天使ノ探求者

はなり

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第七章 天使転輪

第184話 時間(一)

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静かに、そして穏やかな風が吹く。まるで二人の背中を押すかのように。
時間にして僅か数秒。その数秒は二人とって、糸音にとってはすごく長い時間に感じられた。
そして、風がやんだ瞬間二人は同時に動き出す。

キンッ!!

互いの得物がぶつかり合い、一陣の風が吹く。
 
カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!

何度も、何度も、互いの得物の剣先がぶつかり合う。
攻撃、反撃、攻撃、反撃、繰り返される斬撃の打ち合い。これはどちらか一方の集中力が切れれば勝負は決まる。
油断、驕り、恐怖、それを誘い二人は互いに、自身のより有利な状況を作り出す。死をも恐れぬ駆け引きを制する者だけが勝敗を決する。会話はいらない。ただただ、ぶつかり合う。木陰で見ている真宵も、両者が作りだすゾーンに声もでないほど見入っていた。糸音は致命傷を負っているにも関わらずそれを感じさせないほど、両者の力は互角だった。永遠とも思えるその斬撃の競り合いは続く。
そして、勝負に出た。宗谷は魔剣を僅かに引き、一瞬の隙を糸音に与える。だがしかし、糸音とて伊達に死闘を潜り抜けてはいない。

・・・これは罠だ!

糸音には宗谷の思惑が見えていた。そして、宗谷もまた相手の考えを読みとり、動くのに長けていた。年の功か、死闘は糸音ほど潜り抜けてはいないものの、それでもやはり宗谷に分があった。
もし今、糸音の片腕が使えていたのならば、この戦いはすぐに終わっていただろう。糸音はこの戦い、宗谷との戦いでさらに強くなった。今の糸音は心も体も数分前とは比べ物にならないほど強くなった。
もちろん、そのことは当人には知りえないだろう。だが、宗谷は感じていた、目の前にいる子供はもはや侮れない、殺しの対象ということを。そして、宗谷は思い出す。かつて自分の中にもあった、。自身の命を握られているその感覚。かつて死線を潜り抜け、死闘を繰り広げた糸衛の姿が糸音に重なる。

(そうだ・・私は・・あの男との決着を望んでいた。ならば、今目の前にいる忘れ形見なら・・こいつなら・・)

カッ!カッ、カッ!カッ!カッカッ!キーンッ!

「!!」

宗谷の太刀筋が変わり糸音の反応が僅かに遅れる。糸音の針剣は弾かれ、体制を崩す。針剣は糸音の手から離れ空中へと飛ばされる。宗谷はこの好機を逃すはずもなく、糸音の空いた腹へ魔剣による凄まじい平突きを入れる。

ドンッ!

刺された時の音にしては似つかわしくない鈍い音が宗谷の耳に届く。

「ぐっ!」

「!?」

糸音は口から少し血を吐きながら、腹の表面で止まった宗谷の魔剣を掴み、ほくそ笑む。
そう、宗谷は油断した。何も得物は一つとは限らない。ましてや今、戦っている相手は殺し屋だ。人を殺す手段など数多にあるだろう。目の前にいるのはかつて死闘を繰り広げた者の弟子だ。可能性を考えていなかったわけではない。だから、を視覚で確認したことに関しては、さほど驚かなかった。では、何に驚いたのか。それは、例えば死人が蘇るなどの超常現象ほどのことではないにしても、その動きは宗谷にとっては想像できなかったことだった。視覚と脳の関係とは不思議なもので、一度それはこういうものだと認識してしまったものは時間がたてば自ずとそこからは意識は外れる。宗谷とて、伊達に戦いの場数を踏んではいない。糸音のがもう少し早ければ驚きもしなかったであろう。疑うは相手では無く自分自身の目であった。

そして、致命傷を受けて動けないと思っていた糸音の片腕が上がる。そこからの展開は速かった。その手に仕込んでいた糸を引っ張り、空中へと投げ出された針剣を手繰り寄せる。戻ってきた針剣の刃先の方を持ち宗谷へ平突きを入れる。

ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!

一瞬だった。目にも止まらぬ速さで宗谷の両手足を折り、最後に腹を突く。おおよそ常人には一撃に見えるほどの神速の五連撃。

ドサッ!

魔剣から手が離れ、宗谷の体は宙を舞い地面へ落下する。
掴んでいた魔剣を糸音は地面へと突き立てて腹を抑えながら、倒れた宗谷へと近づき刃先を向ける。

「どういうことだ・・」

「ふん、これだよ」

糸音は服のボタンを豪快に外してその中を見せる。

「なるほど。そういうことか・・・随分と硬い糸だな」

糸音の服の内側には、まるでさらしの様に糸が何重にも巻かれていた。それはかつて姉弟子の突きを防いだ強固な糸の層に似ていた。

「ゴッホ!ゴッホ!ゴッホ!」

宗谷は唐突に咳き込みだし口からは血が吐き出される。

「来るな!」

糸音は宗谷へ駆け寄ろうとしたが宗谷はそれを拒んだ。
その時の糸音は何故か複雑そうな顔をしていた。

「ふん、そんな顔をする。敵に向ける顔ではないぞ・・安心しろお前の攻撃の・・せいではない・・
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