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第三章 海賊船
05 父と娘
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一体、何がどうしてこうなったのか、ドラにもホルヘにもわからなかった。
空から落ちるように飛んで来た小型ポッドはまるでエレベーターのようにぐんぐんと上昇し、上空の海賊の戦艦に収容された。
「お客様達だ。丁重に」
サウロ・ラモンは大男二人にそう言って、ポッドから先に降りた。
「降りるんだ」
そう言われて下りると、そこは格納庫らしく、報道番組でしか見たことのないH・F・Mも置かれていた。サウロの姿はすでになかった。
じろじろ見るなと言われて二人は大男に前後を挟まれるようにして狭い通路に入った。一体どういう構造かわからぬまま廊下を歩かされていると、突然左側の壁が開いた。
「入れ」
照明がついた部屋にドラとホルヘが入ると背後のドアがすっと閉まった。当然だが内側からは開かないようになっていた。
「監禁されたようだな」
言葉のわりにはホルヘは落ち着いていた。
「監禁て……」
「海賊のお客様ということはたぶん人質だろう。今すぐ殺されることはない。だが、騒ぐな。連中は酸素を使うのを嫌うからな」
そう言うとホルヘは自宅の居間ほどの広さ部屋の壁をぐるりと見まわした。
ドラは部屋が意外に暖かいことに気付いた。絨毯が敷かれているわけでもないのに足元がほかほかする。壁際には二台ベッドらしい大きさものが並んでいた。
「あまり空気が薄くないから、丁重に扱われているのは確かだな」
「え?」
「覚えてないか。首都からドイルに来るまで何度か船を乗り換えただろう」
「ええ、覚えてる」
星の離宮から目隠しされて車に乗せられ空港に行き月の宇宙港へ向かうシャトルに乗せられたことを思い出した。宇宙港で指定された旅客船に家族で乗ったこと。今思えば家族だけの部屋で快適な旅だったと思う。ちょっと贅沢なんじゃないかと思ったこともあった。次に乗り換えた船は20人ほどの客が同じ部屋に入れられ眠れなかったことを覚えている。次の船はもっと大勢の客と同じ部屋だった。
「大部屋になるに従って酸素濃度が薄くなってたんだよ。宇宙船の中では酸素は貴重だ。安い運賃になればなるほど船室の酸素濃度は薄くなる」
「酸素の濃度なんて覚えてない」
「そうだろうね。少しずつ下げるように最初は少しだけ運賃の高い部屋をとったからね」
父は星間旅行に慣れぬ子どもの負担を考えて船室を選んでくれたらしい。ドイルに着いた時お金があまりなかったのはそのためだったのだ。
「お父さん、いろいろ私達のことを考えてくれてたのね」
「それが親だ」
そう言った後、ホルヘは床に足を投げ出して座った。
「立ってると酸素を使う」
ドラも座った。
「酸素が減って来ると、真っ先に人質が外に放り出される」
「人質って、私達の身代金は誰が払うの? 誰も払えないでしょ」
「そうだな。まったくサウロは何を考えてるんだ」
「ラモンさんも海賊の仲間なの?」
恐れていたことをドラは口にした。
「恐らく。道を間違えたのだな。父上が生きていたらこんなことには」
「お父さん、ラモンさんのお父さんを知ってるの?」
「アゴスト少将だよ。覚えているだろ。離宮によく来ていた」
ドラは思い出した。いつも低く優しい声で挨拶してくれた紳士を。
「だから声が似てたんだ」
「そういえば、彼の声は似てるね」
懐かしさの理由がわかったものの、それでこの事態が解決するものではない。
「たぶん少将が処刑された後、一家は苦労したんだろう」
「それでお母さまが病気になられたのね」
