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幸福・不幸
しおりを挟む「私、健太と結婚するんだよね」
彼女… 星江 瑠奈は俺を呼び出して、そう告白した。
わかっていた。瑠奈と彼… 水乃 健太がいずれ
将来を誓い合う程に深く、親密な仲になっていた
ことは。そこに至るまで、幾度の苦難や試練が
あっただろう。だが、この幸福に至ったという
ことはそれらを乗り越えて、勝ち取った証だと
いうことを。俺にはそーゆーことは全くもって
無縁な話だ。だからこそ、結婚に至るまでの
苦難や試練とか、全くもって想像がつかない。
俺の名前は、加芽島 敏郎。都内の大手食品会社で
働いている、そばが好きなだけのしがない男だ。
瑠奈は大学からの同級生で、健太は入社した時の
同期だ。瑠奈と出会ったのは大学入学して間もない
頃、レポートの多さに音をあげた俺を見て、
手伝おっか?と声をかけたのがきっかけだった。
セミロングの髪型をした幼さをわずかに残す
顔立ちが特徴的で、学内にファンがいる程度には
美少女の部類に入る。俺の胸くらいに背が低い。
理系の大学に来たおかげで毎日毎日 レポート三昧。
大学生活をエンジョイしたくば、文系の大学に
行った方がよかったかもしれないとすら思った。
大学の思い出といったら実験とレポート… それから、
瑠奈と過ごした記憶だった。レポートを一緒に
助け合って完成させたのを機に 意気投合した俺達は、
その後もレポートだけでなく、なにかあったら
助け合う仲へとなった。その頃の俺は瑠奈のことを
いい友達と思っていた。共に入学した同期や、
大学教授に彼氏彼女と揶揄われることもあった。
でも、俺はいまいちそれにピンとこなかった。
この頃の俺は彼女に対して、友情の少し上くらいの
感情しか抱いておらず、恋心は抱いてもいなかった。
彼女に対して明確に恋心を抱くのは大学卒業後、
今勤めている大手食品会社に入社してからになる。
やりたいことがいまいち分からず、最終的には
瑠奈が入社すると聞いた大手食品会社。卒業も
だんだん近づいてきていて、焦ってそこに就職を
決めた。今考えると、瑠奈がいるからという理由で
就職先を選ぶあたり、明らかに彼女に恋してるとか
言いようがない。しかし、当時の俺は就職すること
ばかり考えていてそんなことを気にする余裕は
なかった。健太と出会ったのは入社して間もない
頃、出会った時から瑠奈に一目惚れしてたらしく、
よく絡んでいた。その絡み方というのは、瑠奈の顔を
見るたびに 嫌味ばかり言うものであり、瑠奈からも
当初は反発されていて、あまりいい印象を抱かれて
なかった。しかし 本当のところ、健太はただ不器用な
だけで、好きな人には素直になれないという
小学生男子みたいなタイプだった。前髪が
やや長いが、線の細い美男子だというのに…。
そんな彼を放ってはおけなかったのか、いつしか
俺は、彼の悩みに相談に乗ってあげたりした。
俺のアドバイスの甲斐もあって、健太は少しずつ
彼女に素直になっていき、彼女もそんな彼を見直し、
そしてどんどん惹かれていった。そして入社して
1年が経過したある日、ふたりの想いは通じ合い、
晴れて正式に付き合うこととなった。
俺はこのふたりの幸せを祝福した。だがそれと同時に
胸がものすごくズキズキと痛んだ。そして、その痛み
と心に抱いた感情で、俺は理解した。俺は、瑠奈の
ことが好きだったんだと。彼女にずっと恋を
していたのだと。いや、正確に言うならば、
今まで彼女に抱いていた気持ちが、恋だと自覚する
前にふたりが付き合った。想いが芽生えかけたところ
で叩き折られた。…みたいな感じである。どちらにせよ
いくら女性とあまり接してこなかったとはいえ、
遅すぎるにも程がある。そして、それから半年後に
冒頭の彼女の健太との結婚報告を受け、その話は
部署内にも、アッという間に広がっていった。
瑠奈の結婚報告を受けて1週間が経過したある日、
課長がせめてもの結婚祝いに旅行へと
誘ってくれた。部署のみんなも一緒だ。
バスの中では 瑠奈と健太がイチャつき、それを
冷やかしたり からかったりする者、旅行先の
風景やら旅館やらに思いを馳せる者、それぞれ
楽しそうにしていて、みんなが笑顔に溢れている。
しかし、俺だけはそうでもなかった。俺は
ふたりの未来と、この先の己の身の振り方を
考えていた。ふたりは幸せになれるだろう。
彼といる限り、彼女の幸せは保証されている。
