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第九章 鬼起つ

09 会いたい

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 アマンダの一日は慌ただしい。午前はミランダ・ナロスの助言を受けてルシエンテス領に関する書類を決裁し、午後は礼儀作法や歴史、法律の講義を受け、夜になると時差のある領地の現状報告をコルテス代理管理人から受けた後は貴族名鑑の暗記をする。ミランダの休みや講義のない時は人気のない庭園を散策したり馬場に行って乗馬の練習をした。侯爵夫人が査問会に召喚されている状態では庭園美術館を開園するわけにはいかなかったのである。
 だが、その合間の休憩時に新たな楽しみができた。映像端末のニュース番組である。

「まさか、殿下がこんなに顔をお出しになるようになるとは」

 お茶を持って来た家政婦長のデボラはしみじみと言う。
 アマンダもサカリアスが招集されて以来、こんなに顔を見る機会が増えるとは思ってもいなかった。
 携帯端末で会話をしようと思えばできないことはないが、同じ惑星ならともかく異星間通信の場合は無理だった。軍用や公的機関のものならともかく、民間の携帯端末では時差が生じてしまうのだ。小惑星や人工通信衛星を経由しても、発信して二時間後に着信というのはざらにある。というわけで、異星間の場合は会話ではなく音声データをメールとしてやり取りするのが一般的だった。
 だが、世の男性の例に漏れず、サカリアスはこれまで二回しか音声データを送って来なかった。父でさえ、三日に一回は文字だけのメールを送って来るというのに。

『首都星に到着した。海軍大臣宅に寄宿する』
『これから月に行く』

 たったこれだけである。
 アマンダは毎日では読むのが大変だろうと思い二日に一回音声データを送っていた。

『お元気ですか。私は日課通りの生活を送っています。今日の午後はトルレス先生の帝國法の講義を受けました。惑星自治法で認められた領主の自治権について話を伺いました。夜、コルテス代理管理人から今年の稲作の生育状況の報告を受けました。大きな台風や旱魃もなく、害虫の発生もなかったので豊作が予想されています。それではお休みなさい』

 本当はもっとたくさん伝えたいことがあった。けれど皇子という公的な立場にあれば私物が周囲の人々の目に留まることもある。アマンダはできるだけ私情を交えずに音声データを録音した。
 それなのに返事はなく、ただ移動する場所しか伝えない。軍人だから秘密もあるのだろうと思うけれど物足りなかった。
 会えない時間が愛を育てると父は言ったけれど、これで育つのだろうか、肥料が少し足りないのではないかとふと思う折もあった。
 が、ある日突然にサカリアスの顔が映像端末に映し出された。
 それは昼食を終えて講義までの間、私室で貴族名鑑のページを繰っていた時だった。最近、やっと伯爵の名まで覚えた。子爵の項を呼んでいると家令のカルモナの声がドアマイクから聞こえてきた。

「お嬢様、端末を御覧ください。ニュースです。帝國ニュースを御覧ください」

 侯爵夫人に何かあったのではないかと思って壁の端末の電源を入れるとサカリアスの顔の写真がどんと大きく現れた。

『……殿下は、この度皇帝陛下の命によりビダル公爵家を再興することになりました。ビダル公爵家は初代皇帝陛下の第二皇子殿下を始祖とします。現在、ガルベス公爵家、ゴンサレス公爵家の二つの公爵家がありますが、家格はビダル公爵家が高く筆頭公爵家となります』

 アマンダはドアを開け、カルモナに尋ねた。

「これはいたずら番組じゃないんですよね」
「滅相もないことです」
「ごめんなさい。あんまり急なことだから」
「手前も最初はいかがわしい番組ではないかと思ったのですが、このアナウンサーは帝國ニュースのメインアナウンサーですから、嘘や冗談ではないはずです」

 それから連日のようにサカリアスの顔が出た。翌日には爵位を任命された時の写真が放映された。サカリアスの緊張した面持ちを、デボラは怖いと言った。アマンダは別にそうは思わなかったのだが、世間では怖いと言われているらしかった。
 ニュースでは皇帝や家族の映像は動画はあまり出ないようだった。そのため静止画になるのだが、サカリアスはたまたまなのか、恐ろし気な顔が切り取られているようだった。
 帝國ニュースのスタッフは悪意を持っているのではないかとカルモナが言うほどだった。
 サカリアスの野心を思えば、公爵に叙せられたのは有利といえる。公爵には領地もあり私的に軍隊を持つことも許される。だが映像は逆効果になるのではないかと思われた。人々が恐怖に震えるのではないか。そう思えるほど映像に登場するサカリアスは恐ろしかった。それも皇帝の前という緊張する場面だからなおさら顔は険しくなる。こういう報道のされ方をすると、先々何かしら不利なことになるのではないかと思えてくる。
 そんな心配をよそに公爵になった翌日には宇宙軍少将になったというニュースが報道された。
 珍しく動画で統合本部長や軍務大臣と並んだ姿だった。軍人は皆厳めしい顔だと思っていたが、軍務大臣は禿頭で校長先生のような顔、統合本部長は半分白髪頭で教頭先生のような顔をしていた。一人サカリアスだけが厳しい指導をする体育教師のような顔だった。

