カオスの遺子

浜口耕平

文字の大きさ
上 下
101 / 111
第二部 自由国ダグラス

第百一話 クーデター前章 執政官

しおりを挟む
 首都ナマルガマルの中央に位置し、町一番の面積と高さを誇り執政官が統括する国の行く末を決める大事な場所・コンクエスト。
 その最上階、建国者の間で執政官全員が集まって、ギールたちの脱走から連なる出来事が引き起こした重大事件の対処のために集まっていた。
 建国者の間は、中央にある大きな台座に水晶で包まれた建国の父であるダグラスのミイラが置かれ、その周りを囲むように半円形のテーブルが設置されて執政官が座るための五つの椅子が並べられていた。
 五つの椅子には、国家防衛戦線(国軍)及びデスサイズの総帥ニールウェル、行政庁総帥バウアー、法務執行機関総帥カブロフ、国家貿易管理委員会総帥イガ、国家財務管理局総帥エリーが頭が痛い思いで座っていた。
 執政官は世襲制であるため、現在の面々は五十を過ぎた老人が多く髪が白くなっている者もちらほらいた。
 「諸君、たった兵士が脱走したため起こったこれまでの事件は知っての通り、デスサイズの懸命な任務の末の結果は悲惨に終わった。忌々しいことだが、下の元老院はこの事件をやり玉に挙げて混血の兵士の大幅な削減及び、純血の兵士の拡大を我々に要求し、デスサイズの行動を著しく制限するよう迫ってきた。
  もはや、我々ダグラスの意思を継ぐ者の権力は地に落ち、大衆に媚びた卑しく小賢しい国賊が幅を利かせるようになってしまった……」
 執政官の長ニールウェルは現在の執政官の地位はあれど、元老院の言いなりになっている現在の状況を憂い、他の者たちも彼と同様の気持ちを抱いた。
 「国父であるダグラスの意思を理解しない者たちがこの国はおろか、他の国をも滅茶苦茶にするだろう。それよりも前に手を打たねば!」
 「カブロフよ、お前はどうすべきだと思う?」
 「俺は超法規的措置を取り元老院を根絶やしにすべきだと考えます」
 「ワシも同意します」、「私も彼の意見に従った方が良いと思います」とバウアーとエリーは、カブロフの意見に賛成の意向を述べたが、イガただ一人だけは渋い顔をしていた。
 「議長、私は彼らの意見には賛同しますが、今は時期が悪い。何の罪もなくあの者たちを捕らえ処刑するとなれば、市民からの大きな反発が予想されます」
 「だけど、早くしないと元老院は私たちをこのコンクエストから追放するでしょう。そうなってしまっては、三か国との軍事同盟の存続が危ぶまれ、カオスの遺子に対抗できなくなりますよ」
 「そうではありますが、こればかりは仕方がないでしょう。元々、元老院というものは二百年前のバサラ襲撃による国内の乱れから、町の有力者たちが集まってできた共同体です。まさに、市民の意思と言ってもいい」
 「だが、今はカオスの遺子との千年にわたる戦争の真っ只中、市民の個人の意思など聞いてられる暇はない。バサラは封じられたが、それ以外の遺子たちは今もなお健在だ」
 「それに比べ、我々は国内の市民と激しく対立している。市民の力がこれほどまでに強いとはな…… ワシらも年を取りすぎた、そろそろ次の代に引き継ごうか」
 口々に喋っている四人をニールウェルは一旦止めて、意見を簡単にまとめた。
 「要するに元老院の排除は決定事項というわけだな。時期は以前にもザラと少し話し合ったことがあるが、カオスの遺子が国に襲来した時に起こる混乱と共に消えてもらう。
  混乱から生まれた者たちは、再び混乱によって消える運命だ。諸君らも意義はないな?」
 元老院の始末から時期に至るまでまとめた案をみんなに納得してもらうよう尋ねると、四人は次々とニールウェルに賛同した。
 「分かった。それでは、次の懸案事項だが…… スヲウが自身の出生の秘密とデスサイズの存在を知ってしまったことに対する処罰についてだ」
 「それは議長が一か月の謹慎処分を下したじゃないですか、それ以上に罰する意味も懸案もないように思えますが……」
 「私も彼女と同じです。知ってしまっとはいえ…… ザラが仕留められなかったことで、もはや誰の手によってでも始末することができないでしょう」
 「そうそう、たとえ知ったところで奴に何ができるのですか? 市民を守ることを放棄して俺たちに歯向かうことなんてまず考えられないですよ」
 「スヲウが市民を見捨てるとは思わんな。プリシラなら話は別だが……」
 四人は以外にもスヲウが事実を知ってしまったとはいえ、始末に失敗した以上むやみに排除しない方が得策だと考えていた。
 その根底には国家の安全、つまりカオスの遺子を想定しての判断であった。
 『たとえ知ったとしても、敵は魔物であり、カオスの遺子である』という兵士の指針となっている考えが前提を放棄してスヲウが動く可能性は低い。
 「確かにそうだ。では、次に……」
 執政官たちによる会議は丸々一日を要することになったが、大方の方向性を決めることができた。

