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第二章 辺境伯家の家訓‐宣戦布告と愛の言葉は堂々と‐

07 愛の言葉(R18)

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 熱い痛みの中でアデルはロバートの囁きを聞いた。

「アデル、愛している、ずっと一緒だ」
「辺きょ」
「ロバート、いやバートと呼んでくれ。二人でいる時はアデルとバートだ」
「バート……」
「学生時代の仲間はそう呼ぶ」
「そうなの」

 アデルはいい加減離れて欲しかった。痛いなんてものではないのだ。

「バート、いつまでする気」
「いつまでもだ」

 ロバートは自分の分身を動かすべく腰を引いた。

「痛い」
「我慢してくれ。これが愛の仕上げなんだ」
「仕上げって、生地もまだよく練っていないような気が、あっ! いたっ!」

 ロバートのコブラがずんとアデルの奥を撞いた。

「こうやって生地を練ろう。私のこの棒で」
「はあ?」

 練る? これは練ると言うよりは撞いているような。アデルはちょっと違うと言いたかったが、動きが激しくなるにつれ声が言葉にならなくなって何も考えられなくなった。

「あっ、い、いた! やめ、あっあっあああ! ひいい!」
「はあ、アデル、そんな可愛い声を、出さないでくれ」

 どこが可愛いのかわけがわからない。ただの吐息や悲鳴なのに。

「もう、ゆるし……おねが……ああっ!」

 ぐっと下腹の奥深くを撞かれた瞬間、痛みとは違う何かが腰から全身に走った。火花がまなこの裏で散った。

「はあっ、アデル!」

 身体の奥で何かが弾けたようだった。ロバートが急に静かになった。
 何が起きたのかわからずアデルはぼんやりと温室の天井を見上げた。夜来香の濃厚な香りが鼻腔を刺激した。
 そうだ。ここは温室だった。こんな場所でこんなことをしているなんて。父や母が知ったら何と思うだろう。起き上がろうとしたが、ロバートの身体は重い。それにまだあのコブラは中にいる。外れそうもなかった。

「重いんだけど」

 そう言うと、ロバートはぎゅっとアデルを抱きしめた。

「つらかったか」
「ええ、とても」
「すまない。だが、これで愛が完成するんだ」

 完成? まだしていないような気がする。

「本当にこれで完成なの?」
「ああ。まだ完成してないと思ってる?」
「そんな気がします」
「未完ということか!」

 ロバートの顔がぱっと明るくなった。なぜ、ロバートは未完が嬉しいのだろうか。考えていたアデルは不意に抱き起された。まだつながったままで。中でコブラの角度が変わったせいなのか、先端の当たっていた場所が変わってアデルはつい小さな悲鳴を上げてしまった。

「そうか。それじゃ、今度はアデルが上だ」
「上って」
「私の上で好きなだけ腰を振ればいいんだ。気持ちよくなるように。上なら重くない」

 理解不能だった。ロバートは何がしたいのだろう。

「どうして上で腰を振らなきゃいけないの」
「愛を完成させるためだ」

 なぜそれで愛が完成するのかわけがわからない。

「私は離れたいんだけど」
「なぜ?」
「痛いから」
「まだ愛は未完なのに」

 ロバートが少しだけ悲しそうにうつむいた。こんな顔もするのだとアデルはじっと見つめた。

「別に今日完成させる必要はないんじゃないの。結婚したら、その、同じことをするんでしょ」
「そうだ。でも、私は今日、今したいんだ」

 ぎゅっと抱きしめられてアデルは困ってしまった。僧帽筋のあたりを撫でられてくすぐったかった。首筋を見上げるとうっすらと汗が浮いていた。まるで仕事中の職人のようだった。右手の指を伸ばして汗に触れてみた。しっとりとした汗から漂う匂いが鼻孔をくすぐる。嫌いな匂いではなかった。
 さらに上へと指でなぞって割れ顎に触れた。硬そうに見える顎は意外に柔かかった。少し伸びてきた髭がざらざらするけれど。

