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第二章 最果ての星
13 迫る魔の手
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アマンダを探すには、10年前に首都星テラセカンドを出た父親と三人の子どもの行方を知る必要があった。だが、それだけでは雲を掴むような話である。テラセカンドと他の星系の間を往来する旅客・貨物宇宙船は年間のべ10億人以上が利用している。10年後に旅客名簿がすべて保存されている可能性は低い。それに偽名での搭乗もありえる。旅客名簿はあてにできない。
だが、行く先と考えられる星の特定はある程度できる。
首都星以外の聯合帝國の有人惑星は98を数え、それぞれの星に10億から20億人が住んでいる。1900億人を越える人々をしらみつぶしに調べるのは不可能だが、諸々の条件を考慮すれば絞り込みができた。
例えば民族。父親がアゴスト少将の一件で追放されたのだから、目立つ星で暮らそうとは思わないはずである。同じ民族の多い星に移住していると考えるのが妥当だろう。幸いなことに民族はわかっている。イスパニヤ系である。
どの惑星も最初は大体同じような民族比率で入植していたはずだが、気候風土によって向き不向きがあるのか、数十年すると居住する民族の比率が変化していることがある。例えば日本系は危険であるはずの火山活動の盛んな星での人口比率が高い。無論居住可能な地域だけだが、彼らはそこで温泉に入り、活動最盛期にある美しい山体の火山を愛でるという、ネーデルランド系やイスパニヤ系には理解しがたい暮らしをしていた。火山活動が盛んな惑星は金や銀、ダイヤなどの産出量が多いので、そういう星では鉱山や精錬関係の産業が盛んだった。また他の星に住む日本系の人々が温泉旅行を楽しむので観光も盛んである。
かように惑星の性質と住民、産業は密接に関連している。星の特徴を見ればどの民族が多いかわかるのである。
というわけでイスパニヤ系の多い星を中心に探索することになる。すると大体半数の50の惑星、1000億人に絞られる。
生年月日がわかっているので、条件に合う女性を探せばいいのだが、10億単位の母数から闇雲に探すのはさすがに非効率だった。
この際、役に立ったのが、アマンダの家族構成だった。彼女の弟、ウンベルト・レオンは未熟児で生まれたことを理由に初等学校入学の一年延期を当時住んでいた地区の教育委員会に提出していた。星の離宮に住み替えた後に出された貴族学校への入学願書にもその旨が記載されていた。
聯合帝國では通常は6歳の誕生日を迎えた後の初めての9月に初等学校に入学を許可される。だが未熟児で生まれた子どもは申請すれば入学の一年延期ができる。その制度を利用する子どもの数は学年当たり1パーセントを切る。つまりアマンダの弟と同じ満7歳で聯合帝國暦311年の9月(あるいはそれ以降)に初等学校に入学した子どもをチェックし、家族の情報にアクセスすれば、かなりの高確率で他の家族の行方も探し当てることができるのだ。
聯合帝國は強大な皇帝の絶対権力の下に治められている。歴代皇帝は政策を吟味するために各種統計を重視しており、統計は信頼のおけるものだった。
教育省の膨大な統計白書を調べるだけでも、年度ごとにどの惑星にそういう子どもが何人いるか、かなり絞られてくる。それを基に会社備え付けの名簿データを検索すれば、該当する人物の居住する星、住所、氏名まで出てくる。会社に名簿がない場合は、名簿業者に連絡すれば該当する名簿データが手に入る。
調査依頼から10日後には弟は5,000人に絞られた。氏名は偽名を名乗っている恐れがあるので、家族構成・年齢等が入念にチェックされた。
同じ年齢の父親、姉、妹のいる少年は1,000人に絞られた。
さらに、少年の出生地や判明している身体的特徴等から20人ほどがピックアップされた。
最終的にリベラ星系、アヴリル星系、ケプラー星系、カタリーナ星系にウンベルト・レオンと思われる少年と姉アマンダと思われる女性がいるという結果が出た。いずれも辺境の星系であるが、提携している地元の調査会社があるので、そちらに調査を委託できる。
早速、各社に調査を委託したのが、最初の依頼から二週間後。地方の場合は通信速度の時差があるので、通常は二週間程度で結果が判明する。
ドラが一家のことが気付かれていないと安堵している頃、結果が各地の提携調査会社から送信されていたのである。
