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第五話 節目
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「……遊くん、意外と慎重だねぇ。瑞葉っちも、未だに『横櫛』なんて呼び方だし」
いつものように最新話を投稿して。ちょくちょく休日に遊びにいくようになりながら互いにそれ以上踏み込もうとせず、そのまま数か月が経過するという展開に、コトノハから少し含みのあるようなメッセージを受け取った影仁は、いや、これは作品のことを言いたい訳じゃなさそうだなと、そんな雰囲気を感じ取って……
「そういえばヒナタっち、恋愛物も苦手なんだっけ」
「……ガンバリマス」
「うむ。精進してくれたまえ」
続けて書き込まれた、その予想を裏付けるようなメッセージに、やっぱりなんて思いながら返事をする影仁。まったくこれだからコトノハさんはと軽く苦笑をしながら、そのままやり取りを終える。
そのままお茶を淹れに台所へと足を向ける影仁。そうだな、今日は少し気分を変えようとハーブティーのティーバッグを取り出して急須に入れて。お湯を注いで、ひっくり返した砂時計の砂が落ちるまで待ち始める。
いつものように、「男の一人暮らし」なんて少しずれたことを頭に浮かべた影仁は、何故だろう、もしかするとこれは男の一人暮らしとは言わないかもしれないなんて疑問を、ふと感じて。どうして急にそんな疑問を感じたのか、僅かに首を傾げる。
――まるで、そんなのは男の一人暮らしじゃないよと、誰かにツッコミをいれられたみたいだな、と。
ほんの少しの間だけ、影仁はそんなことを頭に浮かべて。だが、そんな突拍子もない考えも、砂時計の砂が落ちる頃には全て忘れていた。
◇
「おお! これは某テーマパークを思わせるような、超王道なエレクトリカル行進!」
「いや、定番かなと」
最新話を投稿して。まるでどこかから声が聞こえてくるような、いかにもコトノハらしいメッセージを見た影仁は、すました返事を返しながら、こっそりと安堵のため息をつく。
――影仁は生まれてこのかた二十年以上、その超有名なテーマパークでデートをしたこともなかったし、どうしてデートをするのにそんな待ち時間ばかりが印象に残るような場所を選ぶのかピンと来ていない、そんな人だ。
実のところ、これは影仁がどうという話ではなく、たまたま彼が今まで出会ってきた女性で、その超有名なテーマパークにはまっている人がいなかったと、ただそれだけの話なのだが。……なのに、なぜ影仁はそんな場所をわざわざ小説の舞台に選んだのか。それは単純に、その巨大テーマパークには、とある客層を狙い撃ちしているとしか思えないようなあざとい演出が色々となされていることでも有名だからだろう。
つまり、そのテーマパークは現実世界に存在する施設なのに、これでもかと言う位に非現実感を作り出していて、しかもご丁寧に程よいムードまで演出してくれているという、創作者にとってとても使い勝手の良い施設なのだ。
もっとも……
「そうだね。そして、それでも進展しない二人の仲! ……ねえ、ヒナタっち。せっかく舞台を整えたんだから、少しくらい、ご都合で話を進めても良かったと思うよ?」
「……モウシワケナイ」
創作者にとって使い勝手が良い施設だからといって、全ての創作者が必ずしも使いこなせるとも限らないのだが。
コトノハからのメッセージを見た影仁は、やっぱり言われたな、なんて思いつつも、返す言葉もないままに返信をして。
……実のところ、書いた本人としても、これだけおぜん立てをしたのになぜこの二人の仲が進展させることができかったのか、不思議に感じてもいるのだが。
それでもやっぱり、キャラがそう動いてくれなかったとかは言い訳にすぎなくて、単に自分が恋愛話を書くのが苦手なだけだろうと、影仁自身がそう自覚していた。
◇
さらに話が進んで。未だにただの友人である遊之助が、とうとう瑞葉と距離を詰めるために色々と動き出して。そんな最新話をみたコトノハのはしゃいだメッセージが影仁に届く。
「お~、遊くん、頑張ってる! これはアレだ、ヒナタっちも頑張ったよね。 ――まったく、遊び人みたいな名前を付けておいて、奥手にも程があるよ!」