でも、本当に幸せになれるのか?この世に生きてる
以上、どこから不幸が出てくるかわからない。
この期に及んでそんなことを考えるだなんて
告白もしてないのに未練がましいのかもしれない。
俺は考えた。そして出した結論はこうだった。
ふたりの幸せの先で 不幸が邪魔をすると言うなら、
その不幸は全て俺が背負うと。俺のこの先の人生の
幸せ全部をふたりにあげて、逆にふたりの不幸を全て
俺にあげてほしい。ふたりの、誰かの幸せのためなら
自分の幸せなどちっぽけなモノにすぎない。誰かの
幸せのためなら俺は不幸であり続ける。たとえそれで
命を落とすことになったとしても。さっきから
オーバーというか、言い過ぎなこと言ってるのは
わかってる。だが、そう思ってるのもまた事実だ。
少なくとも今の俺は幸せとは言い難い気持ちだ。
おそらくこの先もずっと幸せになることは
ないだろう。元気出せよ!君なら瑠奈よりも
もっといい人が見つかるよ!…この心境を誰かが
解っていたら、そう言うだろう。否、そんなはずは
ない。恋を自覚した今、俺の中では瑠奈が一番に
して、ずっといい人だ。それ以外の女とはまともに
話した記憶すらない。ともかく、俺はひたすらに
願わずにはいられなかった。これから先の未来、
彼が、彼女が少しでも多く笑ってくれていることを。
微笑み、笑顔といった、人間として一番美しい表情を
見せてくれることを。
「ありがとう。健太、瑠奈。
俺、君たちに逢えてよかったよ…」
そう小さく呟いた。未だにバスの中はどんちゃん
騒ぎ。幸いなことに誰にも聞こえなかったようだ。
走行しているうちに、バスはトンネルへと入る。
これが彼らの眼に映る最期の景色だった。
バスはトンネルを抜けたカーブで、偶然飛び出して
きた野良猫と鉢合わせる。猫をひくまいとした
運転手はハンドルを思い切りきった。バスは
その拍子でカーブの先の柵を粉砕し、川が流れ、
河原が広がる下へと転がり落ちた。幸せから不幸へ
突然転がり落ちるのがよくある、この現実のように。
自分達が着いた場所は、一瞬にして塗り変わった。
どれだけ眠っていたのでしょう。私、加芽島 敏郎は
目を覚ましました。そこには倒壊し 炎上するバスと
そこから投げ出され その衝撃で重傷を負った関係者
達が倒れていたのです。私は慌てて、目の前に
倒れていた傷だらけ、血みどろ、見るも無惨な姿の
瑠奈へと駆け寄りました。必死に身体を揺すり、
大声で名を呼ぶも 目は開かず、その肉体ももう冷たく
なっていました。続け様に健太、それとその他の
方々にも瑠奈と同じことをしましたが、結果もまた
瑠奈と同じ。既に息はなかったのです。
どうやら生き残ったのは、私だけのようでした。
その事実を痛感した私はしばらく立ち尽くして
いましたが 絶望に包まれ、膝をつきました。
どうして不幸であり続けると決心したはずの私だけが
今こうして生き延びるという幸せを得た?どうして
幸せになるはずだったふたりが死という不幸に遭って
しまったのか?彼らが何をしたというのです?
こんなことなら逆であればよかったはずだ。
幸せになるはずのふたりやみんなが生き延び、
不幸であり続けると決心した私ひとりが 命を
落とせばよかったのに…!さまざまな思いが私の
心を駆け巡りました。しかし、何を言ったところで
状況は変わりやしません。私はこの非情な現実に
耐えきれず、慟哭の雄叫びをあげました。その叫び
と共に、私の姿はみるみる変わっていったのです。
体色は灰色、まるで隼のようで、彫像の如き姿をした
人間ならざる存在。川に映った私の変わり果てた姿。
もしやこれが私の不幸?幸せを願った者達の死を
目の前で目撃するとともに、その過去を背負いながら
人ならざる異形の存在となって生きろということ?
それでも今こうして生きているだけマシ… なの
でしょうか。運命の悪戯にしては、残酷すぎる。
今いる河原が賽の河原、そして、そこから
流れる川は三途の川のように見えたのでした。
暗黒となったばかりの空に、絶望の煙はよく映えた。
自分の幸せあって、誰かが不幸になっている。
なら自分はその不幸の分まで幸せになるのです。
自分の不幸あって、誰かが幸せになっている。
それで誰かが幸せになってるんだし、自分の不幸
なんて安いもの。え? 自分も誰かもみんな幸せ?
ありえませんよ。そんな幻みたいな絵空事…。
少なくとも、この現実ではね…。
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