二人ともラモン夫人がサウロとは赤の他人であることを知らない。
「最初に店に来た時に大公の名で呼ばれて驚いた。だが、アゴスト少将の息子が元気だったことが嬉しくてね。ああいうことがあると、二度と縁のある人とは会えなくなってしまうものだからね。ドラにもつらい思いをさせてしまった。せっかく出来た友達とも離れることになってしまって」
モニカ、カルメンシータ……苛められていたけれど、アルマ、ピア、テクラ、それから友達ではないけれどゲバラ侯爵夫人。サカリアス皇子、それから星の離宮のトマス。大勢の人たちとはもう会うこともあるまい。ビクトルと会えたのが不思議なのだ。ビクトルがドラがアマンダと気づいていなかったのは幸いだった。
「そういえばトマスが言ってたっけ。幸せって恐ろしく逃げ足が速いんだって。黙っていたら何も手に入らないって」
彼の言う通りだった。せっかくドイルという星で家族皆でつかんだ幸せはあっという間に逃げてしまった。
「トマスがそんなことを……」
その時だった。天井近くの壁から艦内放送と思しき声が聞こえた。
『これからワープに入る。乗員は配置につけ。その他は椅子に座れ。安全ベルトを忘れるな。予定は2時間』
ぶっきらぼうな調子だった。
この部屋に椅子はない。壁際のベッドらしいものにベルトがついていた。どうやら横になってベルトで身体を固定しなければならないらしい。
10年以上前にもこんなことがあったとドラは思い出した。あの時は弟と妹のベルトを締めた。
付けたままだったエプロンを外し畳んで枕代わりにした。
「少し眠ったほうがいい」
それぞれベッドに横になりベルトを締めた後、ホルヘは言った。ドラは眠れそうになかったが、目を閉じた。
『ワープ終了。体調の悪い奴はいないか。いたら医務室に来い』
ぶっきらぼうな声でドラは目を覚ました。
眠れないと思っていたが眠っていたらしい。起き上がろうとしてベルトに気付いた。
「大丈夫か」
先に起きていたホルヘがベルトを外してくれた。
「ありがとう、おとうさん」
「2時間と言ったが、それ以上かかってたな」
「それじゃずいぶん遠くに来たのね」
「どうかな。ワープは時間と距離は比例しないことが多い」
『気分はいかがですか』
艦内放送が聞こえたあたりの下の壁が長方形のモニターになったので、ドラもホルヘも驚きで声も出せなかった。モニターにはサウロ・ラモンの顔が大写しになっていた。モニターが大きいので顔も二倍くらい大きかった。
「気分は良くも悪くもない。声は聞こえているんだな」
ホルヘの声が聞こえているようだった。
『顔も見えているし声も聞こえますよ。ワープは慣れないと海賊でも酔います。お変わりはなさそうで何よりです。アギレラ大公閣下』
寝顔を見られていたかもしれないと思い、ドラはなんだか嫌な気分になってきた。サウロ・ラモンという男はアゴスト少将と声は似ていても中身は似ていないのかもしれない。
「その呼び方はやめてくれ。私はエストレージャの主人ホルヘだ」
『それでは困るのです。あなたはアギレラ大公。過去に多くの大臣、政治家を輩出したサパテロ家の末裔。その名には価値がある』
「大公の位は陛下に剥奪された」
『陛下のその判断は間違っています。私の父の反乱計画そのものが濡れ衣だったのです。だからあなたの大公の位もまた』
「サウロ! まさか、君は」
ホルヘはモニターに食いつかんばかりに近づいた。
『まさかですよ』
サウロ・ラモン、いやサウロ・アゴストは笑った。ドラが初めて見る毒を秘めた笑いだった。
『大公閣下。あなたには我らの旗印になってもらう。皇帝エスメラルダ三世には退いていただきます。あなたが次の皇帝だ』