そのメッセージを見て、影仁はいかにもコトノハさんらしいと笑いながら、うん、ちゃんと形になっていたようで良かったと胸をなでおろして。そのまま彼女とのやり取りを終えた影仁は、テキストファイルを開いて最新話の執筆を再開する。
作中時間はさらに進んで、そろそろ十一月も終わりの頃。街中にクリスマスツリーが出始めて、色とりどりの光が踊る、そんな季節の話になっていた。
◇
「……何故に十二月十七日をチョイスした」
最新話を投稿したあと、いつものように受信したメッセージに目を通した影仁は、なぜだろう、まるでコトノハさんの呆れたような声を聞いたような気になりながら、どこか言い訳めいた返信をする。
「いや、十二月二十四日はちとあざといかな、なんて思いまして……」
「むしろお約束だよ! そこに意外性なんていらないよ!」
「……ゴメンナサイ」
その返信の内容に思う所があったのか、ほとんど間を置かずにコトノハからさらにメッセージが届いて。そのあまりの速さに影仁は、即座に謝りを入れる。
そうしてしばらくして。もしかして今回のやりとりはあれで終わりだろうかなんてことを影仁が考え始めたところで、コトノハからのメッセージが届く。
「……でも瑞葉、まだちょっと、なにか引っ掛かってる感じがするよね。もしかして引きずってる?」
そのメッセージを見て影仁は、ちゃんと通じてたと密かに嬉しく思いながら。それでも、物語のテーマに関することだからあまり詳しく書けないなと少し悩んで。やがて影仁は、言葉を選びながらも、それでも思う所は正直に返信をする。
「きっと、そういったところも瑞葉の魅力なんだと思います」
そうして、相手からの反応を待っていた影仁は、程なくしてコトノハから返ってきたメッセージを見て、一つ頷く。
「そうだね。うん、私もそう思う」
そう短く書かれた文章に影仁は、残りの話も頑張って書かないとなと、気持ちを新たにしながら。
◇
「ほのぼのしたクリスマスだったでゴザル」
「……何故に『ゴザル』?」
いつものようにコトノハから送られてきたメッセージを見て影仁は、めずらしくボケてきたななんて思いながら、相手に即座にツッコミを送り返す。
「まあ、たまにはこんな恋愛物もあっていいんじゃないかなぁ」
気を取り直したようにコトノハから送られてきたメッセージを見て、影仁はこっそりと思う。
――実はヒューマンドラマのつもりで書いていたんだけど、そのことは黙っていよう。うん、そうしようと。
◇
そうして影仁は更新を続けていき。やがて、物語は終盤の見せ場を迎える。
瑞葉と遊之助が付き合い始めたことが周りに知れ渡って。時を同じくして、瑞葉は人伝てで、優菜が恋人と同棲を始めたことを聞く。
……その相手はかつて瑞葉にメールで告白してきた相手、品川真直で。その懐かしい名前に瑞葉はほんの少しだけ複雑な気分になりながら、優菜に会う機会も無いままに時間が過ぎて。
やがて年があけて、高校時代の知人たちのあいだで、「同窓会をしないか」なんていう話が持ち上がる。ほんの少しだけ優菜のことにひっかかりをおぼえながらも、出席すると返事をする瑞葉。
やがて、その同窓会の日がやってきて。高校時代の友人と楽しく騒いで飲んでいた瑞葉に、タイミングを見計らって、優菜は声をかける。
店の外に出た二人。優菜は周りに人がいないことを確認してから、瑞葉に話し始める。それは、いままで瑞葉も知らなかった、真直がいままでずっと心の中にしまい込んでいたことで……
◇
―― 刺さり続けた小さな棘 第二十一話 ―――
「そういえば瑞葉、高校の頃、真直と『ちょっとしたこと』があったんだっけ?」
「……メールを一回、やり取りしただけだけど」
優菜にそう話しかけられて、少し気まずいななんて思いながら。それでもまあ、彼と付き合い始めて同棲までしてるんだったらまあ、知られてもおかしくないはずだよねと、過去のメールのことも正直に話そうと返事をする。
――だけど、優菜から返ってきた返事は、私の想像を超えていて。
「実はね、そのメール、っていうか、ああ、もう、――実はあのとき、あいつに告っちゃえって焚きつけたの、私なの!」
周りを気にして、声を抑えながら。それでもどこか「えい」って叫ぶように話す優菜の声を聞いて、その内容に少しポカンとする。どこか吹っ切れたのだろう、堰を切ったような彼女の話を聞いて、初めて彼が私にあのメールを送ってきたときの経緯を知る。――彼はどこかで私とアノヒトとが並んで歩いているところを見たことがあったみたいで。そのことで彼が悩んでいたということを。
