25 / 26
第二章 辺境伯家の家訓‐宣戦布告と愛の言葉は堂々と‐
11 華燭(R18)
しおりを挟む
その翌日、ガーフィールド公爵の結婚式から一か月後の夏の王都の大聖堂でバートリイ公爵家令嬢ビクトリア・ガブリエラ・アデレード・ホークとランバート辺境伯ロバート・アルバート・マカダムの結婚式が挙行された。
アデルの銀白色のドレスは太い腕をカバーするパフスリーブで、デコルテが大きく開いていた。僧帽筋は長いレースのベールに隠れて見えない。
ロバートは終始緊張した顔だった。アデルも緊張していたが、あの温室の夜のことを思えば落ち着いていられた。大勢の人の注目など、あの時の混乱に比べれば大したことではない。
国王臨席の元、二人は神に終生変わらぬ愛を誓った。
アデルの祖母は孫娘の晴れ姿に涙ぐんだ。かつて孫娘が感じた悲しみや苦しみはこの日を迎えるために課された試練だったのかもしれない。試練を乗り越えた孫娘は輝くように美しく見えた。
前日司教に言われたバージンロードを歩く速度については問題なかった。手を取り合った花婿と花嫁は同じ速度で進んだからである。ただし、出席した人々は皆こんなに速く歩く新郎新婦は見たことがないと口々に囁き合った。後をついていくブライズメイド達が転ばないようにグルームズマン達は気を使った。
挙式後、ランバートハウスで行われた披露宴ではベイカーが作った菓子がデザートに供され、好評を博した。国王はこれは誰が作ったのかと御下問になった。国王の御前に召されたベイカーはお褒めの言葉を賜った。ベイカー夫妻にとってこの上ない栄誉となった。アデルもまた師匠の栄誉を喜んだ。
披露宴が終わり賓客を見送った新婚夫婦はランバートハウスの東翼に新たに用意された新居に入った。
「奥様の湯あみの支度をしたいのですけれど」
寝室のドアをノックしようとしたミリーをアンジーは止めた。
「今はまだ駄目よ」
奥様付きの侍女長になったアンジーの命令なので、ミリーはドアから離れた。
「殿様とお話中だから」
「はあ」
ミリーは困惑していた。湯あみのための部屋は寝室の奥にあるのだ。寝室を通らないと支度ができない。
アンジーは知っていた。ロバートとアデルが部屋に入るなり、抱き合ったのを。誰も入れるなと言われ、アンジーはドアの前に立っていたのである。だが、いつまでも部屋からお呼びがかからない。
「まだですか、アンジーさん」
「ミリー、もう少しだけ待ちましょう」
そこへ大奥様がお呼びですと侍女が来たので、二人はグレイスの居室に向かった。グレイスは二人にケーキと温かいミルクを出して、自室に帰した。
この様子では息子が朝まで侍女を入れるはずがないと考えたグレイスの配慮だった。
部屋の中では、いや、すでに寝台の上だが、二人は互いの身体を絡ませていた。
ドレスも下着もすべて床に脱ぎ捨てたまま、生まれたままの姿で二人は互いを貪り合っていた。
「二人の時は仮装はいらない。ただのアデルとバートだ」
決まり文句のようにロバートは言う。
あの温室の夜から二週間、アデルは数日間足の間に何か太いものが入っているような感覚があって困惑していた。母や姉たちはなんとなく感づいているようだが、何も言わなかった。困ったことにロバートのことを思い出すと、下腹部がなんとなくもやもやするようなおかしな感覚になってしまった。下ばきが濡れてしまうのには参った。
そんな悩みはあったものの、アデルは挙式前日以外は毎日を穏やかに過ごした。ドレスの仮縫いや花嫁の心得を学ぶ時間の合間には菓子を作って、侍女を使いランバートハウスの騎士達に差し入れをした。見返りとして手に入れた情報は役に立った。
帰国した兄のナサニエルは結婚を控えた妹や家族の姿をデッサンした。それは後に結婚前の女性や家族の不安と期待に満ちた表情を描いた複数の油彩画の名作となって結実し国立美術館を飾ることとなる。
一方、ロバートは二週間の間、耐えに耐えていた。一度知ってしまったアデルの甘露の味は夜ごとロバートをさいなんだ。早く二人になりたい、そればかり考えて仕事をしていた。当然のことだが、母は怒っていた。姉夫婦も弟たちも呆れていた。
