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第二章 辺境伯家の家訓‐宣戦布告と愛の言葉は堂々と‐

11 華燭(R18)

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 その翌日、ガーフィールド公爵の結婚式から一か月後の夏の王都の大聖堂でバートリイ公爵家令嬢ビクトリア・ガブリエラ・アデレード・ホークとランバート辺境伯ロバート・アルバート・マカダムの結婚式が挙行された。
 アデルの銀白色のドレスは太い腕をカバーするパフスリーブで、デコルテが大きく開いていた。僧帽筋は長いレースのベールに隠れて見えない。
 ロバートは終始緊張した顔だった。アデルも緊張していたが、あの温室の夜のことを思えば落ち着いていられた。大勢の人の注目など、あの時の混乱に比べれば大したことではない。
 国王臨席の元、二人は神に終生変わらぬ愛を誓った。
 アデルの祖母は孫娘の晴れ姿に涙ぐんだ。かつて孫娘が感じた悲しみや苦しみはこの日を迎えるために課された試練だったのかもしれない。試練を乗り越えた孫娘は輝くように美しく見えた。
 前日司教に言われたバージンロードを歩く速度については問題なかった。手を取り合った花婿と花嫁は同じ速度で進んだからである。ただし、出席した人々は皆こんなに速く歩く新郎新婦は見たことがないと口々に囁き合った。後をついていくブライズメイド達が転ばないようにグルームズマン達は気を使った。
 挙式後、ランバートハウスで行われた披露宴ではベイカーが作った菓子がデザートに供され、好評を博した。国王はこれは誰が作ったのかと御下問になった。国王の御前に召されたベイカーはお褒めの言葉を賜った。ベイカー夫妻にとってこの上ない栄誉となった。アデルもまた師匠の栄誉を喜んだ。





 披露宴が終わり賓客を見送った新婚夫婦はランバートハウスの東翼に新たに用意された新居に入った。

「奥様の湯あみの支度をしたいのですけれど」

 寝室のドアをノックしようとしたミリーをアンジーは止めた。

「今はまだ駄目よ」

 奥様付きの侍女長になったアンジーの命令なので、ミリーはドアから離れた。

「殿様とお話中だから」
「はあ」

 ミリーは困惑していた。湯あみのための部屋は寝室の奥にあるのだ。寝室を通らないと支度ができない。
 アンジーは知っていた。ロバートとアデルが部屋に入るなり、抱き合ったのを。誰も入れるなと言われ、アンジーはドアの前に立っていたのである。だが、いつまでも部屋からお呼びがかからない。

「まだですか、アンジーさん」
「ミリー、もう少しだけ待ちましょう」

 そこへ大奥様がお呼びですと侍女が来たので、二人はグレイスの居室に向かった。グレイスは二人にケーキと温かいミルクを出して、自室に帰した。
 この様子では息子が朝まで侍女を入れるはずがないと考えたグレイスの配慮だった。





 部屋の中では、いや、すでに寝台の上だが、二人は互いの身体を絡ませていた。
 ドレスも下着もすべて床に脱ぎ捨てたまま、生まれたままの姿で二人は互いを貪り合っていた。