わたしたちがまだ高校生だった頃、優菜は彼が何か悩んでいるのに気が付いて。からかうつもりで「女とか」みたいなことを言ったら、それがドンピシャ。で、聞いてしまった以上はしょうがない、話を聞こうかみたいな流れになって。そこで彼は、「好きな人が、誰かと密かに付き合ってるみたいだ」って、そんなことを口にしたみたい。――その好きな人が誰なのか、密かに付き合ってるのがどんな人なのか、そういったことは一切話しをせずに。
「いやね、確かにきっかけは私だけどさ。それだけしか言ってくれないんじゃさ、こっちも何も言えないよね」
それでも優菜は、「相手がいるんだったら引くしかないんじゃない?」と彼に答えたんだけど。彼はそれでは納得できなかったみたいで。で、そんなにもウジウジする位なら、いっそはっきり振られた方がいいと、そんなつもりで彼にこう言ったらしい。
――そんなに納得できないんなら、いっそ告って振られてこいと。
「だって、相手も付き合ってることを隠してるって話だったし。なら知らないふりして告白したって大したことにはならないかな~って思って。そりゃあ百パーセント振られると思ったけど、あいつにとってはその方が良いのかなって」
優菜の話に聞き入りながら、心のどこかで納得をする。そりゃそうだ、いきなりあんなメールをもらって「わかりました、付き合いましょう」なんて返事をする人はまずいない、そんなことは誰にだってわかることなんだから。……そう思いながらも、同時にふと思う。
――もしあの時、私があのメールに違う返事を出していたら今頃どうなっていただろうか、と。
そうすれば、私はアノヒトやその家族にあんな感情を抱くこともなかったし、遊之助と付き合うこともなかったかもしれない。優菜も彼とつきあい始めることもなかったのだろう。あのたった一通のメールで、色んな事が変わったんだなと、そんなことを考えて。
「その相手が瑞葉のことって知ったのはつい最近のことなんだけど。……けどあいつ、『なんで』瑞葉が誰かと付き合ってるのを隠してたのかは、今だに言おうとしないのよね」
少し怒ったような優菜の言葉に、ほんの少しだけホッとして。同時に、少しだけクスリと笑う。だって、優菜のこの怒り方、全然本気じゃなくて。むしろ彼のことをしょうがないなぁなんて思っているような感じの怒り方だったから。
きっと優菜は彼のことを信頼していて。彼が話さないのには理由があることをちゃんと理解もしていて。……少しだけ、ほんの少しだけ、優菜のことが羨ましいな、なんて思いながら。最後に一つだけ、何でそのことを私に話そうと思ったのか、聞こうとしたんだけど……
「――何で……」
「そりゃあ、最近の瑞葉は何か、らしくない気がするからね。もしかして関係あるのかななんて思って。大丈夫! 私はちょっと口が軽いかもしれないけど、あいつは口が堅いからね。絶対誰にも言わないと断言できるよ」
その質問を遮るように、優菜にそう言われて。ああ、きっと今の私は、久しぶりにあった友人にわかるぐらいにはっきりと、あの時のことを引きずっているんだなんて気が付いて。もしかしたら何かのきっかけになるかもしれないと、たったそれだけのために優菜はこんな話をしてくれたんだと気が付いて。
一つだけ。今はまだ無理だけどいつかきっとと、そう心に決める。
優菜がどう思おうと、私のことで彼に隠し事をさせてはいけない。だから、いつかきっと、私に何があったのか、優菜にだけは話をしよう、と。
―――――――――――――――――――――――
影仁はいつものように書き上げて、推敲をして、投稿をして。コトノハや他の読者と感想のやり取りをして。その反応に手ごたえを感じながら、いつものようにテキストファイルを開いて、物語の続きを綴っていく。
その物語も、あとは最終話を残すばかりとなっていた。
◇
そうして影仁は、書き上げた最終話を投稿して。万感の思いに浸りながら、読者からのお祝いを兼ねた感想に一つずつ返信をする。そして最後に、SNSの方に届いていたコトノハからのメッセージに目を通して……
「うん、ちゃんとした感想はまた後日書き込むとして。とりあえず完結おめでとう! 面白かったよ!」
