よあけ

紙仲てとら

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本編

第92話

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 相手の言葉に相槌を打っているムナカタから離れて、サンはきょろきょろと辺りを見回しながら近くの椅子に腰かけた。足のあいだにバックパックを置いて大きく息を吐くと、
「無機質すぎる。もっと植物かなんかがあるといいのに」
 そう誰にともなく口にした。
「君たちの会社なんだから好きにしたら?」
 言ったアキラが目の前の椅子に座る。サンは肘掛に頬杖をつき、上目遣いで彼を見つめた。
「アンタも僕と同じで、外国の血が入ってるんだよね。確か……クォーターだっけ」彼はバックパックからタブレット端末を取り出し、すいすいと画面を操作しながら、「――リーダーのアキラ。ずいぶん写真と違うな。いい意味で」
 どうとも答えず、アキラは薄く笑みを浮かべている。
「祖父がデンマーク人で、元整形外科医。日本人の祖母は元看護師、母親は新宿にある菫谷マタニティクリニックの医院長。父親はそこの婦人科医。親戚も精神科医だの内科医だの、医療系が多いんだって?典型的な医師家系なのに、君だけ異質ってわけか」
「よくそこまで正確な情報を集めたね。でたらめのパーソナルデータも出回ってるのに」
「ヤヒロは結構複雑な家庭環境で育ったらしいじゃん?父親は5年前に自殺、母親は蒸発して行方知れず。双子の弟は16歳で……兄貴でありながら親代わりになって面倒みてるんでしょ?親父の借金を肩代わりしたり、まだ売れてない頃は日々の生活のためにアルバイトを掛け持ちしたり……ずいぶん苦労してきたんだってね。スターになっても生活は質素で、大学に進学する弟たちのためにせっせと学費を貯めてる。健気だねえ」
 サンはどうやら、ウル・ラドのメンバーのことをずいぶん詳しく調べてきたらしい。その得意げな態度はなんでも知っているぞと言わんばかりだ。
 鋭い視線を放ってくるヤヒロに不敵な笑みを返した彼は、オフィスの奥を見て回っているタビトの方に目をやった。
「タビトは兄と、年の離れた弟がいる。小さいころに入団した児童演劇団でずいぶん活躍したんだってな。歴代彼女はひとり。高校生のときだっけ?ウブすぎてフラれたらしいじゃん。かわいいよね。でもこの噂が変に歪曲してファンのあいだに伝わっちゃって、陰で潔癖症かゲイなんじゃないかって言われてるんでしょ」
 からからと笑いながら、彼は続ける。
「セナはアイドルに憧れてこの世界に入った……伝説のアイドル『MAJESTIC』の熱狂的なファンだったのは有名な話。昔はぽっちゃりしてて冴えないファンボーイだったけど、アイドルになるためにダイエットして今の容姿を手に入れた。いやー、変わるもんだよね。昔の写真、マシュマロみたいだったもん」
「マシュマロって……」
 蒼白の顔で怒りの感情を堪えているセナを面白そうに見て、次はユウに目を転ずる。
「ユウはティーンモデルとしての経験が長いらしいね。――芸能界に未練があって、起死回生のためにモデルになったって聞いたけどほんと?」
 ユウの顔色が変わったのを見て、彼はさも愉快そうに榛色の目を細める。
「『10歳のシンガーソングライター』として有名だった時期があるんだっけ。天使の歌声とか言われてあんなに持て囃されてたのに、声変わりしてからは誰からも相手にされなくなっちゃった……みんな残酷だよねえ、ほんと」
「シンガーソングライター?」
 アキラがつぶやいたときだった。サンに大股で近づいたユウが鬼のような形相で首元に掴みかかる。そうして彼は、怒りに震える声で低く恫喝した。
「――黙れ。それ以上言ったら、……」
「言ったらなに?」
「殺す」
「ははっ。若いね~!」
「あんたも同じようなもんだろ」
「アンタまだ19じゃん。僕26だもん」
 襟をきつく絞り上げられても、サンは余裕の表情だ。口角に笑みを湛えたまま人を小馬鹿にするように片眉を上げて、
「モデルもアイドルも、本気じゃないんだろ?テキトーにやっててカネがもらえるんだもん、笑いが止まらないんじゃない?そうやって舐めた態度でいるせいだよ――ファンよりもアンチの方が多いのって」
「黙れ……」
「――マンションでの事件、女絡みだってファンのあいだで噂されてるよ。トラブルメーカーくん」
 ユウの顔が更なる怒りに染まり、固く握りしめた拳が振り翳される。
「おい!何やってる」
 通話を終え戻ってきたムナカタが、ユウを背後から羽交い絞めにし取り押さえた。
 襟を捩じり上げていた力から解放されたサンは床に尻もちをつく。ユウは相当頭に血が上っているのか食いしばった歯の隙間から獣のように荒い息を吐いている。
「落ち着け……な?」
 なだめすかす声に、拒絶の意志で顔を背けた。その表情は苦痛に歪み、今にも泣き出しそうになっている。彼はそれを隠すように深く俯くと、ムナカタの腕を乱暴に振り解いてオフィスを出て行ってしまった。
「ユウ!」
 そのあとをアキラが追いかける。
 同じく後を追おうとしたセナの腕を掴んで止めたヤヒロは、首を左右に振る。
「ほっとけ」
 苦虫を噛み潰したような顔で言うと、先ほどまでアキラが座っていた椅子にどかりと腰を下ろした。
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