死神若殿の正室

三矢由巳

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第一章 厄介者

09 田鶴姫一人語り 壱 ★

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 常葉という女子は実に聞き上手であった。語るつもりのなかったことまで語ってしもうたのだから。わらわが話している間、訳知り顔で口を差し挟むこともなく、黙って、時折うなずきながら話を懸命に聞いておった。あれだけ聞き上手なら、さぞや留守居役をしている夫も自分の思うことを話せるのであろうな。三人も子がおるというから、夫婦仲も円満なのであろう。
 だが、いくら聞き上手であってもさすがに閨のことははっきりとは言えなんだ。
 祝言の日のことも、姫初めの日のことも。




 あの朝、打掛を仕立て終えうとうとしていると、無理矢理起こされて湯殿へ連れて行かれた。そこで身体を洗われていると嫌でも目が覚めた。擦り方がいささか乱暴であった。わらわの幸運を皆ねたんでいたのであろうな。だが、明日からはこんなことはあるまいと思い、これもまたよき思い出になるかもしれぬと思ったのは大間違いだった。思い出と言うにはあまりに乱雑だった。狆のほうがまだましな洗われ方をするのではなかろうか。
 それから朝餉をとり、化粧し、髪を結い、装束に着替えた。奥方様に挨拶し、表御殿の豊前守様に挨拶しと、あちこち引きまわされ、相手の家のことも若殿のこともろくに考える暇もなく、輿入れの女乗り物に乗った。
 初めて乗る女乗り物はやけに進みが遅かった。わずか一里余りしか離れておらぬ嫁入り先の中屋敷まで一刻以上かかった。嫁入り道具などを運んだり、家臣らがつきそったりで行列が長いせいもあろうが、足が痺れてかなわなかった。
 やっと着いた先でほっとしていると、足音が近づき、戸が少し開いた。
 確かここは花婿が出迎えるはずと思い出し、そちらを見ると、確かに美男子だった。だが、笑ってはいなかった。怖いというほどではないが、唇をぎゅっと引き締めていた。
 すぐに介添え役と交替し、外に出された。
 屋敷の中まで入っていた乗り物から降りると、そこは明らかに実家とは違う世界だった。
 誰も自分を蔑むような目つきで見なかった。大事な預かり物のように、丁寧に対応した。こんなことは初めてだった。どうすればいいのかわからなくなるほど、皆親切だった。
 儀式の後、座敷に花婿と並ぶと、皆が盛んにめでたいめでたいと言う。
 揚句は花婿の父である殿様が本当に嬉しそうに言う。

「よく嫁に来てくれた。これからは父と娘、何の遠慮もいらぬ」

 それが建前であってもわらわは嬉しかった。



 初夜というものにも期待していなかった。
 嫁入り前に見せられた絵では、殿方の両足の間に異形の物がついており、それを女の足の間に挿し込んでいた。どうやら美男子であっても、ついているものは同じらしい。そう思うと、皆が自分を妬むのがおかしくて仕方なかった。美男子であっても、あれは美しくはないのだから。それとも美男子だと、かぐわしい香りでもするのだろうか。いや、それはいくらなんでもなかろう。小水の出る場所でもあるのだから。
 期待も何もせずに閨で待っていると、異形の物の持ち主がやって来た。麗しい花婿と思うべきなのだろうが、あの絵を思い出すと異形の物の持ち主としか思えない。いくら美男子であってもだ。
 しきたりということで盃を酌み交わし、床に二人並んで横になると、花婿の母親である奥方様と御年寄が二人の上に布団を掛けた。
 これで儀式は終わり、誰も部屋からはいなくなった。たぶん隣の部屋には見届けの奥女中がいるのだろうけれど。
 さて、二人きりになると何と言っていいものか、どうしていいものか、わからなかった。殿方と二人きりで床に入るどころか、部屋に一緒にいるのも初めてのことだったのだから。だが、そんな思いもすぐに終わった。

「よろしく頼む」

 そう言って若殿様がわらわを引き寄せた。顔と違って不似合いなほどの力だった。若殿様ともなれば、小さい頃から武芸は一通り仕込まれるから力があるのは当然だと知ったのはずいぶん後のことだった。その時は意外に思うばかりでこの先に何があるのかわからず混乱していた。

「初めてのことゆえ、わからぬことも多かろう。すべて私に任せてくれればよい」

 どうやら何もしなくてもいいらしいとわかってほっとした。だが、任せるということは何をされても文句は言えないということではないのか。
 そう思ったのとほぼ同時に口に何かが当った。目を見開いてみれば、目の前には若殿様の顔があった。どうやら当たったものは若殿様の口らしい。何やら柔らかな感触だった。これが口吸いかと思っていると、唇が離れた。