「二人の時は仮装はいらない。ただのアデルとバートだ」

 決まり文句のようにロバートは言う。
 あの温室の夜から二週間、アデルは数日間足の間に何か太いものが入っているような感覚があって困惑していた。母や姉たちはなんとなく感づいているようだが、何も言わなかった。困ったことにロバートのことを思い出すと、下腹部がなんとなくもやもやするようなおかしな感覚になってしまった。下ばきが濡れてしまうのには参った。
 そんな悩みはあったものの、アデルは挙式前日以外は毎日を穏やかに過ごした。ドレスの仮縫いや花嫁の心得を学ぶ時間の合間には菓子を作って、侍女を使いランバートハウスの騎士達に差し入れをした。見返りとして手に入れた情報は役に立った。
 帰国した兄のナサニエルは結婚を控えた妹や家族の姿をデッサンした。それは後に結婚前の女性や家族の不安と期待に満ちた表情を描いた複数の油彩画の名作となって結実し国立美術館を飾ることとなる。
 一方、ロバートは二週間の間、耐えに耐えていた。一度知ってしまったアデルの甘露の味は夜ごとロバートをさいなんだ。早く二人になりたい、そればかり考えて仕事をしていた。当然のことだが、母は怒っていた。姉夫婦も弟たちも呆れていた。
 ギルモア伯爵邸でアデルと再会したものの、マカダムの甲冑は彼女を抱くにはふさわしくなかった。触れることもならぬまま、スカートを捲り上げ太腿のホルスターから拳銃を抜く姿を見てしまった。なぜ女性の足はあんなにも白いのだろうか。あれを持ち上げ、足の間に己の魂を込めた分身を宛がうのを想像するだけで股間がうずいた。
 とはいえ、彼はそれを発散することもままならなかった。先祖伝来の甲冑を己の欲望で汚すなど言語道断だった。大聖堂に行く前に手を汚すわけにもいかない。
 その後、宮殿内の近衛騎士団本部に顔を出すと騎士団長と偶然居合わせた陸軍大臣に叱責された。近衛騎士団と陸軍の合同作戦に勝手に乱入したという理由である。貴族裁判所を管轄する宮内大臣のとりなしで処罰されなかったものの始末書を提出することになった。
 友人らとの独身に別れを告げる会スタッグ・パーティから戻るとすでに深夜。その後、書いた始末書を近衛騎士団長と陸軍大臣の屋敷に早朝押しかけ手渡したロバートはそのまま帰宅し式の支度となった。
 そういうわけで当然のことながら、寝室に入った途端に花嫁花婿はただのアデルとバートになったのだった。
 ミリーが部屋に入ろうとした時には、すでにロバートは最初の号砲を放っていた。アデルはロバートに組み敷かれたまま、目を潤ませていた。温室の時と違って痛みは少なかった。それどころか、侵入したコブラがまだ中にいるのが嫌ではなくなっていた。

「バート、私、どうかしてる。あなたが私の中にいるのがすごく嬉しいの」

 ロバートは新妻を抱き締めた。

「アデル、大丈夫か。痛くないか」
「いいえ。この前と全然違う」

 ロバートは歓喜の声を上げたかったが抑えた。

「そうか、そうか」
「上になってもいいかしら」

 天国にも上る心地とはこういうことをいうのかとロバートは思った。

「勿論」

 一旦身体を離し体勢を変え、ロバートは仰向けになった。アデルはおずおずとロバートの腰を挟む様に膝をついた。その姿勢が目に入っただけでロバートのコブラは起き上がった。アデルの小ぶりの乳房が下に少し垂れているのが、まるで天上の果実のように見えた。

「私の胸に片手をつくといい」

 そう言うとアデルはロバートの胸に右手を載せた。ロバートはアデルの腰に手をそえた。

「ゆっくりでいいから」

 おずおずとアデルはさっきまで入っていたコブラを見つめた。先端がロバートの顎のように二つに割れているように見えた。まるでもう一人のロバートのように思われた。
 そう思うだけで中から溢れる物があった。
 欲しい。アデルは心から思った。
 膣口に先端をあてるとますますコブラは昂ぶった。
 ゆっくりと。アデルは呼吸を整えながら腰を落としていった。

「ああっ!」

 わずかに入っただけなのに、身体が震えた。怖い。勇気が欲しい。そう思った時、何を恐れる必要があるのだと心の中でもう一人のアデルが囁いた。
 いつだって自分の思いを貫いてきたではないか。婚約が白紙になってベイカーの店に行くと決めた時、髪を切ると自分で決めた時、ベイカーの店の見習い職人になった時、ハロウィンの祭をベイカーに提案した時、城へ抗議に向かった時、ギルモア伯爵邸に馬で向かった時……。そのたびにくじけそうになることもあったけれど、後悔はしていない。自分が選んだ道なのだ。その道は絶えることなくずっとつながって今ここに至っている。
 ならば思いを貫くのみ。
 みるみるうちにアデルの中にロバートが呑み込まれていった。

