銀河の鬼皇帝は純愛を乙女に捧げる

三矢由巳

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第九章 鬼起つ

46 謹慎の波紋

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 ノーブルビジョンの撮影クルーは頭を抱えていた。
 チャンドラーの追悼式を終えたビダル公爵サカリアスと母である皇帝との久しぶりの対面を放送するのは、この舞踏会生放送の山場になるはずだった。
 ビダル公爵はアルベルト・フラート総督捕縛の報道を見た多くの帝國民から強い支持を得ていた。さらにチャンドラーでの追悼演説や少女救出の報道は周辺の星系の人々の心を掴んだ。その公爵がH・F・Mで宮殿に参内した。これは大きな話題になると撮影陣は色めきたった。
 しかも今話題のルシエンテス子爵令嬢もそこにいる。ガスパル殿下逮捕のきっかけとなった令嬢は領地の凶悪死刑囚の死刑執行命令書に署名したということで話題になっていた。しかも某令嬢の証言では元は庶民として育ったという。令嬢について多くの貴族が関心を持っている。そこへきてパブロス社の広告塔として奇抜な化粧と豪華なドレスで舞踏会に現れた。これが注目を浴びないはずがない。
 話題の二人が皇帝の御前に現れる。皇帝が息子の功績を称え、息子が母の偉大な治世を寿ぐ。子爵令嬢は皇帝に挨拶し、皇帝はそのメイクについて尋ねる。人々の望むシーンが展開されるはずだった。
 だが、実際は皇族や多くの貴族の前でとんでもない場面が展開されることとなった。
 皇帝は息子よりも銀髪の美男子に興味を示し名まえまで聞いた。美男子ファン・ソーメレンは恋人はマシンと皇帝の誘惑をうまくかわした。もし皇帝が愛人にすると言ったら愛人プルデンシオ・タメスがどんな態度をとることかと、撮影クルーはひやひやしていたが、どうやら愛人にはしないようだった。
 ルシエンテス子爵令嬢とは化粧の話で始まった。よしこれでいけると思った。
 皇帝は彼女にまだ少年のゴンサレス公爵との結婚を持ち掛けた。これは世紀の大スクープだと喜んだのもつかの間、ゴンサレス公爵がまことかと問い、子爵令嬢はモニカ四等女官の存在と年が離れ過ぎているとそれぞれ皇帝の提案を当人たちが受け入れなかった。
 撮影クルーは二人からカメラをそらし、ビダル公爵に向けた。その途端のビダル公爵の爆弾発言に、ノーブルビジョン本社でモニターを見ていたスタッフは慌てた。放送事故だと。現場の映像を止めて別の映像に差し替えようとしたが、何故か差し替えられず、宮殿大広間の驚くべき映像が貴族や騎士の家庭に流された。
 皇帝がビダル公爵に無期限謹慎を、ルシエンテス子爵令嬢に北の宮殿入りを命じ、二人が近衛兵に引き離されるという、昔の王族や地球の王侯を題材にした映画やドラマでしか見られないような場面に人々は釘付けになった。
 ようやく可愛い子猫が戯れる動画と差し替えたものの、遅かった。
 この動画が強制的に消去されると考えたマニア向けの映像販売をしている下級貴族・騎士らは急いで動画を複製した。マニアにネットで連絡しすぐに映像を販売した。



 撮影現場である宮殿大広間では人々の動揺がやまなかった。撮影クルーはなんとかして華やかな舞踏会の映像をと思ったが無理だった。玉座付近では皇帝に何やら訴えている軍務大臣を総理大臣がまあまあと落ち着かせようとしていた。軍務大臣夫人は知り合いの夫人達とともに語り合っていた。皇子たちのいるあたりからは時折笑い声が聞こえた。離れた場所にいると遠近法が狂っているかのように見えるモラル伯爵令嬢が同年代の令嬢たちに大きな身振り手振りを交え何やらわめくように語っていた。銀髪のファン・ソーメレンとロルカ子爵令嬢は軍人達と声を潜めて語り合っていた。皇族の夫人達はモニカ四等女官を囲み、ヒステリックに喚いていた。その内容があまりにひどい上に声が大きいので音声を切らざるを得なかった。
 オーケストラは少しでも穏やかな雰囲気にしたいのか明るい曲を演奏するが、喧噪にかき消された。
 スタッフもこんな舞踏会は初めてだった。1時間番組に再編集する時は後半はほぼ使えないだろう。
 結局、騒動を終わらせたのは、皇帝の一言だった。

「今宵はしまいにする」

 玉座に近い場所から沈黙が周縁へと広がるさまは不気味だった。皇帝はドレスの裾を翻し退場した。プルデンシオ・タメスが太鼓持ちのように従った。皇族たちもそそくさと退出した。その中にあってゴンサレス公爵は敢然とモニカ四等女官の手を握っていた。