「少し口を開けてくれぬか。舌を入れるゆえ」

 合点がいった。口吸いというのは舌を中に入れるゆえ、口吸いと言うのだと。
 納得して口を開くと、また唇が当り、中に舌が入った。正直、気色が悪かった。このような食べ物を食べたことがないから、未知の感触だった。
 食べ物であればさぞかしうまいかもしれぬと思った。ふと桜餅のことを思い出した。餅の味ではなく桜の葉の塩漬けの味しか知らぬが。
 桜餅もこの舌のような感触なのであろうかと思い、舌の先でなめてみた。すると、若殿の舌が先をつついた。なんともいえぬ変な感覚であった。だが、先ほどより気色悪さがなくなっていた。
 若殿の舌は舌だけでなく頬の裏や歯の根元などを舐めた。湧いてくる唾を呑み込むこともできず、口の端から垂れてしまった。けれど気にならなかった。舌の先の感触は次第に心地よいものになってきた。
 唇が離れた後、若殿は言った。

「上手ではないか」

 まさか褒められるとは思ってもいなかった。縫い物をしても上手だと言われたことはなかったのに。
 驚いていると、今度は首筋に口づけられた。その瞬間、ぞくぞくと背筋にわけのわからぬものが走った。寒気とは違う。なんというか、身体全体が痺れるような不可思議なもの。
 おまけに自分の身体と若殿様の身体がぴたりとひっついている。顔は美しくても、身体は固く、やはり殿方は違うのだとわかった。ことに足に先ほどから触れているこわばった部分は恐らくあの異形の物であろうと思われた。寝間着が間にあっても、明らかにそれは存在することを感じさせた。
 口づけの場所が次第に下がってきて、寝間着の合わせをぐいと開かれ、胸にも口づけられた。
 そんな場所にまで口を付けるのかと驚いていると、寝間着の紐が解かれて、隠れていた部分がはだけられた。

「白いのう」

 そう言うと若殿様は乳房の頂上を軽く指の先で触れた。痛いはずなのに、その場所から別のものが走ったような気がした。

「あっ」

 声も思わず出てしまった。こんな声が自分の口から出るなど思ってもいなかった。まさかということばかりが続くと、これは夢ではなかろうかと思えてくる。けれど夢ではなかった。
 若殿の指は乳房の先端を撫でたり摘まんだりする。その感触がなんだかむずむずしてきて、変な声が出てしまう。

「あっ、ひゃっ、ひいいっ」

 恥ずかしくて口を引き結ぼうとするとささやかれた。

「声は我慢せずともよい」

 はしたないという言葉が思い浮かんだ。けれど、止められなかった。その後も声が口をつく。その声を若殿は聞きながら、触り方を変えてくる。指の先で転がすように触れたり、摘まんだり。先端が次第に固くなってくるのがわかった。
 ついには指が離れても盛り上がったままになってしまった。

「かわいい」

 若殿はその小さな固くなった部分をぺろりと舌の先でなめた。むずむずとした感覚が背筋を走った。声だけでなく、下腹にも妙な感じが走った。と、足の間に何やら湿ったものが沁み出してきた。
 これは粗相ではないと気づいた。量が違うし、何より出る場所が違うような気がする。

「いかがした」

 微妙な変化に若殿も気付いたようだった。
 湯文字の紐をするするとほどくと、足の間に若殿の指が触れた。その感触に思わずまた声が出た。

「もうこんなになっているとは」

 若殿は湿ったあたりに指をはわせた。自分でも風呂以外では触れたことのない場所をまるで大切な茶碗でも扱うかのように丁寧に触れられ、またむずむずと身体がおののいた。しかも湿り気はさらに強くなったように思われた。

「怖くはないゆえ、少し足を開いてくれぬか」

 はだけられた湯文字の上に露わにされた両足を少しだけ開いた。
 若殿はその間をじっと見つめた。一体何を見ているのかと思う。あまり美しいとは思えぬ形をしているのだが。

「なるほど」

 そう言って若殿は今度は左の手で乳房の先端に触れながら、右の手で足の間に触れた。器用な方と思っていられたのはわずかの間だった。
 むずむずとした感触が乳首と足の間の二か所から走ると、それまで少しはゆとりのあった心持ちが吹き飛びそうになってくる。
 ことに足の間に触れる指の動きは次第に早くなってきて、何やら水音まで聞こえてくる。乳房からのむずむずとは違い、びりびりと鋭いものが背筋を走り、じっとしていられなくなりそうだった。



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