銀河の鬼皇帝は純愛を乙女に捧げる

三矢由巳

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第九章 鬼起つ

35 乱入者たち

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「領民を信じる故に署名をしたというのか」
「はい。判決を出すまでに関わった多くの人々の総意が死刑判決だと思うのです」
「なるほど。朕は法律で定まった義務であるからと答えるのかと思っておった。ところで子爵領の人口はいかほどか」

 デザートを食べながらの会話にしては少々血なまぐさいと女官長は思ったが、皇帝が所望した話なのだから仕方ない。
  
「約85000人です」
「大学を作るにはちと少なくないか。高齢者率が高いなら若者は少ないはず」

 アマンダは少し答えに詰まった。人口のことまでは考えていなかった。

「領内からだけでなく外から入学する学生もいるかと。若い人が増えれば領内も活気づくと思います。その中には卒業後も研究者として領内に残る人がいるはずです」

 話題はたびたび変わるが、一貫していたのは今後のアマンダの政策についてだった。皇帝はアマンダの政策の問題点を指摘し、それに対してアマンダも考えながら答えた。

「外から人を入れれば領内の雰囲気も変わろう。犯罪も増えるかもしれぬ。もしセタのような者がまた現れたらいかがする?」
「まず予防が肝心かと」
「いかにして防ぐ?」
「子ども達に防犯教育をします。また犯罪の起きにくい街作りを考えています」
「いかなる街にするのだ?」
「防犯カメラの設置は当然ですが、人々の子どもに対する意識、たとえば夜道を一人で歩いている子どもがいればそれを放置しないように意識を変えていくことも大事です」
「どうやって変える?」
「啓発活動をします。自治体単位で」
「公共放送を使うというのはどうだ?」
「あ! それはいいですね。ニュースの最後で呼びかけたり、番組を作ったりするんですね」
「Zについて死刑で終わりではなく、きちんと背景を研究し検証する番組を作らせるというのもよいのではないか」
「陛下は凄いですね。そんなこと思いつきませんでした」
「ともすれば人は嫌な出来事を忘れたくなるもの。忘れているとまた同じことが起こる。朕は帝國の歴史で学んだのだ。だから過去を人は知らねばならぬ」

 女官長は懐中時計を見た。皇帝はその仕草で食事を終えねばならぬことを悟った。

「そろそろお開きだ。こういう話をする相手がおらぬから今日は楽しかった。何年ぶりであろうか」

 皇帝の脳裏に星の離宮に数か月しかいなかった男のことが浮かんだ。あの男も目を輝かせて福祉行政を語っていた。

「恐悦至極にございます」

 アマンダは食事の間を去る皇帝を見送るため立ち上がった。

「母上! なんとかしてください」

 突然の男の声にアマンダは料理が運ばれてきたドアを振り返った。
 そこには髪の毛を振り乱し血相を変えた男が立っていた。着ている物から見るとそれなりの高い身分に見える。だがその服に相等しい中身かは疑わしかった。

「殿下、ここをどことお思いですか」

 女官長が立ちはだかった。皇帝は眉をわずかに顰めた。

「どけ! カサンドラ!」

 殿下と呼ばれた男は女官長の脇をすり抜けずかずかと皇帝の前に立った。

「ガスパル、何を慌てておる」

 皇帝の第七皇子そしてサカリアスの兄。金融会社の社長で高利貸しを裏でしているとアマンダは聞いていた。サカリアスに似ていないことにアマンダは驚いた。
 驚いたのはそれだけではない。皇帝の息子を見る目つきに情愛らしいものが見えないのだ。

「これが慌てずにいられましょうか。私の会社を営業停止にするなど。大勢の社員が路頭に迷います」
「それが金融局の判断ならば致し方あるまい」
「当社の業務は法に触れておりません」
「だが、コンベニエンサが金融法で決められた以上の利率で金を貸していると財務大臣から報告が上がっておる」
「財務大臣が偽りを申しているのです」
「マドリガル男爵がきちんと仕事をしておるだけのこと」
「母上、皇帝の息子の会社が営業停止など、母上にとっても恥ではありませんか」
「朕は皇帝である。おぬしは血はつながっているが、臣下である。よって朕の恥にはならぬ」

 突き放された皇子は両の手の拳を握りしめた。

「それでも、母か……」
「皇帝は臣民の母である。臣民が高利に苦しんでいればそれを改めるように尽くさねばならぬ」
「くっそおお!」

 ガスパルは目についたテーブルの上のティーポットをつかみテーブルにたたきつけた。かけらが飛んできたのでアマンダは後ずさった。

「大丈夫ですか」

 女官長はアマンダに駆け寄った。

「大丈夫です。少しお茶がドレスにかかっただけで」

 ドレスの裾にお茶の小さなしみがいくつか見えた。女官長は鋭い目つきでガスパルを見つめた。

「バカ男爵殿下、この方は子爵令嬢です。下位の爵位の者が上位の爵位の者に狼藉を働けばどうなるか御存知ですか」
「おい、俺は皇子だぞ。それにお茶が飛んだくらいじゃないか!」

