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第八章 首都に棲む鬼

06 宇宙軍都市伝説と閣僚達

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 テラセカンド聯合帝國は立憲君主制の国家である。
 聯合帝國憲法では皇帝の下に三権、すなわち行政権を持つ内閣、立法権を持つ国会、司法権を持つ裁判所がある。三権の長は君主たる皇帝に忠誠を誓い、聯合帝國の平和と安定と発展のために権利を行使する義務を負っている。
 陸海空宇宙の各軍は内閣の軍務省の配下にあり、帝國の安寧と平和の維持を目的として活動する。
 ただ、政治学者の間では各惑星の陸海空軍の存在に異論はないが、宇宙軍の存在に対して疑念を持つ者がいた。
 各惑星の陸海空軍の場合、仮想敵は惑星や国家の転覆を謀る武装勢力である。
 宇宙軍は現在、陸海空軍と同様に武装勢力、特に宇宙海賊の掃討殲滅を任務としている。そのため高機能の軍艦やH・F・M等の戦闘マシンを開発し常備している。国家予算に占める割合、所属する兵士の数、基地の数からいえば、陸海空軍の三軍を合わせた以上の規模を持っている。
 なぜそれほどまでに巨大な軍を維持する必要があるのか。帝國は統一され皇帝を倒そうとする者はいても宇宙軍に匹敵する宇宙での戦闘能力を持っている勢力はない。不要ではないかと学者たちは議論を繰り返していた。
 そんな中、50年ほど前に在野の研究者が奇妙な論文をオカルトや都市伝説を扱う雑誌に投稿した。



 「無霧夢むむむ」という日本語の名を持つ雑誌は帝國成立前、移民が開始された頃から出版されている帝國最古の雑誌の一つである。当初はテラの怪奇現象や未確認生物(イエティ・ビッグフット・ネッシー等)を紹介していたが、星々の開拓が進むとテラセカンド独自の怪奇現象や未確認生物(アナコンダ・人魚等)の記事が掲載されるようになった。そこに論文が掲載されたのである。
 無論、そういう雑誌の常としてセンセーショナルな見出しが付けられていた。
 『我々は宇宙人に狙われている! 隠蔽された円盤型宇宙船!』
 論文は全文ではなく抜粋である。以下はその抜粋の概略である。
 宇宙人の乗った円盤型宇宙船と思われる物が30年前(現在からすると80年前になる)、辺境のケプラー星系のクリスティで発見された。
 場所はクリスティの中心部から離れた田園地帯。深夜、畑で大きな音がしたので夜が明けてから見に行った農夫の父子が直径1メートル余り、中心部分が幅50センチほどの円盤を発見した。奇妙な模様の書かれた上の部分が壊れていてそこから中を覗くと、ミニチュアの人形のようなものがいくつか見えた。よく見ると、ひとりひとりが宇宙服のような物を身につけており、まるで肉を焼いたような匂いもする。
 気味が悪くなった父親は警察に連絡した。警察は誰かがおもちゃを捨てたのではないかと考えたが、この形の玩具はどこからも発売されていなかった。
 また昨夜は大きな流れ星を見たという通報もあったので、警察は当時のスーシェ宇宙軍基地に相談した。
 すぐにやって来た宇宙軍の兵士らは現場周辺100メートル四方を立ち入り禁止にし調査を開始、円盤を中の人形ごと回収し基地に運び込んだ。そして父子や集まった近所の人々、警官らに緘口令を敷いた。
 研究者は当時円盤を見た警察官の息子と偶然知り合い、謎の円盤の話を聞いた。息子は30年前のことだから今更誰も本気にしないだろうと笑っていた。
 研究者は興味を持ちスーシェ基地の広報に問い合わせてみた。広報はそのような事実はないと回答した。
 研究者は不審に思い30年前の事件を再調査した。だが調べていくと必ず機密の壁に当たり、詳しいことはわからないままだった。
 ただ円盤が発見された翌年、スーシェの基地の面積が大幅に拡大し配属される兵士が二倍に増えていた。また本格的にH・F・Mの開発が進められ、辺境星系の海賊掃討部隊の数が増えた。
 そこから研究者はある仮説を提唱する。
 円盤は異星からの戦艦であり、たまたま事故でクリスティに墜落したものであると。そして帝國は彼らの攻撃に備えて宇宙軍を増強したと。だが、異星人の存在を帝國民に知らせると無用の恐慌を生むので、円盤を隠蔽したのだと。
 当時の読者に与えた衝撃は大きかった。宇宙軍に問い合わせた読者もいた。だが宇宙軍はそのような事実はない、円盤も存在しないと回答した。
 だが、人々の間では密かに都市伝説として語り伝えられている。宇宙軍はいずれ攻め込んでくると思われる小さな身体の宇宙人と戦うために宇宙船やマシンを開発しているのだと。
 「無霧夢」でも数年に一度特集を組み、そのたびに伝説は読者の間に広まっていった。



「査問会ですと?」

 軍務大臣ファン・デル・ヘイデンは臨時に召集された閣議で聞き慣れぬ言葉を耳にし繰り返していた。
 クライフのルーベンススタジアムの事件について報告した内務省副大臣バンデラス伯爵ブルーノ・シルバは軍務大臣を一瞥した後、周囲の大臣らを見回した。

