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第九章 鬼起つ
23 私は見た
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追悼式は翌々日の午前9時からチャンドラー基地から25キロほど離れたコシエン球場で開催されることになっていた。球場といってもフットボール用ではなくベースボール専用である。海賊の被害を受けなかった地区にあり、火災直後は避難所になっていた。
ベースボールは日本系と一部のエスパニア系・ネーデルランド系の人々の間で熱心に行われていた。彼らのいる星では都市に球場が作られ、そこを拠点とするプロチームが結成された。さらには大学や高等学校、その下の世代にもチームが作られ、年代ごとにトーナメント戦やリーグ戦が行われて多くのファンを魅了していた。
コシエン球場は地球の有名な球場の記憶を残すために作られたもので、周囲を緑濃いツタが覆った外観が有名だった。スタンドの収容人数は八万人。ドーム状の開閉式の屋根で覆われた全天候式の球場である。コーンウェルの全高等学校参加のトーナメント戦の決勝大会が年に一度行われ、全試合スタンドは満員、映像端末での惑星視聴率は60%を越える一大イベントとなっている。
またフィールド部分はベースボールの試合以外でもコンサート等に活用されている。今回の式もフィールドにはチャンドラー市長、コーンウェル惑星総督、チャンドラー基地幹部、遺族代表千人の席、本塁付近に演壇が設けられている。
式開始五時間前からスタンド席の入場が始まった。各入口では所持品検査と金属探知機での身体検査が行われるため入場時間を早めたのである。八万人入る会場だが、今回は安全のため事前抽選で四万人しか入場できない。入れない人々のために球場の外の芝生広場と近くの市民公園の広場に大型のスクリーンが設置された。そちらにも早朝から場所取りをする人々が多かった。
球場と二つの会場では、軍と警察が厳重な警戒態勢をとっていた。会場へ通じる主要な道路には自動小銃を携帯した兵士が数メートルおきに立ち睨みをきかせた。無論、クライフのルーベンススタジアムのようなことにならないように彼らには事前に市民に対する発砲を控えるようにと命令が下っていた。発砲はあくまでもビダル公爵を害する恐れのある者に対してのみ許すと彼らの上司は訓示した。
配備に就くよう命じられた兵士は仲間に囁いた。
「暗殺するような奴が暗殺者でございって恰好してるはずないだろ。それこそ普通の市民みたいな顔してるんじゃないか」
「上の命令で撃てばいいんじゃないか」
「その上があてになんないからなあ」
二人は苦笑いを浮かべた。海賊の攻撃で多くの軍人が死に、最近やっと部隊の再編が終わったものの新しい上司たちは慣れない任務に皆四苦八苦していた。そこへ首都から追悼式に第八皇子ビダル公爵が来るというわけで、現場は上から下まで混乱が続いていた。とりあえず軍としての体裁は整えているが、緊急の事態に速やかに対処できるか古参になればなるほど兵士たちは不安を感じていた。
幸いにもビダル公爵サカリアスは式開始15分前に無事に球場に入った。
式次第は国歌斉唱から始まり、皇帝のメッセージ読み上げ、ビダル公爵の追悼演説、献花(チャンドラー市長・遺族代表・負傷者代表・ビダル公爵・コーンウェル惑星総督・チャンドラー基地司令官・市民代表)、黙祷(帝國標準時8時25分)、遺族代表二人の言葉、そして最後は放鳥で終わることになっていた。
