よあけ

紙仲てとら

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本編

第21話

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「南部のある州で、強盗にあったんだ」

 この話が始まってから、彼は一度も彼女の顔を見ない。一番辛い部分が始まろうとしていた。

 夜の一〇時半すぎに、二人で郊外の大型スーパーに買いだしと給油に行っていた時だった。その日は市街地を流していたが、翌日からはまた砂漠地帯に入る。荒野のど真ん中でガス欠や水不足にならないために、物資の補給は日本でドライブするより切実だった。

「スーパーを出て駐車場歩いてるとき、俺が買い忘れに気づいたんだよ。……煙草とか、カミソリの刃とか、そういう些細なもの。ひょっとして、眠気ざましのガムだったかもしれない。だから、『すぐ買ってくる』って言って閉店まぎわのスーパーに走って、彼女は車で待ってるはずだった。『車のロックは絶対に忘れるな』って言ったんだけど、拳銃持った二人組があらわれたら、もう逃げ場なんてないだろ。結局、俺が彼女のそばを離れたのがいけなかったんだ。……戻ったときには、彼女は犯人の一人に殴りつけられながら縛りあげられてて、もう一人の男は俺の財布を狙って待ちかまえていた」

「えっ。飛豪さん、どうやって……」

「幸運だったのは俺も銃を持ってて、みっちり訓練を受けていたこと。あとは向こうが素人強盗で、こっちを見くびってミスしたこと」

 拳銃をつきつけられて、飛豪が自分と彼女の命乞いをしながら財布を渡したとき、犯人に油断が生まれた。

 飛豪に銃を向けていた方の男が、車にいるもう一人に運転するように指示したが、視線が動くと同時に握っていた拳銃の銃口が下がった。車中のもう一人はハンドルを握ろうとしたところで、咄嗟とっさに撃ちかえせる状況ではなかった。

 一瞬の隙をみて飛豪は、腰に挿していたセーフティーレバーなしで撃てる自分のグロックを抜いた。

「一人目は至近距離で腹と頭部を撃った。……二人目は、車まで三メートルくらいの距離があったし、中にアネットもいたから、絶対に手元が狂わないようにって、氷みたいに冷静だった。あの時の汗が背筋を伝っていく感覚は、今でも覚えてる。胸と、顔面と……とにかく接近しながら三発くらい、動きが完全に止まるまで撃ちつづけた」

 淡々と彼は語った。言葉に迷いはなく、映画のあらすじのように簡潔な説明だった。

「要するに、俺は二人殺したんだ。車からアネットを引っ張りだしたとき、彼女は真っ白な顔色なのに、犯人の血をあびて全身が真っ赤になっていた。最初は放心したような顔をしてたけど、我にかえると俺の手を振りはらって、『フェイ、あなたのせいよ!』って叫んできた。あとは、スウェーデン語でなにか喚きながら泣きじゃくってた。……なに言ってるのか全然分かんなかったけど、とにかくヒステリックな調子で、でも、俺の名前呼んでるのは分かるんだ。だからその時から、好きな女の子に『フェイ』とか『フェイハオ』で呼ばれるのは苦手」

 あまりの話に、瞳子は言葉もなく茫然としていた。彼はようやく彼女に顔をむけて、苦く笑った。

「そんな顔させるのが見えてたから、話したくなかったんだ。現に君は、俺に幻滅してる」

「…………」

「やっぱ俺と暮らすのは無理って言うなら、今からでもホテルかサービスアパートメント探すけど」

「そうじゃない。……だけど、気持ちの整理が……」

「うん。それも分かる。悪いな、退院したばっかなのに。俺、外そうか?」

 無理して笑ってみせながら、飛豪は腰を浮かしかけた。

「行かないでッ!」瞳子は彼の腕をつかんで叫んだ。「だめ。行かないで。傍にいて。ううん、わたしが傍にいたい。……ごめん、頭の中ぐちゃぐちゃだけど、とにかくわたし、飛豪さんの隣にいたいの。それだけは本当なの。ここは飛豪さんの家なんだから、遠慮してほしくない」

 自分がどうしたいのか、まだよく分からない。彼の過去を、自分が抱えられるのかも想像がつかない。

 だが今、彼にこれ以上一人きりで苦痛を背負わせたくなかった。それに、自分に話したことで彼がもっと傷つくのも嫌だった。

「……分かった」

 彼は諦めたように座りなおし、冷めたミルクティーを口に運んだ。「うわッ、甘すぎ」と、顔をしかめる。

「事件のあと、どうなったの?」

「普通に、警察に通報したよ。俺が持ってた銃、所持登録してたやつだったし、状況も店の監視カメラに残ってたから罪には問われなかった。でも、彼女とはすぐダメになった。母親の三番目の夫がアメリカ人だったから、その人にも色々手伝ってもらって……うん、処理は早く進んだんだ。修士マスター入るときには全部片づいてて、やり直そうって思ってたんだ。だけど、上手くいかなかった」

 最初は心的外傷後ストレス障害(PTSD)の典型例である、過呼吸や不眠、頭痛、感情の激しい起伏におそわれたという。
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