銀河の鬼皇帝は純愛を乙女に捧げる

三矢由巳

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第二章 最果ての星

08 皇帝と伯爵と社長と高等遊民

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 翌日夕刻、朝から八時間以上待たされてようやくモラル伯爵は宮殿本殿の謁見の間に入ることができた。
   
「陛下はお疲れである。話は短く」

 侍従長の注意にも関わらず、第八皇子殿下が昨日の朝、娘との結婚はできないと告げに来たことを伯爵は長々と述べ立てた。

「それで?」

 皇帝は欠伸あくびを隠そうともせずに言った。

「娘の話によれば、殿下はアマンダとかいう下賤の娘の色香に迷わされているとのこと。どうか、アマンダを捕らえていただきたく」
「捕らえていかがする?」
「罰してやりたいと思っております」
「だが、罪状はなんとする? 聯合帝國には色香で人を迷わせた者を罪とする法はない」
「なれど陛下からの有難いお話の邪魔をするのですから、不敬罪に当たるかと」
「不敬罪にさような判例はない」

 伯爵は歯ぎしりをしそうになった。相変わらず食えない女だ。

「では成敗するお許しを。婚約者のある男を奪った女は不義密通の大罪人でございます」
ちんも成敗されるな」

 皇帝は笑った。伯爵は何も言えなかった。皇帝の皇子の父親ら、愛人らには婚約者のいる男も複数いたのである。それに不義密通の相手を成敗してよいという大昔の法律を守る者はいない。恥を世間にさらしたくないから示談で済ませるのが普通である。皇帝も相手の婚約者に幾ばくかの金を払っている。

「のう、そなたの娘の噂は朕も知っておるのだぞ。それでも皇子の妃にしてやるのだ。他の女の一人や二人、気にするものではない。形ばかりの夫婦でも結婚できるだけましではないか」
「なれど、その結婚を殿下はできないと言われたのです」
「大方、アマンダという娘のことは表向きの理由で、まことはそなたの娘の不行跡が気に入らぬ故断ったのではないか。まあ、朕が不行跡がどうこうと言えた義理ではないが」
「では、いかがせよと。このままでは娘は恥をさらすことになります」
「まだ正式に発表しておらぬのにか」

 伯爵はすでに親戚に娘が皇子殿下の妃になると触れ回っていた。

「さてはもう話したか。ならば、いっそエロイかフラビオの妃になったらどうじゃ。同じ皇子ぞ」
「お戯れを」

 冗談ではなかった。可愛い娘を少女愛男や暴力男に嫁がせるのは御免だった。

「万が一そちがアマンダとかいう娘を成敗しても、サカリアスが結婚したいと思うかの。朕も亡くなった男のことは忘れられぬ。何より、いくら正しいことをしたと言ってもそちを許そうか。サカリアスに首をとられるのが落ち」

 伯爵の背筋に怖気が走った。サカリアスはパイロットの腕だけでなく武道もなかなかの腕前だという噂だった。
 皇帝は再び欠伸をした。

「その娘が他の男と結婚でもすれば諦めるかもしれぬな。そなたの娘と同じ年頃であれば、そろそろ男がいてもおかしくはあるまい」

 侍従長が咳払いした。伯爵はかしこまりましたと謁見の間を退出した。

「くだらぬ」

 皇帝の独り言を耳にした侍従長は次からモラル伯爵の謁見は取り次がぬことを決めた。



 屋敷に帰った伯爵は民間の調査会社に連絡を入れた。創業者がモラル伯爵領の出身であることから数代前の伯爵時代から何かと仕事を依頼していた。
 その夜のうちに役員が伯爵家を訪れた。
 挨拶もそこそこにご用件はと役員が切り出すと、伯爵は不満げな顔になった。

「社長はどうした?」
「出張中です。おかげさまで社長以下社員一同席を温める暇もございません」
「そうか。仕事なら仕方あるまい。早速だが、人を探してもらいたい。先代の相続人を探してもらった時と同じくらいの謝礼を出す」
「かしこまりました」

 先代の伯爵は艶福家であったので病床にあるうちから他の相続人の捜索を依頼され、会社はかなりの謝礼を得ている。ちなみに相続人は5人見つかり、それぞれに遺産の一部からまとまった金額が分け与えられている。全財産の千分の一にも満たないものだったが。
 伯爵はアマンダという若い娘を探して欲しいと伝えた。