「うん、その一言だけで十分だけどね。ありがとうございます」
「……しっかし遊くん、軽いと見せかけてやっぱり軽いというか、変な人だよね。十二月十七日の謎チョイスもどうかしてたけど、結婚式に新婦をさらっていく演出を入れてくるあたりでそう確信しましたよ。――派手な演出で新婦をさらっていく新郎とか、よくこんな変な人思いついたよね」
「いやあ、筆が乗ってしまいまして……」
ちゃんとした感想は後日とかいいながらツッコミを始めたコトノハさんに少しだけ笑いながら、短いやり取りをして。コトノハもそこまで長く言葉を交わすつもりもなかったのだろう、あっさりとそのやり取りを終える。
そうして、全てをやり終えて。今一度達成感に浸りながら、影仁は思う。この物語を書くにあたって、読む人に伝えようと文章に込めた想いがあって。果たしてその想いは伝わったのだろうかと。
それが伝わっているのか、気にならないと言えば嘘になる。それでも影仁は思うのだ。伝えたいことを作品に込めて公開した以上、それは聞いてはいけないことだと。それはきっと、作品の価値を損ねる行為なのだろうと。
そんなことを考えていた影仁に、少しだけ遅れて、コトノハからメッセージが届く。
「過去に何かがあったからって幸せになっちゃいけないなんてことは無いと私も思うし、良い話だったと思うよ。――瑞葉に刺さった棘は傷跡を残して、きっと痛みは残ると思うけど、それでもね。世の中にはどうしようもないことだってあるし、人間なんだからいろんな感情もある。
どんなことがあったとしても、感情を揺さぶられてもね。それでも、いろんな人のいろんな感情に向き合いながら生きていく方が人間らしくて良いと、私は思うな」
それはまるで、影仁の心の中を読んだかのようなメッセージで。その言葉を見ながら影仁は、改めてこの作品を書いて良かったと、そんなことを感じながら、来週からはどうしようかなんてことを考え始める。
うん、せっかく時間が出来たのだから、どこか日帰りで旅行にでも行って見聞を広げてみようかな。そうだ、一度書店に行ってガイドブックを買ってこようと、そんなことを影仁は考え始める。
まるで、そうした方が良いと誰かに声をかけられたかのように。
いつものように最新話を投稿して。ちょくちょく休日に遊びにいくようになりながら互いにそれ以上踏み込もうとせず、そのまま数か月が経過するという展開に、コトノハから少し含みのあるようなメッセージを受け取った影仁は、いや、これは作品のことを言いたい訳じゃなさそうだなと、そんな雰囲気を感じ取って……
「そういえばヒナタっち、恋愛物も苦手なんだっけ」
「……ガンバリマス」
「うむ。精進してくれたまえ」
続けて書き込まれた、その予想を裏付けるようなメッセージに、やっぱりなんて思いながら返事をする影仁。まったくこれだからコトノハさんはと軽く苦笑をしながら、そのままやり取りを終える。
そのままお茶を淹れに台所へと足を向ける影仁。そうだな、今日は少し気分を変えようとハーブティーのティーバッグを取り出して急須に入れて。お湯を注いで、ひっくり返した砂時計の砂が落ちるまで待ち始める。
いつものように、「男の一人暮らし」なんて少しずれたことを頭に浮かべた影仁は、何故だろう、もしかするとこれは男の一人暮らしとは言わないかもしれないなんて疑問を、ふと感じて。どうして急にそんな疑問を感じたのか、僅かに首を傾げる。
――まるで、そんなのは男の一人暮らしじゃないよと、誰かにツッコミをいれられたみたいだな、と。
ほんの少しの間だけ、影仁はそんなことを頭に浮かべて。だが、そんな突拍子もない考えも、砂時計の砂が落ちる頃には全て忘れていた。
◇
「おお! これは某テーマパークを思わせるような、超王道なエレクトリカル行進!」
「いや、定番かなと」
最新話を投稿して。まるでどこかから声が聞こえてくるような、いかにもコトノハらしいメッセージを見た影仁は、すました返事を返しながら、こっそりと安堵のため息をつく。
――影仁は生まれてこのかた二十年以上、その超有名なテーマパークでデートをしたこともなかったし、どうしてデートをするのにそんな待ち時間ばかりが印象に残るような場所を選ぶのかピンと来ていない、そんな人だ。
