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本編
第40話
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司会者の声と共にステージとの間を仕切っていたカーテンが開かれ、いよいよ舞台の幕が上がる。
割れるような大歓声のなか、タビトはステージ中央に向かって歩きながら、ミツキがいるのではないかと警戒して客席の隅から隅まで視線を流した。アキラの言う通り今も彼女のターゲットが自分であるなら、ユウが病床に伏していようがなんだろうが気に掛けもしないだろう。平然と姿を現す可能性は十分ある。
これまでを考えると、いるとすれば最前列かその周辺だが――見知った顔はいくつかあるものの、ミツキの姿は見当たらない。タビトは密かに胸を撫で下ろした。それは他のメンバーも同じくである。
進行内容が書いてあるカードを手にした司会者が彼らを出迎え、よく通る声をマイクに乗せる。
「本日は、新商品『MODE:W』のCMタイアップ曲『Live a Little』を歌われているウル・ラドさんにお越しいただきました!」
熱烈な歓声と拍手が湧き起こる。ステージが近く、日中ということもありステージからは観客の顔がよく見える。ファンは男女ともに10代から20代の若者が圧倒的に多いが、家族ぐるみで参加している小中学生、母親世代の女性の集団もいる。
熱狂的に迎えてくれる彼ら彼女らに、タビトはにこやかに手を振る。顔が向いているエリアの歓声が大きくなるため、右に左に首を回らせ満遍なく。
基本的に特定の誰かを見ながらというのではなく手を振っているのだが、SNSに「目が合った」とか「私に手を振ってくれた」と書き込むファンは多い。それを見かけるたび、タビトはなんだか申し訳ない気持ちになるのだった。
「観客のみなさんの熱気がすごくて驚きました!女性が多いように見受けられますが、男性もけっこういらっしゃいますね」
「アキラー!」
野太い雄たけびが響く。アキラは声の方に手を振ると、指でハートをつくってみせる。関係のないエリアからも悲鳴のような声が上がっている。
「さて、2月7日からお店に並びますアスピラシオンの新商品『MODE:W』。こちらは女性でも男性でもお使いいただけるヘアワックスとなっております。普段スタイリング剤を使っているよって方、どれくらいいらっしゃいますかね?――ああ、多くいらっしゃいますねえ」
会場を広く見渡しながら頷き、
「弊社が行ったウェブアンケートによりますと、自分の思い通りにヘアセットするにはスタイリング剤が欠かせないと答えた方は8割以上!スタイリング剤があると髪型のバリエーションが増えますよね!」
司会者は客席からメンバーへと視線を移す。
「ヘアワックスやヘアスプレーはウル・ラドの皆さんにも馴染みのあるアイテムだと思いますが、いかがですか?」
まず最初に口元にマイクを持っていったのはヤヒロだ。
「そうですね。ヘアワックスは普段から愛用してて……髪の長さとか髪型によって使い分けてるんで、何種類も持ってます」
「ヤヒロさんはメンバーのなかでもよく髪型や髪色を変えますよね」
「赤にしたり青にしたりね」
苦笑するヤヒロ。司会者もうんうんと相槌を打って笑う。
「よく金髪にもしていますよね。『MODE:W』はダメージを補修する成分も配合しているので、ヤヒロさんのように髪色を頻繁に変える方にとってもおすすめなんです。使えば使うほど髪が美しくなることを実感していただけると思います!」
この女性はプロ司会者ではなくアスピラシオンの広報担当らしいが、場数をこなしていると見え、弁舌さわやかだ。薄い内容でトークを繋ぎつつ、そこに商品の宣伝を挟んでくる。
抜けるような青空の下、軽妙なトークは淀みなく続いた。
「ライブやサイン会でファンに会ったとき、思わずグッとくる髪型ってあります?」
悩んでいる様子のメンバーをにこにこしながら眺め、司会者はタビトに話を振る。
「タビトさん、いかがですか?」
「普段髪をしばってる子が髪を下ろしているのを見ると、グッとくる……かな?」
最後は疑問形で小首を傾げる。