「アデル、何を」
「触ってみたかっただけ」

 そう言った瞬間、アデルは以前に似たようなことがあったことを思い出した。あれはいつだったか。ずいぶん小さい頃のことだったかもしれない。だが、思い出す暇はなかった。

「何て可愛いことを言うんだ」

 口づけが肩に落ちて来た。

「こんなにきれいなアデルだからすべて私のものにしたいんだ」

 口づけはさらに上腕の筋肉にも捧げられた。 

「ああ、なんて滑らかな肌なんだ。筋肉にこのような装いを与えた美の神に感謝だ」

 他人の考えに耳を貸さない頑固な城主とも思えない口ぶりにアデルは呆れた。
 その時、アデルの中でコブラがむくりと頭をもたげたように思われた。

「あっ、なに、これ」
「再開だ」
「え?」
「仕方ない。上になるのは次の機会だ」

 そう言うと、ロバートはアデルを再び横たえた。

「すべてを私に委ねてくれればいい。愛を完成させよう」
「はあ?」

 アデルは全力で身体を離そうとした。あのコブラを外さなければ。だが、コブラはしっかりと二人をつなぐくさびとなっていた。

「離して」
「離れたくないんだ」

 その一言が終わらぬうちに、またコブラが中を撞き始めた。大きな掌で乳房を揉まれ、口づけまで同時にされ、アデルは身動きできなくなった。時折唇が離れ、声を出そうとしてもあっという息にしかならない。まるで身体の中に熱い巨大な鉄の楔を打ち込まれたようだった。
 幾度も名まえを呼ばれ、愛していると言われても、痛みはそう簡単に消えるものではなかった。
 こんなことが何度も続いたら死ぬんじゃないかと思っていると、不意におかしな感触が身体の奥に生まれた。撞かれて痛いはずなのに、離れた途端に物足りないような感覚があった。おかしい。とうとう自分は毒蛇のせいでおかしくなってしまったのだと思った。
 再び同じ場所を撞かれた。これまで出したことのない変な声が口から洩れた。

「なんて可愛い声なんだ」

 可愛い? どこが。まるで猫が盛っている時のような声なのに。
 戸惑っている間にも同じ場所を何度も撞かれ、声が幾度も漏れた。気が付かないうちにアデルは毒蛇の頭突きを求めて腰を動かしていた。二人の身体がぶつかるたびに、つながった部分からは触れ合う二人の身体からそれぞれ溢れた液体が混じり合い泡立ってこぼれ落ちた。
 ぶつかるたびに聞こえる湿った音の正体がわからぬアデルはロバートの身体に両腕を伸ばしてすがった。毒蛇の毒がまわって血が止まらなくなっていたらどうしよう。
 アデルの物凄い上腕の力にロバートは驚き、喜びを感じた。こんなにも求められているなんて。今張り切らなくていつ張り切るのだ。

「アデル、愛してる。いくぞ」

 人間技とは思えぬ速度で腰を振り、アデルが喜ぶ場所を集中的に撞いた。アデルの牝猫のような声がますます彼を燃え上がらせた。

「あ、ああっ、だめ!」

 アデルは下腹の奥深くから湧き出る何とも形容しがたい感覚が恐ろしくなり、ロバートの腰に足を絡めた。

「うおっ、締めるな!」

 アデルの中がぎゅっとすぼまり毒蛇を締め付けた。抵抗できぬまま、毒蛇は白い毒を吐いた。 
 ロバートはこれまで感じたことのないような快感に包まれていた。もう絶対にアデルを離さない。
 アデルは嵐のような行為がひとまず終わったらしいとほっとしていた。先ほどの感覚の正体を知りたいような気はしたが、それには行為を続けなければなるまい。今はそこまでの気力はない。
 コブラは中でしぼんでいるようだった。そっと身体をずらすと、それは抜けた。同時にアデルの中から液体がこぼれた。服を脱いだのはこれがあるからかとアデルは気付いた。後でランタンの光で確かめるとわずかに朱が混じっていた。思ったより出血は少ないようだった。

「そろそろ戻らないと母が心配します」

 その声にロバートはむっくりと身体を起こした。

「そうだな。続きは式の後に」

 アデルはロバートの下から抜け出し、脱いだ服を身に付け始めた。先に服を着終わったロバートはコルセットを着けるのを手伝った。紐を引っ張りながらロバートは思った。女はこれで身体を細く見せているのかと。こんなものなど無駄のように思える。女はありのままの姿で十分美しいのだから。
 ドレスのボタンをすべて付けたが、髪の乱れだけはどうしようもなかった。