実のところ、これは影仁がどうという話ではなく、たまたま彼が今まで出会ってきた女性で、その超有名なテーマパークにはまっている人がいなかったと、ただそれだけの話なのだが。……なのに、なぜ影仁はそんな場所をわざわざ小説の舞台に選んだのか。それは単純に、その巨大テーマパークには、とある客層を狙い撃ちしているとしか思えないようなあざとい演出が色々となされていることでも有名だからだろう。
つまり、そのテーマパークは現実世界に存在する施設なのに、これでもかと言う位に非現実感を作り出していて、しかもご丁寧に程よいムードまで演出してくれているという、創作者にとってとても使い勝手の良い施設なのだ。
もっとも……
「そうだね。そして、それでも進展しない二人の仲! ……ねえ、ヒナタっち。せっかく舞台を整えたんだから、少しくらい、ご都合で話を進めても良かったと思うよ?」
「……モウシワケナイ」
創作者にとって使い勝手が良い施設だからといって、全ての創作者が必ずしも使いこなせるとも限らないのだが。
コトノハからのメッセージを見た影仁は、やっぱり言われたな、なんて思いつつも、返す言葉もないままに返信をして。
……実のところ、書いた本人としても、これだけおぜん立てをしたのになぜこの二人の仲が進展させることができかったのか、不思議に感じてもいるのだが。
それでもやっぱり、キャラがそう動いてくれなかったとかは言い訳にすぎなくて、単に自分が恋愛話を書くのが苦手なだけだろうと、影仁自身がそう自覚していた。
◇
さらに話が進んで。未だにただの友人である遊之助が、とうとう瑞葉と距離を詰めるために色々と動き出して。そんな最新話をみたコトノハのはしゃいだメッセージが影仁に届く。
「お~、遊くん、頑張ってる! これはアレだ、ヒナタっちも頑張ったよね。 ――まったく、遊び人みたいな名前を付けておいて、奥手にも程があるよ!」
そのメッセージを見て、影仁はいかにもコトノハさんらしいと笑いながら、うん、ちゃんと形になっていたようで良かったと胸をなでおろして。そのまま彼女とのやり取りを終えた影仁は、テキストファイルを開いて最新話の執筆を再開する。
作中時間はさらに進んで、そろそろ十一月も終わりの頃。街中にクリスマスツリーが出始めて、色とりどりの光が踊る、そんな季節の話になっていた。
◇
「……何故に十二月十七日をチョイスした」
最新話を投稿したあと、いつものように受信したメッセージに目を通した影仁は、なぜだろう、まるでコトノハさんの呆れたような声を聞いたような気になりながら、どこか言い訳めいた返信をする。
「いや、十二月二十四日はちとあざといかな、なんて思いまして……」
「むしろお約束だよ! そこに意外性なんていらないよ!」
「……ゴメンナサイ」
その返信の内容に思う所があったのか、ほとんど間を置かずにコトノハからさらにメッセージが届いて。そのあまりの速さに影仁は、即座に謝りを入れる。
そうしてしばらくして。もしかして今回のやりとりはあれで終わりだろうかなんてことを影仁が考え始めたところで、コトノハからのメッセージが届く。
「……でも瑞葉、まだちょっと、なにか引っ掛かってる感じがするよね。もしかして引きずってる?」
そのメッセージを見て影仁は、ちゃんと通じてたと密かに嬉しく思いながら。それでも、物語のテーマに関することだからあまり詳しく書けないなと少し悩んで。やがて影仁は、言葉を選びながらも、それでも思う所は正直に返信をする。
「きっと、そういったところも瑞葉の魅力なんだと思います」
そうして、相手からの反応を待っていた影仁は、程なくしてコトノハから返ってきたメッセージを見て、一つ頷く。
「そうだね。うん、私もそう思う」
そう短く書かれた文章に影仁は、残りの話も頑張って書かないとなと、気持ちを新たにしながら。
◇
「ほのぼのしたクリスマスだったでゴザル」
「……何故に『ゴザル』?」
いつものようにコトノハから送られてきたメッセージを見て影仁は、めずらしくボケてきたななんて思いながら、相手に即座にツッコミを送り返す。
「まあ、たまにはこんな恋愛物もあっていいんじゃないかなぁ」
気を取り直したようにコトノハから送られてきたメッセージを見て、影仁はこっそりと思う。
――実はヒューマンドラマのつもりで書いていたんだけど、そのことは黙っていよう。うん、そうしようと。