「これこそ男の鑑だ」

 軍務大臣の声にファン・ソーメレンは手をパチパチと打った。それに合わせるかのように多くの人々が拍手した。

「ゴンサレス公爵万歳!」「ビダル公爵万歳!」

 大きな声が幾度も大広間に響き渡った。こっそりとカメラを回し続けていたクルーの撮影した映像データは数日の間に流出することになる。



 ビダル公爵邸では家令、家政婦長以下多くの使用人たちがそれぞれの持ち場で仕事に支障のない範囲で、ノーブルビジョンの舞踏会生中継を見ていた。
 公爵の早まった到着予定は一緒に航海しているイグナシオ・ブルーノから連絡を受けていた。家令と家政婦長の指示でいつでも公爵を迎えられるように屋敷は磨き上げられた。料理長は最上級の食材を用意し、ソムリエはワインを適温に調整し、パティシエは果物と最上級の材料でケーキの仕込みをした。
 今夜、きっと旦那様はお目当ての方とダンスを楽しまれるに違いない。その方を連れてくるかどうかはわからない。連れて来たらたぶん紳士の旦那様は一緒に少し遅い晩餐をとった後は相手のお嬢様をお屋敷までお届けするに違いない。連れてこなくても夕餉はとられるはず。皆張り切って旦那様のために支度をした。
 だが、舞踏会で恐ろしいことが起きた。
 お相手の子爵令嬢と引き離され無期限の謹慎を言い渡された。近衛兵10人以上に囲まれ旦那様は大広間から連れ出された。
 家令は急遽使用人達を集め、謹慎の間決して旦那様に不自由な思いをさせないようにと訓示した。全員皆同じ思いだった。

「旦那様がお帰りです」

 門の横の小屋に詰めているイェルン・ホフラントが家令のタシテ・オルテガに伝えた。

「門を開けなさい」

 イェルンは自動扉を開けた。門から入って来たのは近衛隊の装甲車だった。車寄せに止めた車から降りて来た兵士は仰天した。

「なんだ、これは」

 開かれた扉の向こうには数十人の使用人が並び、その前に家令と家政婦長が毅然とした表情で立っていた。
 兵士は装甲車の後部のドアを開けた。サカリアスが降り、扉の前に立った。

「お帰りなさいませ」

 その場の使用人達が一斉に声を出した。まるで帝國立オペラ劇場の俳優たちのように彼らの声はそろっていた。
 サカリアスを囲むように立っていた兵士たちは恐れを覚えた。武器を持っていないはずなのに彼らには兵士に劣らぬ気迫があった。
 それでも小隊長は仕事をしなければならなかった。

「皇帝陛下の命により、ビダル公爵を無期限の謹慎に処す。謹慎の間はこの屋敷の敷地の外に出ることはまかりならぬ。また面会人は門前の兵士詰め所に届け出なければならない」

 公爵邸の前の道路は広い。兵士詰め所を置くだけの余地はあった。大型の車が停まる音がしたので、たぶんこれから設置するのだろう。
 その後も小隊長は禁止事項を読み上げたが、サカリアスだけでなく使用人達は微動だにしなかった。
 
「以上である」

 そう言った小隊長と兵士らはサカリアスが扉の向こうに消えると装甲車に逃げるように乗り込み、門から出て行った。
 イェルンは臆病者どもめと呟いて自動扉を閉めた。



 家令も家政婦長も謹慎のことは何も言わなかった。サカリアスは風呂へ導かれ遠慮なく湯を使い汚れた身体を洗い、清潔な衣類を身につけた。
 不思議なもので、風呂に入ると頭がすっきりした。それまでアマンダのことや母、弟のことで頭が混乱していた。装甲車に乗っている間も皇帝にあんなことを言うべきではなかった、弟はいつの間にモニカを愛人にしたのか、母は何故アマンダを弟の妻にと考えたのか、などなどぐるぐると考え、結局俺がすべて悪いのではないかと結論じみたことを思い、落ち込んでいた。
 だが、風呂に入り着替え、食事の間でうまい食前酒を飲むと、とりあえず北の宮殿にいればアマンダは安全なのだと気が付いた。母が弟の妻の候補にしたのだから、アマンダをひどい目に遭わせるわけがなかった。むしろ自分が今後どういう目に遭わされるかが問題だった。実の息子でさえ逮捕させたのだ。サカリアスも何かの罪で逮捕されてもおかしくない。兄たちが喜んで無実の罪を着せてくれるに違いない。
 このまま黙っていれば、姉は査問会で追及され、アマンダは弟と結婚させられ、モニカは愛人のまま、自分はここで生殺しかあるいは兄たちあたりに罪を着せられる。
 ならば動くしかあるまい。

「旦那様、メインはお肉がよろしいですか、それともお魚がよろしいですか」

 タシテの問いに、サカリアスは答えた。

「両方だ」
「かしこまりました」

 まずは食べなければならない。そして動くために身体を鍛えねばならない。



 北の宮殿。
 懐かしい場所だった。ゲバラ侯爵夫人、サカリアス、ビクトルとの思い出がよみがえる場所のはずだった。
 だが、今は夜である。明るい陽射しの下での思い出の場所がどこかわからない。
 しかもそばには大勢の女性がいる。
 寝室になっている部屋に案内されると少し年上に見える女性が挨拶した。

「お世話をさせていただくベリンダと申します」

 もしアマンダが冷静な精神状態だったら彼女がかつてこの宮殿で過ごした時に一緒にテニスをした少女だと気付いたかもしれない。
 だが、アマンダは気付かなかった。無論ベリンダも奇妙なメイクをした子爵令嬢がかつてのアマンダだとは気づかなかった。
 ベリンダはお風呂の支度が出来ておりますと言い、アマンダをバスルームに案内した。

「お化粧を落とさなければなりませんね。クレンジングクリームはこちらです。濃い化粧もこれなら落ちます」

 ああ、そうだったとアマンダは思った。ドレスもレンタル会社に返さねばならない。ドレスを汚してはならないので脱いで下着だけになり、クレンジングクリームを顔全体に塗った。濃い部分を中心にマッサージするように塗って柔らかい紙で拭いた。

「え?」

 紙にメイクの色がまったく付いていなかった。

「嘘でしょ?」

 クリームを全部拭いた後鏡を見た。クリームを塗る前と同じ顔が映っていた。
 アマンダはあまりのことにそれまでの悲しみも苦しみも忘れていた。



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