ケプラー星系クリスティ星のスーシェ宇宙軍基地内の聯合帝國軍第81工科学校はケプラー星系内の七つの惑星から採用された整備兵候補生を教育する一年課程の宇宙軍の教育機関である。
新たに入校した生徒たちは工科を意味する金槌をデザインしたマークを縫い付けた宇宙軍学生の制服を着て座学を受け、午後は作業着に着替え実習をする。
この日の午後、初めての実習で学生達は基地の格納庫に入りH・F・M、GR-S06を見学していた。
実習教官は決して触れないようにと警告し、説明をしていた。
「これは実際に海賊掃討部隊が使用しているマシンだ。君たち40人の中からこのマシンの整備ができる特級整備士の資格に合格するのは、恐らく1割にも満たないだろう。だが、それを目指して頑張って欲しい」
「1割って、合格率低過ぎ」
レオが思わず口にした言葉が格納庫に響いた。
「誰だ、今の声は!」
静粛を重んじる教官は叫んだ。レオははいと手を挙げた。どうせわかるのだ、逃げ隠れするのはみっともない。
「前へ出ろ!」
「はい」
教官は胸の名札を見た。
「ウンベルト・レオン・サパテロ、だと。まるで貴族様のような仰々しい名前だな。合格率に不満か!」
「はい。ここで勉強したら、みんなH・F・Mの整備が出来るようになると思ってたんです。だけど1割しか合格しないって、教え方下手なんじゃないですか」
39人の生徒の顔から血の気が引いた。教官の顔は真っ赤になっていた。
「貴様! あと3歩前へ」
レオはこれが軍隊の洗礼というやつだなと思った。一歩前に出た時だった。
「おい」
GR-S06の後ろから低いがよく通る声がした。もし誰も姿を現さなかったら、マシンがしゃべったのかとレオは思うところだった。
教官は振り返った。
「これは、カリス中尉殿……」
幾人かの生徒の顔に赤みが差した。先ごろ皇帝陛下から勲章をもらったパイロットの名を知っていたのだ。
だが、レオは知らなかった。パイロットしか着ないオレンジ色の作業着の赤い髪の男をやたらでかい男だとしか認識していなかった。なんとなくGR-S06に似ているような。
「教官殿、合格率1割というのは本当なのか」
「はい。特級整備士はそれだけ優秀でなければならないのです」
「優秀に越したことはない。だが、全員合格させるつもりで指導頼むぞ。整備士が不足すると、俺たちも戦えないんだ」
「かしこまりました」
なんだかえらそうな男だなとレオは思った。
「小僧!」
レオに向かって男は言った。
「ここは軍隊だ。言いたいことが言えるようになりたかったら、試験に合格しろ。昇進しろ。それがすべてだ」
「はい」
「いい返事だ。名前は?」
「ウンベルト・レオン・サパテロです」
一瞬だけ厳ついカリス中尉の顔が動いたように見えた。だが、それはレオの錯覚かもしれなかった。
カリス中尉は格納庫から大股で出て行った。
レオは教官から軍隊の洗礼を受け、同じグループの学生3人とともにマシンが10台は入る巨大な格納庫の外周を10周走らされた。
「レオ、おまえ、一言多過ぎ」
「けど1割とか聞いてないし」
「俺も聞いてない」
「兄貴が言ってたような気がする」
不満顔の4人は、戦場に出た時この頃のことを懐かしく思い出すなどとは夢にも思っていなかった。
第八皇子の特権を使うことにサカリアスは躊躇しなかった。
人事はすぐにサパテロ学生の出身地を答えた。
ドイル星ヨハネス。つい数か月前に海賊掃討のために向かった先ではないか。もし、あの学生がアマンダの弟だとしたら、アマンダはヨハネスの基地からそう遠くない街に住んでいたということになる。
「これは参考ですが」
人事はオフィスの備品のタブレットにダウンロードされた惑星通信のバックナンバーを開いた。
「このコラムの店が実家だそうです」
サカリアスはエストレージャという飲食店の紹介文を一読した。
『イワシのトマトソース煮は家庭的な味がする』『店主の作るオムレツは絶品だ』『常連に人気のタコのガーリック炒めは辛い白ワインによく合う』
写真や文面からは庶民的な店が想像された。最後の署名はビクトル・パルマ。
ビクトルはこの店に行ったということか。なんとしてもビクトルに話を聞かねばならぬ。
記事の中に動画へのリンクがあった。
客へのインタビューがあった。仕事帰りらしい同年代の男は『ここにはうまい物しかない』と言った。
「ん?」
男の顔には見覚えがあった。どこかで会った覚えがある。お尋ね者の海賊の顔でも貴族でもない。