◇
そうして影仁は更新を続けていき。やがて、物語は終盤の見せ場を迎える。
瑞葉と遊之助が付き合い始めたことが周りに知れ渡って。時を同じくして、瑞葉は人伝てで、優菜が恋人と同棲を始めたことを聞く。
……その相手はかつて瑞葉にメールで告白してきた相手、品川真直で。その懐かしい名前に瑞葉はほんの少しだけ複雑な気分になりながら、優菜に会う機会も無いままに時間が過ぎて。
やがて年があけて、高校時代の知人たちのあいだで、「同窓会をしないか」なんていう話が持ち上がる。ほんの少しだけ優菜のことにひっかかりをおぼえながらも、出席すると返事をする瑞葉。
やがて、その同窓会の日がやってきて。高校時代の友人と楽しく騒いで飲んでいた瑞葉に、タイミングを見計らって、優菜は声をかける。
店の外に出た二人。優菜は周りに人がいないことを確認してから、瑞葉に話し始める。それは、いままで瑞葉も知らなかった、真直がいままでずっと心の中にしまい込んでいたことで……
◇
―― 刺さり続けた小さな棘 第二十一話 ―――
「そういえば瑞葉、高校の頃、真直と『ちょっとしたこと』があったんだっけ?」
「……メールを一回、やり取りしただけだけど」
優菜にそう話しかけられて、少し気まずいななんて思いながら。それでもまあ、彼と付き合い始めて同棲までしてるんだったらまあ、知られてもおかしくないはずだよねと、過去のメールのことも正直に話そうと返事をする。
――だけど、優菜から返ってきた返事は、私の想像を超えていて。
「実はね、そのメール、っていうか、ああ、もう、――実はあのとき、あいつに告っちゃえって焚きつけたの、私なの!」
周りを気にして、声を抑えながら。それでもどこか「えい」って叫ぶように話す優菜の声を聞いて、その内容に少しポカンとする。どこか吹っ切れたのだろう、堰を切ったような彼女の話を聞いて、初めて彼が私にあのメールを送ってきたときの経緯を知る。――彼はどこかで私とアノヒトとが並んで歩いているところを見たことがあったみたいで。そのことで彼が悩んでいたということを。
わたしたちがまだ高校生だった頃、優菜は彼が何か悩んでいるのに気が付いて。からかうつもりで「女とか」みたいなことを言ったら、それがドンピシャ。で、聞いてしまった以上はしょうがない、話を聞こうかみたいな流れになって。そこで彼は、「好きな人が、誰かと密かに付き合ってるみたいだ」って、そんなことを口にしたみたい。――その好きな人が誰なのか、密かに付き合ってるのがどんな人なのか、そういったことは一切話しをせずに。
「いやね、確かにきっかけは私だけどさ。それだけしか言ってくれないんじゃさ、こっちも何も言えないよね」
それでも優菜は、「相手がいるんだったら引くしかないんじゃない?」と彼に答えたんだけど。彼はそれでは納得できなかったみたいで。で、そんなにもウジウジする位なら、いっそはっきり振られた方がいいと、そんなつもりで彼にこう言ったらしい。
――そんなに納得できないんなら、いっそ告って振られてこいと。
「だって、相手も付き合ってることを隠してるって話だったし。なら知らないふりして告白したって大したことにはならないかな~って思って。そりゃあ百パーセント振られると思ったけど、あいつにとってはその方が良いのかなって」
優菜の話に聞き入りながら、心のどこかで納得をする。そりゃそうだ、いきなりあんなメールをもらって「わかりました、付き合いましょう」なんて返事をする人はまずいない、そんなことは誰にだってわかることなんだから。……そう思いながらも、同時にふと思う。
――もしあの時、私があのメールに違う返事を出していたら今頃どうなっていただろうか、と。
そうすれば、私はアノヒトやその家族にあんな感情を抱くこともなかったし、遊之助と付き合うこともなかったかもしれない。優菜も彼とつきあい始めることもなかったのだろう。あのたった一通のメールで、色んな事が変わったんだなと、そんなことを考えて。
「その相手が瑞葉のことって知ったのはつい最近のことなんだけど。……けどあいつ、『なんで』瑞葉が誰かと付き合ってるのを隠してたのかは、今だに言おうとしないのよね」
