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マモルの長い夜
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満月亭の前では、叔母さんが待っていた。
「よう、力持ち。そのまま階段上がって真美瑠を部屋まで連れてってくれる?」
叔母さんは外階段を先に上がってドアを開けてくれる。玄関で転ばないようにバランスをとりながら足だけで靴を脱ぎ、叔母さんに従う。居間らしき部屋の前を通って、右側のドアを開けて入るように促される。
そこは、外からはとても想像がつかなかったが、白とライトグリーンを基調とした、女の子らしい部屋だった。
「そのままベッドに寝かせて。」
ぼくは、ベッドに背を向け、ゆっくりマミちゃんを下ろした。このまま寝かせちゃって大丈夫なんだろうか。
「ああ、安心して。ぐっすり寝たら明日の朝は元気に起きてくるから。」
叔母さんは僕の心配を察したように答え、マミちゃんにタオルケットをかける。
「さあ、町村少年。どうせ夜も更けたし、もう何時に帰っても同じだから、ゆっくり語り合おうか?」
「え? あ、わかりました。」
きつくお叱りを受けるのを覚悟した。
叔母さんはぼくをキッチン兼居間に案内し、テーブルに着かせた。麦茶の入ったグラスを二つと、お煎餅が載った皿を置くと、ぼくと向かい合って座った。
麦茶を一口飲み、顔を上げたら叔母さんと目が合う。
「少年。さては、見たな?」
不意を突かれて返答に困る。
「・・・え・・・は、裸のことですか?」
「そっちも見たんかい! このドエッチ。」
「す、すみません。マミちゃんがタヌキに変身する方、ですよね。」
「そうよ。・・・でもあんた真美瑠がタヌキだってこと、知ってたんでしょう?」
「・・・はい。マミちゃんが居眠りしてるとき、シッポも見ましたし。カエルで気絶しちゃった時も・・・」
「まあ。あの子もお尻が、じゃなくて脇が甘いわねえ。」
叔母さんは麦茶を一気に半分ほど飲むと、ぽつりと言った。
「まあ、話すべきこと、話しておこうかね。真美瑠にとっちゃ、君は恩人だし、頼りにしてるみたいだし。」
ぼくがマミちゃんにそんな風に思われているのが、嬉しくもあり、自分のしていることが情けなくもあった。
「真美瑠、夜更けにタヌキに戻って、何してると思う?」
「・・・わかりません。」
「あの子、偉いのよ。子ダヌキたちに色々教えているのよ。」
「教えている?」
「人間のいいところと、気をつけなければいけないところ。」
「あの子はね、ヒトとタヌキ、もっとうまくやっていければと思っているのよ。」
叔母さんがぼくに煎餅を勧める。自分でも一口かじり、ぽつりと言った。
「あの子のお父さんとお母さん、うっかり人前に出てしまった、よその子ダヌキを庇って、人間に捕まってしまったの。」
「え!」
ぼくの脳裏には「駆除」という言葉が浮かんだ。
「あの、殺されてしまったんですか?」
「いいえ、田瀬谷区では、捕まえたタヌキは殺さないことにしているの。でも、そのまま返すわけにもいかないから、この区と提携している北関東の村の山奥に放されたの。」
「もう、マミちゃんはご両親は会えないんですか?」
「多分、そのうち会えると思うわ。お父さんもお母さんも賢いし。今は捕まったショックから、ちょっとの時間しか人間に変身できないみたいだけど。そのうち電車で帰って来るんじゃない?」
いくぶん安心しながら、疑問に感じたことを尋ねる。
「タヌキには、人間に変身できるタヌキと、そうでないタヌキがいるんですか?」
「そうね。家系によるわね。真美瑠の一族は、元々四国の出身で、明治時代に関東にやってきて、武蔵野のタヌキの一族と合流したの。四国では、ご先祖様が中国から渡来してきたお坊さんを護ったり、村が戦に巻き込まれないようにと人間のために一生懸命尽くしたらしいわ。教育にも熱心で、子ダヌキ達に人間の学問や、変身の術も教えたと伝えられているのよ。そういう教育を受けた家系のタヌキだから、人間にも姿を変えられるんだと思う。」