「ああ、なるほど!タビトさんはギャップに弱いと。では、アキラさんはどうですか?」
「グッとくる……うーん。似合ってるなあと思ったときが“グッときた”ってことになるのかな」
「自分に似合う髪型を知るってことは大事ですよねえ」笑顔を絶やさずに言うとセナの方に視線を投げ、「セナさんはロングヘアの子が好みだそうですね?髪がきれいな子は清潔感があって素敵だと……」
「えっ!なんで僕だけそこまでリサーチ済みなんですか?!」
彼の大袈裟な反応に会場がどっと湧く。
「ヤヒロさんもロング派だという情報もありますね」司会者は手の中の白いカードを見ながら続ける。「ロングヘアをアップにしたときに見えるうなじにドキッとしちゃうこともあるんじゃないですか?」
ヤヒロがわずかに口をへの字に曲げる。それを横目に見たセナが「そうですねえ~」と半笑いで相槌を打ったとき、目の前のスタッフがカンペを出した。それを見た司会者が残念そうに呻く。
「ああ!そろそろトーク終了のお時間になってしまいました!ライブに行く日はぜひこの『MODE:W』を使って、ウル・ラドの皆さんがドキドキしちゃうような姿に変身しちゃってくださいね!」
元気に叫ぶと、ステージ袖近くにまで下がっていく。
約30分のトークセッションだったが、どっと疲れた。それを隠してイヤモニを耳に押し込んだメンバーはそれぞれの立ち位置を確認し、互いに目配せし合った。
こうして改めて立ってみると、観客からの圧があるためか余計に狭く感じられる。リハーサルのときに少し踊ったが、縦の動きのとき背後に余裕がないためかなり客席に近づくことになりそうだ。
黒い覆面を被ったロキが袖から走り出てきて、ユウのポジションに立つ。衣装はメンバーと同じく白のカジュアルスーツだ。
「狭いですね」
ロキはすぐ前にいるタビトに小声で言う。声を拾った彼は肩越しに振り向いて、
「ラスサビのとき、後ろのパネルにぶつからないように気を付けて。なるべく前で踊るようにするけど」
「くれぐれも気を付けてください。客席に落ちたらシャレになりませんよ」
タビトは頷く。
「それではお待たせしました!ウル・ラドさんのスペシャルステージです!どうぞ!」
割れるような大歓声のなか、タビトはステージ中央に向かって歩きながら、ミツキがいるのではないかと警戒して客席の隅から隅まで視線を流した。アキラの言う通り今も彼女のターゲットが自分であるなら、ユウが病床に伏していようがなんだろうが気に掛けもしないだろう。平然と姿を現す可能性は十分ある。
これまでを考えると、いるとすれば最前列かその周辺だが――見知った顔はいくつかあるものの、ミツキの姿は見当たらない。タビトは密かに胸を撫で下ろした。それは他のメンバーも同じくである。
進行内容が書いてあるカードを手にした司会者が彼らを出迎え、よく通る声をマイクに乗せる。
「本日は、新商品『MODE:W』のCMタイアップ曲『Live a Little』を歌われているウル・ラドさんにお越しいただきました!」
熱烈な歓声と拍手が湧き起こる。ステージが近く、日中ということもありステージからは観客の顔がよく見える。ファンは男女ともに10代から20代の若者が圧倒的に多いが、家族ぐるみで参加している小中学生、母親世代の女性の集団もいる。
熱狂的に迎えてくれる彼ら彼女らに、タビトはにこやかに手を振る。顔が向いているエリアの歓声が大きくなるため、右に左に首を回らせ満遍なく。
基本的に特定の誰かを見ながらというのではなく手を振っているのだが、SNSに「目が合った」とか「私に手を振ってくれた」と書き込むファンは多い。それを見かけるたび、タビトはなんだか申し訳ない気持ちになるのだった。
「観客のみなさんの熱気がすごくて驚きました!女性が多いように見受けられますが、男性もけっこういらっしゃいますね」
「アキラー!」
野太い雄たけびが響く。アキラは声の方に手を振ると、指でハートをつくってみせる。関係のないエリアからも悲鳴のような声が上がっている。
