銀河の鬼皇帝は純愛を乙女に捧げる

三矢由巳

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第八章 首都に棲む鬼

04 刺客

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 自分の語った話がファン・デル・ヘイデン大臣の新たな不安の種となったことなど気付かずに、サカリアスは目覚めた。窓を開けると空は澄み、鳥の鳴き声が聞こえた。

「おはようございます」

 着替えてダイニングに行くと、大臣がいた。

「昨日のケータリングありがとうございました」
「企画開発部に少々発破をかけたくてね」
「昨夜はお帰りになれたのですね」
「とりあえず一段落ついた」

 ということはスナイデルの状況が落ち着いたか、あるいはスナイデルへの派兵が決まったか、どちらかだとサカリアスは解釈した。だが、それは口にできない。大臣には守秘義務がある。いくらサカリアスが皇子であっても、今は宇宙軍の中尉に過ぎない。彼に詳しい話ができるわけがなかった。

「妻から聞いたのだが」

 その前置きで、サカリアスは許嫁のことだと察した。マリコ夫人は夫には黙っていられなかったらしい。

「許嫁がいるというのは本当か。君の脳内だけの話ではないのか」
「はい。いずれ届を提出するつもりです。その際はよろしくお願いします」
「母上は御存知なのか」
「いえ」

 大臣は大きくため息をついた。

「ということは平民か? 私は許可できるかもしれないが、母上や宮内省の兄上は許可しないだろう」
「平民ではありません」

 まだ宮内省から許可は下りていないが、アマンダがディエゴ・パルマの養女として子爵令嬢になることは既定のことだった。宮内省のカミロ兄は貴族の養子関係の許認可には関わっていない。

「そうか。ならば、私が口出しできることではない」
「御心配をかけて申し訳ありません」
「心配はしていない。むしろ独身のままのほうが心配だ。媒酌人はどうする?」
「考えていません」
「君の立場ならしかるべき媒酌人を立てねばならないだろう」
「今の状況で媒酌人を立てるような式ができるのでしょうか」
「できるような状況にするのが、我々の仕事だろう」

 そこへ夫人とメイドが朝食のワゴンを運んで来た。

「おはようございます。今朝は日本風です。中尉さんはお味噌汁を御存知?」
「はい。軍の食堂では週に一度は日本食が出ますので」

 軍では民族の比率を考慮してイスパニヤ風、ネーデルランド風、エチオピア風、日本風の食事が人口の比率に応じて出ることになっている。ただ、基地や駐屯地によっては比率に偏りがあるので、実際はそれに応じた食事の比率になっている。また、異民族間の婚姻によってそれぞれの民族の食事にも変化が生じている。
 この日の朝の味噌汁の具はレタスとトマト、焼き魚は舌平目、卵焼きはイスパニヤ風にジャガイモや玉ねぎ入り、漬物はピクルスだった。だが、誰も違和感を感じることなく食べていた。
 大臣はこの日は在郷軍人会の会長らとの昼食会の予定があった。
 
「今日は弁当はいらない」
「はい。中尉さんはよろしいのですか」
「自分は大丈夫です」

 昨日は大臣の差し入れだったが、今日はカフェの出前を頼むつもりだった。ファン・ソーメレンがカフェのランチが美味いと言っていたのである。
 大臣は公用車に乗るように勧めたが、身体がなまるからと言ってサカリアスは断った。走って行きたいぐらいだが、さすがに周囲の迷惑になるので昨日と同様に歩いていくことにした。



 公邸の正門の脇にある小さな門を出て門前の警備兵に挨拶をして通りに出ると長い塀が続く。大臣公邸や上流貴族の邸宅があるのだ。兄アレホのガルベス公爵邸も近くにある。だが、行くつもりはない。そもそも兄との共通の話題がない。下手をすると用済みの愛人を押し付けられる恐れがあった。
 道路は広いが歩いている者はいない。大臣や貴族は車で移動するのだ。
 たまに車から視線を感じる。歩いているサカリアスが珍しいのだろう。
 邸宅街から官庁街へと出ると道幅はさらに広くなり片側二車線となる。ここまで来ると自転車や歩行者が増えて来る。 

「カリス中尉、おはようございます」

 企画開発部の部員から声を掛けられた。

「おはよう。アリアス君、だったな」
「覚えていてくれたんですね」
「君も徒歩か」
「ええ。最近少々体重が増えまして。隣のビルのカフェ、あそこのランチがおいしくて。それに昨日のお昼。グランドホテルのレストランのケータリングなんて初めてですよ。つい食べ過ぎちゃって」
「確かにあれはうまかった」
「グランドホテルでデートできたらな」
「恋人がいるのか」
「恋人ができたらの話ですよ」