ドラは思わずモニターから後ずさっていた。サウロにそんな野心があったなんて。
「やめてください。お父さんを巻き込まないで」
叫んだドラに向かってサウロは言った。
『だったら、君がなるかい? アマンダ・ドラ・サパテロ。アギレラ大公女として』
あまりに無謀だった。一介の男が。たとえ海賊であったとしても無理な話だ。聯合帝國宇宙軍を相手に戦えるわけがない。一市民として教育を受けたドラでさえわかることだ。
『サウロ、君は誰に焚きつけられたんだ?』
ホルヘの問いにサウロは再び笑みを見せた。
『誰にって。我々の味方はあちこちにいるんですよ。中央政界にもね』
「まさか……君は騙されているんだ。まさかあの男」
その時だった。強い衝撃が部屋を揺らした。ホルヘもドラもモニターによりかかった。モニターの画面が消えた。
『奴ら来ました!』
『早かったな』
声だけが聞こえた。
『待ち伏せです!』
『げっ、リベラの艦隊だ』
『マシンを出せ!』
『宇宙服着ろ』
声だけで乗員たちが混乱しているのがわかった。
『邪魔が入ったようだ。念のため、船外服に着替えてくれ。ベッドの中に入ってる。酸素ボンベも』
サウロの声を聞き取り、二人は床を這うようにしてベッドに向かった。
ベッドの側面を引き開けると船外活動用の宇宙服が入っていた。幸いにも海賊を連想させるような黒ではなく一般的な白色だった。万が一海賊と勘違いされて宇宙軍の標的になってはたまらない。
中等学校の授業で着用方法を習っていたドラは困った。宇宙服は構造上、全裸になって専用の下着を着用してからでないと着られないのだ。
「ドラ、たぶんカメラはモニターのあった壁にある」
ドラはモニターの側に背を向けた。
父と娘は背中合わせでそれぞれ着用した。その間も何度か部屋に衝撃が伝わった。
ヘルメット以外を着用した後、お互いに気密性に問題がないか確認した。
「大丈夫だ。ドイルへ来る途中の船で訓練に参加しておいてよかったよ」
宇宙船での二泊以上の旅では艦内で必ず宇宙服の着用訓練が行われ参加することが義務づけられている。最近では着用しないで説明だけで済ませることも多い。だがホルヘは真面目に参加していた。
「ヘルメット同士を触れさせておけば通信回線がなくても声は伝わる」
ヘルメットを着用し試してみるとくぐもった声だが聞こえた。
「いいか、これから先は自分が助かることだけを考えるんだ。普通の人間が宇宙空間で他人を助けようと思ったら共倒れになってしまう」
「わかった」
ボンベを装着した。
壁のモニターが不意に表示された。宇宙服を着た男が映った。バイザーが下りていて顔が見えない。サウロだろうか。声が聞こえないので、ヘルメットについている受信スイッチを押した。受信可能な電波をとらえてヘルメット内部に流すのだ。
『……内はリベロの海賊掃討部隊が制圧した。人質になっている者は至急連絡を』
リベロの艦隊は海賊船の中に攻め込んだらしい。
ホルヘも聞いていたようだった。ヘルメットのバイザーを上げ、カメラのあると思しき方向に向けて声を上げた。
「ドイルのホルヘ・サパテロです。娘と一緒にいます」
『了解。お待ちください。すぐに行きます』
助かった。ドラは安堵した。
が、またも部屋が激しく揺れた。
「え?」
それまで働いていた重力発生装置に故障が起きたのか、ドラもホルヘも宙に浮いてしまった。
「空気が漏れるかもしれないから、バイザーを下ろせ」
ドラは慌ててバイザーを下ろしボンベの空気を入れた。
ドドッグゥオーンと予期せぬ衝撃が部屋をこれまでになく激しく揺らした。
部屋の照明が消えた。モニターも消えた。
音も光も重力もない世界に投げ出されドラは恐怖で声も出せなかった。
(お父さん、どこ? どこなの?)
