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しおりを挟む目が醒めると、頭上は白かった。
「目覚めましたか?」
白衣を着た女性。
ナースか。看護師だ。
「ここは病院ですか」
「えぇ、貴方は暫く入院しているのよ」
腕を見る。
点滴チューブが付いている。
点滴の針先が、手の甲に刺さっている。
その、手の甲のすぐのプラスチックの部分からうっすら血が入ったり来たり、、はしてないか。
少し血が出て溜まっている。
「俺は病気なのか?」
「いえ?」
「じゃあ、なんで……」
「ほんとに分からないの?」
「はい」
「記憶が無いんですね」
何か、違和感を感じる。
なんだ、この違和感は。
「えぇ、何も。あれですね。日常生活に支障をきたす忘却はありませんが、人の名前、自分の名前、自分に関する記憶が無いですね。俺、何歳なんだろ」
窓を見る。
自分が写っている。
20代前半だろうか。
そこまでブサメンな訳でも、女の子が好きそうな顔でもない。
何処にでもいそうな青年がそこには映っていた。
「ところで、俺の名前は」
「佐藤 楓さん です」
「さとう かえで」
唇を動かさないで呟く。
となると、手がかりは、俺の無くした記憶。
それと、このナース。
淡々と話しているが、普通、患者が目醒めたら、ドクターを呼ぶのでは?
昔観た、ドラマとかではそうだった。
或いは、家族が涙涙で抱きついてくるとか、号泣するとか……
そう言った、感動エピソード! みたいなアレじゃぁねぇの?
そして、この部屋、病院にしては簡素すぎる。
ずっと入院しているとしたらそれなりに身の回りのものがあっても良いんじゃないか?
お気に入りの小説があるとか、何か小物が置いてあるとか、なんか、ないのか?
そして、長期入院となると、市民病院とか大学病院とか?
いや、小さい病院でも入院できるところはある……
少なくとも町医者や町の診療所とかではなかろう。
通常であれば。
「そうですか。じゃあ、看護師さん、貴女の名前は」
改めてナースを見直す。
小柄だが、顔は少し大き目。
目鼻立ちが整ってる訳でもなく、鼻はボテっとしている。
唇の形は良い方か。
血色がよく、キリッとしている。
口紅は引いてないようだ。
よく見ると、化粧はしていないのか?
余程、薄いのか。
目元もなにもついていないし、眉の手入れも行き届いていない。
うっすらと眉間にも生えている。
なんとなく、眉が繋がっている。
「私は、フジミヤです」
フジミヤ。
聴き覚えはあるような、無いような。
記憶が無いのだから当たり前と言えば当たり前の感覚だ。
ぐるるるるる
俺の腹だ。
何日、眠り込んでいたか分からないが、とてつもなく、腹が減っている事を思い出した。
「お食事、お持ちしますね」
「あぁ……」
彼女は、俺が抜け出さないと思っているのか、
病院だと信じていると思い込んでいるのか、
そのまま背を向けて退室して行った。
ガチャリと音がした。
ウィーンと電子音もした。電気錠?
普通、病室にそんな物付いているのか?
そっと、起き上がる。
窓の外を見る。
庭のようなもの。緑。塀。
病院ってこんな感じだっけ?
窓を開けようと窓枠に手をつき、取手に手を掛ける。
5cm程しか開かない。
「クソ」
病室内を見渡す。
何もない。
ほら、病院の個室ってら課金式のTVとか冷蔵庫とか。
あと、クローゼットとか、あるでしょ? 金庫とか。
それらが、何も、無い。
何故?
広さは、良くみる広さだと思う。
広すぎず、狭すぎず、
シャワーもトイレもない個室か。
病室内をふらふら。
ジーーーっと電気錠の音がしてさっきのナースがやってきた。
「お食事、お持ちしました」
「ありがとう。俺は何日間くらい眠っていたんだ?」
「一晩よ」
「一晩」
だから、あんなに平然としていたのか?
でも、そんな患者に目覚めましたか?