次の瞬間、ビクトルの声が聞こえた。
『ここのお嬢さんですか』
『はい』
顔は映らず彼女が客に持ってきた飲み物のグラスの映像に声がかぶさっていた。子どもの声ではない。落ち着いた女性の声だった。
サカリアスは食い入るようにタブレットを見つめた。人事係が不審に思うほどに。
「惑星通信のサイトから購入できますよ、バックナンバーと動画」
そんな言葉は耳に入らなかった。アマンダかもしれない娘が作ったかもしれないイワシのトマトソース煮。それをビクトルが注文しただと! 今度会ったらただではおくまい。
見覚えのある男の座るカウンター席の先で、店主らしい男がフライパンをゆすっていた。
「え?」
髭があった。けれど、あの顔は! 同時にあの見覚えのある男のことも思い出した。
「これはサイトで購入できるんだな」
「はい。一年契約だと割安ですよ」
サカリアスは出版社にこの号の配信を差し止めさせねばならぬと思った。モラル伯爵の関係者に気付かれたらまずい。そしてヨハネスに行く。休暇を三日とればなんとか。
その時だった。
隠しに入れてある通信端末が震えた。
オフィスから外に出て端末を開いた。
『緊急 本日帝國標準時8時25分に惑星コーンウェルのチャンドラー基地がドミンゴ一味の残党に襲われた』
ドミンゴ一味の残党。一網打尽にしたはずだが、まだいたとは。
どうやらヨハネスには行けそうもない。
その頃、モラル伯爵の屋敷に調査会社の社長自らが調査結果を報告に来ていた。
「先日ご依頼を頂いた際は、留守にしておりまことに申し訳ありませんでした」
社長は深く頭を下げた。こういうことに伯爵は煩いのだ。
「それで、今アマンダはどこにいる? 男はいるのか」
社長は資料を出した。そこには書類だけでなく写真も添えられていた。
「ほう、これが。痩せているな。うちの娘のほうがよほど可愛い」
「それでオプションについてですが、手配しております」
「手配? ということは男はいなかったのか」
「はい。このような容姿ですから」
伯爵はそうもあろうと下卑た笑いを浮かべた。
「次にはよい報告を」
「頼むぞ」
その日もエストレージャは賑わっていた。珍しく基地の兵士は顔を見せなかったが、貨物運搬船の乗組員が来てオムレツがよく売れた。
そろそろオーダーストップという頃、見慣れぬ男性が店のドアを開けた。空いていたテーブルに着いた男はテーブルの上のメニューをちらと見た。
「ノンアルコールのビールとピンチョス」
「かしこまりました」
注文を受けたドラの後ろ姿を男はじっと見つめていた。
だが、行く先と考えられる星の特定はある程度できる。
首都星以外の聯合帝國の有人惑星は98を数え、それぞれの星に10億から20億人が住んでいる。1900億人を越える人々をしらみつぶしに調べるのは不可能だが、諸々の条件を考慮すれば絞り込みができた。
例えば民族。父親がアゴスト少将の一件で追放されたのだから、目立つ星で暮らそうとは思わないはずである。同じ民族の多い星に移住していると考えるのが妥当だろう。幸いなことに民族はわかっている。イスパニヤ系である。
どの惑星も最初は大体同じような民族比率で入植していたはずだが、気候風土によって向き不向きがあるのか、数十年すると居住する民族の比率が変化していることがある。例えば日本系は危険であるはずの火山活動の盛んな星での人口比率が高い。無論居住可能な地域だけだが、彼らはそこで温泉に入り、活動最盛期にある美しい山体の火山を愛でるという、ネーデルランド系やイスパニヤ系には理解しがたい暮らしをしていた。火山活動が盛んな惑星は金や銀、ダイヤなどの産出量が多いので、そういう星では鉱山や精錬関係の産業が盛んだった。また他の星に住む日本系の人々が温泉旅行を楽しむので観光も盛んである。
かように惑星の性質と住民、産業は密接に関連している。星の特徴を見ればどの民族が多いかわかるのである。
というわけでイスパニヤ系の多い星を中心に探索することになる。すると大体半数の50の惑星、1000億人に絞られる。
生年月日がわかっているので、条件に合う女性を探せばいいのだが、10億単位の母数から闇雲に探すのはさすがに非効率だった。
この際、役に立ったのが、アマンダの家族構成だった。彼女の弟、ウンベルト・レオンは未熟児で生まれたことを理由に初等学校入学の一年延期を当時住んでいた地区の教育委員会に提出していた。星の離宮に住み替えた後に出された貴族学校への入学願書にもその旨が記載されていた。