父の姿が見えない。
光が少しでもあれば宇宙服が見えるはずと思った時、宇宙服の手元にライトが付いていることを思い出した。
ライトをつけようとした時だった。
部屋のドアが開いた。廊下も真っ暗だが足元に非常灯が光っていたのだ。ああ、助けが来たと思った。
その瞬間、背後の壁が音もなく円形に切断され、丸い壁が宇宙空間へと飛んでいった。ドラもまた壁と一緒に漆黒の空間に吸い寄せられた。
何が起きたのかわからなかった。上げた悲鳴がヘルメット内部に反響した。それがますますドラを混乱させた。
ドラには見えなかった。開いたドアから入った宇宙軍の兵士達が銃を部屋の中に向けて乱射するのが。
空から落ちるように飛んで来た小型ポッドはまるでエレベーターのようにぐんぐんと上昇し、上空の海賊の戦艦に収容された。
「お客様達だ。丁重に」
サウロ・ラモンは大男二人にそう言って、ポッドから先に降りた。
「降りるんだ」
そう言われて下りると、そこは格納庫らしく、報道番組でしか見たことのないH・F・Mも置かれていた。サウロの姿はすでになかった。
じろじろ見るなと言われて二人は大男に前後を挟まれるようにして狭い通路に入った。一体どういう構造かわからぬまま廊下を歩かされていると、突然左側の壁が開いた。
「入れ」
照明がついた部屋にドラとホルヘが入ると背後のドアがすっと閉まった。当然だが内側からは開かないようになっていた。
「監禁されたようだな」
言葉のわりにはホルヘは落ち着いていた。
「監禁て……」
「海賊のお客様ということはたぶん人質だろう。今すぐ殺されることはない。だが、騒ぐな。連中は酸素を使うのを嫌うからな」
そう言うとホルヘは自宅の居間ほどの広さ部屋の壁をぐるりと見まわした。
ドラは部屋が意外に暖かいことに気付いた。絨毯が敷かれているわけでもないのに足元がほかほかする。壁際には二台ベッドらしい大きさものが並んでいた。
「あまり空気が薄くないから、丁重に扱われているのは確かだな」
「え?」
「覚えてないか。首都からドイルに来るまで何度か船を乗り換えただろう」
「ええ、覚えてる」
星の離宮から目隠しされて車に乗せられ空港に行き月の宇宙港へ向かうシャトルに乗せられたことを思い出した。宇宙港で指定された旅客船に家族で乗ったこと。今思えば家族だけの部屋で快適な旅だったと思う。ちょっと贅沢なんじゃないかと思ったこともあった。次に乗り換えた船は20人ほどの客が同じ部屋に入れられ眠れなかったことを覚えている。次の船はもっと大勢の客と同じ部屋だった。
「大部屋になるに従って酸素濃度が薄くなってたんだよ。宇宙船の中では酸素は貴重だ。安い運賃になればなるほど船室の酸素濃度は薄くなる」
「酸素の濃度なんて覚えてない」
「そうだろうね。少しずつ下げるように最初は少しだけ運賃の高い部屋をとったからね」
父は星間旅行に慣れぬ子どもの負担を考えて船室を選んでくれたらしい。ドイルに着いた時お金があまりなかったのはそのためだったのだ。
「お父さん、いろいろ私達のことを考えてくれてたのね」
「それが親だ」
そう言った後、ホルヘは床に足を投げ出して座った。
「立ってると酸素を使う」
ドラも座った。
「酸素が減って来ると、真っ先に人質が外に放り出される」
「人質って、私達の身代金は誰が払うの? 誰も払えないでしょ」
「そうだな。まったくサウロは何を考えてるんだ」
「ラモンさんも海賊の仲間なの?」
恐れていたことをドラは口にした。
「恐らく。道を間違えたのだな。父上が生きていたらこんなことには」
「お父さん、ラモンさんのお父さんを知ってるの?」
「アゴスト少将だよ。覚えているだろ。離宮によく来ていた」
ドラは思い出した。いつも低く優しい声で挨拶してくれた紳士を。
「だから声が似てたんだ」
「そういえば、彼の声は似てるね」
懐かしさの理由がわかったものの、それでこの事態が解決するものではない。
「たぶん少将が処刑された後、一家は苦労したんだろう」
「それでお母さまが病気になられたのね」