 その言葉が終わらぬうちに皇帝の背後のドアから大勢の衛兵が入って来たかと思うとガスパルを捕縛した。あっという間の出来事でアマンダは茫然となった。本当に予想外のことが多過ぎる。
 来た時と同じ速さで衛兵はガスパルを連れて出て行った。
 皇帝は女官長に水を所望した。

「少々騒がしくしてしまったな」

 少々どころではなかった。

「このドレスはクリーニングしてお返しします」
「クリーニングとな、そなたは本当に面白いことを」
「お借りしたのですから」
「貸したつもりはない。着て帰ればよい。しみが気になるなら宮殿出入りの業者に持ってゆくがよい。この生地は普通の業者では扱えぬ」

 アマンダは皇帝の気前の良さに驚いた。いや皇帝というのはこういうものかもしれなかった。

「おそれいります」

 そこへ水の入ったグラスを持って女官が入って来た。
 皇帝が口にした後、アマンダも自分の前にあるグラスの水を飲んだ。

「おいしうございますね」
「水がおいしいか」
「はい」

 皇帝はアマンダの笑顔を見つめた。

「そなたはまっとうな家庭で育ったのだな」
「おそれいります」

 母のいない家庭でも父がその分の愛情を子ども三人に注いでくれたことをまっとうといえばそうなのだろう。豊かではないがもらった水一杯をおいしいと笑って言えるように父は子どもを育ててくれたのだ。

「朕にはなかった」
「え……」 

 思いがけない皇帝の言葉だった。だが一秒もせぬうちに皇帝は何事もなかったかのような表情になっていた。
 
「さて、引き留めてしまったな。供の者らが心配しておろう。供の者には夕餉を出し、土産も持たせるよう手配しておる。舞踏会まではおるのであろう」
「はい」
「次に会うのを楽しみにしておる」

 今度こそ宮殿を出られるとアマンダは安堵した。
 皇帝が食事の間から出るのを見送ってほっとしていると女官長が来た。
 
「ルシエンテス子爵令嬢、ここでのことは絶対に話さぬように」
「はい」

 とはいえ、この騒ぎのことはサカリアスに伝えねばならぬと思った。その一方で、皇帝の孤独を感じさせる表情が気になった。



 帰りは廊下をぐるぐる回らずに三回ほど曲がっただけで来た時と同じ正門前の車寄せに到着した。すっかり暗くなっていたが、車寄せ周辺は照明があり明るかった。車はまだ来ていなかった。

「お嬢様!」

 ミランダとアルバが駆け寄った。二人とも心配していたようでアマンダを見ると泣きそうな顔になった。

「大丈夫。夕餉をいただいただけ。二人とも夕餉はどうだった?」
「おいしうございました」

 ミランダはそう言った後貰った土産の大きな袋を見せた。一体皇帝は何を土産に持たせたのだろうか。
 そこへ正門から黒塗りの車が勢いよく入って来た。外からなので迎えの車ではない。三人は危険を感じ後ずさった。
 まるでドラマで犯罪組織の悪党が対立組織に乗り込んでくるような感じだとアマンダは思った。
 実際、車から次々に降りて来た男達は物騒な言葉を口にしていた。

「あのクソババア、ぶっ殺してやる!」
「おいよせ、そんなこと聞かれたらおまえがヤバいぞ」
「だが、このやり方はまともじゃねえ!」
「おい、そこに誰かいるぞ」

 男達はアマンダ達に気付いた。

「女官か?」
「それにしちゃ垢ぬけてないぞ」

 アマンダは一歩前に出た。ミランダがいけませんと言うのが聞こえた。アルバも駄目ですと言った。

「お嬢ちゃん、こんなところで何してるんだ」

 四人の中で一番紳士的に見える男が尋ねた。無論四人の中でである。もし街でこんな男と出くわしたら逃げた方がいいと思われる雰囲気があった。何しろ、最初にぶっ殺してやると口にしていた御仁なのだから。

「迎えの車を待っております」
「迎え? 宮殿に用があったのか」
「陛下に謁見申しました」
「はーん、つまり田舎から出て来た貴族か。どこからだ?」
「申し訳ありませんが、己の名を名乗らぬ方に名を伝えることはできません」

 男はぶっと吹き出した。

「本当に田舎者だな。俺の顔も知らないなんて」
「はい。存知ません」

 その時だった。警備兵らと侍従が駆けて来た。

「フーゴ男爵様、いかが、されたの、ですか。連絡も、なしにおいでに、なるとは」

 息を切らしたのか、侍従は苦し気だった。アマンダは彼らがサカリアスの兄たちだと気付いた。先ほどのバカ男爵ガスパルの件で来たらしい。

「陛下にお会いしたい」
「今夜は陛下はどなたにもお会いになりません」
「おい、息子四人が来てるんだぞ!」

 侍従はひるまなかった。

「なりません。陛下の安寧を乱すのはたとえ皇子殿下であろうと」

 そこへ車が近づいた。四人の皇子の乗った車を避けるようにアマンダ達の横に停まった。

「お迎えに上がりました」

 運転手の声がこれほど嬉しいことはなかった。
 




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