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ボクの心のブラック企業
しおりを挟む「仕事をしろ…!己が死すとも仕事しろ…!」
「例え死んでも、未練を残すほどの
仕事をすればいい。そうすれば幽霊となる。
幽霊となっても仕事さえすれば問題ナッシ♫」
「死を恐れるな!この世の全ては無価値、無意味、
夢幻!仕事のみがこの世の現実!それなくして
この世はない。この世を機能させる仕事にのみ
価値と意味がある、それこそ人生そのものなり…!」
部長と課長の声がオフィスに響く。
『トワイホ社』。それはホワイトのアナグラムで
あろう名であるはずなのに、とてつもないほどの
ブラック企業であった。簡潔に言うなら、最初に
部長と課長が述べたことがこの会社の全てである。
社員全員 ろくに休みもなく、雑用に近い職務を
与えられ、それこそ成果も何もなかった。
ある日のこと、トワイホ社で働く1人の平社員で
あるこのオレ、森﨑は課長からの厭味を延々と
聞かされていた。この会社ではいつものことだ。
「全く、あなたはいつもダラダラ仕事して…
こんな有様じゃあ残業代なんてとても出ませんよ?
まぁ無駄に残って金を貰おうたって、無駄ですよ。
うちにはそんな予算ないんですから。この穀潰し!」
「も、申し訳ございません…!」
「あなたなんかより出来るものはわんさかいる!
その方に金が回った方が会社にとっても有益!」
慇懃無礼な敬語が特徴的なメガネの課長。
毎日のようにオレを目の敵にしては厭味を
言いまくる。そして、課長の厭味に紛れ込む
ようにクスクスと聞こえてくる周囲の嘲笑。
考えるな、これがこの会社… これが社会人なんだ。
「も、申し訳ございません…!」
昼下がりになった頃、オレは部長に呼ばれ、
会議室に行き、開口一番に告げられたのが
「この大バカ者が!!」この怒鳴りだった。
これにはオレは謝ることしかできなかった。
部長はオレの顔を上げさせると、オレの胸ぐらを
つかみ、腕に唸りをつけてその顔面を殴った。
「貴様の上司から報告は受けている…!大切な
お取引先様をダメにしおって… これで済むだけ
ありがたいと思え…!お前は殺されても
おかしくないことをしたのだぞ!?」
部長は殴られ、倒れたオレを足蹴にしながら恫喝
する。部長曰く、オレが大手の取引先で粗相を
やらかして、取引が破談になったとのこと。しかし、
自分で言うのもなんだけど、オレはちゃんと真面目に
そして礼儀正しく業務を行っていた。それこそ粗相と
思われるようなことはしてなかったはず。いや、
あくまでそれは自分の考えで、大事なのは相手が
どう思うかだ。自分がどれほど真面目に礼儀正しく
しても、相手が少しでも不快に感じてしまえば
それまでのこと。オレはそう思い 考えるのをやめた。
「も、申し訳ございません…!い、以後…
このようなことがないよう、気をつけます…!」
「気をつけますゥ…?んじゃねーんだよ。
お前、社会人になったばかりだからって甘えてん
じゃねーぞこの野郎… あぁ?血を出させねーと
わからねーのかなぁ…?あぁ、この野郎…」
そう言って、部長は机にあった電話を持ち上げ、
オレの頭に振り下ろした。オレは部長の両手を
つかみ、電話が頭にぶつかるギリギリのところで
阻止した。考えるより、脳より先に手が動いていた。
部長は興が醒めたのか、電話を置いて オレを突き
飛ばした。「もういい、失せろ」その言葉とともに…
オレは恐怖から解放されきっていない表情で
会議室を出ようとした。すると、会議室のドアが
開きかけており、その向こうから見える人影と
自分を捉える視線を発見する。視線の主は、
オレの一年前に入った先輩の平社員、佐藤。
目が合ったことを悟った佐藤先輩はたちまち
その場から逃げるように立ち去っていった。
それからしばらくして、オレはわからないところが
あるという名目で佐藤先輩を屋上に呼び出した。
「すみません、佐藤先輩。真面目にやってる時に
突然 こんなところに呼び出してしまって… 」
「あの、森﨑…」
「しかし、あなたさっき、オレが部長に暴行
されてるのを見ていて、まんざらでも
なさそうな顔をしていましたよね?」
「はぁ?」
「フッ、とぼけるのがうまいですね。一向に
改善される気配のない度を越したパワハラ、暴力…
そして休みなく仕事以外の自由もないこの状況。
この会社の連中のフラストレーションは爆発寸前。
部長や課長はもうそれが爆発してるからこそ、
暴行や厭味でせめてものストレス発散をしてるんだ。
あなたも… そっち側なんでしょう? ブラック企業
っぷりに心はもう限界。やり場のない負の感情の
捌口に誰かを痛めつけたくてたまらないはずだ」
それを聞いた佐藤先輩はハッとした顔をしたと
思ったら、まるで諦めたかのように鼻で笑った。
「バレちゃあしょうがねぇな…。もう働きすぎて
何が幸せなのかもわからねぇ。でも、ひとつ言える。
働きすぎて、誰かが不幸になってるの見ると、
すげー胸がすくようになっちまった。お前が
そう言ってくれたおかげで決心はついた。
…お望みとあらばやってやるよ!」
佐藤先輩はオレに飛びかかり、首をしめた。
苦しむオレに佐藤先輩は挑発を続ける。
「どうした森﨑?やり返さねーのか?でなきゃ
お前死ぬぜ?どーせこの会社は誰かが死んだところ
でなんの対応もしてくれねーんだ!仕事なんて