「さて、2月7日からお店に並びますアスピラシオンの新商品『MODE:W』。こちらは女性でも男性でもお使いいただけるヘアワックスとなっております。普段スタイリング剤を使っているよって方、どれくらいいらっしゃいますかね?――ああ、多くいらっしゃいますねえ」
会場を広く見渡しながら頷き、
「弊社が行ったウェブアンケートによりますと、自分の思い通りにヘアセットするにはスタイリング剤が欠かせないと答えた方は8割以上!スタイリング剤があると髪型のバリエーションが増えますよね!」
司会者は客席からメンバーへと視線を移す。
「ヘアワックスやヘアスプレーはウル・ラドの皆さんにも馴染みのあるアイテムだと思いますが、いかがですか?」
まず最初に口元にマイクを持っていったのはヤヒロだ。
「そうですね。ヘアワックスは普段から愛用してて……髪の長さとか髪型によって使い分けてるんで、何種類も持ってます」
「ヤヒロさんはメンバーのなかでもよく髪型や髪色を変えますよね」
「赤にしたり青にしたりね」
苦笑するヤヒロ。司会者もうんうんと相槌を打って笑う。
「よく金髪にもしていますよね。『MODE:W』はダメージを補修する成分も配合しているので、ヤヒロさんのように髪色を頻繁に変える方にとってもおすすめなんです。使えば使うほど髪が美しくなることを実感していただけると思います!」
この女性はプロ司会者ではなくアスピラシオンの広報担当らしいが、場数をこなしていると見え、弁舌さわやかだ。薄い内容でトークを繋ぎつつ、そこに商品の宣伝を挟んでくる。
抜けるような青空の下、軽妙なトークは淀みなく続いた。
「ライブやサイン会でファンに会ったとき、思わずグッとくる髪型ってあります?」
悩んでいる様子のメンバーをにこにこしながら眺め、司会者はタビトに話を振る。
「タビトさん、いかがですか?」
「普段髪をしばってる子が髪を下ろしているのを見ると、グッとくる……かな?」
最後は疑問形で小首を傾げる。
「ああ、なるほど!タビトさんはギャップに弱いと。では、アキラさんはどうですか?」
「グッとくる……うーん。似合ってるなあと思ったときが“グッときた”ってことになるのかな」
「自分に似合う髪型を知るってことは大事ですよねえ」笑顔を絶やさずに言うとセナの方に視線を投げ、「セナさんはロングヘアの子が好みだそうですね?髪がきれいな子は清潔感があって素敵だと……」
「えっ!なんで僕だけそこまでリサーチ済みなんですか?!」
彼の大袈裟な反応に会場がどっと湧く。
「ヤヒロさんもロング派だという情報もありますね」司会者は手の中の白いカードを見ながら続ける。「ロングヘアをアップにしたときに見えるうなじにドキッとしちゃうこともあるんじゃないですか?」
ヤヒロがわずかに口をへの字に曲げる。それを横目に見たセナが「そうですねえ~」と半笑いで相槌を打ったとき、目の前のスタッフがカンペを出した。それを見た司会者が残念そうに呻く。
「ああ!そろそろトーク終了のお時間になってしまいました!ライブに行く日はぜひこの『MODE:W』を使って、ウル・ラドの皆さんがドキドキしちゃうような姿に変身しちゃってくださいね!」
元気に叫ぶと、ステージ袖近くにまで下がっていく。
約30分のトークセッションだったが、どっと疲れた。それを隠してイヤモニを耳に押し込んだメンバーはそれぞれの立ち位置を確認し、互いに目配せし合った。
こうして改めて立ってみると、観客からの圧があるためか余計に狭く感じられる。リハーサルのときに少し踊ったが、縦の動きのとき背後に余裕がないためかなり客席に近づくことになりそうだ。
黒い覆面を被ったロキが袖から走り出てきて、ユウのポジションに立つ。衣装はメンバーと同じく白のカジュアルスーツだ。
「狭いですね」
ロキはすぐ前にいるタビトに小声で言う。声を拾った彼は肩越しに振り向いて、
「ラスサビのとき、後ろのパネルにぶつからないように気を付けて。なるべく前で踊るようにするけど」
「くれぐれも気を付けてください。客席に落ちたらシャレになりませんよ」
タビトは頷く。
「それではお待たせしました!ウル・ラドさんのスペシャルステージです!どうぞ!」
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