聯合帝國では通常は6歳の誕生日を迎えた後の初めての9月に初等学校に入学を許可される。だが未熟児で生まれた子どもは申請すれば入学の一年延期ができる。その制度を利用する子どもの数は学年当たり1パーセントを切る。つまりアマンダの弟と同じ満7歳で聯合帝國暦311年の9月(あるいはそれ以降)に初等学校に入学した子どもをチェックし、家族の情報にアクセスすれば、かなりの高確率で他の家族の行方も探し当てることができるのだ。
聯合帝國は強大な皇帝の絶対権力の下に治められている。歴代皇帝は政策を吟味するために各種統計を重視しており、統計は信頼のおけるものだった。
教育省の膨大な統計白書を調べるだけでも、年度ごとにどの惑星にそういう子どもが何人いるか、かなり絞られてくる。それを基に会社備え付けの名簿データを検索すれば、該当する人物の居住する星、住所、氏名まで出てくる。会社に名簿がない場合は、名簿業者に連絡すれば該当する名簿データが手に入る。
調査依頼から10日後には弟は5,000人に絞られた。氏名は偽名を名乗っている恐れがあるので、家族構成・年齢等が入念にチェックされた。
同じ年齢の父親、姉、妹のいる少年は1,000人に絞られた。
さらに、少年の出生地や判明している身体的特徴等から20人ほどがピックアップされた。
最終的にリベラ星系、アヴリル星系、ケプラー星系、カタリーナ星系にウンベルト・レオンと思われる少年と姉アマンダと思われる女性がいるという結果が出た。いずれも辺境の星系であるが、提携している地元の調査会社があるので、そちらに調査を委託できる。
早速、各社に調査を委託したのが、最初の依頼から二週間後。地方の場合は通信速度の時差があるので、通常は二週間程度で結果が判明する。
ドラが一家のことが気付かれていないと安堵している頃、結果が各地の提携調査会社から送信されていたのである。
ケプラー星系クリスティ星のスーシェ宇宙軍基地内の聯合帝國軍第81工科学校はケプラー星系内の七つの惑星から採用された整備兵候補生を教育する一年課程の宇宙軍の教育機関である。
新たに入校した生徒たちは工科を意味する金槌をデザインしたマークを縫い付けた宇宙軍学生の制服を着て座学を受け、午後は作業着に着替え実習をする。
この日の午後、初めての実習で学生達は基地の格納庫に入りH・F・M、GR-S06を見学していた。
実習教官は決して触れないようにと警告し、説明をしていた。
「これは実際に海賊掃討部隊が使用しているマシンだ。君たち40人の中からこのマシンの整備ができる特級整備士の資格に合格するのは、恐らく1割にも満たないだろう。だが、それを目指して頑張って欲しい」
「1割って、合格率低過ぎ」
レオが思わず口にした言葉が格納庫に響いた。
「誰だ、今の声は!」
静粛を重んじる教官は叫んだ。レオははいと手を挙げた。どうせわかるのだ、逃げ隠れするのはみっともない。
「前へ出ろ!」
「はい」
教官は胸の名札を見た。
「ウンベルト・レオン・サパテロ、だと。まるで貴族様のような仰々しい名前だな。合格率に不満か!」
「はい。ここで勉強したら、みんなH・F・Mの整備が出来るようになると思ってたんです。だけど1割しか合格しないって、教え方下手なんじゃないですか」
39人の生徒の顔から血の気が引いた。教官の顔は真っ赤になっていた。
「貴様! あと3歩前へ」
レオはこれが軍隊の洗礼というやつだなと思った。一歩前に出た時だった。
「おい」
GR-S06の後ろから低いがよく通る声がした。もし誰も姿を現さなかったら、マシンがしゃべったのかとレオは思うところだった。
教官は振り返った。
「これは、カリス中尉殿……」
幾人かの生徒の顔に赤みが差した。先ごろ皇帝陛下から勲章をもらったパイロットの名を知っていたのだ。
だが、レオは知らなかった。パイロットしか着ないオレンジ色の作業着の赤い髪の男をやたらでかい男だとしか認識していなかった。なんとなくGR-S06に似ているような。
「教官殿、合格率1割というのは本当なのか」
「はい。特級整備士はそれだけ優秀でなければならないのです」
「優秀に越したことはない。だが、全員合格させるつもりで指導頼むぞ。整備士が不足すると、俺たちも戦えないんだ」
「かしこまりました」
なんだかえらそうな男だなとレオは思った。
「小僧!」
レオに向かって男は言った。