開始5分前にサカリアスはフィールドに設けられた演壇の脇の席に着いた。人々は入場のアナウンスと同時に席から立ち上がり少将の黒の礼装姿の公爵を迎えた。スタンドとフィールドを埋める人々のほぼ黒一色の姿にサカリアスは呑まれそうになった。が、ぐっとこらえ丹田に力を込めた。近い将来、もっと大勢の人々の前に立つことになるかもしれぬのだ。これで気圧されているわけにはいかない。
「これより帝國標準暦8月31日のチャンドラー基地及び周辺市街地に於ける海賊残党による爆撃事件の追悼式を執り行います」
司会のコーンウェル放送協会のベテランアナウンサー、テルセロ・ラモン・ミヤタの声が響き渡った。
早くもすすり泣きの声がスタンドのあちこちから漏れ聞こえてきた。
「帝國国歌斉唱。皆様、御起立ください。高齢の方、お身体の不自由な方はそのままでも帝國への敬意を表することが可能です。どうか無理をなさらぬように」
アナウンサーの声は首都星のものとは明らかに違う温かさを感じさせた。アクセントが帝國標準語とわずかに違うだけなのだが。
サカリアスはさっと立ち上がった。軍人は誰よりも早いらしく基地司令官らとほぼ同時だった。
人々が立ち上がったのを見計らい、フィールド上に待機していた市民オーケストラの指揮者がタクトを振ると荘厳な前奏が始まった。
テラセカンドは 星々の 光集めた 国にして
民の心は いや高く 帝の慈悲は いや深し
帝國太祖アルフォンソ アレクサンドラ皇后の
作り給いし 都こそ 我らが誉 いざ進め
全部で十番まである国歌の一番である。式典では一番だけを歌うことになっている。
辺境のコーンウェルで首都を称える国歌を歌うのはどうかとサカリアスは思うのだが、これは慣例だから仕方ない。いつものように思い切り大きく口を開けて歌ったら、近くにいた市長がギョッとした顔でサカリアスを見た。が、すぐに不敬だと思ったのか目をそらした。
歌いながらサカリアスはスタンドを見た。人数の割に声が小さかった。恐らく口だけ開けて歌うフリをしている者が多いのだろう。免税されたとはいえ、帝國への不満はくすぶっているらしい。軍や警察は過激なデモ隊のメンバーを逮捕したので武装蜂起は沈静化したものの、いつまた騒動が起きないとも限らないとサカリアスは思う。
国歌斉唱が終わった。
「これより畏れ多くも皇帝陛下から賜りました大御言をビダル公爵サカリアス・アルフォンソ・ベテルギウス皇子殿下が披露なさいます。引き続き起立願います」
司会者の言葉の後、サカリアスはメッセージの書かれた封書を持って演壇に上がった。
その瞬間、風が吹き、サカリアスの赤い髪がなびいた。数人の軍人達がはっと目を見張った。宇宙軍基地なら必ず講堂に掲示されている初代皇帝アルフォンソの若き日の肖像画にあまりに似ていたのだ。
「皇帝陛下の大御言」
マイクが必要ないのではないかと思われるような大音声だった。人々の視線は一斉にサカリアスに向けられた。サカリアスは丹田を意識した。
「此度のケプラー星系コーンウェル星チャンドラー市民に襲い掛かりし宇宙海賊の災厄を朕衷心より悼む。一万を超ゆる尊い犠牲を朕忘るまじ。また残されし家族の悲嘆、苦衷を思えば朕の胸もまた痛む。帝國臣民は朕の子も同じなり。子の命を奪いし者どもを朕は決して許すまじ。最後の一人に至るまで捕らえて刑に処することを誓う。そして市民の生活の再建が迅速に進むことを願う。皆ゆめゆめ希望を失うこと勿れ。朕は決してチャンドラーの者らを見捨てぬ。皆に幸いのあらんことを祈る。代読 ビダル公爵サカリアス・アルフォンソ・ベテルギウス」
堂々たる朗読だった。サカリアスはメッセージを封筒に入れ、市長に手渡した。
司会者は声に聞き惚れて式次第を忘れそうになった。が、すぐに己の仕事を思い出した。
「続きまして、ビダル公爵サカリアス・アルフォンソ皇子殿下による追悼演説です」