「査問会が最後に行われたのは帝國暦20年、メンデス伯爵に対してです。メンデス伯爵の領地で徴税に対する不満からデモが起き、多くの死傷者が出ました。死者は124人。メンデス伯爵は爵位を剥奪され領地を返上しました。今回のスタジアムの一件では死者は217人。死者の数からいっても査問会を開催しないわけにはいかないでしょう。たとえ陛下の御子であろうと、臣籍に降嫁した身。一般の貴族と同じではありませんか」

 実の弟(父親は違うが)が姉の査問会について平然と口にするありさまに閣僚達は鼻白んでいた。
 財務大臣エドムンド・アキレス・マドリガル男爵は言った。

「つまり領地で124人を超える死者を出すような事故があれば、査問会に呼ばれるということですか」
「200人を超え、しかも、侯爵夫人は現場のスタジアムにいたのです。その責任は重いと思いますが」
「侯爵夫人は自ら事故について放送で説明し、病院を囲んでいた群衆を解散させ、ルイス監督の遺体を故郷に帰還させている。以後、暴動等は起きていない。侯爵夫人の査問会を行う必要はないと思うのだが」

 そう言ったのは帝國公安委員会委員長エミリアノ・リベジェスだった。

「だが、政庁や侯爵邸周辺では暴徒が騒ぎを起こしています」

 バンデラス伯爵の発言に対して委員長は首を傾げた。

「暴徒は皆逮捕されている。政庁からの報告書には暴徒に反社会組織四匹のドラゴンの構成員と準構成員がいたとある。四匹のドラゴンの上部組織は白竜会だ。バンデラス伯爵、それについてどう思うかね」

 この場にいる皆が白竜会の代表がバンデラス伯爵の弟フーゴ男爵フラビオであることを知っていた。
 伯爵は顔色一つ変えなかった。博打好きの彼は感情を表に出さない術を心得ていた。

「偶然でしょう。反社会組織の構成員であっても、政治に不満があれば示威行動くらいする」
「侯爵邸に乱入して女性従業員を追いかけるのが合法的な示威行動なのか?」

 委員長は政庁からの報告書をすでに隅から隅まで読んでいた。

「確かに合法的な示威行動ではありませんが、そのような暴徒の侵入を防げないようではアビガイル・パルマは侯爵夫人の名に値しないかと」

 バンデラス伯爵は姉の名を呼び捨てにした。閣僚達は不快感を覚えたものの、伯爵もまた皇帝の息子である。
 閣僚の中で一番年長の75歳の法務大臣マルセル・デ・コーニングは異議を唱えた。

「帝國貴族法18条3項に爵位にふさわしからざる行為をしたる者については査問会を招集し取り調べ爵位の適否を審査する、とある。先のメンデス伯爵の場合は税率を上げて、私邸の建設に税金を流用している。だが、ゲバラ侯爵夫人は私利私欲に走ったわけではない。スタジアムの事故は確かに不敬なる文書がきっかけであるかもしれないが、その後の迅速な関係者の逮捕等はふさわしからざる行為とは言えないのではないか。事件後十日で死傷者を特定し自分を含む関係者の処分を決定した領主を査問会にかけるというのはいかがなものであろうか」

 真っ白な髪をひっつめにした教育省大臣ガブリエラ・アストルガも同意した。

「皇帝杯の予選は今回の件でどの惑星でも延期になっています。侯爵夫人が迅速に事件の処理をしてくださったおかげで、各惑星のフットボール協会や公営ギャンブル協会は皇帝杯の日程の再発表を近日中にできるとのこと。これは帝國のスポーツ文化や財政にとって有益なことです。ふさわしからざる行為など侯爵夫人にはないと存じます」

 閣僚達の異議にさすがの伯爵の表情も不機嫌さを隠せなくなってきた。

「だが、査察団は査問会を開くべきだと言っている」

 それまでずっと沈黙していた内務大臣ベラスコ・カバニージェス65歳が口を開いた。

「我々は首都にいて現地に行っていない。だが、査察団は現地に行き、侯爵夫人に会い、スタジアムに行き、警察署長や大陸総督にも会っている。彼らが査問会を開くべきだと言っているのなら、開くべきではないか。彼らは現地の実情を知っているのだから」

 査察団を送り込むことを決めた副大臣のバンデラス伯爵の判断を許したのは内務大臣である(正確には許さざるを得なかったのだが)。彼にとっては査察団の報告は無視できないものだった。
 もし無視したら第二皇子であるバンデラス伯爵を無視することになる。その結果、彼の口から皇帝に内務大臣の次男の醜聞(バンデラス伯爵邸での賭博に参加したのをきっかけに賭博にのめり込み第七皇子ガスパルの経営する闇金融から高利の金を借り父がその穴埋めをしたこと)が告げられれば、彼のこれまでの華やかな経歴は終わるのだ。
 醜聞の内容を知らなくとも内務大臣が何か弱みを伯爵に握られていることを知る閣僚らは内務大臣の発言の内容を予想していた。
 総理大臣ヴィレム・マティアス・フィヘー侯爵は立ち上がった。

「カバニージェス大臣がそこまで言うなら、査問会を開こう。何よりスタジアムで配布された不敬なる文書が元でスナイデルでの騒動が起きている。やはり侯爵夫人の責任は問わねばなるまい」

 彼もまたバンデラス伯爵に弱みを握られ骨抜きにされていた。
 こうして結論ありきの閣議は終わった。
 ファン・デル・ヘイデンは軍務省に向かう車の中からサカリアスに連絡を入れた。


 
 
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