「ここは軍隊だ。言いたいことが言えるようになりたかったら、試験に合格しろ。昇進しろ。それがすべてだ」
「はい」
「いい返事だ。名前は?」
「ウンベルト・レオン・サパテロです」
一瞬だけ厳ついカリス中尉の顔が動いたように見えた。だが、それはレオの錯覚かもしれなかった。
カリス中尉は格納庫から大股で出て行った。
レオは教官から軍隊の洗礼を受け、同じグループの学生3人とともにマシンが10台は入る巨大な格納庫の外周を10周走らされた。
「レオ、おまえ、一言多過ぎ」
「けど1割とか聞いてないし」
「俺も聞いてない」
「兄貴が言ってたような気がする」
不満顔の4人は、戦場に出た時この頃のことを懐かしく思い出すなどとは夢にも思っていなかった。
第八皇子の特権を使うことにサカリアスは躊躇しなかった。
人事はすぐにサパテロ学生の出身地を答えた。
ドイル星ヨハネス。つい数か月前に海賊掃討のために向かった先ではないか。もし、あの学生がアマンダの弟だとしたら、アマンダはヨハネスの基地からそう遠くない街に住んでいたということになる。
「これは参考ですが」
人事はオフィスの備品のタブレットにダウンロードされた惑星通信のバックナンバーを開いた。
「このコラムの店が実家だそうです」
サカリアスはエストレージャという飲食店の紹介文を一読した。
『イワシのトマトソース煮は家庭的な味がする』『店主の作るオムレツは絶品だ』『常連に人気のタコのガーリック炒めは辛い白ワインによく合う』
写真や文面からは庶民的な店が想像された。最後の署名はビクトル・パルマ。
ビクトルはこの店に行ったということか。なんとしてもビクトルに話を聞かねばならぬ。
記事の中に動画へのリンクがあった。
客へのインタビューがあった。仕事帰りらしい同年代の男は『ここにはうまい物しかない』と言った。
「ん?」
男の顔には見覚えがあった。どこかで会った覚えがある。お尋ね者の海賊の顔でも貴族でもない。
次の瞬間、ビクトルの声が聞こえた。
『ここのお嬢さんですか』
『はい』
顔は映らず彼女が客に持ってきた飲み物のグラスの映像に声がかぶさっていた。子どもの声ではない。落ち着いた女性の声だった。
サカリアスは食い入るようにタブレットを見つめた。人事係が不審に思うほどに。
「惑星通信のサイトから購入できますよ、バックナンバーと動画」
そんな言葉は耳に入らなかった。アマンダかもしれない娘が作ったかもしれないイワシのトマトソース煮。それをビクトルが注文しただと! 今度会ったらただではおくまい。
見覚えのある男の座るカウンター席の先で、店主らしい男がフライパンをゆすっていた。
「え?」
髭があった。けれど、あの顔は! 同時にあの見覚えのある男のことも思い出した。
「これはサイトで購入できるんだな」
「はい。一年契約だと割安ですよ」
サカリアスは出版社にこの号の配信を差し止めさせねばならぬと思った。モラル伯爵の関係者に気付かれたらまずい。そしてヨハネスに行く。休暇を三日とればなんとか。
その時だった。
隠しに入れてある通信端末が震えた。
オフィスから外に出て端末を開いた。
『緊急 本日帝國標準時8時25分に惑星コーンウェルのチャンドラー基地がドミンゴ一味の残党に襲われた』
ドミンゴ一味の残党。一網打尽にしたはずだが、まだいたとは。
どうやらヨハネスには行けそうもない。
その頃、モラル伯爵の屋敷に調査会社の社長自らが調査結果を報告に来ていた。
「先日ご依頼を頂いた際は、留守にしておりまことに申し訳ありませんでした」
社長は深く頭を下げた。こういうことに伯爵は煩いのだ。
「それで、今アマンダはどこにいる? 男はいるのか」
社長は資料を出した。そこには書類だけでなく写真も添えられていた。
「ほう、これが。痩せているな。うちの娘のほうがよほど可愛い」
「それでオプションについてですが、手配しております」
「手配? ということは男はいなかったのか」
「はい。このような容姿ですから」
伯爵はそうもあろうと下卑た笑いを浮かべた。
「次にはよい報告を」
「頼むぞ」
その日もエストレージャは賑わっていた。珍しく基地の兵士は顔を見せなかったが、貨物運搬船の乗組員が来てオムレツがよく売れた。
そろそろオーダーストップという頃、見慣れぬ男性が店のドアを開けた。空いていたテーブルに着いた男はテーブルの上のメニューをちらと見た。
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