皆立ったままだった。サカリアスは言った。
「皆さん、お座りください」
公爵、それも皇子の演説である。座るなどありえなかった。人々は驚きながらも着席した。
サカリアスは先ほどより少し低い声で演説を開始した。
「私は見た。私は忘れない」
人々は音量が小さくなったので耳を傾けた。一体、公爵は何を見たのか。
「あの日、私は宇宙軍の一兵士として、チャンドラーに出動した」
ざわめきが広がった。市民たちは公爵が兵士として出動していたとは知らなかったし、想像もしていなかったのだ。
「我々の到着は遅過ぎた。眼下にはいまだ燃え盛る多くの建物があるばかり。他の都市から応援に駆け付けた消防車両や救急車両の列が長く続いていた。トラックの荷台に逃げ遅れた人々の遺体が乗せられていた。人々の顔からは恐れも悲しみも怒りも消えすべての感情が麻痺したかのようだった。あの光景を地獄と表現するなど生ぬるい」
再びすすり泣く声があちこちから聞こえた。
「私にできたのはH・F・Mで燃える街に消火剤を散布することだけだった。基地のシェルターに生命反応があったと聞いてほっとした。奥のレストルームにいた四人の子どもたちだ。だが、その他の大勢の避難者は無残にも殺された。仲間を死刑にされたドミンゴ一味の逆恨みだ。私は軍人だから彼らを生かして捕らえねばならなかった。彼らを法による裁きの庭に引き出すためだ。だが、この時ほど彼らを生かして裁判にかけるなど税金の無駄だと思ったことはなかった」
そうだ、そうだとスタンドから声が上がった。海賊を殺せと叫ぶ者もいた。
「私達は彼らを追跡したが、無様にも逃げられた。その後、彼らはドイルで罪もない父と娘を拉致した。私達は彼らを追い詰めたが、不幸にも人質は犠牲となった。だが、海賊の首魁はいまだ捕まっていない。軍人の一人としてまことに恥ずかしい話である。このような場所で追悼の演説をする資格は本当は私にはないのだ」
人々の叫びが静まった。
「一昨日、皇帝陛下の代理としてこの地に降り立った私は、変わり果てた人々の暮らしを知った。まだ年端もいかぬ少女が私に遊ばないかと声を掛けたのだ。少女は身内は皆焼け死んだと言い、募金よりも確実に自分の懐に金が入ると言った。何故だ? 一番最初に保護されなければならぬ子どもが保護されず、募金が手元に届かないとは、どういうことなのだ。私は何も復興に懸命な市長をはじめとする人々を責めているのではない。逆だ。市長らは十分やっている。保護者を失った子どもの弱みに付け込む卑劣な大人がいる、ということだ。募金を中抜きしている強欲な大人がいる、ということだ。このままではいずれ大人に見捨てられ、利用された子ども達の中から海賊になる者が出るだろう。第二、第三のチャンドラーが生まれるかもしれない」
サカリアスには見えた。市長の傍に座っている市の福祉部長の顔色が変わるのが。警察署長の後ろにいる少年犯罪取締の責任者がうつむくのも。
「少々脱線したようだ。私は思う。亡くなった13,851人の御霊を鎮めるには、残された我々が身内を失った市民の暮らしを少しでも以前に近づけることしかないのだと。海賊への復讐は軍人や裁判官に任せて欲しい。どうか市民の皆さんは復興に全力を注いで欲しい。すでに全力を注いでいる人々はたまには空を見上げて休みながら。打ちひしがれている人々は何もできないと焦る必要はない。あなたが生きていることが私には嬉しいのだから。ただ、身の回りに少しだけ目を向けて欲しい。隣に飢えた子はいないか、暮らしに困っている老人はいないか。一人で誰かを助けることは難しい。だから周りの人々や役所の人々と手を取り合って欲しい。細やかな皆さんの目が、皇帝陛下の大きな支援を補うことになるのだ」
