天使ノ探求者

第五章 忘却再生

第103話 ケモノたちの夜

一

「ただいま」
　
ルクスリアと紅羽は日が落ちた頃に家へと帰ってきた。紅羽の声を聞きリビングから椿がゆっくりと近づいて来る。
　
「兄さん、ルクスリアさんおかえり」
　
「あぁ、糸音は？」
　
「まだ帰ってないよ」
　
「そうか」
　
「心配するな紅羽、糸音の事だどうせまた入念に調べているんだろう。しばらくしたら帰るさ」
　
「そうだな」
　
二人はリビングへと移動して、しばらくゆったりとした時間を過ごした。しかしその後、糸音は何時間経っても帰ってこなかった。

二
　
「この辺りだったな」
　
糸音は森の奥へと戻ってきたが、その頃には先ほど感じた殺気は無くなっていた。
　
（気のせいだったのか、、）
　
糸音がそう思い、再び洋館へ帰ろうとしたその時、背後から殺気を感じて振り向くとそこには黒い大きな一匹の狼がこちらを見ていた。
　
「狼か、しかし大きいな」
　
糸音は構えるが、狼は襲って来なかった。
そして狼は糸音に背を向けると歩きだした。
　
（なんだ？着いて来いってことなのか）
　
糸音は少し考え、着いていく事にした。狼の後をしばらく歩いて着いて行くと、大きな洞窟の入り口が現れて、その前で狼が一度止まりこちらを向くと座り込んだ。
　
（これは、、こんなものがあったのか）
　
糸音は罠があるとも考えたが、あえてのってやることにした。糸音は洞窟へと入って行く。その際、狼は糸音を目で追ってきはしたが、後を追ってくる事は無かった。しばらく歩いていると、大きな開けた場所へと辿り着いた。そしてそこには一人の男が大きな岩の上に座っていた。糸音はその男を警戒して構える。
　
「ようやく来たか、夕凪糸音」
　
（私の名前を知っている、誰だこいつは）
　
「何者だ？」
　
「俺はクワイエット。殺し屋だ」
　
「同業者か、誰からの依頼だ？」
　
「いいや、依頼ではない。それに正確には殺し屋というよりかは賞金稼ぎだ、お前を殺してその筋に持っていけば高額な金が手に入る。なんたって夕凪家だからな」
　
「くだらんな、それにお前が私に勝てると思っていることが腹立たしい」
　
「そうか、まぁじゃあさっさと終わらせよう」
　
クワイエットは岩から降りるとどこからか鞭を取り出して地面に叩きつけると岩の影から次々に狼が現れる。
　
「俺は動物を操ることのできる猛獣使いだ」
　
再びクワイエットは鞭を叩きつけると狼達は一斉に襲いかかってきた。
　
「お前達には申し訳ないが、約束しようあの男は必ず殺すから」
　
糸音は針剣を取り出して襲い来る狼達を斬っていく。
　
「流石だな、俺の力で強化されているとは言え、これでは勝てんな」
　
クワイエットは狼を蹂躙する糸音を見て次の手を打つ。
　
「来い！グリズリー！」
　
糸音は狼を全滅させるとクワイエットに針を飛ばすが、何か黒いものにはたき落とされた。
　
「なんだ、何かいるな」
　
糸音は先ほどクワイエットが座っていた大きな岩がない事に気づくと辺りを見渡す。
　
「！？」
　
糸音は背中に殺気を感じて後ろを振り返るとそこには見た事もないほど大きな熊がこちらを見ていた。糸音はすかさず針剣で斬り上げたが熊は微動だにせず糸音を見ていた。糸音は一旦後退し熊と対峙する。
　
（何を見ている、いや何をしているか、、）
　
「グリズリーは今、お前を観察して殺し方を考えているんだ」
　
「ふん、こんな隠し玉があったとは驚きだ」
　
「存分に楽しませてもらうぜ」
　
「それはこちらのセリフだ！」
　
糸音は再び動きだす。糸を取り出して熊の体へと巻きつけ、一気に引っ張るが体に食い込むだけで切れなかった。
　
（硬いな、ならこれならどうだ）
　
次に糸音は針剣で熊へと接近して切りつけてくがダメージは無く、まるで硬く大きな岩を切りつけているかの様な甲高い音が鳴り響く。そして糸音にとってそれは計算のうちだった。糸音は一旦動きを止めると、先ほど固定しておいた斬撃の音を剣先に載せて斬りつける。
　
「ほう、これが噂に聞く音の異能か」
　
斬りつけた跡を見ると糸音は驚愕した。そこには一本の薄い擦り傷があるだけだった。
　
「ばかな！」
　
さっきまで微動だにしなかった熊は大きな手を振り上げるとそのまま糸音の肩へ落とした。糸音はギリギリのところでかわし致命傷にはならなかったが体を庇って腕を負傷してしまった。
　
「くそ、片腕はしばらく使い物にならないか」
　
熊は咆哮をあげると、糸音へと向かってきた。
　
「！？」
　
その速さは熊のそれではなかった、異常な速さで向かってきた熊からの攻撃を糸音は神経を尖らせてかわしていく。
　
「速いな」
　
「どうした、夕凪家、そんなものかぁ？」
　
「クソッタレが」
　
糸音は熊の足を糸で絡め転ばす。その上から針剣で突きの連撃を浴びせるが、熊は糸音の腕を掴み壁へと投げ飛ばした。叩きつけられた糸音はふらつきながら立ち上がる。
　
「終いかな」
　
クワイエットが鞭を叩きつけるとグリズリーは糸音へと向かって走り出した。