ぼくはそれを聞いて、もう一つの疑問を口にした。
「あの、叔母さんは・・・」
「言ったでしょ、私は真美瑠の叔母よ。何ならシッポ出してあげようか?」
「いや、いいです。」
「話を戻すとね、あの子は、自分の親のように捕まって欲しくない。でも人間をそんなに恐れて欲しくない、と思っている。だから、夜中は子ダヌキたちの元に行って、良くも悪くもありのままに、人間のことを教えているのよ。」
お父さん、お母さんが辛い目にあっているのに、何で人間に拒否反応を起こさないのだろうか? ぼくの疑問を感じたかのように叔母さんは続ける。
「あの子がそこまでする理由は三つかな。一つは先祖代々、そういうスタンスで人間と接してきた。もう一つはこの私。私も子供の頃、人間に変身してここの中学校に通った。私の場合は、好奇心ね。その時の楽しかった思い出をあの子によく話してあげたわ。」
叔母さんは目を細めて遠い昔を懐かしんでいるようだった。あ、保健室の高野先生が言ってた「前にもそういう生徒がいた」って叔母さんのことなのかも。
「学校では、高松先生がよくしてくれてね。そう、高松先生は、今の教頭先生。私が居眠りしてシッポを出したときも驚かず、いろいろと話を聞いてくれたり、相談に乗ってくれたりした。」
叔母さん、マミちゃんのこと、脇が甘いって言ってたけど、マミちゃんに限らず脇が甘い家系なんじゃないかな?
叔母さんはややトーンを変えて語る。
「そうやって守ってくれる人がいたから、あまり危ない目にあわなかったし、私は人間と一緒にいることができた。人間のことを好きになれた。こうやってお店も出せてる。」
叔母さんは、視線を麦茶のグラスからからぼくの顔に視線を移す。
「三つ目の理由は・・・あんたよ。」
「え?」
「真美瑠にも必要なのよ。そんな人が。」
「ぼ、ぼくですか?」
「あったりまえじゃない! マモル君が真美瑠をマモレなくて誰がマモルのよ。」
脳内でマモルがリフレインされる。
「あの子、普段はおとなしいんだけど、時々大胆なことするしね。」
そういえば、マミちゃん、大胆にも学校の図書室にいたんだっけ。でも、ぼくはその理由を知らない。
「ぼくなんか・・・気がきかなくて、マミちゃんのこと何もわかってあげられなくて・・・」
「いいのよ。そんな年がら年中、ナイト様みたいなことはできないんだから・・・でもね。真美瑠が本当に困っているとき、悲しんでいるとき。ここぞとばかりにあんたの本気を見せてあげて。真美瑠の話によると、見かけによらず、頭いいらしいしね。」
「は、はい。」
叔母さんの真剣な眼差しに気おされて返事はしたものの、まるで自信ない。
「あの、それから・・・マミちゃんは、『ぼくがマミちゃんのことをタヌキだって知ってる』って、気づいてるんですか?」
「そりゃもちろんよ。でもね。あの子からそれを切り出すまで、黙ってなさいな。」
「え、どうして?」
「そういうとこ! あんたはもっと乙女心をわかってあげた方がいいよ。」
確かにぼくは決して成績は悪くないが、それは「乙女心の理解」は苦手とする分野だ。
それから高松教頭先生の武勇伝を熱く語ってくれたり、人から譲り受けたこの満月亭をいかに繁盛させていったかなど、叔母さんの細腕繁盛記の話は延々と続いた。
「おっと、いけない、話しこんじまった。もう朝まで時間あまりないけど、帰って寝な。」
マミちゃんは、そのままスヤスヤ寝てしまったらしい。おばさんは店の残り物のヤキトリをパックに入れて持たせてくれたので、礼を言ってお店兼住居を後にした。
空が白み始め、輪郭が戻り始めた町中を走り、家まで急ぐ。睡眠不足だが、冷たい風がさわやかで、ぼくの頭の中はスッキリしている。
家の鍵を開けるときの「カチャリ音」を極力抑え、そっとドアを開ける。
母親が仁王立ちで出迎え、こう宣告した。
「朝帰り不良息子は、朝飯ヌキ。」