ギルモア伯爵邸でアデルと再会したものの、マカダムの甲冑は彼女を抱くにはふさわしくなかった。触れることもならぬまま、スカートを捲り上げ太腿のホルスターから拳銃を抜く姿を見てしまった。なぜ女性の足はあんなにも白いのだろうか。あれを持ち上げ、足の間に己の魂を込めた分身を宛がうのを想像するだけで股間がうずいた。
とはいえ、彼はそれを発散することもままならなかった。先祖伝来の甲冑を己の欲望で汚すなど言語道断だった。大聖堂に行く前に手を汚すわけにもいかない。
その後、宮殿内の近衛騎士団本部に顔を出すと騎士団長と偶然居合わせた陸軍大臣に叱責された。近衛騎士団と陸軍の合同作戦に勝手に乱入したという理由である。貴族裁判所を管轄する宮内大臣のとりなしで処罰されなかったものの始末書を提出することになった。
友人らとの独身に別れを告げる会から戻るとすでに深夜。その後、書いた始末書を近衛騎士団長と陸軍大臣の屋敷に早朝押しかけ手渡したロバートはそのまま帰宅し式の支度となった。
そういうわけで当然のことながら、寝室に入った途端に花嫁花婿はただのアデルとバートになったのだった。
ミリーが部屋に入ろうとした時には、すでにロバートは最初の号砲を放っていた。アデルはロバートに組み敷かれたまま、目を潤ませていた。温室の時と違って痛みは少なかった。それどころか、侵入したコブラがまだ中にいるのが嫌ではなくなっていた。
「バート、私、どうかしてる。あなたが私の中にいるのがすごく嬉しいの」
ロバートは新妻を抱き締めた。
「アデル、大丈夫か。痛くないか」
「いいえ。この前と全然違う」
ロバートは歓喜の声を上げたかったが抑えた。
「そうか、そうか」
「上になってもいいかしら」
天国にも上る心地とはこういうことをいうのかとロバートは思った。
「勿論」
一旦身体を離し体勢を変え、ロバートは仰向けになった。アデルはおずおずとロバートの腰を挟む様に膝をついた。その姿勢が目に入っただけでロバートのコブラは起き上がった。アデルの小ぶりの乳房が下に少し垂れているのが、まるで天上の果実のように見えた。
「私の胸に片手をつくといい」
そう言うとアデルはロバートの胸に右手を載せた。ロバートはアデルの腰に手をそえた。
「ゆっくりでいいから」
おずおずとアデルはさっきまで入っていたコブラを見つめた。先端がロバートの顎のように二つに割れているように見えた。まるでもう一人のロバートのように思われた。
そう思うだけで中から溢れる物があった。
欲しい。アデルは心から思った。
膣口に先端をあてるとますますコブラは昂ぶった。
ゆっくりと。アデルは呼吸を整えながら腰を落としていった。
「ああっ!」
わずかに入っただけなのに、身体が震えた。怖い。勇気が欲しい。そう思った時、何を恐れる必要があるのだと心の中でもう一人のアデルが囁いた。
いつだって自分の思いを貫いてきたではないか。婚約が白紙になってベイカーの店に行くと決めた時、髪を切ると自分で決めた時、ベイカーの店の見習い職人になった時、ハロウィンの祭をベイカーに提案した時、城へ抗議に向かった時、ギルモア伯爵邸に馬で向かった時……。そのたびにくじけそうになることもあったけれど、後悔はしていない。自分が選んだ道なのだ。その道は絶えることなくずっとつながって今ここに至っている。
ならば思いを貫くのみ。
みるみるうちにアデルの中にロバートが呑み込まれていった。
「アデル、動いてごらん」
言われるまでもなく、アデルは動いた。動かざるを得なかった。中でじっとしていないコブラをおとなしくさせることなどできなかった。
ゆっくりと腰を上下させるだけで下腹部から背筋を毒蛇の毒のようなしびれが駆け抜けた。けれど同じ繰り返しはもどかしくもあった。徐々に速度を上げてみた。互いの身体から溢れる愛を導く聖なる水が妙なる音を奏で、それがアデルをますます刺激した。このしびれるような感じがもっと欲しくなってきた。仔猫のような声を発しながらアデルは動いた。
驚いたのはロバートだった。新妻の身体に彼は翻弄されていた。彼自身はまったく動くことなく、アデルの動きによってのみ快感を得ていた。
「うっ、凄いぞ、ああっ、アデル、アデル!」
「バ、バート! 私も、すごく、すご過ぎて……」
「愛してるぞ、アデル!」
「私も、愛して、ます」