司会者がちらっと会場の時計を見た。サカリアスは締めくくることにした。
「私はこの地で見たことを決して忘れない。てい」
日付を言いかけた時、サカリアスは背後に気配を感じ咄嗟に演壇の下に伏せた。軍人や警察関係者はほぼ同時にスタンドの一点に向けて走っていた。
彼らの目指す場所では男達が格闘していた。それは奇妙な光景だった。スタンド警備の制服の警官と思われる男を喪服の男達が取り押さえていたのだ。
駆け付けた警官に男達が口々に叫んだ。
「こいつはニセモンだ!」
「公爵様に銃を向けたんだ」
偽物と言われた警官の手から男が拳銃を奪った。警官はそれが支給されている拳銃とは違うことにすぐに気付いた。殺傷能力が格段に違う大口径の物だった。すぐに警官たちは偽者を拘束した。
サカリアスは再び演壇に立った。
「殿下、まだ危のうございます」
警察署長の言う通り、暗殺者がまだ他にも紛れている恐れがあった。だが、市民がいる。彼らが守ってくれる。
サカリアスは騒ぎのあったスタンドに向きを変えた。
「助けてくれてありがとう。不審者を取り押さえた方々に怪我はないか」
偽警官を取り押さえた男達は慌てて喪服の襟を正した。
「あなた方のおかげで私だけでなく、このスタンドにいる人々が助かったのだ。もし発砲音がしたらその騒ぎで恐慌状態になりスタンドが混乱したかもしれない。あなた方のような方がこれからのチャンドラーを支えるのだ」
人々の間に自然発生的に歓声が起こった。
サカリアスは司会者の困惑した表情に気付いた。これ以上は黙祷の時間に差し障るらしい。
「セニョール・ミヤタ、後はよろしくお願いします」
「献花の儀です。献花される代表の方々は急いで献花台の前にお並びください」
献花が慌ただしく行われ、なんとか黙祷の時間に間に合った。
帝國標準時8時25分(現地時間9時25分)の鐘とともに球場の中の人々は一斉に黙祷した。していないのは偽警官と彼を署に連行する警察官たちと警備の警察官、兵士だけである。
追悼式は予定通りの時刻に終わり、サカリアスは車で球場を出た。チャンドラー基地からシャトルで月に行き、首都に戻ることになっていた。
サカリアスは小さな手ごたえを感じていた。
己の言葉が人々の心を動かした。
式典会場に入場した時と退場する時では明らかに人々から向けられる眼差しが違っていた。
入場の際に拍手すらしなかったスタンドの人々は退場するサカリアスに惜しみない拍手と歓声を送った。
アルカンタルにはやはり爵位で報いるべきではないか。彼の厳しい指摘があればこそ人々の心を動かせたのではないか。
ともあれ来てよかった。しみじみと思った。
突然、車が止まった。停車しないように基地までの信号は操作されているはずである。
運転手が狼藉者ですと叫んだ。
サカリアスは頭を伏せた。その直後、強い衝撃がドアを襲った。装甲の厚い軍用車両を改装した車の中にいる限り安全とはいえ、尋常ならざる事態が起こっていることは明らかだった。
強化ガラスの窓に銃弾らしきものが次々と撃ち込まれては撥ね返される。
まずい。いくら銃弾を撥ね返すガラスでも幾度も撃ち込まれてはヒビが入りたやすく割れてしまう。
サカリアスは礼服の下のホルダーに納めていた拳銃を手にした。いざとなったらこれで応戦するしかあるまい。
※帝國一口メモ
帝國のベースボール専用球場の名称にはコシエン、コラックエン、ジング、ハマスタ、ナゴヤ、ヒロシーマ、ナガシーマ、イチロ、オタニ、ノモ等の日本由来の名称が多く使われている。建設を推進したのが日本系の人々だったためと思われる。特にコシエンの名は31の惑星で用いられ、高等学校年代の大会が年に一回(あるいは二回)行われ多くの人々が応援に駆けつける。その際の優勝旗は由来は不明だが赤もしくは紫を基調としたものと決まっている。
