よあけ

紙仲てとら

文字の大きさ
上 下
42 / 254
本編

第40話

しおりを挟む
 司会者の声と共にステージとの間を仕切っていたカーテンが開かれ、いよいよ舞台の幕が上がる。
 割れるような大歓声のなか、タビトはステージ中央に向かって歩きながら、ミツキがいるのではないかと警戒して客席の隅から隅まで視線を流した。アキラの言う通り今も彼女のターゲットが自分であるなら、ユウが病床に伏していようがなんだろうが気に掛けもしないだろう。平然と姿を現す可能性は十分ある。
 これまでを考えると、いるとすれば最前列かその周辺だが――見知った顔はいくつかあるものの、ミツキの姿は見当たらない。タビトは密かに胸を撫で下ろした。それは他のメンバーも同じくである。
 進行内容が書いてあるカードを手にした司会者が彼らを出迎え、よく通る声をマイクに乗せる。
「本日は、新商品『MODE:W』のCMタイアップ曲『Live a Little』を歌われているウル・ラドさんにお越しいただきました!」
 熱烈な歓声と拍手が湧き起こる。ステージが近く、日中ということもありステージからは観客の顔がよく見える。ファンは男女ともに10代から20代の若者が圧倒的に多いが、家族ぐるみで参加している小中学生、母親世代の女性の集団もいる。
 熱狂的に迎えてくれる彼ら彼女らに、タビトはにこやかに手を振る。顔が向いているエリアの歓声が大きくなるため、右に左に首を回らせ満遍なく。
 基本的に特定の誰かを見ながらというのではなく手を振っているのだが、SNSに「目が合った」とか「私に手を振ってくれた」と書き込むファンは多い。それを見かけるたび、タビトはなんだか申し訳ない気持ちになるのだった。
「観客のみなさんの熱気がすごくて驚きました!女性が多いように見受けられますが、男性もけっこういらっしゃいますね」
「アキラー!」
 野太い雄たけびが響く。アキラは声の方に手を振ると、指でハートをつくってみせる。関係のないエリアからも悲鳴のような声が上がっている。
「さて、2月7日からお店に並びますアスピラシオンの新商品『MODE:W』。こちらは女性でも男性でもお使いいただけるヘアワックスとなっております。普段スタイリング剤を使っているよって方、どれくらいいらっしゃいますかね?――ああ、多くいらっしゃいますねえ」
 会場を広く見渡しながら頷き、
「弊社が行ったウェブアンケートによりますと、自分の思い通りにヘアセットするにはスタイリング剤が欠かせないと答えた方は8割以上!スタイリング剤があると髪型のバリエーションが増えますよね!」
 司会者は客席からメンバーへと視線を移す。
「ヘアワックスやヘアスプレーはウル・ラドの皆さんにも馴染みのあるアイテムだと思いますが、いかがですか?」
 まず最初に口元にマイクを持っていったのはヤヒロだ。
「そうですね。ヘアワックスは普段から愛用してて……髪の長さとか髪型によって使い分けてるんで、何種類も持ってます」
「ヤヒロさんはメンバーのなかでもよく髪型や髪色を変えますよね」
「赤にしたり青にしたりね」
 苦笑するヤヒロ。司会者もうんうんと相槌を打って笑う。
「よく金髪にもしていますよね。『MODE:W』はダメージを補修する成分も配合しているので、ヤヒロさんのように髪色を頻繁に変える方にとってもおすすめなんです。使えば使うほど髪が美しくなることを実感していただけると思います!」
 この女性はプロ司会者ではなくアスピラシオンの広報担当らしいが、場数をこなしていると見え、弁舌さわやかだ。薄い内容でトークを繋ぎつつ、そこに商品の宣伝を挟んでくる。
 抜けるような青空の下、軽妙なトークは淀みなく続いた。
「ライブやサイン会でファンに会ったとき、思わずグッとくる髪型ってあります?」
 悩んでいる様子のメンバーをにこにこしながら眺め、司会者はタビトに話を振る。
「タビトさん、いかがですか?」
「普段髪をしばってる子が髪を下ろしているのを見ると、グッとくる……かな?」
 最後は疑問形で小首を傾げる。
「ああ、なるほど!タビトさんはギャップに弱いと。では、アキラさんはどうですか?」
「グッとくる……うーん。似合ってるなあと思ったときが“グッときた”ってことになるのかな」
「自分に似合う髪型を知るってことは大事ですよねえ」笑顔を絶やさずに言うとセナの方に視線を投げ、「セナさんはロングヘアの子が好みだそうですね?髪がきれいな子は清潔感があって素敵だと……」
「えっ!なんで僕だけそこまでリサーチ済みなんですか?!」
 彼の大袈裟な反応に会場がどっと湧く。
「ヤヒロさんもロング派だという情報もありますね」司会者は手の中の白いカードを見ながら続ける。「ロングヘアをアップにしたときに見えるうなじにドキッとしちゃうこともあるんじゃないですか?」
 ヤヒロがわずかに口をへの字に曲げる。それを横目に見たセナが「そうですねえ~」と半笑いで相槌を打ったとき、目の前のスタッフがカンペを出した。それを見た司会者が残念そうに呻く。
「ああ!そろそろトーク終了のお時間になってしまいました!ライブに行く日はぜひこの『MODE:W』を使って、ウル・ラドの皆さんがドキドキしちゃうような姿に変身しちゃってくださいね!」
 元気に叫ぶと、ステージ袖近くにまで下がっていく。
 約30分のトークセッションだったが、どっと疲れた。それを隠してイヤモニを耳に押し込んだメンバーはそれぞれの立ち位置を確認し、互いに目配せし合った。
 こうして改めて立ってみると、観客からの圧があるためか余計に狭く感じられる。リハーサルのときに少し踊ったが、縦の動きのとき背後に余裕がないためかなり客席に近づくことになりそうだ。
 黒い覆面を被ったロキが袖から走り出てきて、ユウのポジションに立つ。衣装はメンバーと同じく白のカジュアルスーツだ。
「狭いですね」
 ロキはすぐ前にいるタビトに小声で言う。声を拾った彼は肩越しに振り向いて、
「ラスサビのとき、後ろのパネルにぶつからないように気を付けて。なるべく前で踊るようにするけど」
「くれぐれも気を付けてください。客席に落ちたらシャレになりませんよ」
 タビトは頷く。
「それではお待たせしました!ウル・ラドさんのスペシャルステージです!どうぞ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...