「アデル、動いてごらん」

 言われるまでもなく、アデルは動いた。動かざるを得なかった。中でじっとしていないコブラをおとなしくさせることなどできなかった。
 ゆっくりと腰を上下させるだけで下腹部から背筋を毒蛇の毒のようなしびれが駆け抜けた。けれど同じ繰り返しはもどかしくもあった。徐々に速度を上げてみた。互いの身体から溢れる愛を導く聖なる水が妙なる音を奏で、それがアデルをますます刺激した。このしびれるような感じがもっと欲しくなってきた。仔猫のような声を発しながらアデルは動いた。
 驚いたのはロバートだった。新妻の身体に彼は翻弄されていた。彼自身はまったく動くことなく、アデルの動きによってのみ快感を得ていた。

「うっ、凄いぞ、ああっ、アデル、アデル!」
「バ、バート! 私も、すごく、すご過ぎて……」
「愛してるぞ、アデル!」
「私も、愛して、ます」

 アデルの引き締まった身体はロバートを銜えて離さなかった。あっという間にコブラは降参した。アデルもまたしびれるような快楽のうねりを感じながら夫の胸に身を投げ出した。汗の匂いに包まれながら、アデルは幸福を感じていた。
 そっと身体を離したアデルはロバートのそばに横たわった。まだじんわりと身体が熱かった。

「ずるいぞ、アデル」
「え?」
「余裕綽綽という顔だな」

 割れ顎が目の前に迫ってきた。アデルはあの割れた先端を思い出した。

「バート?」

 あっと言う間もなく、アデルは組み敷かれていた。

「まだ夜は長い。たっぷり楽しむぞ」
「愛は完成したんじゃ……」
「まだだ」

 ロバートは愛しい妻の上腕二頭筋に口づけた。
 二人の愛の完成へと至る道のりはまだ始まったばかりである。





 明け方まで、ロバートとアデルは寝台の上で二人だけの甘い時間を過ごした。
 さすがにアデルの体力は限界だった。ロバートはそんな新妻をいたわるように髪を撫でた。
 けだるさの中、アデルは夫に囁いた。

「ねえ、バート」
「なんだい?」
「私、覚えてたわ」
「覚えてたって、何を?」
「あなたの顎」

 ロバートにとって思いもかけない言葉だった。

「パトリック兄さんとバートリイの屋敷に来たでしょう」
「パブリックスクールの生徒の頃だな。夏休みだった」
「あの時、私、あなたみたいな顎を見たことがなかったから、顎が割れてるのはなぜってきいたの」

 そんなことがあっただろうか。ロバートは記憶をたどる。
 広大な公爵領で毎日楽しく過ごした。公爵家の子どもたちと一緒に牧場に行った。
 栗色の髪の女の子が走ってくる。じっと自分の顎を見上げていた。

『どうしてあごがわれてるの? けがをしたの? いたくないの?』

 幼い女の子にどう接していいかわからず、ロバートは答えに窮した。
 パトリックがそばで笑った。

『これは怪我じゃない。生まれつきさ。マカダム家の者はこんな顎をしてるんだ』
『うまれつき? それじゃおとうさまもおかあさまもわれてるの?』
『父上だけだ』

 ロバートはそう言うと、栗色の髪の女の子を睨みつけた。といっても、顎をからかう同級生や上級生に向けるものよりは少々力を抜いていたが。それでも女の子は俯いた。
 後でパトリックに言われた。もう少し物の言いようがあるだろうと。だが、その時のロバートにはわからなかった。十歳以上も年下の女の子とどう話せばいいのか。
 だから、公爵家の末娘との縁組の話が出た時断ったのだ。あんな子どもの相手なんかできないから。
 もしあの時断らなかったらどうなっていたかと考えても時間の無駄だとロバートは思う。そんなことより、今が大切だった。

「怪我の心配をしてくれてありがとう」
「そんなこと言ったかしら?」

 アデルの記憶にはない。ただただ割れた顎が珍しかったことしか覚えていない。
 珍しかった顎は今目の前にある。愛しい人の大事な身体の一部として。
 アデルはそっと顎に口づけた。

「あら、この傷は」

 唇を離したアデルは夫の肩に擦り傷を見つけた。昨夜は夢中で気付かなかった。よく見れば、そこかしこに同じような傷があった。

「甲冑の下に着た鎖帷子が擦れたんだろう。大したことはない」
「ありがとう、私のために。愛しいバート」

 アデルは両腕を精一杯伸ばしてロバートを抱き締めた。
 二晩ほぼ徹夜した花婿はいつの間にか、穏やかな寝息をたてはじめていた。




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