ベースボールは日本系と一部のエスパニア系・ネーデルランド系の人々の間で熱心に行われていた。彼らのいる星では都市に球場が作られ、そこを拠点とするプロチームが結成された。さらには大学や高等学校、その下の世代にもチームが作られ、年代ごとにトーナメント戦やリーグ戦が行われて多くのファンを魅了していた。
コシエン球場は地球の有名な球場の記憶を残すために作られたもので、周囲を緑濃いツタが覆った外観が有名だった。スタンドの収容人数は八万人。ドーム状の開閉式の屋根で覆われた全天候式の球場である。コーンウェルの全高等学校参加のトーナメント戦の決勝大会が年に一度行われ、全試合スタンドは満員、映像端末での惑星視聴率は60%を越える一大イベントとなっている。
またフィールド部分はベースボールの試合以外でもコンサート等に活用されている。今回の式もフィールドにはチャンドラー市長、コーンウェル惑星総督、チャンドラー基地幹部、遺族代表千人の席、本塁付近に演壇が設けられている。
式開始五時間前からスタンド席の入場が始まった。各入口では所持品検査と金属探知機での身体検査が行われるため入場時間を早めたのである。八万人入る会場だが、今回は安全のため事前抽選で四万人しか入場できない。入れない人々のために球場の外の芝生広場と近くの市民公園の広場に大型のスクリーンが設置された。そちらにも早朝から場所取りをする人々が多かった。
球場と二つの会場では、軍と警察が厳重な警戒態勢をとっていた。会場へ通じる主要な道路には自動小銃を携帯した兵士が数メートルおきに立ち睨みをきかせた。無論、クライフのルーベンススタジアムのようなことにならないように彼らには事前に市民に対する発砲を控えるようにと命令が下っていた。発砲はあくまでもビダル公爵を害する恐れのある者に対してのみ許すと彼らの上司は訓示した。
配備に就くよう命じられた兵士は仲間に囁いた。
「暗殺するような奴が暗殺者でございって恰好してるはずないだろ。それこそ普通の市民みたいな顔してるんじゃないか」
「上の命令で撃てばいいんじゃないか」
「その上があてになんないからなあ」
二人は苦笑いを浮かべた。海賊の攻撃で多くの軍人が死に、最近やっと部隊の再編が終わったものの新しい上司たちは慣れない任務に皆四苦八苦していた。そこへ首都から追悼式に第八皇子ビダル公爵が来るというわけで、現場は上から下まで混乱が続いていた。とりあえず軍としての体裁は整えているが、緊急の事態に速やかに対処できるか古参になればなるほど兵士たちは不安を感じていた。
幸いにもビダル公爵サカリアスは式開始15分前に無事に球場に入った。
式次第は国歌斉唱から始まり、皇帝のメッセージ読み上げ、ビダル公爵の追悼演説、献花(チャンドラー市長・遺族代表・負傷者代表・ビダル公爵・コーンウェル惑星総督・チャンドラー基地司令官・市民代表)、黙祷(帝國標準時8時25分)、遺族代表二人の言葉、そして最後は放鳥で終わることになっていた。
開始5分前にサカリアスはフィールドに設けられた演壇の脇の席に着いた。人々は入場のアナウンスと同時に席から立ち上がり少将の黒の礼装姿の公爵を迎えた。スタンドとフィールドを埋める人々のほぼ黒一色の姿にサカリアスは呑まれそうになった。が、ぐっとこらえ丹田に力を込めた。近い将来、もっと大勢の人々の前に立つことになるかもしれぬのだ。これで気圧されているわけにはいかない。
「これより帝國標準暦8月31日のチャンドラー基地及び周辺市街地に於ける海賊残党による爆撃事件の追悼式を執り行います」