 それからさらに一か月後、謹慎が解かれたはずのスヲウは未だに自宅から出ようとせず、任務を行うことも七日に一回程度であった。
 髭は伸びきり髪もぼさぼさ、顔色もプリシラとあった時より悪くなっており、任務中ザラの後任の者たちから心配されることもあったが、その都度「何でもない、体調が悪いだけだ」などと言って一人になろうとした。
 そして、今日もスヲウはベッドから体を起こそうとしない。
 悪夢の影響と部下の混血たちを見ていると自責の念から懺悔の言葉をずっと口に出すことが常になっていた。
 「許してくれ…… 何もできない俺を許してくれ……」
 毛布を頭まで被り震えているスヲウの精神は崩壊寸前になっていた。
 今でも世界にある施設で混血を生まされ続けている女性がいるという事実はスヲウの優しい心を荒廃させるには十分だった。
 「ぐぅぅー」
 大きな音が腹からなるのが聞こえた。
 苦痛が絶え間なく襲いかかって来る時でも空腹の波は感情なくやって来る。
 飯だけは食べないと不安に押しつぶされそうになる危機感は少なからずあり、スヲウは寝室を後にして一階へと向かった。
 食べ残したパンをミルクに浸して口へと運ぶが、パンが喉を上手く通らずに戻してしまった。
 (はあ…… ダグラス最強の兵士もこのざまか…… 所詮俺もただの人の群れの中の一人なんだな……)
 一人感傷に浸っていると、玄関のドアを叩く音がした。
 スヲウはプリシラがやって来たのかと思ってドアを開けると、そこにはプリシラではなく面識のないユリウスが立っていた。
 「だ、誰だ?」
 「ユリウスだ。お前の元部下のギールとメローネは俺が保護している。少しお前と話がしたい。家へ上げてくれないか?」
 突拍子のないことを言うユリウスに、スヲウはデスサイズの刺客がやって来たのかと思い、攻撃態勢に入る。
 「あ、言っておくが、俺はデスサイズの使いじゃないぞ。ほんの少しでいい話を聞いてくれ」
 引き下がらないユリウスに押され、スヲウは仕方なく彼を家に招き入れて二人の話を聞くことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界ダイアリー~悪役令嬢国盗り物語~

宵川三澄
ファンタジー
どうやら、私はゲームの中に生まれ変わったらしい。 らしい、なのは個人情報が思い出せないから。でも、このゲームのストーリーはわかっている。 私は富豪の悪役令嬢、アイアンディーネ。 ナレ死で育ての親を亡くす、不遇の悪役令嬢。 「納得できるかあ!!」 今世の境遇改善、育ての親である乳母と医師を守るため奮闘します。 ※主人公は前世から個人情報開示許可をいただけてません。 「小説家になろう」様にも投稿しています。

万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?

Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。 貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。 貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。 ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。 「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」 基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。 さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・ タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

最強勇者は二度目を生きる。最凶王子アルブレヒト流スローライフ

ぎあまん
ファンタジー
勇者ジークは人魔大戦で人類を勝利に導いた。 その後、魔王の復活を監視するために自ら魔王城に残り、来たる日のために修行の日々を続けていた。 それから時は流れ。 ある時、気がつくと第一王子として生まれ変わっていた。 一体なにが起こった。 混乱しながらも勇者は王子としての日々を過ごすことになる。 だがこの勇者、けっこうな過激派だった。

追放から始まる新婚生活 【追放された2人が出会って結婚したら大陸有数の有名人夫婦になっていきました】

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
 役に立たないと言われて、血盟を追放された男性アベル。 同じく役に立たないと言われて、血盟を解雇された女性ルナ。  そんな2人が出会って結婚をする。 【2024年9月9日~9月15日】まで、ホットランキング1位に居座ってしまった作者もビックリの作品。  結婚した事で、役に立たないスキルだと思っていた、家事手伝いと、錬金術師。 実は、トンデモなく便利なスキルでした。  最底辺、大陸商業組合ライセンス所持者から。 一転して、大陸有数の有名人に。 これは、不幸な2人が出会って幸せになっていく物語。 極度の、ざまぁ展開はありません。

神様、幸運なのはこんなにも素晴らしい事だったのですねぇ!

ジョウ シマムラ
ファンタジー
よくある転生物です。テンプレ大好物な作者です。 不運なアラフォーのオッサンが、転生により、幸運を掴み人生をやり直ししていきます。 初投稿なので、ひたすら駄文ですが、なま暖かく見守って下さい。 各話大体2500~3000文字に収めたいですが、表現力の無さ故に自信ないです。只今、水曜日と日曜日の更新となっております。 R15指定、本作品には戦闘場面などで暴力または残酷なシーンが出てきますので、苦手な方はご注意下さい。 また、チートなどがお嫌いな方は読み飛ばして下さい。 最後に、作者はノミの心臓なので批判批評感想は受付けしていません。あしからずお願いします。 また、誤字の修正は随時やっております。急な変更がありましても、お見逃しください。 著者(拝)

処理中です...