二人ともラモン夫人がサウロとは赤の他人であることを知らない。
「最初に店に来た時に大公の名で呼ばれて驚いた。だが、アゴスト少将の息子が元気だったことが嬉しくてね。ああいうことがあると、二度と縁のある人とは会えなくなってしまうものだからね。ドラにもつらい思いをさせてしまった。せっかく出来た友達とも離れることになってしまって」
モニカ、カルメンシータ……苛められていたけれど、アルマ、ピア、テクラ、それから友達ではないけれどゲバラ侯爵夫人。サカリアス皇子、それから星の離宮のトマス。大勢の人たちとはもう会うこともあるまい。ビクトルと会えたのが不思議なのだ。ビクトルがドラがアマンダと気づいていなかったのは幸いだった。
「そういえばトマスが言ってたっけ。幸せって恐ろしく逃げ足が速いんだって。黙っていたら何も手に入らないって」
彼の言う通りだった。せっかくドイルという星で家族皆でつかんだ幸せはあっという間に逃げてしまった。
「トマスがそんなことを……」
その時だった。天井近くの壁から艦内放送と思しき声が聞こえた。
『これからワープに入る。乗員は配置につけ。その他は椅子に座れ。安全ベルトを忘れるな。予定は2時間』
ぶっきらぼうな調子だった。
この部屋に椅子はない。壁際のベッドらしいものにベルトがついていた。どうやら横になってベルトで身体を固定しなければならないらしい。
10年以上前にもこんなことがあったとドラは思い出した。あの時は弟と妹のベルトを締めた。
付けたままだったエプロンを外し畳んで枕代わりにした。
「少し眠ったほうがいい」
それぞれベッドに横になりベルトを締めた後、ホルヘは言った。ドラは眠れそうになかったが、目を閉じた。
『ワープ終了。体調の悪い奴はいないか。いたら医務室に来い』
ぶっきらぼうな声でドラは目を覚ました。
眠れないと思っていたが眠っていたらしい。起き上がろうとしてベルトに気付いた。
「大丈夫か」
先に起きていたホルヘがベルトを外してくれた。
「ありがとう、おとうさん」
「2時間と言ったが、それ以上かかってたな」
「それじゃずいぶん遠くに来たのね」
「どうかな。ワープは時間と距離は比例しないことが多い」
『気分はいかがですか』
艦内放送が聞こえたあたりの下の壁が長方形のモニターになったので、ドラもホルヘも驚きで声も出せなかった。モニターにはサウロ・ラモンの顔が大写しになっていた。モニターが大きいので顔も二倍くらい大きかった。
「気分は良くも悪くもない。声は聞こえているんだな」
ホルヘの声が聞こえているようだった。
『顔も見えているし声も聞こえますよ。ワープは慣れないと海賊でも酔います。お変わりはなさそうで何よりです。アギレラ大公閣下』
寝顔を見られていたかもしれないと思い、ドラはなんだか嫌な気分になってきた。サウロ・ラモンという男はアゴスト少将と声は似ていても中身は似ていないのかもしれない。
「その呼び方はやめてくれ。私はエストレージャの主人ホルヘだ」
『それでは困るのです。あなたはアギレラ大公。過去に多くの大臣、政治家を輩出したサパテロ家の末裔。その名には価値がある』
「大公の位は陛下に剥奪された」
『陛下のその判断は間違っています。私の父の反乱計画そのものが濡れ衣だったのです。だからあなたの大公の位もまた』
「サウロ! まさか、君は」
ホルヘはモニターに食いつかんばかりに近づいた。
『まさかですよ』
サウロ・ラモン、いやサウロ・アゴストは笑った。ドラが初めて見る毒を秘めた笑いだった。
『大公閣下。あなたには我らの旗印になってもらう。皇帝エスメラルダ三世には退いていただきます。あなたが次の皇帝だ』
ドラは思わずモニターから後ずさっていた。サウロにそんな野心があったなんて。
「やめてください。お父さんを巻き込まないで」
叫んだドラに向かってサウロは言った。
『だったら、君がなるかい? アマンダ・ドラ・サパテロ。アギレラ大公女として』
あまりに無謀だった。一介の男が。たとえ海賊であったとしても無理な話だ。聯合帝國宇宙軍を相手に戦えるわけがない。一市民として教育を受けたドラでさえわかることだ。
