愛を食べる

三矢由巳

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05 梅干しの話 その1(写真あり)

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 今回はこのエッセイの表紙になっている梅干しの話。
 毎年作っているので、語ることはたくさんある。そこで今回はその1と付けたい。



 梅干しが漬物の一つであることは誰でも知っていると思う。
 でもなんだか難しそうと思っている人が多いような気がする。
 実はそうでもないんだけれど。
 もしかすると、漬物の中では一番簡単なものかもしれない。なにしろ、夫が一人で作れたくらいである。
 他にも学生時代にサークルの男子の先輩が作っていた。実験に忙しい理系の学部の学生が作れるのだから、実はそれほど難しくはないと思う。
 実際、私も他の漬物は失敗するが、梅干しについてはあまり失敗はない。
 一度カビさせてしまったけれど、それには理由がある。これについてはまた別の話で書きたいと思う。



 幸いにも現代はインターネットがある。
 梅干しの作り方で検索すると、結構な数のサイトがある。私もそれで勉強した。それから公共放送の料理番組のテキスト。毎年6月号は漬物特集が組まれ、必ず梅干しのレシピが掲載されている。減塩梅干しや梅で作るドリンクのレシピもあって、なかなか面白い。料理研究家によって作り方も違う。
 そうやっていろんなものを参考にして毎年少しずつ作り方を変えて作るのは、結構面白い。
 というわけで我が家の梅干しは毎年味や色合いが少しずつ違っている。



 まず用意するもの。
 今年は間に合わないけれど、まず梅。
 できたら、自分の住んでいる場所の近くで穫れたものがいい。もし、梅林をお持ちならその梅を。私の実家でも父方の祖父が山に梅を植えていて、よく梅ちぎりに家族総出で行ったものだが、残念ながら台風で梅の木が折れて駄目になってしまった。
 近くで穫れたものがいいのはなぜかというと、輸送の過程で実が傷むことがあるので。
 以前、和歌山の南高梅がいいと聞いてそちらの青梅を購入したけれど、やはり遠方なので少々傷が多めになる。
 傷の多いものを漬けると、その傷からカビが生えることがあるので、カビを防ぐためにもできるだけ近くの梅が望ましい。
 一番よかったのは舅が知り合いに頼んだ梅だった。
 だが、梅を頼んだ矢先、舅は急な病で倒れ亡くなった。通夜や葬儀の忙しさで私たちはそのことを忘れていた。
 初七日の前であったか、頼まれたからと舅の知り合いが梅を持って来てくれた。傷のほとんどない大きな梅だった。舅の知り合いは同じ町内の人だったから、輸送で傷むこともなかったのだ。何より、知り合いの方が死んだ舅の気持ちを察していいものを持ってきてくれたのだろうと思う。
 舅は亡くなったが、その心は梅の実という形で残った、というとあまりに恰好良過ぎるかもしれないが。
 その頃はまだ我が家で梅干しを漬けていなかったのだが、それがきっかけとなって毎年梅干しを作るようになった。梅干し作りの最大の恩人は舅である。
 作ってみると、市販の梅干しとはまるで味が違った。以来毎年多い時は10キロ、少ない時は5キロ青梅を買って作っている。
 今年は県内で穫れた梅を5キロ買った。
 なぜ、青梅を買うかというと、完熟の梅だと熟し過ぎて傷むものも出てくるので。青梅は購入して二、三日たつとほんのりと黄色味を帯びてきて果物のような甘い匂いを発し始める。これを一晩水に漬けてあく抜きをすると、色はいよいよいい色になってくる。


 


 上の写真は去年のもの。
 去年は例年より実がなるのが遅く、六月の二十日過ぎに注文していた梅が届いた。
 今年は例年通り五月下旬に届いている。
 梅の実るのが毎年違うので、梅干しは毎年違う。
 それがまた楽しいのだけれど。


 
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