「公爵で中尉というのは確かに不釣り合いですからね。でも怖すぎです。申し訳ないのですが、うちの子はこの顔が出てくると泣くんです」

 ミランダ・ナロスの言葉は当然だと思える。アマンダは話を変えた。

「コーンウェル臣民への課税を一年間免除するということが同時に発表されたけれど、有効な策なのかしら?」

 アマンダの疑問にミランダは頷いた。

「とりあえず、コーンウェルは落ち着くのではないでしょうか。陛下が10,000人の犠牲に目を向けていないという批判はかわせるでしょうから。ただ、他の惑星への影響が問題です」
「他の惑星も同じことを要求すると?」
「はい。帝國直轄領に影響はないと思いますが、伯爵領や子爵領等の貴族の管理している土地では、課税は一律ではありません。ルシエンテス子爵領はゲバラ侯爵領が管理していたので、ほぼ同じ課税制度をとっています。幸いゲバラ侯爵領は他の惑星に比べ課税率が厳しくありませんからルシエンテスでは問題は起きないと思います。ですが、中には税率が高い貴族領がありますので領主に対して免除を要求してくる恐れがあります」
「モラル伯爵領とか?」

 アマンダは他の貴族の財政を調べるために公開されている財務資料をいくつか見ていた。モラル伯爵領のものも読んでいたが、歳入に占める税の割合が人口に比べて多いのが気になっていた。調べてみると、帝國物品税とは別に5パーセントの消費税を独自に徴収していた。

「はい。数年前にも財務省から領民の負担軽減をするように指導が入っています」

 財務省の指導が入ったという話は初めて聞く話だった。

「財務省から指導されるって相当なことね」
「はい。他にもガルベス公爵やバンデラス伯爵、ウルバノ子爵の名もあります。この御三方は陛下の御子様方なのですが」
「領地からの収入だけでなく帝國からも手当があるのに?」
「はい。噂では財務省も手を焼いているとか」
「陛下は叱責されないのかしら」
「おそれながら、そういう話は伺っておりません。ですが、漏れ聞く話は一般の家庭なら、どれも大事になるような話で」
「一体、どういう方々なの?」

 アマンダはビクトルの話でバンデラス伯爵ブルーノや白竜会代表のフーゴ男爵フラビオのことは知っていたが、他の兄たちの話はあまり知らなかった。
 ミランダは恐れながらこれは噂ですがと前置きして七人の兄たちの所業を語った。あまりのことにアマンダは言葉を失った。
 七人とも一般庶民なら、それぞれ相応の施設に収容されてもおかしくない。それなのに、皇帝の秘書官や内務省副大臣、宮内省局長、社長等をしている。だが、母である皇帝は何の手も打っていない。
 財務大臣が反皇帝側になるのも仕方ないように思われた。
 と同時にサカリアスの気苦労を想像した。身内に一人でも犯罪者やそれに類する者がいる人々は身内の所業にどれほど苦しむことか。それが七人もいるなんて。いや他人事ではない。アマンダの将来にも関わってくるのだ。アマンダはサカリアスとともに、この七人の兄たちと戦わねばならないかもしれないのだ。内務省副大臣や反社会的組織の代表だけでも厄介なのに。

「弟のゴンサレス公爵様は心清らかな方だと言われています。まだ13歳ですからね」

 アマンダは安堵した。弟まで問題ありだったらどうしようもない。



 昼食はダイニングでとる。ミランダも一緒である。最初は遠慮していたが、一人ではつまらないからと言われ同席するようになった。
 食後、映像端末でニュースを見た。ここ数日はあまり動きがなかった。サカリアスがコーンウェルに出発する際は報道されるかもしれないと思った。

『……スナイデルのアルベルト・フラート総督は拘束され首都星に向かっています。ビダル公爵の迅速な拘束にスナイデルの人々は歓喜の声を上げています』

「スナイデル?」

 サカリアスはスナイデルに行ったらしい。
 映像は動画だった。音声も入っていた。
 大勢の記者たちがいる広間らしい場所にサカリアスが兵士を従えて入って行く。いつにもまして険しい顔である。
 そこへ赤い上着の人物がニヤニヤ笑ってやって来た。人物名はテロップを見るとアルベルト・フラートとある。
 
『少将閣下、ようこそスナイデルへ。お待ちしておりました。閣下がおいでになれば事態はすぐに鎮静化することでしょう』

 なんだか馴れ馴れしい口調だった。
 年長の兵士が口を開いた。

『アルベルト・フラート総督ですか』
『ええ。スナイデル総督アルベルト・フラートです』

 サカリアスは軍服の懐からさっと文書を出した。まるで日本の時代劇というドラマに出てくる侍が刀を抜くような素早い動きだった。

『召喚状 スナイデル総督アルベルト・フラート 皇帝陛下の命により上の者を査問会に召喚する 以上』

 冷ややかな口調だった。ミランダの子どもなら絶対に泣く。
 その後はまるで時代劇だった。悪役の総督は兵士たちに取り囲まれ拘束され退場した。
 空港から出発するシャトルをスナイデルの人々が歓喜の声で見送っていた。

『ブラボー!』
『公爵に栄光を!』

 アナウンサーは冷静に拘束の事実を伝えた。だが、恐らく視聴者はほぼ全員、サカリアスの登場に快哉を叫ぶだろう。と同時にサカリアスに恐怖を感じるかもしれない。
 怖い人ではないのに。アマンダはサカリアスが誤解されてしまうと思った。本当は優しい人なのに。抱き締めてくれた力の加減や唇の感触を思い出す。
 会って一言伝えたい。あなたはとても優しい人だと。誤解されるのはつらいと。
 そんなアマンダの表情をミランダは微笑ましく見ていた。会えない時間が愛を育てることを彼女も知っていた。


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