『サウロ、君は誰に焚きつけられたんだ?』
ホルヘの問いにサウロは再び笑みを見せた。
『誰にって。我々の味方はあちこちにいるんですよ。中央政界にもね』
「まさか……君は騙されているんだ。まさかあの男」
その時だった。強い衝撃が部屋を揺らした。ホルヘもドラもモニターによりかかった。モニターの画面が消えた。
『奴ら来ました!』
『早かったな』
声だけが聞こえた。
『待ち伏せです!』
『げっ、リベラの艦隊だ』
『マシンを出せ!』
『宇宙服着ろ』
声だけで乗員たちが混乱しているのがわかった。
『邪魔が入ったようだ。念のため、船外服に着替えてくれ。ベッドの中に入ってる。酸素ボンベも』
サウロの声を聞き取り、二人は床を這うようにしてベッドに向かった。
ベッドの側面を引き開けると船外活動用の宇宙服が入っていた。幸いにも海賊を連想させるような黒ではなく一般的な白色だった。万が一海賊と勘違いされて宇宙軍の標的になってはたまらない。
中等学校の授業で着用方法を習っていたドラは困った。宇宙服は構造上、全裸になって専用の下着を着用してからでないと着られないのだ。
「ドラ、たぶんカメラはモニターのあった壁にある」
ドラはモニターの側に背を向けた。
父と娘は背中合わせでそれぞれ着用した。その間も何度か部屋に衝撃が伝わった。
ヘルメット以外を着用した後、お互いに気密性に問題がないか確認した。
「大丈夫だ。ドイルへ来る途中の船で訓練に参加しておいてよかったよ」
宇宙船での二泊以上の旅では艦内で必ず宇宙服の着用訓練が行われ参加することが義務づけられている。最近では着用しないで説明だけで済ませることも多い。だがホルヘは真面目に参加していた。
「ヘルメット同士を触れさせておけば通信回線がなくても声は伝わる」
ヘルメットを着用し試してみるとくぐもった声だが聞こえた。
「いいか、これから先は自分が助かることだけを考えるんだ。普通の人間が宇宙空間で他人を助けようと思ったら共倒れになってしまう」
「わかった」
ボンベを装着した。
壁のモニターが不意に表示された。宇宙服を着た男が映った。バイザーが下りていて顔が見えない。サウロだろうか。声が聞こえないので、ヘルメットについている受信スイッチを押した。受信可能な電波をとらえてヘルメット内部に流すのだ。
『……内はリベロの海賊掃討部隊が制圧した。人質になっている者は至急連絡を』
リベロの艦隊は海賊船の中に攻め込んだらしい。
ホルヘも聞いていたようだった。ヘルメットのバイザーを上げ、カメラのあると思しき方向に向けて声を上げた。
「ドイルのホルヘ・サパテロです。娘と一緒にいます」
『了解。お待ちください。すぐに行きます』
助かった。ドラは安堵した。
が、またも部屋が激しく揺れた。
「え?」
それまで働いていた重力発生装置に故障が起きたのか、ドラもホルヘも宙に浮いてしまった。
「空気が漏れるかもしれないから、バイザーを下ろせ」
ドラは慌ててバイザーを下ろしボンベの空気を入れた。
ドドッグゥオーンと予期せぬ衝撃が部屋をこれまでになく激しく揺らした。
部屋の照明が消えた。モニターも消えた。
音も光も重力もない世界に投げ出されドラは恐怖で声も出せなかった。
(お父さん、どこ? どこなの?)
父の姿が見えない。
光が少しでもあれば宇宙服が見えるはずと思った時、宇宙服の手元にライトが付いていることを思い出した。
ライトをつけようとした時だった。
部屋のドアが開いた。廊下も真っ暗だが足元に非常灯が光っていたのだ。ああ、助けが来たと思った。
その瞬間、背後の壁が音もなく円形に切断され、丸い壁が宇宙空間へと飛んでいった。ドラもまた壁と一緒に漆黒の空間に吸い寄せられた。
何が起きたのかわからなかった。上げた悲鳴がヘルメット内部に反響した。それがますますドラを混乱させた。
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