司会のコーンウェル放送協会のベテランアナウンサー、テルセロ・ラモン・ミヤタの声が響き渡った。
早くもすすり泣きの声がスタンドのあちこちから漏れ聞こえてきた。
「帝國国歌斉唱。皆様、御起立ください。高齢の方、お身体の不自由な方はそのままでも帝國への敬意を表することが可能です。どうか無理をなさらぬように」
アナウンサーの声は首都星のものとは明らかに違う温かさを感じさせた。アクセントが帝國標準語とわずかに違うだけなのだが。
サカリアスはさっと立ち上がった。軍人は誰よりも早いらしく基地司令官らとほぼ同時だった。
人々が立ち上がったのを見計らい、フィールド上に待機していた市民オーケストラの指揮者がタクトを振ると荘厳な前奏が始まった。
テラセカンドは 星々の 光集めた 国にして
民の心は いや高く 帝の慈悲は いや深し
帝國太祖アルフォンソ アレクサンドラ皇后の
作り給いし 都こそ 我らが誉 いざ進め
全部で十番まである国歌の一番である。式典では一番だけを歌うことになっている。
辺境のコーンウェルで首都を称える国歌を歌うのはどうかとサカリアスは思うのだが、これは慣例だから仕方ない。いつものように思い切り大きく口を開けて歌ったら、近くにいた市長がギョッとした顔でサカリアスを見た。が、すぐに不敬だと思ったのか目をそらした。
歌いながらサカリアスはスタンドを見た。人数の割に声が小さかった。恐らく口だけ開けて歌うフリをしている者が多いのだろう。免税されたとはいえ、帝國への不満はくすぶっているらしい。軍や警察は過激なデモ隊のメンバーを逮捕したので武装蜂起は沈静化したものの、いつまた騒動が起きないとも限らないとサカリアスは思う。
国歌斉唱が終わった。
「これより畏れ多くも皇帝陛下から賜りました大御言をビダル公爵サカリアス・アルフォンソ・ベテルギウス皇子殿下が披露なさいます。引き続き起立願います」
司会者の言葉の後、サカリアスはメッセージの書かれた封書を持って演壇に上がった。
その瞬間、風が吹き、サカリアスの赤い髪がなびいた。数人の軍人達がはっと目を見張った。宇宙軍基地なら必ず講堂に掲示されている初代皇帝アルフォンソの若き日の肖像画にあまりに似ていたのだ。
「皇帝陛下の大御言」
マイクが必要ないのではないかと思われるような大音声だった。人々の視線は一斉にサカリアスに向けられた。サカリアスは丹田を意識した。
「此度のケプラー星系コーンウェル星チャンドラー市民に襲い掛かりし宇宙海賊の災厄を朕衷心より悼む。一万を超ゆる尊い犠牲を朕忘るまじ。また残されし家族の悲嘆、苦衷を思えば朕の胸もまた痛む。帝國臣民は朕の子も同じなり。子の命を奪いし者どもを朕は決して許すまじ。最後の一人に至るまで捕らえて刑に処することを誓う。そして市民の生活の再建が迅速に進むことを願う。皆ゆめゆめ希望を失うこと勿れ。朕は決してチャンドラーの者らを見捨てぬ。皆に幸いのあらんことを祈る。代読 ビダル公爵サカリアス・アルフォンソ・ベテルギウス」
堂々たる朗読だった。サカリアスはメッセージを封筒に入れ、市長に手渡した。
司会者は声に聞き惚れて式次第を忘れそうになった。が、すぐに己の仕事を思い出した。
「続きまして、ビダル公爵サカリアス・アルフォンソ皇子殿下による追悼演説です」
皆立ったままだった。サカリアスは言った。
「皆さん、お座りください」
公爵、それも皇子の演説である。座るなどありえなかった。人々は驚きながらも着席した。
サカリアスは先ほどより少し低い声で演説を開始した。
「私は見た。私は忘れない」
人々は音量が小さくなったので耳を傾けた。一体、公爵は何を見たのか。
「あの日、私は宇宙軍の一兵士として、チャンドラーに出動した」