アデルの引き締まった身体はロバートを銜えて離さなかった。あっという間にコブラは降参した。アデルもまたしびれるような快楽のうねりを感じながら夫の胸に身を投げ出した。汗の匂いに包まれながら、アデルは幸福を感じていた。
そっと身体を離したアデルはロバートのそばに横たわった。まだじんわりと身体が熱かった。
「ずるいぞ、アデル」
「え?」
「余裕綽綽という顔だな」
割れ顎が目の前に迫ってきた。アデルはあの割れた先端を思い出した。
「バート?」
あっと言う間もなく、アデルは組み敷かれていた。
「まだ夜は長い。たっぷり楽しむぞ」
「愛は完成したんじゃ……」
「まだだ」
ロバートは愛しい妻の上腕二頭筋に口づけた。
二人の愛の完成へと至る道のりはまだ始まったばかりである。
明け方まで、ロバートとアデルは寝台の上で二人だけの甘い時間を過ごした。
さすがにアデルの体力は限界だった。ロバートはそんな新妻をいたわるように髪を撫でた。
けだるさの中、アデルは夫に囁いた。
「ねえ、バート」
「なんだい?」
「私、覚えてたわ」
「覚えてたって、何を?」
「あなたの顎」
ロバートにとって思いもかけない言葉だった。
「パトリック兄さんとバートリイの屋敷に来たでしょう」
「パブリックスクールの生徒の頃だな。夏休みだった」
「あの時、私、あなたみたいな顎を見たことがなかったから、顎が割れてるのはなぜってきいたの」
そんなことがあっただろうか。ロバートは記憶をたどる。
広大な公爵領で毎日楽しく過ごした。公爵家の子どもたちと一緒に牧場に行った。
栗色の髪の女の子が走ってくる。じっと自分の顎を見上げていた。
『どうしてあごがわれてるの? けがをしたの? いたくないの?』
幼い女の子にどう接していいかわからず、ロバートは答えに窮した。
パトリックがそばで笑った。
『これは怪我じゃない。生まれつきさ。マカダム家の者はこんな顎をしてるんだ』
『うまれつき? それじゃおとうさまもおかあさまもわれてるの?』
『父上だけだ』
ロバートはそう言うと、栗色の髪の女の子を睨みつけた。といっても、顎をからかう同級生や上級生に向けるものよりは少々力を抜いていたが。それでも女の子は俯いた。
後でパトリックに言われた。もう少し物の言いようがあるだろうと。だが、その時のロバートにはわからなかった。十歳以上も年下の女の子とどう話せばいいのか。
だから、公爵家の末娘との縁組の話が出た時断ったのだ。あんな子どもの相手なんかできないから。
もしあの時断らなかったらどうなっていたかと考えても時間の無駄だとロバートは思う。そんなことより、今が大切だった。
「怪我の心配をしてくれてありがとう」
「そんなこと言ったかしら?」
アデルの記憶にはない。ただただ割れた顎が珍しかったことしか覚えていない。
珍しかった顎は今目の前にある。愛しい人の大事な身体の一部として。
アデルはそっと顎に口づけた。
「あら、この傷は」
唇を離したアデルは夫の肩に擦り傷を見つけた。昨夜は夢中で気付かなかった。よく見れば、そこかしこに同じような傷があった。
「甲冑の下に着た鎖帷子が擦れたんだろう。大したことはない」
「ありがとう、私のために。愛しいバート」
アデルは両腕を精一杯伸ばしてロバートを抱き締めた。
二晩ほぼ徹夜した花婿はいつの間にか、穏やかな寝息をたてはじめていた。
アデルの銀白色のドレスは太い腕をカバーするパフスリーブで、デコルテが大きく開いていた。僧帽筋は長いレースのベールに隠れて見えない。
ロバートは終始緊張した顔だった。アデルも緊張していたが、あの温室の夜のことを思えば落ち着いていられた。大勢の人の注目など、あの時の混乱に比べれば大したことではない。
国王臨席の元、二人は神に終生変わらぬ愛を誓った。
アデルの祖母は孫娘の晴れ姿に涙ぐんだ。かつて孫娘が感じた悲しみや苦しみはこの日を迎えるために課された試練だったのかもしれない。試練を乗り越えた孫娘は輝くように美しく見えた。
前日司教に言われたバージンロードを歩く速度については問題なかった。手を取り合った花婿と花嫁は同じ速度で進んだからである。ただし、出席した人々は皆こんなに速く歩く新郎新婦は見たことがないと口々に囁き合った。後をついていくブライズメイド達が転ばないようにグルームズマン達は気を使った。