「なるほど、どこにいるか心当たりはないのですね」
「ああ。首都にいないことは確かだ。アギレラ大公は首都から追放されているからな」
「それで、見つかった場合ですが」
「現在の生活の様子を調べてくれ。男がいれば相手のことも。もしいなかったら、その時は誰か適当な男を用意しろ」
「申し訳ありません。当社の業務内容に人材派遣は含まれておりません」
「だったら、他の会社に依頼してもいい。金は出す」
「それでしたら、オプションになります」
「構わん」
「あと、女性と親しい場合はどういたしますか」
「どこまでの付き合いか調べてくれ。必要なら派遣会社から女性を送ってもらってもいい」

 役員は頭の中で素早く計算した。少々色を付けてもらえば十分元はとれそうだ。



 その頃、調査会社の社長は王宮内の北の宮殿からの帰途にあった。
 上得意のゲバラ侯爵夫人と弟のサカリアス皇子からの依頼は思いもかけぬものであった。

『おぬしらのおかげで姉上に仕える者達は信頼がおける者ばかり。やはり民間の調査会社のほうがいい仕事をする』

 厳つい顔の皇子からの言葉に社長は有難き幸せと感激した。
 だが、次に出て来た言葉にはさすがに驚いた。謝礼と今後の見返りの大きさがなければ引き受けるわけにはいかない仕事だった。

『おぬしらの会社でなければできぬ』

 こう言われては社長は断ることはできなかった。

「もっと早く紹介して欲しかった」

 社長が出て行った後の部屋でサカリアスは言った。
 姉は肩をすくめた。

「あなたときたら、仕事、仕事でちっとも寄り付かなかったじゃない。紹介しようにもできないわ」
「仕方ないでしょう。配属が辺境ばかりだったんですから」
「海賊はたいてい辺境に出没するとはいえ、あなたも大変だったわね。ケプラー星系にはいつ戻るの?」
「明日です。明日の出発だと最短のワープ時間で到着する計算になります」
「よかった。モラル伯爵が慌てて結婚式だとか言い出したら大変だもの」
「ええ。ケプラーまでは追っかけて来ないでしょう」

 そう言った後で、サカリアスは声を低めた。

「それと例の彼に来てもらうことにしました」
「あらそう。良かった。こっちでくすぶってるよりはずっといい。待遇は?」
「とりあえず、秘書で」
「それなら、彼女が見つかった時、あなたが忙しくても対処できるか」

 アビガイルは10年前の夏の日を思い出す。
 突然現れた公安警察の要請で、アマンダを星の離宮に帰すしかなかった。皇帝の勅命と言われたら、実の娘であっても逆らうことはできない。
 サカリアス同様の無力感を彼女も感じていた。もしサカリアスの企みがうまくいけば、あの時のことを謝れるかもしれない。謝っても遅いかもしれないのだが。

「姉上」
「なに、急に」

 珍しく弟がしんみりとした雰囲気で言った。

「アマンダのこと、よろしく頼みます」
「頼まれなくっても、アマンダのことはなんでもするわ。ただ問題は、あの子のことだからもう恋人がいてもおかしくないってこと」

 サカリアスが恐れていることを平然と姉は言う。

「その時は仕方ありません。アマンダの幸せのためです」

 市民の中に溶け込んで暮らしているなら、その中で幸せを掴むのがいいとサカリアスは考えていた。

「まあ、ビクトルみたいな奴だったら、考えさせてもらいますが」

 ゲバラ侯爵家の跡継ぎは大学を出たものの、役人にも軍人にもならず高等遊民を気取っている。最近では学生時代の先輩の伝手で雑誌にコラムを書いている。学生時代から旅している惑星の名所や名物の評価を独自の視点で書いて人気があるらしい。無論、サカリアスは読んだことはない。ただ、家の金で遊び歩いて見物したものや食べたもののことを気ままに書き散らかして収入を得ている物書きとしか認識していない。

「あの子には早く家督を継いでもらいたいけど、今のままではね。私もそろそろ貴族院議員辞めてのんびりしたいんだけど」

 23歳で未亡人となったアビガイルはビクトルを養育し、領地の経営を軌道に乗せ、25の時に貴族院議員となった。本職の政治家ならこれから脂がのってくる頃だが、彼女にはさほど権力欲はなかった。そういうところは皇女らしかった。

「ビクトルに会ったら親不孝をするなと伝えておきます。今、どこですか」
「ドイルよ。昨日メールが来てた」
「ケプラー星系じゃないですか。この前、ドミンゴ一味を捕縛した時に行きましたよ。星系間旅客船はクリスティの宇宙港を利用しますから、クリスティにいつ着くかわかったら教えてください」
「あなたが直接連絡すればいいのに」
「俺は煙たがられてますからね。宇宙港で驚かせてやります」

 サカリアスはそう言うと明日は早いのでと客間に引き上げた。



 その頃、ビクトルがドイルのヨハネスの街にあるエストレージャの前にいることをアビガイルもサカリアスも知る由もなかった。




 
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