ざわめきが広がった。市民たちは公爵が兵士として出動していたとは知らなかったし、想像もしていなかったのだ。
「我々の到着は遅過ぎた。眼下にはいまだ燃え盛る多くの建物があるばかり。他の都市から応援に駆け付けた消防車両や救急車両の列が長く続いていた。トラックの荷台に逃げ遅れた人々の遺体が乗せられていた。人々の顔からは恐れも悲しみも怒りも消えすべての感情が麻痺したかのようだった。あの光景を地獄と表現するなど生ぬるい」
再びすすり泣く声があちこちから聞こえた。
「私にできたのはH・F・Mで燃える街に消火剤を散布することだけだった。基地のシェルターに生命反応があったと聞いてほっとした。奥のレストルームにいた四人の子どもたちだ。だが、その他の大勢の避難者は無残にも殺された。仲間を死刑にされたドミンゴ一味の逆恨みだ。私は軍人だから彼らを生かして捕らえねばならなかった。彼らを法による裁きの庭に引き出すためだ。だが、この時ほど彼らを生かして裁判にかけるなど税金の無駄だと思ったことはなかった」
そうだ、そうだとスタンドから声が上がった。海賊を殺せと叫ぶ者もいた。
「私達は彼らを追跡したが、無様にも逃げられた。その後、彼らはドイルで罪もない父と娘を拉致した。私達は彼らを追い詰めたが、不幸にも人質は犠牲となった。だが、海賊の首魁はいまだ捕まっていない。軍人の一人としてまことに恥ずかしい話である。このような場所で追悼の演説をする資格は本当は私にはないのだ」
人々の叫びが静まった。
「一昨日、皇帝陛下の代理としてこの地に降り立った私は、変わり果てた人々の暮らしを知った。まだ年端もいかぬ少女が私に遊ばないかと声を掛けたのだ。少女は身内は皆焼け死んだと言い、募金よりも確実に自分の懐に金が入ると言った。何故だ? 一番最初に保護されなければならぬ子どもが保護されず、募金が手元に届かないとは、どういうことなのだ。私は何も復興に懸命な市長をはじめとする人々を責めているのではない。逆だ。市長らは十分やっている。保護者を失った子どもの弱みに付け込む卑劣な大人がいる、ということだ。募金を中抜きしている強欲な大人がいる、ということだ。このままではいずれ大人に見捨てられ、利用された子ども達の中から海賊になる者が出るだろう。第二、第三のチャンドラーが生まれるかもしれない」
サカリアスには見えた。市長の傍に座っている市の福祉部長の顔色が変わるのが。警察署長の後ろにいる少年犯罪取締の責任者がうつむくのも。
「少々脱線したようだ。私は思う。亡くなった13,851人の御霊を鎮めるには、残された我々が身内を失った市民の暮らしを少しでも以前に近づけることしかないのだと。海賊への復讐は軍人や裁判官に任せて欲しい。どうか市民の皆さんは復興に全力を注いで欲しい。すでに全力を注いでいる人々はたまには空を見上げて休みながら。打ちひしがれている人々は何もできないと焦る必要はない。あなたが生きていることが私には嬉しいのだから。ただ、身の回りに少しだけ目を向けて欲しい。隣に飢えた子はいないか、暮らしに困っている老人はいないか。一人で誰かを助けることは難しい。だから周りの人々や役所の人々と手を取り合って欲しい。細やかな皆さんの目が、皇帝陛下の大きな支援を補うことになるのだ」
司会者がちらっと会場の時計を見た。サカリアスは締めくくることにした。
「私はこの地で見たことを決して忘れない。てい」
日付を言いかけた時、サカリアスは背後に気配を感じ咄嗟に演壇の下に伏せた。軍人や警察関係者はほぼ同時にスタンドの一点に向けて走っていた。
彼らの目指す場所では男達が格闘していた。それは奇妙な光景だった。スタンド警備の制服の警官と思われる男を喪服の男達が取り押さえていたのだ。