ぼくは玄関に正座し、ヤキトリをうやうやしく母に献呈すると、朝飯ヌキは撤回された。
ヤキトリの大半は、母と、食べ盛り育ち盛りの高校生の姉の胃袋に収まった。
「よう、力持ち。そのまま階段上がって真美瑠を部屋まで連れてってくれる?」
叔母さんは外階段を先に上がってドアを開けてくれる。玄関で転ばないようにバランスをとりながら足だけで靴を脱ぎ、叔母さんに従う。居間らしき部屋の前を通って、右側のドアを開けて入るように促される。
そこは、外からはとても想像がつかなかったが、白とライトグリーンを基調とした、女の子らしい部屋だった。
「そのままベッドに寝かせて。」
ぼくは、ベッドに背を向け、ゆっくりマミちゃんを下ろした。このまま寝かせちゃって大丈夫なんだろうか。
「ああ、安心して。ぐっすり寝たら明日の朝は元気に起きてくるから。」
叔母さんは僕の心配を察したように答え、マミちゃんにタオルケットをかける。
「さあ、町村少年。どうせ夜も更けたし、もう何時に帰っても同じだから、ゆっくり語り合おうか?」
「え? あ、わかりました。」
きつくお叱りを受けるのを覚悟した。
叔母さんはぼくをキッチン兼居間に案内し、テーブルに着かせた。麦茶の入ったグラスを二つと、お煎餅が載った皿を置くと、ぼくと向かい合って座った。
麦茶を一口飲み、顔を上げたら叔母さんと目が合う。
「少年。さては、見たな?」
不意を突かれて返答に困る。
「・・・え・・・は、裸のことですか?」
「そっちも見たんかい! このドエッチ。」
「す、すみません。マミちゃんがタヌキに変身する方、ですよね。」
「そうよ。・・・でもあんた真美瑠がタヌキだってこと、知ってたんでしょう?」
「・・・はい。マミちゃんが居眠りしてるとき、シッポも見ましたし。カエルで気絶しちゃった時も・・・」
「まあ。あの子もお尻が、じゃなくて脇が甘いわねえ。」
叔母さんは麦茶を一気に半分ほど飲むと、ぽつりと言った。
「まあ、話すべきこと、話しておこうかね。真美瑠にとっちゃ、君は恩人だし、頼りにしてるみたいだし。」
ぼくがマミちゃんにそんな風に思われているのが、嬉しくもあり、自分のしていることが情けなくもあった。
「真美瑠、夜更けにタヌキに戻って、何してると思う?」
「・・・わかりません。」
「あの子、偉いのよ。子ダヌキたちに色々教えているのよ。」
「教えている?」
「人間のいいところと、気をつけなければいけないところ。」
「あの子はね、ヒトとタヌキ、もっとうまくやっていければと思っているのよ。」
叔母さんがぼくに煎餅を勧める。自分でも一口かじり、ぽつりと言った。
「あの子のお父さんとお母さん、うっかり人前に出てしまった、よその子ダヌキを庇って、人間に捕まってしまったの。」
「え!」
ぼくの脳裏には「駆除」という言葉が浮かんだ。
「あの、殺されてしまったんですか?」
「いいえ、田瀬谷区では、捕まえたタヌキは殺さないことにしているの。でも、そのまま返すわけにもいかないから、この区と提携している北関東の村の山奥に放されたの。」
「もう、マミちゃんはご両親は会えないんですか?」
「多分、そのうち会えると思うわ。お父さんもお母さんも賢いし。今は捕まったショックから、ちょっとの時間しか人間に変身できないみたいだけど。そのうち電車で帰って来るんじゃない?」
いくぶん安心しながら、疑問に感じたことを尋ねる。
「タヌキには、人間に変身できるタヌキと、そうでないタヌキがいるんですか?」
「そうね。家系によるわね。真美瑠の一族は、元々四国の出身で、明治時代に関東にやってきて、武蔵野のタヌキの一族と合流したの。四国では、ご先祖様が中国から渡来してきたお坊さんを護ったり、村が戦に巻き込まれないようにと人間のために一生懸命尽くしたらしいわ。教育にも熱心で、子ダヌキ達に人間の学問や、変身の術も教えたと伝えられているのよ。そういう教育を受けた家系のタヌキだから、人間にも姿を変えられるんだと思う。」
ぼくはそれを聞いて、もう一つの疑問を口にした。
「あの、叔母さんは・・・」