挙式後、ランバートハウスで行われた披露宴ではベイカーが作った菓子がデザートに供され、好評を博した。国王はこれは誰が作ったのかと御下問になった。国王の御前に召されたベイカーはお褒めの言葉を賜った。ベイカー夫妻にとってこの上ない栄誉となった。アデルもまた師匠の栄誉を喜んだ。
披露宴が終わり賓客を見送った新婚夫婦はランバートハウスの東翼に新たに用意された新居に入った。
「奥様の湯あみの支度をしたいのですけれど」
寝室のドアをノックしようとしたミリーをアンジーは止めた。
「今はまだ駄目よ」
奥様付きの侍女長になったアンジーの命令なので、ミリーはドアから離れた。
「殿様とお話中だから」
「はあ」
ミリーは困惑していた。湯あみのための部屋は寝室の奥にあるのだ。寝室を通らないと支度ができない。
アンジーは知っていた。ロバートとアデルが部屋に入るなり、抱き合ったのを。誰も入れるなと言われ、アンジーはドアの前に立っていたのである。だが、いつまでも部屋からお呼びがかからない。
「まだですか、アンジーさん」
「ミリー、もう少しだけ待ちましょう」
そこへ大奥様がお呼びですと侍女が来たので、二人はグレイスの居室に向かった。グレイスは二人にケーキと温かいミルクを出して、自室に帰した。
この様子では息子が朝まで侍女を入れるはずがないと考えたグレイスの配慮だった。
部屋の中では、いや、すでに寝台の上だが、二人は互いの身体を絡ませていた。
ドレスも下着もすべて床に脱ぎ捨てたまま、生まれたままの姿で二人は互いを貪り合っていた。
「二人の時は仮装はいらない。ただのアデルとバートだ」
決まり文句のようにロバートは言う。
あの温室の夜から二週間、アデルは数日間足の間に何か太いものが入っているような感覚があって困惑していた。母や姉たちはなんとなく感づいているようだが、何も言わなかった。困ったことにロバートのことを思い出すと、下腹部がなんとなくもやもやするようなおかしな感覚になってしまった。下ばきが濡れてしまうのには参った。
そんな悩みはあったものの、アデルは挙式前日以外は毎日を穏やかに過ごした。ドレスの仮縫いや花嫁の心得を学ぶ時間の合間には菓子を作って、侍女を使いランバートハウスの騎士達に差し入れをした。見返りとして手に入れた情報は役に立った。
帰国した兄のナサニエルは結婚を控えた妹や家族の姿をデッサンした。それは後に結婚前の女性や家族の不安と期待に満ちた表情を描いた複数の油彩画の名作となって結実し国立美術館を飾ることとなる。
一方、ロバートは二週間の間、耐えに耐えていた。一度知ってしまったアデルの甘露の味は夜ごとロバートをさいなんだ。早く二人になりたい、そればかり考えて仕事をしていた。当然のことだが、母は怒っていた。姉夫婦も弟たちも呆れていた。
ギルモア伯爵邸でアデルと再会したものの、マカダムの甲冑は彼女を抱くにはふさわしくなかった。触れることもならぬまま、スカートを捲り上げ太腿のホルスターから拳銃を抜く姿を見てしまった。なぜ女性の足はあんなにも白いのだろうか。あれを持ち上げ、足の間に己の魂を込めた分身を宛がうのを想像するだけで股間がうずいた。
とはいえ、彼はそれを発散することもままならなかった。先祖伝来の甲冑を己の欲望で汚すなど言語道断だった。大聖堂に行く前に手を汚すわけにもいかない。
その後、宮殿内の近衛騎士団本部に顔を出すと騎士団長と偶然居合わせた陸軍大臣に叱責された。近衛騎士団と陸軍の合同作戦に勝手に乱入したという理由である。貴族裁判所を管轄する宮内大臣のとりなしで処罰されなかったものの始末書を提出することになった。
友人らとの独身に別れを告げる会から戻るとすでに深夜。その後、書いた始末書を近衛騎士団長と陸軍大臣の屋敷に早朝押しかけ手渡したロバートはそのまま帰宅し式の支度となった。
そういうわけで当然のことながら、寝室に入った途端に花嫁花婿はただのアデルとバートになったのだった。
ミリーが部屋に入ろうとした時には、すでにロバートは最初の号砲を放っていた。アデルはロバートに組み敷かれたまま、目を潤ませていた。温室の時と違って痛みは少なかった。それどころか、侵入したコブラがまだ中にいるのが嫌ではなくなっていた。
「バート、私、どうかしてる。あなたが私の中にいるのがすごく嬉しいの」