駆け付けた警官に男達が口々に叫んだ。
「こいつはニセモンだ!」
「公爵様に銃を向けたんだ」
偽物と言われた警官の手から男が拳銃を奪った。警官はそれが支給されている拳銃とは違うことにすぐに気付いた。殺傷能力が格段に違う大口径の物だった。すぐに警官たちは偽者を拘束した。
サカリアスは再び演壇に立った。
「殿下、まだ危のうございます」
警察署長の言う通り、暗殺者がまだ他にも紛れている恐れがあった。だが、市民がいる。彼らが守ってくれる。
サカリアスは騒ぎのあったスタンドに向きを変えた。
「助けてくれてありがとう。不審者を取り押さえた方々に怪我はないか」
偽警官を取り押さえた男達は慌てて喪服の襟を正した。
「あなた方のおかげで私だけでなく、このスタンドにいる人々が助かったのだ。もし発砲音がしたらその騒ぎで恐慌状態になりスタンドが混乱したかもしれない。あなた方のような方がこれからのチャンドラーを支えるのだ」
人々の間に自然発生的に歓声が起こった。
サカリアスは司会者の困惑した表情に気付いた。これ以上は黙祷の時間に差し障るらしい。
「セニョール・ミヤタ、後はよろしくお願いします」
「献花の儀です。献花される代表の方々は急いで献花台の前にお並びください」
献花が慌ただしく行われ、なんとか黙祷の時間に間に合った。
帝國標準時8時25分(現地時間9時25分)の鐘とともに球場の中の人々は一斉に黙祷した。していないのは偽警官と彼を署に連行する警察官たちと警備の警察官、兵士だけである。
追悼式は予定通りの時刻に終わり、サカリアスは車で球場を出た。チャンドラー基地からシャトルで月に行き、首都に戻ることになっていた。
サカリアスは小さな手ごたえを感じていた。
己の言葉が人々の心を動かした。
式典会場に入場した時と退場する時では明らかに人々から向けられる眼差しが違っていた。
入場の際に拍手すらしなかったスタンドの人々は退場するサカリアスに惜しみない拍手と歓声を送った。
アルカンタルにはやはり爵位で報いるべきではないか。彼の厳しい指摘があればこそ人々の心を動かせたのではないか。
ともあれ来てよかった。しみじみと思った。
突然、車が止まった。停車しないように基地までの信号は操作されているはずである。
運転手が狼藉者ですと叫んだ。
サカリアスは頭を伏せた。その直後、強い衝撃がドアを襲った。装甲の厚い軍用車両を改装した車の中にいる限り安全とはいえ、尋常ならざる事態が起こっていることは明らかだった。
強化ガラスの窓に銃弾らしきものが次々と撃ち込まれては撥ね返される。
まずい。いくら銃弾を撥ね返すガラスでも幾度も撃ち込まれてはヒビが入りたやすく割れてしまう。
サカリアスは礼服の下のホルダーに納めていた拳銃を手にした。いざとなったらこれで応戦するしかあるまい。
※帝國一口メモ
帝國のベースボール専用球場の名称にはコシエン、コラックエン、ジング、ハマスタ、ナゴヤ、ヒロシーマ、ナガシーマ、イチロ、オタニ、ノモ等の日本由来の名称が多く使われている。建設を推進したのが日本系の人々だったためと思われる。特にコシエンの名は31の惑星で用いられ、高等学校年代の大会が年に一回(あるいは二回)行われ多くの人々が応援に駆けつける。その際の優勝旗は由来は不明だが赤もしくは紫を基調としたものと決まっている。
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2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
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