とか、聞くのか? そんなもんか、
入院してた記憶がないから分からないな。
「なので、普通のメニューです。ちゃんと食べて下さいね。お薬もあるから、ちゃんと飲んで下さいね」
「ありがとう」
白いご飯、お味噌汁、鮭の切り身、小松菜の胡麻和え、卵焼き、デザートにヨーグルト。
それから、麦茶。
確かに、フツーのメニューだ。
こう、食事を見て食材や料理名が事がわかると言う事は、やはり、人間関係や自分自身の記憶だけ無いのか。
ある意味厄介だな。
「終わる頃に下げに来ますね。見られていると食べ難いでしょうから」
そう言って、ナースは下がっていった。
やはり、電気錠の音はする。
「いただきます」
呟いて、味噌汁の碗を取り、ゆっくりと啜る。
「あっつ」
でも、この、感覚を俺は知っている。
何だろう。懐かしい感じがする。
味噌汁から順番に食べ進める。
ご飯は少し、ベチャっていた。
麦茶は、ぬるくて美味しくない。
もともと、好みじゃなかった様だ。
食べ終わって、ビタミン剤とやらを飲み込み、一息ついた頃、電気錠の音がしてやはりナースはやってきた。
「何か、思い出しましたか?」
「なんか、お味噌汁が懐かしかったです」
「そうですか、じきに、思い出せると思いますよ」
そう言って、ナースは意図的に微笑んだ。
口元だけ笑い、目は笑っていない。
ナースはいなくなった。
何だろう。この既視感。
やる事もないので、ベットに寝っ転がる。
天井を見る。白い。しろい。シロイ。
部屋中を見渡す。
何か無いか、ヒントはないか。
寝転がったまま見てもなにもわからないので、起き上がる。
鏡もないからちゃんと、自分の顔を見る事ができない。
ガサッ
背中で何か音がした。
枕が落ちた様だ。
枕を拾う。ベットの下に何かある。
手を伸ばして見る。
写真? 俺の?
裏を見る。
『2017.04』
日付だ。
そのこには女の子がいた。
彼女は楽しそうに微笑んでいる。
めっちゃ可愛いわけでもないが、とてつもないブスでもない。
さっきのナースよりは可愛い気がする。
入学式?
胸に花の様なものを付けている。
遠くに桜。大学の門?
ナンダコレハ……
枕からも何か出てきた。
紙のようなものだ。
『シーツヲハガセ ゼンブ ハガセ ソシテ フクヲ ヌゲ』
何か手掛かりがあるのか。
少しの期待を胸に、シーツを剥がし始めた。
でも、何故、服を脱ぐんだ? そんな必要はなくないか?
マットレスが見えたがそれは血塗れだった。
俺はこの上で寝て、この上で食事をしたのか。
そう思うとゾッとした。
ベットのフレームとマットレスの間にノートが隠されていた。
ノートの表紙には何も書かれていない。
ただの、大学ノートに見える。
『サトウ カエデ 1998 4 15
2018 7 16 ニュウイン
2018 8 30 ミスイ
2018 9 01 カクリ
2019 01 05 キカン
2019 02 13 アイベヤ
2019 03 03 ヒトリ
2019 04 01 アンテイシテル デモ ヒトリ
2019 05 20 カクリ
2020 01 28 ヤット モドッタ』
なんだ、これは。
精神病棟?
入院、(自殺)未遂、隔離、相部屋、1人(部屋)
安定してる でも 1人 やっと 戻った
つまり、このサトウ カエデは2018年からずっとこのベットで過ごしていたのか。
サトウカエデとは誰だ。
女なのか、男なのか、俺なのか?
赤の他人か?
でも、何故か、知っている気がする。
最近の日付をみる。
『2021 08 01 オキタラキオクガナカッタ コレヲミテ オモイダス』
文字に見覚えがある。
これも、あれも。全部。
『2021 08 02 オキタラキオクガナキッタ コレヲミテ オモイダス
2021 08 03 オキタラキオクガナカッタ コレヲミテ オモイダス
2021 08 04 オキタラキオクガナカッタ コレヲミテ オモイダス
2021 08 05 オキタラキオクガナカッタ コレヲミテ オモイダス
2021 08 06 オキタラキオクガナカッタ コレヲミテ オモイダス
2021 08 07 オキタラキオクガナカッタ コレヲミテ オモイダス
2021 08 08 オキタラキオクガナカッタ コレヲミテ オモイダス』
永遠にこれが書かれている。
その文字に触れて見る。
脳に衝撃が走る。
あと、なんか、服を脱げって、あったよな?
急いで服を脱ぐ。
なんで、なんで、女の身体なんだ?
俺は俺だ、俺は、男だ!
痛い、痛い、痛い、痛い。
激しい頭痛。壊れる。
頭が、割れそうに痛い。
俺は男なのに、そう思えば思うほど激しい頭痛に襲われる。
何故--
思 い 出 し た ! ! !
俺は、大学に入学して、2ヶ月ほど女子大生として! 大学生活を謳歌していた。
が、入学してから入ったサークル。
そこの、飲み会で俺は! いや、?私は、
私は……
「うわあああああああああああ!!!!!」
点滴のチューブを毟り取る。
血が出てくる。
血! 血! 血!
マットレスが赤く、染まる。
全てを思い出した!
私はノートにまた文字を書く。
『2021.10.05 オキタラキオクガナカッタ コレヲミテ オモイダス』
私は、毎日、これを繰り返していたのだ。
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