どれくらい出せる?」
「君が必要とするだけ捻出するつもりだが……会社が傾かない程度にしてくれよ」
そう言って乾いた笑い声をあげたが、追従笑いする者はおらず全員真顔だ。
「ウル・ラドにつくスタッフは私が決めていいって言ったよね?」
アコは鋭くムナカタを見上げた。
「ああ、もちろんだ」
「フリーでやってる知り合いを何人か集めたから、そこからチームを編成しようと思ってたけど……やっぱやめるわ」
そう言うと、再びサンを見る。
「ウル・ラドのヘアメイク担当はあんたに決めた」
「まあ、そうなるよね」
当然といった顔で頷く。
「スタイリストは私と、もうひとり。――ユミグサさん。あなたにお願いしたい」
ユミグサは丸い目を見開いて自分を指差し、
「えっ……ええ?!私ですかあ?!」
「あなたはこいつとペア組んでたんだよね。なら腕は確かでしょ」
「でっ、……でも私……いきなりそんな大きなお仕事、できる自信ありません……」
俯いて視線をさ迷わせている彼女に歩み寄り、
「私の力になってほしいんだ。頼むよ」
上体をかがめて覗き込む――ユミグサは148センチ、アコは178センチだ。
ユミグサが伏せていた瞳をあげると、視線がぶつかる。思いのほか距離が近く、彼女は大いに慌てながらも、目の前の顔をまじまじと見つめる。
いつもはなにかのはずみで衣装を汚すようなことがないようにすっぴんだが、今日のアコはメイクをばっちりきめていた。
マスカラをのせたまつげが二重の大きな双眸を美しく縁取り、目尻が跳ねあがったくっきりと濃いアイラインが彼女の強気なまなざしを際立たせている。極めつけは鮮血のようなリップだ。ブリーチした髪と白い肌に、このリップカラーはとてもよく似合う。
彼女はひとつひとつのパーツが大きく華やかなので、メイクが映えるのだ。力強い美で頬を殴られたような気持ちになり言葉をなくしているユミグサは、見れば見るほど美しいその姿にすっかり心を奪われている。この距離で毛穴のひとつも見えないことも驚きだ。
「なーに恥ずかしがってんの。さっさとOKしなよ」
横で見ていたサンが彼女を肘で小突く。
「なっ……!恥ずかしがってなんか……」
「引き受けてくれるよね?」
アコとサンを交互に見ると……彼女はついに観念したように頷いた。
「ありがと」アコは優しく笑って、「よろしくね。ユミグサさん」
「なんか僕に対するのとずいぶん態度が違くない?」
「不躾なヤツに払う礼儀は持ってなくて。心が貧しくてごめんなさいね」
憎々し気に言い放ち、彼女はタビトに振り返った。
「俄然やる気が湧いてきた。――史上最強のチームをつくってやる」
サンは、圧倒され立ち竦んでいるセナに歩み寄ると、彼の前髪を指先で払う。
「隈がすごいね君。メイクに甘えて不健康な生活をしない方がいい。食事と睡眠が健康な肌をつくるんだからさ。とにかく内側から輝くような肌艶が大事なんだよ、わかるか?土台を整えてやれば化粧ノリも変わってくるし、もっと美しくなる」
そう言っていきなり、大きな手でセナの頬を挟み込んだ。
「僕のメイクはダメージとか欠点を隠したり補正するためだけのものじゃない。もともと美しいものをより美しくするためにあるんだから、最低限の努力をしてもらわないと困るよ」
とんでもない奴が来た。同期であるユミグサを除いた誰もが(彼女は彼の言動に慣れているのである)そう思った。
「――黙ってりゃさっきから勝手なことをベラベラと……」
ようやく声を絞り出したアコが怒りもあらわに睨み上げる。
「なに?僕の言ったこと間違ってる?」
へらへら笑っているが、彼女に向けられたその眼差しは挑戦的だ。
「なあ、そろそろ認めなって。ウル・ラドがまだ原石どまりだってことをさ」
セナを解放した彼は、目を瞠っているアコの周りをゆっくりと歩く。
「素材の無駄遣いはもうやめようよ。ウル・ラドを頂点に押し上げたいなら、僕たちはイメージ戦略をもう一度ちゃんと考える必要があると思うね。海外じゃ、トレンドの最先端として注目されるのは俳優とかモデルじゃなくてアイドルだったりもするんだぜ。若者のファッションアイコンになることで知名度があがれば、その宣伝力を買われていろんな仕事が入ってくるよ。ラグジュアリーブランドのモデルとして起用されたりもするしさ。アイドルを取り巻く環境は昔とは違う……どういう形で売り出すかは自由だし、ウル・ラドにできないことはない」
「カネさえあればね」
アコはそう吐き捨て、まっすぐにサンを睨んだまま言葉を継いだ。
「――ムナカタさん。衣装の予算、どれくらい出せる?」
「君が必要とするだけ捻出するつもりだが……会社が傾かない程度にしてくれよ」
そう言って乾いた笑い声をあげたが、追従笑いする者はおらず全員真顔だ。
「ウル・ラドにつくスタッフは私が決めていいって言ったよね?」
アコは鋭くムナカタを見上げた。
「ああ、もちろんだ」
「フリーでやってる知り合いを何人か集めたから、そこからチームを編成しようと思ってたけど……やっぱやめるわ」
そう言うと、再びサンを見る。
「ウル・ラドのヘアメイク担当はあんたに決めた」
「まあ、そうなるよね」
当然といった顔で頷く。
「スタイリストは私と、もうひとり。――ユミグサさん。あなたにお願いしたい」
ユミグサは丸い目を見開いて自分を指差し、
「えっ……ええ?!私ですかあ?!」
「あなたはこいつとペア組んでたんだよね。なら腕は確かでしょ」
「でっ、……でも私……いきなりそんな大きなお仕事、できる自信ありません……」
俯いて視線をさ迷わせている彼女に歩み寄り、
「私の力になってほしいんだ。頼むよ」
上体をかがめて覗き込む――ユミグサは148センチ、アコは178センチだ。
ユミグサが伏せていた瞳をあげると、視線がぶつかる。思いのほか距離が近く、彼女は大いに慌てながらも、目の前の顔をまじまじと見つめる。
いつもはなにかのはずみで衣装を汚すようなことがないようにすっぴんだが、今日のアコはメイクをばっちりきめていた。
マスカラをのせたまつげが二重の大きな双眸を美しく縁取り、目尻が跳ねあがったくっきりと濃いアイラインが彼女の強気なまなざしを際立たせている。極めつけは鮮血のようなリップだ。ブリーチした髪と白い肌に、このリップカラーはとてもよく似合う。
彼女はひとつひとつのパーツが大きく華やかなので、メイクが映えるのだ。力強い美で頬を殴られたような気持ちになり言葉をなくしているユミグサは、見れば見るほど美しいその姿にすっかり心を奪われている。この距離で毛穴のひとつも見えないことも驚きだ。
「なーに恥ずかしがってんの。さっさとOKしなよ」
横で見ていたサンが彼女を肘で小突く。
「なっ……!恥ずかしがってなんか……」
「引き受けてくれるよね?」
アコとサンを交互に見ると……彼女はついに観念したように頷いた。
「ありがと」アコは優しく笑って、「よろしくね。ユミグサさん」
「なんか僕に対するのとずいぶん態度が違くない?」
「不躾なヤツに払う礼儀は持ってなくて。心が貧しくてごめんなさいね」
憎々し気に言い放ち、彼女はタビトに振り返った。
「俄然やる気が湧いてきた。――史上最強のチームをつくってやる」
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