少し怒ったような優菜の言葉に、ほんの少しだけホッとして。同時に、少しだけクスリと笑う。だって、優菜のこの怒り方、全然本気じゃなくて。むしろ彼のことをしょうがないなぁなんて思っているような感じの怒り方だったから。
きっと優菜は彼のことを信頼していて。彼が話さないのには理由があることをちゃんと理解もしていて。……少しだけ、ほんの少しだけ、優菜のことが羨ましいな、なんて思いながら。最後に一つだけ、何でそのことを私に話そうと思ったのか、聞こうとしたんだけど……
「――何で……」
「そりゃあ、最近の瑞葉は何か、らしくない気がするからね。もしかして関係あるのかななんて思って。大丈夫! 私はちょっと口が軽いかもしれないけど、あいつは口が堅いからね。絶対誰にも言わないと断言できるよ」
その質問を遮るように、優菜にそう言われて。ああ、きっと今の私は、久しぶりにあった友人にわかるぐらいにはっきりと、あの時のことを引きずっているんだなんて気が付いて。もしかしたら何かのきっかけになるかもしれないと、たったそれだけのために優菜はこんな話をしてくれたんだと気が付いて。
一つだけ。今はまだ無理だけどいつかきっとと、そう心に決める。
優菜がどう思おうと、私のことで彼に隠し事をさせてはいけない。だから、いつかきっと、私に何があったのか、優菜にだけは話をしよう、と。
―――――――――――――――――――――――
影仁はいつものように書き上げて、推敲をして、投稿をして。コトノハや他の読者と感想のやり取りをして。その反応に手ごたえを感じながら、いつものようにテキストファイルを開いて、物語の続きを綴っていく。
その物語も、あとは最終話を残すばかりとなっていた。
◇
そうして影仁は、書き上げた最終話を投稿して。万感の思いに浸りながら、読者からのお祝いを兼ねた感想に一つずつ返信をする。そして最後に、SNSの方に届いていたコトノハからのメッセージに目を通して……
「うん、ちゃんとした感想はまた後日書き込むとして。とりあえず完結おめでとう! 面白かったよ!」
「うん、その一言だけで十分だけどね。ありがとうございます」
「……しっかし遊くん、軽いと見せかけてやっぱり軽いというか、変な人だよね。十二月十七日の謎チョイスもどうかしてたけど、結婚式に新婦をさらっていく演出を入れてくるあたりでそう確信しましたよ。――派手な演出で新婦をさらっていく新郎とか、よくこんな変な人思いついたよね」
「いやあ、筆が乗ってしまいまして……」
ちゃんとした感想は後日とかいいながらツッコミを始めたコトノハさんに少しだけ笑いながら、短いやり取りをして。コトノハもそこまで長く言葉を交わすつもりもなかったのだろう、あっさりとそのやり取りを終える。
そうして、全てをやり終えて。今一度達成感に浸りながら、影仁は思う。この物語を書くにあたって、読む人に伝えようと文章に込めた想いがあって。果たしてその想いは伝わったのだろうかと。
それが伝わっているのか、気にならないと言えば嘘になる。それでも影仁は思うのだ。伝えたいことを作品に込めて公開した以上、それは聞いてはいけないことだと。それはきっと、作品の価値を損ねる行為なのだろうと。
そんなことを考えていた影仁に、少しだけ遅れて、コトノハからメッセージが届く。
「過去に何かがあったからって幸せになっちゃいけないなんてことは無いと私も思うし、良い話だったと思うよ。――瑞葉に刺さった棘は傷跡を残して、きっと痛みは残ると思うけど、それでもね。世の中にはどうしようもないことだってあるし、人間なんだからいろんな感情もある。
どんなことがあったとしても、感情を揺さぶられてもね。それでも、いろんな人のいろんな感情に向き合いながら生きていく方が人間らしくて良いと、私は思うな」
それはまるで、影仁の心の中を読んだかのようなメッセージで。その言葉を見ながら影仁は、改めてこの作品を書いて良かったと、そんなことを感じながら、来週からはどうしようかなんてことを考え始める。
うん、せっかく時間が出来たのだから、どこか日帰りで旅行にでも行って見聞を広げてみようかな。そうだ、一度書店に行ってガイドブックを買ってこようと、そんなことを影仁は考え始める。
まるで、そうした方が良いと誰かに声をかけられたかのように。
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