ロバートは新妻を抱き締めた。
「アデル、大丈夫か。痛くないか」
「いいえ。この前と全然違う」
ロバートは歓喜の声を上げたかったが抑えた。
「そうか、そうか」
「上になってもいいかしら」
天国にも上る心地とはこういうことをいうのかとロバートは思った。
「勿論」
一旦身体を離し体勢を変え、ロバートは仰向けになった。アデルはおずおずとロバートの腰を挟む様に膝をついた。その姿勢が目に入っただけでロバートのコブラは起き上がった。アデルの小ぶりの乳房が下に少し垂れているのが、まるで天上の果実のように見えた。
「私の胸に片手をつくといい」
そう言うとアデルはロバートの胸に右手を載せた。ロバートはアデルの腰に手をそえた。
「ゆっくりでいいから」
おずおずとアデルはさっきまで入っていたコブラを見つめた。先端がロバートの顎のように二つに割れているように見えた。まるでもう一人のロバートのように思われた。
そう思うだけで中から溢れる物があった。
欲しい。アデルは心から思った。
膣口に先端をあてるとますますコブラは昂ぶった。
ゆっくりと。アデルは呼吸を整えながら腰を落としていった。
「ああっ!」
わずかに入っただけなのに、身体が震えた。怖い。勇気が欲しい。そう思った時、何を恐れる必要があるのだと心の中でもう一人のアデルが囁いた。
いつだって自分の思いを貫いてきたではないか。婚約が白紙になってベイカーの店に行くと決めた時、髪を切ると自分で決めた時、ベイカーの店の見習い職人になった時、ハロウィンの祭をベイカーに提案した時、城へ抗議に向かった時、ギルモア伯爵邸に馬で向かった時……。そのたびにくじけそうになることもあったけれど、後悔はしていない。自分が選んだ道なのだ。その道は絶えることなくずっとつながって今ここに至っている。
ならば思いを貫くのみ。
みるみるうちにアデルの中にロバートが呑み込まれていった。
「アデル、動いてごらん」
言われるまでもなく、アデルは動いた。動かざるを得なかった。中でじっとしていないコブラをおとなしくさせることなどできなかった。
ゆっくりと腰を上下させるだけで下腹部から背筋を毒蛇の毒のようなしびれが駆け抜けた。けれど同じ繰り返しはもどかしくもあった。徐々に速度を上げてみた。互いの身体から溢れる愛を導く聖なる水が妙なる音を奏で、それがアデルをますます刺激した。このしびれるような感じがもっと欲しくなってきた。仔猫のような声を発しながらアデルは動いた。
驚いたのはロバートだった。新妻の身体に彼は翻弄されていた。彼自身はまったく動くことなく、アデルの動きによってのみ快感を得ていた。
「うっ、凄いぞ、ああっ、アデル、アデル!」
「バ、バート! 私も、すごく、すご過ぎて……」
「愛してるぞ、アデル!」
「私も、愛して、ます」
アデルの引き締まった身体はロバートを銜えて離さなかった。あっという間にコブラは降参した。アデルもまたしびれるような快楽のうねりを感じながら夫の胸に身を投げ出した。汗の匂いに包まれながら、アデルは幸福を感じていた。
そっと身体を離したアデルはロバートのそばに横たわった。まだじんわりと身体が熱かった。
「ずるいぞ、アデル」
「え?」
「余裕綽綽という顔だな」
割れ顎が目の前に迫ってきた。アデルはあの割れた先端を思い出した。
「バート?」
あっと言う間もなく、アデルは組み敷かれていた。
「まだ夜は長い。たっぷり楽しむぞ」
「愛は完成したんじゃ……」
「まだだ」
ロバートは愛しい妻の上腕二頭筋に口づけた。
二人の愛の完成へと至る道のりはまだ始まったばかりである。
明け方まで、ロバートとアデルは寝台の上で二人だけの甘い時間を過ごした。
さすがにアデルの体力は限界だった。ロバートはそんな新妻をいたわるように髪を撫でた。
けだるさの中、アデルは夫に囁いた。
「ねえ、バート」
「なんだい?」
「私、覚えてたわ」
「覚えてたって、何を?」
「あなたの顎」
ロバートにとって思いもかけない言葉だった。
「パトリック兄さんとバートリイの屋敷に来たでしょう」
「パブリックスクールの生徒の頃だな。夏休みだった」
「あの時、私、あなたみたいな顎を見たことがなかったから、顎が割れてるのはなぜってきいたの」
そんなことがあっただろうか。ロバートは記憶をたどる。