「言ったでしょ、私は真美瑠の叔母よ。何ならシッポ出してあげようか?」
「いや、いいです。」
「話を戻すとね、あの子は、自分の親のように捕まって欲しくない。でも人間をそんなに恐れて欲しくない、と思っている。だから、夜中は子ダヌキたちの元に行って、良くも悪くもありのままに、人間のことを教えているのよ。」
お父さん、お母さんが辛い目にあっているのに、何で人間に拒否反応を起こさないのだろうか? ぼくの疑問を感じたかのように叔母さんは続ける。
「あの子がそこまでする理由は三つかな。一つは先祖代々、そういうスタンスで人間と接してきた。もう一つはこの私。私も子供の頃、人間に変身してここの中学校に通った。私の場合は、好奇心ね。その時の楽しかった思い出をあの子によく話してあげたわ。」
叔母さんは目を細めて遠い昔を懐かしんでいるようだった。あ、保健室の高野先生が言ってた「前にもそういう生徒がいた」って叔母さんのことなのかも。
「学校では、高松先生がよくしてくれてね。そう、高松先生は、今の教頭先生。私が居眠りしてシッポを出したときも驚かず、いろいろと話を聞いてくれたり、相談に乗ってくれたりした。」
叔母さん、マミちゃんのこと、脇が甘いって言ってたけど、マミちゃんに限らず脇が甘い家系なんじゃないかな?
叔母さんはややトーンを変えて語る。
「そうやって守ってくれる人がいたから、あまり危ない目にあわなかったし、私は人間と一緒にいることができた。人間のことを好きになれた。こうやってお店も出せてる。」
叔母さんは、視線を麦茶のグラスからからぼくの顔に視線を移す。
「三つ目の理由は・・・あんたよ。」
「え?」
「真美瑠にも必要なのよ。そんな人が。」
「ぼ、ぼくですか?」
「あったりまえじゃない! マモル君が真美瑠をマモレなくて誰がマモルのよ。」
脳内でマモルがリフレインされる。
「あの子、普段はおとなしいんだけど、時々大胆なことするしね。」
そういえば、マミちゃん、大胆にも学校の図書室にいたんだっけ。でも、ぼくはその理由を知らない。
「ぼくなんか・・・気がきかなくて、マミちゃんのこと何もわかってあげられなくて・・・」
「いいのよ。そんな年がら年中、ナイト様みたいなことはできないんだから・・・でもね。真美瑠が本当に困っているとき、悲しんでいるとき。ここぞとばかりにあんたの本気を見せてあげて。真美瑠の話によると、見かけによらず、頭いいらしいしね。」
「は、はい。」
叔母さんの真剣な眼差しに気おされて返事はしたものの、まるで自信ない。
「あの、それから・・・マミちゃんは、『ぼくがマミちゃんのことをタヌキだって知ってる』って、気づいてるんですか?」
「そりゃもちろんよ。でもね。あの子からそれを切り出すまで、黙ってなさいな。」
「え、どうして?」
「そういうとこ! あんたはもっと乙女心をわかってあげた方がいいよ。」
確かにぼくは決して成績は悪くないが、それは「乙女心の理解」は苦手とする分野だ。
それから高松教頭先生の武勇伝を熱く語ってくれたり、人から譲り受けたこの満月亭をいかに繁盛させていったかなど、叔母さんの細腕繁盛記の話は延々と続いた。
「おっと、いけない、話しこんじまった。もう朝まで時間あまりないけど、帰って寝な。」
マミちゃんは、そのままスヤスヤ寝てしまったらしい。おばさんは店の残り物のヤキトリをパックに入れて持たせてくれたので、礼を言ってお店兼住居を後にした。
空が白み始め、輪郭が戻り始めた町中を走り、家まで急ぐ。睡眠不足だが、冷たい風がさわやかで、ぼくの頭の中はスッキリしている。
家の鍵を開けるときの「カチャリ音」を極力抑え、そっとドアを開ける。
母親が仁王立ちで出迎え、こう宣告した。
「朝帰り不良息子は、朝飯ヌキ。」
ぼくは玄関に正座し、ヤキトリをうやうやしく母に献呈すると、朝飯ヌキは撤回された。
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