他のやつにお鉢が回されるだけ… まぁ、俺を
殺したところで俺の仕事がお前に来るかもなぁ!」
「佐藤さん…」
オレは挑発されるがままに首をしめ返した。
考えるより、脳より先に手が動いていた。
とある病院のベッドで佐藤が目をさます。
傍にいた志村部長、三城課長、そして氷山医師
に、彼は一連の狂行についての証言をしていた。
「とぼけるのがうまいですね。一向に
改善される気配のない度を越したパワハラ、暴力…
そして休みなく仕事以外の自由もないこの状況。
この会社の連中のフラストレーションは爆発寸前。
部長や課長はもうそれが爆発してるからこそ、
暴行や厭味でせめてものストレス発散をしてるんだ。
あなたも… そっち側なんでしょう? ブラック企業
っぷりに心はもう限界。やり場のない負の感情の
捌口に誰かを痛めつけたくてたまらないはずだ。
…アイツは確かにそう言いました。それで、俺は
そうじゃないって言ったんです。そしたら急に
何故そうだと言わないって言って、首をしめて
きたんです。屋上に急に呼び出したかと思ったら、
誰かを痛めつけたくてたまらないとか決めつけて、
それで否定したらいきなり暴力を… アイツは…
森﨑は最初からおかしかったんだ!!会議室で
見たのだって、森﨑が電話で自分を殴ろうとして
部長に止められて… 部長に暴行なんて、
されてもいませんでした」
これまで森﨑が体験していたブラック企業っぷり。
それは全て、森﨑が見ていた幻覚だった。
佐藤の話を聞き、3人は病室を出た。志村部長は
大きなため息を吐く。
「なんという痛ましい…。会議室で私は取引先との
契約がうまくいったので、彼を褒めたのと、昇進の
話をしたのです。しかし、彼は申し訳ございません
とオドオドし、倒れ、ひたすら怯え、挙句 電話で
自分を殴ろうと… 怖くなって通報しましたよ」
「おそらく、森﨑君が見ていた幻覚は逆の結果
なのかもしれませんね。取引が失敗して、部長に
怒られ、そして殴られる…。私もそうみたいでした
からね。彼はうまくやっていて、私は褒めたのに
まるで怯えて、聞きたくもないかのように…。
厭味でも言われてる幻覚を見てたのでしょうね…
しかし、どうしてこんなことに…。見た感じ、
休みの日でも家で会社と全く変わらない量の
仕事をこなしていたみたいですから… それによる
過労によるものなのでしょうかね…?」
志村部長と三城課長は顔を見合わせる。
「課長… しかし、未だに信じられませんよ。彼の
ように、精神も肉体も健全なはずの若者が何故…」
「おそらく、それなんじゃないでしょうか。
彼をああさせたのは」
ずっと黙って聞いていた氷山医師が口を開く。
白衣を羽織り、髪型は胸くらいに届く長さの
水色のロングポニーテールをした女性の医者だ。
「健全な若者でなければ、仕事でいい結果は出ない。
いい結果のみを出さなくてはならない、絶対に
ミスをするわけにはいかない、社会人としてそれは
できて当然でなくてはならない。その重圧。
そして休みなくずっと仕事をして、仕事だけに
己の存在意義をかけろ、それ以外のことは決して
してはならない、少しでもミスをしたら
責められ、甚振られ。そういった 企業への過度な
マイナスイメージが凝り固まった仕事への思い込み。
彼の精神はこの時点でぐちゃぐちゃ。そういった
ジレンマが一気に爆発した時、自分が当たり前
だと思い込んでる企業の幻覚を見たのでしょう。
それがにべもなく違うとか言われたとなると…。
もちろん、仕事しすぎによる過労もあると思います
が… きっと、彼は仕事を絶対と思い込みすぎるあまり
それ以外、何も見えなくなったんでしょうね…」
志村部長と三城課長はショックを隠しきれなかった。
そこに、1人の看護婦が慌ててやってくる。
「どうしました?」
「あっ、氷山先生!大変です!
森﨑さん、目を覚ましたと思ったら、
急に暴れ出して 仕事に行くとか言い出して…」
「なんですって!?」
その直後、既にスーツに着替えた森﨑がこちらに
やってくる。中年の医者の静止の声が響く。
「君!待ちたまえ!この状態で仕事だなんて…」
「邪魔しないでください!オレは仕事をしなくては
ならないんだ!己が死すとも仕事する!
この世の全ては無価値、無意味、夢幻!仕事のみが
この世の現実!それなくしてこの世はない。
この世を機能させる仕事にのみ価値と意味がある、
それこそ人生そのものなんだぁ!!」
最初に志村部長と三城課長が述べたこと。実際
これは、森﨑が思い込んでいる仕事への考えだった。
「森﨑君!」
森﨑の名を呼ぶ志村部長と三城課長。
森﨑は2人を見る。しばらく見つめあって
いたが、森﨑が先に口を開いた。
「どいてください!志村部長と三城課長のために
仕事をしなくてはならないんです」
そう言い捨て、森﨑は志村部長と三城課長のそばを
通り抜けて、どこかへ行ってしまった。
「仕事だけが、人生そのものなんです」
森﨑の精神は既に崩壊していた。
仕事、それはお金を稼ぎ、生きていくうえで
大切なものです。しかし、やっていくにつれ
それに囚われすぎて、やがて生きていくどころか、
死んでいるも同然なことになっていませんか…?
あっと、何を言おうとしてたんでしたっけ。確か、
考えていたのは、仕事のことだけでしたねぇ…。
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