 アリアス氏は笑って腹を叩いた。



 サカリアス達が歩く歩道の反対側のビルの屋上に彼は相棒の銃とともにいた。
 情報と違うと彼は思った。
 ターゲットが歩く速度は速くない。おまけに彼の側を歩くデブときたらチョロチョロと不規則に動く。これでは照準を合わせられない。
 どけよ、デブ。心の中で叫ぶ。



「中尉、おはようございます」

 地下鉄の駅の出口から若い女性が駆け寄った。昨日寝袋から這い出て来た女性研究者だった。

「おはよう。バティスタ嬢だったな」
「いやだ、まるでどこかの令嬢みたい。クロエでいいですよ」
「クロエさんは昨夜は家に帰れたんですね」
「ええ。ケータリングのおかげで仕事がはかどりました。やっぱりいい物を食べないと駄目ですね」
「そうそう。私なんか、いい物がここに詰まっちゃって」

 アリアス氏が再び笑って腹を叩いた。



 なんなのだ。一人で歩いているはずではなかったのか。
 新たに現れた女が髪を高く結っているせいで、サカリアスの頭が見えないではないか。
 彼は諦めた。無理をすれば失敗する。
 別の機会を狙おう。たとえば昼食。近くの店にランチを食べに行くかもしれない。帰宅の時にもチャンスがあるかもしれない。
 とりあえず腹ごしらえだ。朝飯を食おう。



 その日、サカリアスは4階のH・F・Mの人工頭脳のプログラミングの研究をしている人工頭脳研究室を訪れた。
 ファン・ソーメレンから医学者や解剖学者、それに電子工学者らに引き合わされた。若い彼らは現役のパイロットの来訪を喜んだ。
 サカリアスのダジャレの話を聞いた彼らは真面目な顔でダジャレの分析を始めた。

「布団が吹っ飛んだとは、古典的な日本のダジャレだ。中尉は日本語は?」
「簡単な会話程度なら」

 サカリアスは子どもの頃からイスパニヤ以外のネーデルランド・エチオピア・日本の各言語を家庭教師から学んでいた。弟のカルロス・グラシアも学んでいる。それが皇帝の子どもとして当然の教育だった。ちなみに兄たちも母が皇帝に即位するとすぐに語学の家庭教師をつけられたが、ものになっているのはフラビオとガスパルだけだった。そのおかげでフラビオは多民族を擁する白竜会でトップに立てたと言える。またガスパルも金融会社コンベニエンサの経営者として多くの社員をまとめることが可能になった。

「つまり、カリス中尉の教養に合わせた的確なダジャレを彼は選択したわけか」
「中尉の使用機の人工頭脳を研究してみたいものだな。パイロットの教養の影響については、まだ未知の部分が多い」

 そんなに真面目に研究することなのかとサカリアスは思う。

「自分はダジャレは不要と考えるのですが」
「だが、戦闘での緊張を一定の時間緩和する効果はあるんじゃないかな。人工頭脳は不要と判断したことは絶対にしないようにプログラムしてあるんだ」
「人間の考える要不要とは違うレベルの判断ということですか」
「そうだ。彼ら人工頭脳の判断基準は人間を越えることがある。プログラミングした人間の意思を越えることもある」
「危険なのではありませんか」
「危険ではあるが、搭乗者の安全を考え人間が考えつかないことを彼らが考えているとすると、これは研究に値するよ」

 学者たちの話は尽きない。
 気が付くと昼になっていた。
 学者たちは気分転換に隣のビルのカフェに行くと言う。サカリアスも出前を取るのはやめて一緒に向かった。



 第三庁舎前の五階建てビルの屋上に彼はいた。 
 ターゲットが出て来た。
 彼は構えていた銃の照準を合わせた。周囲の男達は口々に何か話している。が、ターゲットより低いので照準を合わせやすい。
 よしと思った時だった。彼らは隣のビルに入って行った。早い、早過ぎる。



 サカリアスはカフェが気に入った。
 ランチの美味さもさることながら、名まえがよかった。
 エストレージャ。星を意味するからどこにでもある名まえなのだが、アマンダが家族とともに働いていた店と同じというのがよかった。
 雰囲気もよかった。店主は物静かで店員たちは明るい声で挨拶する。客も皆紳士淑女だった。
 支払いを終えいい気分で店を出た。
 


 今度こそ、彼はビルから出て来るターゲットを待った。
 出て来た。
 照準を合わせた。
 その瞬間、彼の目の前は真っ暗になった。
 血まみれになった彼の頭を見下ろした女はつぶやいた。

「馬鹿だね。屋上じゃなくてもいい場所はあるだろうに」

 女の背後に数人の作業服の男が現れた。

「じゃ、後は頼むよ」

 女はその場を足早に離れた。世を忍ぶ仮の姿に戻るために。
 



 
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