「キスをした時に私が髪に触れたということにしておけばいい」

 その言い訳を真に受けるほど公爵も愚かではないのだが。





 二人が屋敷に戻るとちょうど娯楽室から紳士たちが、居間から淑女たちが出て来た。
 
「なかなか戻って来ないから、捜索隊を出そうかと言ってたんだ」

 パトリックの口振りはまんざら冗談にも思えなかった。
 グレイスはアデルの少し乱れた髪についている夜来香の花びらに気付いた。帰宅後、馬鹿息子を尋問する必要がありそうだった。
 公爵は婿の不埒な振舞に気付いたものの、今日のところは不問に付するすることにした。なぜならアデルの表情が食事の時とは全く違っていたからである。今度は髪を切るようなことはあるまい。それは公爵夫人も同様だった。パトリックの言うようにまったく隅に置けない婿である。





 翌朝、アデルはいつもより三十分ほど遅く目覚めた。昨夜の行為は思ったよりも体力を使ったようだった。足の間に何かが挟まっているようで、下腹から腰が重かった。
 朝食まで二十分ほど間があったので、薔薇の咲く庭を歩いていると温室が見えた。昨夜のことが夢ではなかったのかと思われた。

「アデル」

 パトリックの声が聞こえた。振り返ると眠そうな顔の兄がいた。昨夜はカードをたしなんだ後、父や長兄と酒を飲んでいたようだ。

「ロバートはいい奴だろ」

 昨夜の突然の行為を思い出す。肯定も否定もできなかった。 

「真面目な男なんだ」

 真面目な男が温室で婚約者とともに裸になって抱き合うものなのだろうか。兄には言えないことをアデルは思っていた。

「あいつの言葉は真実だ。心にもないことは言わない。言葉と振舞が一致している」

 昨夜は愛しているという言葉のままに振る舞ったということか。 

「覚えてるか。おまえが四つか五つの時に、学校の夏休みにロバートを連れて来たんだ。一緒に皆で牧場に行っただろ?」

 なんとなく牧場に行った記憶はあった。

「おまえがどうして顎が割れてるのかとかきいた時はひやひやしたよ。ロバートは入学してすぐに顎をからかった上級生を投げ飛ばしたんだ」
「そんなことが……」

 アデルはふとベイカーの店で修業を始めた頃のことを思い出した。女に何ができると嘲笑った他の店の職人を殴ったことがあった。
 女であることも、顎が割れていることも生まれつきだ。自分では変えられないものを嘲笑う人間は許さない。ロバートもまた同じ考えを持っているらしい。
 顎といえば、誰かの顎が気になってじっと見上げていた記憶がある。

「まあ、さすがに小さい女の子を投げ飛ばしたりはしなかったけど。今思えば、その頃から縁があったんだな」

 縁があるというのは都合の良過ぎる解釈のような気がするが。
 パトリックは大きな欠伸をした。

「そろそろ皆が揃う頃だな」

 アデルは兄とともに屋敷に向かった。
 歩きながら、昨夜のロバートの言葉を思い出していた。
 ロバートの言葉と振舞は果たして一致しているのだろうか。もし、そうなら昨夜の行為はロバートの言葉通りのものということになる。

 「愛している」
 「離れたくない」
 「二人の間に仮装は無用だ」

 すべて真実の言葉で、その言葉通りに彼は振る舞ったということだ。ロバートは偽りのない心のままにアデルを抱き締めたのだ。そこには利害も虚栄も存在しない。辺境伯の仮面も公爵令嬢の仮面も必要ない。
 見上げると春の朝の水色の空が広がっていた。同じ空の下に辺境伯領があり、ベイカーの店があり、マカダムの城がある。そこで過ごした濃密な日々を思い出す。共に生きた人々の言葉に嘘偽りはなかった。嘘があったとすればアデルの身元だけだったかもしれない。いや、嘘ではない。アデルは令嬢の仮面を取り去って生きていたのだから。
 真実を生きるロバートと辺境伯領で共に生きていくことができたなら、濃密な日々を再び生きていけるかもしれない。
 アデルは背筋を伸ばした。身体はけだるいが、気分は朗らかだった。




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