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君と手にする明日は血の色

卵かけご飯しか作れないのに、この世界には食用生卵がない。

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『右! よけろ! 左! ああああ! もう、君はまったく戦闘センスがないな!』
「うるッッッせぇ! いま集中してんだ! 黙ってろ!」
『……口の威勢は良いけど、ぜんぜんダメだよ、その動き』

 朝食を食べ終わり、俺たちはゼニアの村近くの森にいた。
 目的は、モンスター討伐だ。

 周辺で1番弱いモンスターやらと対峙しているのだが、かなり手ごわい。
  おれでも分かる。
 絶対に、オルドは嘘をついてやがる。
 絶対にこいつ、この周辺で、1番弱いモンスターじゃねえ!
「う! おっ!」

 敵の形はカタツムリに似ている。 
 だが、大きさは比べ物にならないほど大きい。
 全長1メートルはあるだろう。

 でっかいカタツムリから伸びた、2メートルほどの2本の触手に注意しながら、なんとか剣が届く位置まで行けないかとタイミングを見計らう。
 俺の動きを牽制するかのように、グネグネと空中で動いている触手は、オルド曰く、酸性の液が分泌されているらしい。
 肌に触れれば焼けただれるそうだ。

「なあ、コイツが本当に1番弱い敵なのか?」
『テルニール、それがコイツの種族名だよ』

 ほらやっぱりな! 肯定も否定もしねえ!
 伸びてきた触手を剣で叩き、ひっこめさせる。

「ちっくしょう! 斬れやしない!」
 右から来た触手に剣を振り下ろすが、切り落とすことができない。触手がヌルヌルと変幻自在に変形し、剣の威力を殺しているようだった。
『……でも、剣が当たるようになってきたね』
「だな!」

 最初、テルニールの触手はもっと速かった。それこそ、振るわれたムチのように。
「二重飛びの速さに近い速さだったもんな」
『? なにそれ?』

 目で追うこともできず、防御で手がいっぱいだった。
 だが、今はどうだろう。
 ヤツの触手は目で追えるどころか、追撃さえできるほどに遅くなっている。

「疲れてきたのか?」
 この10分くらいで? 野生のモンスターがそんな脆弱で大丈夫なのか?
 俺が疑問に思っていると、オルドが『あっはっは!』と笑い転げた。
『あー、そうか! あっはっは! まったくすごいね、その魔剣は!』
「何がすごいんだよ?」
 テルニールの触手に剣で対応しながら、オルドに訊く。

『その魔剣、触れた相手の体力を奪って、宿主に還元しているみたいだ』
 思わずギョッとして、魔剣を見る。

『以前に言っただろう? 魔剣が魔剣たる所以は、宿主にメリットを与える一方で、宿主と敵に過大なデメリットを与えることだって。まったく、体の力が吸い取られるだなんて……。敵からしてみれば、最悪の能力だ』

 そうこう言っている間に、テルニールの触手が、ついに地面に落ちた。
 どうやらスタミナが切れたらしい……。

「…………」
 試しに近づいてみても、ピクピクと触手が痙攣するだけで、他にアクションはない。

『吸い取った体力で傷は治るのか、病気は完治するのか、制限はあるのか……。
 色々と実験が必要だね! だけどま、とにかくおめでとう! 食料ゲットだ。君に慈悲があるのなら、テルニールを楽にしてあげると良い』

「うえー。食いたくねえなあ! カタツムリとか食欲わかねえよ……でも、このままってのも可哀想だよなぁ……うえー、でもいらねえー」

 でっかいカタツムリは、微動だにしない。俺が魔剣を掲げても、逃げる素振りもみせない。
 きっとコイツは俺と違って、自分が死ぬことを理解して、受け止められたんだろう。
 本能、ってやつかもしれない。

「うう、ごめんな。ありがとう」
 自然と、俺の口からはそんな言葉が漏れていた。
 そうして俺は、テルニールの命を、奪った。



―――

 テルニールは森で育った。
 2匹の両親と、19の兄弟と一緒に育った。
 2匹の両親は、子どもが成虫になると、すぐに姿を消した。周りに残ったのは19の兄弟だった。
 そのうち、5匹の兄弟は共食いのすえ、死んだ。
 そのうち、4匹の兄弟は天敵に食べられて死んだ。
 そのうち、3匹の兄弟は暑さで死んだ。

 残ったのは、7人の兄弟だった。
 そのうち、4人の兄弟は新天地を求めて度に出た。
 残ったのは3人の兄弟だったが、それぞれ独立を求めて、バラバラになった。
 さて。そろそろ嫁をもらい、タマゴを産んでもらおうと嫁探しを始めたところで、敵と遭遇した。

―――

「うおぉお、ぉぉぉぉっ? なんだコレっ?」
『……僕にも見えたよ。どうやらコレ、君がさっき殺したテルニールの記憶……みたいだね。本人の感情は分からないけど、その生い立ちが見えちゃうみたい。……使い方を考えればもの凄く便利だけど、感受性豊かな君にとっては……うーん……』

 テルニールの記憶をもらったから、なんとなく分かる。この一帯には、危険なモンスターは少ない。っていうか、テルニールはこの森のボス級だ。
 俺はテルニールの横に、ドサッと倒れ込んだ。
『発動条件は敵の死か。はー、できればもう1匹倒して、戦闘の経験を積んでもらいたかったんだけど……。ねえ、もう1匹殺せそう?』

「無理、ちょっとテルニールに情がわいた」

『はぁ。感受性なんかクソくらえだね。……で、どうするんだい? テルニールに墓でも作ってあげるのかい?』
 よーっこらせ、と立ち上がって、俺はテルニールの死体を見下ろす。

「いいや。ちゃんと食べるよ。そのために、命をもらったんだ」

 その後、まずは解体作業に取り掛かった。
 テルニールの記憶をもらったおかげで、どこに酸性の毒があるのか、しっかり把握できている。
 触手を切り、酸性の毒がある部分を取り除くと、綺麗に貝殻の部分と、肉の部分に分けることができた。

『良し、それじゃあ村に行こうか。火を起こしてもいいけど、君がやったら半日はかかる。村で調理してもらおう』
「うん」
 食べられない部分を土に埋め、俺は貝殻と肉を担いで、ゼニアの村へと急いだ。

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