広大な公爵領で毎日楽しく過ごした。公爵家の子どもたちと一緒に牧場に行った。
栗色の髪の女の子が走ってくる。じっと自分の顎を見上げていた。
『どうしてあごがわれてるの? けがをしたの? いたくないの?』
幼い女の子にどう接していいかわからず、ロバートは答えに窮した。
パトリックがそばで笑った。
『これは怪我じゃない。生まれつきさ。マカダム家の者はこんな顎をしてるんだ』
『うまれつき? それじゃおとうさまもおかあさまもわれてるの?』
『父上だけだ』
ロバートはそう言うと、栗色の髪の女の子を睨みつけた。といっても、顎をからかう同級生や上級生に向けるものよりは少々力を抜いていたが。それでも女の子は俯いた。
後でパトリックに言われた。もう少し物の言いようがあるだろうと。だが、その時のロバートにはわからなかった。十歳以上も年下の女の子とどう話せばいいのか。
だから、公爵家の末娘との縁組の話が出た時断ったのだ。あんな子どもの相手なんかできないから。
もしあの時断らなかったらどうなっていたかと考えても時間の無駄だとロバートは思う。そんなことより、今が大切だった。
「怪我の心配をしてくれてありがとう」
「そんなこと言ったかしら?」
アデルの記憶にはない。ただただ割れた顎が珍しかったことしか覚えていない。
珍しかった顎は今目の前にある。愛しい人の大事な身体の一部として。
アデルはそっと顎に口づけた。
「あら、この傷は」
唇を離したアデルは夫の肩に擦り傷を見つけた。昨夜は夢中で気付かなかった。よく見れば、そこかしこに同じような傷があった。
「甲冑の下に着た鎖帷子が擦れたんだろう。大したことはない」
「ありがとう、私のために。愛しいバート」
アデルは両腕を精一杯伸ばしてロバートを抱き締めた。
二晩ほぼ徹夜した花婿はいつの間にか、穏やかな寝息をたてはじめていた。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
イケメンハーフなダンピールに求婚されました〜ハロウィンの追いかけっこ〜
ミドリ
恋愛
堅実に働いている生真面目な天涯孤独の女性、ハル(24)。職場のイケメン神崎に言い寄られ逃げるようにして立ち去った後、ハロウィンで賑わう渋谷の町で出会ったのは可愛い男の子ソラだった。謎の怪異に追われているソラを保護しようとしたハルに襲いかかる怪異から逃れる為、ふたりは契約を交わすことに。
「飲んで」
私のあんぐり開いた口の中に、ソラの下唇が入り込んできた。口の中に、鉄の味が広がる。
「ハル、口の中も甘い……!」
興奮したソラの声が私の口の上でする。
「ハル、飲んで、早く」
急かすソラの声に、さっき会ったばかりの吸血鬼の男の子とキスしてしまっている事実に混乱していた私は、言われるがままに口の中に溜まった血混じりの自分の唾を呑み込んだ。
※※※※※※※※※
ハロウィン企画で書き始めた中編小説となります。
小説家になろうに同時投稿しています。
処刑された王女は隣国に転生して聖女となる
空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる
生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。
しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。
同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。
「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」
しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。
「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」
これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。
婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる