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第三章 青嵐(正徳三年~正徳五年)
58 梅芳院の回想
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客人を見送った後、隆迪の病室に入ると、眞里姫と奥女中が控えていた。
隆迪は起き上がった。
「おかげをもちまして、本日隠居の御許しと家督の相続を仰せつかりました」
報告をすると、隆迪はうなずいた。
「よろしく頼む」
「次の登城は重陽。御指導をよろしく賜りたく」
「そうか、重陽か」
そう言うと隆迪はゆっくりと息を吸った。
「被綿をすれば、お元気になります」
菊のつぼみに夜のうちに綿をかぶせ菊の香りと夜露を沁み込ませもので、九月九日重陽の節句に身体を拭いて不老長寿、無病息災を祈ることを隆礼は思い出していた。
「そうですね。そういたしましょう」
眞里姫も賛同した。
「余には最後の仕事がまだ残っておる。被綿は必要ない」
隆迪はほほ笑んだ。
「最後の仕事とは何でございますか。父上、無理をなさらないでください」
「無理ではない。余の最後の仕事はな、死ぬことなのだ」
隆礼も眞里姫も控えていた女中も絶句した。
「つくづく思うのだ。大名の仕事とは結局、生まれて死ぬことなのだと。いや、その間にもう一つあった。人を思うことだ。民を思い、家臣を思い、女子を思い、子を思う。それが天から与えられた仕事」
「そのようなことは、おっしゃらないで」
眞里姫はか細い声で叫んだ。
「まだまだ生きてくださらねば」
「今すぐ死ぬとは言っておらぬ。奥は心配性じゃ」
隆迪は妻を見つめた。
「死ぬまで生きることも仕事ゆえな」
その言葉通り、山置隆迪(隠居後の号を雷云という)は、静かに命の灯火を燃やし続けた。
ほどなく祝姫が上屋敷の奥に移り、隆礼の引っ越しも完了した。
十月の初めまで、隆迪は病床にあって隆礼の指導をした。
この頃になると、食欲も一時よりかなり回復し、眞里姫の表情も穏やかになった。
祝姫も眞里姫から様々なことを教えられた。
隆迪が中屋敷に移る日は、きちんと袴を着けて駕籠に自分の足で乗り込むこともできた。
「鶏の勝ち鬨を聞くのが楽しみだ」
そう言って駕籠に乗った隆迪だったが、到着し、眞里姫と夕食を食べた後、嘔吐した。
今回の嘔吐には前回よりも血が多く混じり、駆け付けた医師も一時は命の危険があると見たが、三日後には意識を取り戻した。
それでもいつ何が起きるかわからぬと中屋敷には次々と親族が訪れた。隆礼も月次登城のない限りは中屋敷に昼間詰めて仕事をした。
十一月に入り、寒さが厳しくなった。
ようやっと、隆迪は粥を口にすることができるようになった。
隆礼は再び上屋敷での職務を再開した。
だが、前に倒れた時と明らかに違い顔色が悪かった。御不浄に行くにも大柄な小姓が背負っていかねばならなかった。眞里姫の手だけではとても介護ができる有様ではなかった。
医師も隆礼に国許にいつ何があってもいいように連絡したほうがよろしいと言った。
隆礼は家老に、国許の川合城代家老に大殿様の病状が重いこと、以前に江戸表で身まかられた殿様方の先例を調べて対処できるようにと書簡を送らせた。
国許では江戸からの書簡を受け、引き続き寺社に病気平癒の祈祷を行わせ、先例を調べ玄龍寺との打ち合わせ等が行われることとなった。
満津の方は尼寺照妙寺を訪れ、大殿様の病気平癒祈願を行った。
祈祷の後、庫裏に行き梅芳院を訪ねた。
梅芳院もまた病の床にあった。若い頃に一時胸を病み、治癒していたが、高齢になってからまたぶり返したようだと自身で語った。
「大殿様は長うはあるまい」
梅芳院は床の中で言った。熱で起き上がるのもだるいようだった。
「わらわとどちらが早いかの」
まるで自分のことを他人事のように言うのだった。
「まだまだお元気でいてくださらねば」
満津の言葉に梅芳院は皮肉めいた調子で言った。
「そなたの祖母のことを知るはわらわで最後じゃ。わらわが死ねば何の心配もなくなる。今更明暦の火事の仇などと、そなたを狙う者もあるまい」
満津は部屋に誰もいないこと、梅芳院の声の小さなことに安堵した。聞かれていい話ではない。
満津の祖母きよは昔杉谷喜与という名であった。
祖母は絶対にそれを知られてはならぬと満津に語っていた。
なぜなら、明暦の香田角大火のきっかけとなった小姓杉谷采女は喜与の父の弟だったからである。
喜与の父、杉谷与兵衛は当時小納戸方に勤めており、弟采女は又五郎と呼ばれていた隆朝(隆礼の父)の小姓であった。
鄙には稀な美少年采女をめぐって同僚同士がその寵を競う余りの刃傷沙汰が城内で起きた後、与兵衛は謹慎、妻と幼子の喜与は実家に帰された。
采女は清願寺にお預けとなったが、今度は寺の坊主たちが采女を巡っての争いとなり、その巻き添えで采女は殺され、その時持っていた手燭の火が経典に引火し、清願寺から出火、城下の西半分を焼く大火となったのであった。
与兵衛は火事後、謹慎していた自宅で切腹、親戚の者は所払いとなった。実家に帰されていたものの正式に離縁していなかった喜与と母も所払いということで城下を離れ、肥後の遠縁の家に身を寄せることとなった。
そこまでの話をきよは孫の満津に話していた。
さてその火事で両親を失い兄とともに焼け出されたのが於絹の方の母であった。名をぬいと言う。足軽の子であったぬいと兄杉村孝四郎は貧しい親戚らの間をたらいまわしにされて育った。
それでも兄妹は慎ましく生きていたが、たまたま杉村という姓を名乗っていたため、兄が杉谷家の関係者ではないかと、当時城下で徒党を組んでいた家臣の次男、三男ら部屋住みの者達から難癖をつけられた。
所払いの癖になどと言われた兄はいわれのない言いがかりにかっとなり刀を抜き、相手も鬱憤をためた部屋住みの者達だったため、大立ち回りとなった。
多勢に無勢で、兄は瀕死の怪我を負い、これ以上の辱めには耐えられぬとその場で自ら腹を切るという騒動になった。
この一件で喧嘩相手の者達が罰せられるかと思いきや、彼らは口裏を合わせて杉村が襲い掛かってきた、われらは乱心者のとばっちりを受けたと言い、喧嘩両成敗にもならず、謹慎だけが言い渡された。
この件でぬいが世話になっていた足軽の親戚も謹慎処分を受けた。
処分がとけた後、親戚の家にいづらくなったぬいは奉公に出た。
その先がなんと、兄に難癖をつけた男の家、小田切家であった。
小田切の次男はぬいが杉村の妹と気づくや、執拗に迫り、関係を持った。
生まれたのが於絹である。
於絹は母からその因縁を聞かされて育ったのだった。
いつかは小田切の家の者や、伯父を辱めた者達に目にもの見せてやろうと誓っていた矢先、お城への奉公をするように小田切家の主から命じられた。
於絹はこれは絶好の機会と隆朝侯の目につくように振る舞い、みごと寵を受けることとなり隆迪を産んだのだった。
於絹は伯父をなぶり者にした者達を見下ろす地位に立ったのだった。
隆迪を産んだ時、存命していた母ぬいはこれで兄の恥辱が雪がれると泣いたものだった。
部屋住みの次男である父は重い病の床にあった。今更復讐する必要はなかった。
だが、伯父の死に関わった者で生きている者は当時数名いた。
復讐しようと思えばできた。
だが、彼らが城下で自分の乗る女乗り物に平伏している姿を小窓の格子越しに見た時、馬鹿らしくなった。
勝手に自分の仕返しに怯えておればいい。死ぬまで怯えておれ、父のように。
そうは言っても、気にかかるのは杉谷家の者達のことだった。
於絹は彼らが皆所払いになって肥後や豊後、豊前、日向の他領に散っていることを調べていた。
彼らは戻って来れまい、そう思った。
だが、戻って来た者がいた。それが杉谷喜与だった。きよという名で孫娘を連れて山置の縁者の元に身を寄せて奉公人となっていた。
於絹はきよが岡部家にやって来たことも知っていた。守倉衆に調べさせていた。ちょうど当主の次男坊が孫娘と同い年で調べるのに都合がよかった。
おかげで、御分家の陰謀も阻止できた。
もっとも、やせっぽちの孫娘が富久の産んだ八千代丸と恋に落ちることだけは予想できなかったが。
若き日の於絹が願ったように小田切家は没落しようとしていた。江戸での次男の不始末をきっかけとする仁右衛門の隠居・閉門後、小田切家の石高は減らされ、長男は小納戸組から山置の郡奉行配下に降格、三男だけが変わらず村越塾の仕事をしていた。
思い残すことはほとんどない。山置家の跡継ぎ以外は。
「そなたはこれからは姫様大事にな。いずれ、殿がご帰国の際は、必ずや男子を挙げるように努めよ。それが杉谷の家の者の罪滅ぼしぞ。それにしても、八千代丸は大きくなったであろうな。殿の御子だから、きっと背が伸びようぞ」
梅芳院はそう言った後、咳き込んだ。すぐに世話掛の若い尼が入って来た。
満津は寺を後にした。
その女乗り物の行列を見た人々は口々に、あれが満津の方様、強運の方と囁くのだった。かつて於絹の方の乗り物の行列を見た人々が囁いたように。
隆迪は起き上がった。
「おかげをもちまして、本日隠居の御許しと家督の相続を仰せつかりました」
報告をすると、隆迪はうなずいた。
「よろしく頼む」
「次の登城は重陽。御指導をよろしく賜りたく」
「そうか、重陽か」
そう言うと隆迪はゆっくりと息を吸った。
「被綿をすれば、お元気になります」
菊のつぼみに夜のうちに綿をかぶせ菊の香りと夜露を沁み込ませもので、九月九日重陽の節句に身体を拭いて不老長寿、無病息災を祈ることを隆礼は思い出していた。
「そうですね。そういたしましょう」
眞里姫も賛同した。
「余には最後の仕事がまだ残っておる。被綿は必要ない」
隆迪はほほ笑んだ。
「最後の仕事とは何でございますか。父上、無理をなさらないでください」
「無理ではない。余の最後の仕事はな、死ぬことなのだ」
隆礼も眞里姫も控えていた女中も絶句した。
「つくづく思うのだ。大名の仕事とは結局、生まれて死ぬことなのだと。いや、その間にもう一つあった。人を思うことだ。民を思い、家臣を思い、女子を思い、子を思う。それが天から与えられた仕事」
「そのようなことは、おっしゃらないで」
眞里姫はか細い声で叫んだ。
「まだまだ生きてくださらねば」
「今すぐ死ぬとは言っておらぬ。奥は心配性じゃ」
隆迪は妻を見つめた。
「死ぬまで生きることも仕事ゆえな」
その言葉通り、山置隆迪(隠居後の号を雷云という)は、静かに命の灯火を燃やし続けた。
ほどなく祝姫が上屋敷の奥に移り、隆礼の引っ越しも完了した。
十月の初めまで、隆迪は病床にあって隆礼の指導をした。
この頃になると、食欲も一時よりかなり回復し、眞里姫の表情も穏やかになった。
祝姫も眞里姫から様々なことを教えられた。
隆迪が中屋敷に移る日は、きちんと袴を着けて駕籠に自分の足で乗り込むこともできた。
「鶏の勝ち鬨を聞くのが楽しみだ」
そう言って駕籠に乗った隆迪だったが、到着し、眞里姫と夕食を食べた後、嘔吐した。
今回の嘔吐には前回よりも血が多く混じり、駆け付けた医師も一時は命の危険があると見たが、三日後には意識を取り戻した。
それでもいつ何が起きるかわからぬと中屋敷には次々と親族が訪れた。隆礼も月次登城のない限りは中屋敷に昼間詰めて仕事をした。
十一月に入り、寒さが厳しくなった。
ようやっと、隆迪は粥を口にすることができるようになった。
隆礼は再び上屋敷での職務を再開した。
だが、前に倒れた時と明らかに違い顔色が悪かった。御不浄に行くにも大柄な小姓が背負っていかねばならなかった。眞里姫の手だけではとても介護ができる有様ではなかった。
医師も隆礼に国許にいつ何があってもいいように連絡したほうがよろしいと言った。
隆礼は家老に、国許の川合城代家老に大殿様の病状が重いこと、以前に江戸表で身まかられた殿様方の先例を調べて対処できるようにと書簡を送らせた。
国許では江戸からの書簡を受け、引き続き寺社に病気平癒の祈祷を行わせ、先例を調べ玄龍寺との打ち合わせ等が行われることとなった。
満津の方は尼寺照妙寺を訪れ、大殿様の病気平癒祈願を行った。
祈祷の後、庫裏に行き梅芳院を訪ねた。
梅芳院もまた病の床にあった。若い頃に一時胸を病み、治癒していたが、高齢になってからまたぶり返したようだと自身で語った。
「大殿様は長うはあるまい」
梅芳院は床の中で言った。熱で起き上がるのもだるいようだった。
「わらわとどちらが早いかの」
まるで自分のことを他人事のように言うのだった。
「まだまだお元気でいてくださらねば」
満津の言葉に梅芳院は皮肉めいた調子で言った。
「そなたの祖母のことを知るはわらわで最後じゃ。わらわが死ねば何の心配もなくなる。今更明暦の火事の仇などと、そなたを狙う者もあるまい」
満津は部屋に誰もいないこと、梅芳院の声の小さなことに安堵した。聞かれていい話ではない。
満津の祖母きよは昔杉谷喜与という名であった。
祖母は絶対にそれを知られてはならぬと満津に語っていた。
なぜなら、明暦の香田角大火のきっかけとなった小姓杉谷采女は喜与の父の弟だったからである。
喜与の父、杉谷与兵衛は当時小納戸方に勤めており、弟采女は又五郎と呼ばれていた隆朝(隆礼の父)の小姓であった。
鄙には稀な美少年采女をめぐって同僚同士がその寵を競う余りの刃傷沙汰が城内で起きた後、与兵衛は謹慎、妻と幼子の喜与は実家に帰された。
采女は清願寺にお預けとなったが、今度は寺の坊主たちが采女を巡っての争いとなり、その巻き添えで采女は殺され、その時持っていた手燭の火が経典に引火し、清願寺から出火、城下の西半分を焼く大火となったのであった。
与兵衛は火事後、謹慎していた自宅で切腹、親戚の者は所払いとなった。実家に帰されていたものの正式に離縁していなかった喜与と母も所払いということで城下を離れ、肥後の遠縁の家に身を寄せることとなった。
そこまでの話をきよは孫の満津に話していた。
さてその火事で両親を失い兄とともに焼け出されたのが於絹の方の母であった。名をぬいと言う。足軽の子であったぬいと兄杉村孝四郎は貧しい親戚らの間をたらいまわしにされて育った。
それでも兄妹は慎ましく生きていたが、たまたま杉村という姓を名乗っていたため、兄が杉谷家の関係者ではないかと、当時城下で徒党を組んでいた家臣の次男、三男ら部屋住みの者達から難癖をつけられた。
所払いの癖になどと言われた兄はいわれのない言いがかりにかっとなり刀を抜き、相手も鬱憤をためた部屋住みの者達だったため、大立ち回りとなった。
多勢に無勢で、兄は瀕死の怪我を負い、これ以上の辱めには耐えられぬとその場で自ら腹を切るという騒動になった。
この一件で喧嘩相手の者達が罰せられるかと思いきや、彼らは口裏を合わせて杉村が襲い掛かってきた、われらは乱心者のとばっちりを受けたと言い、喧嘩両成敗にもならず、謹慎だけが言い渡された。
この件でぬいが世話になっていた足軽の親戚も謹慎処分を受けた。
処分がとけた後、親戚の家にいづらくなったぬいは奉公に出た。
その先がなんと、兄に難癖をつけた男の家、小田切家であった。
小田切の次男はぬいが杉村の妹と気づくや、執拗に迫り、関係を持った。
生まれたのが於絹である。
於絹は母からその因縁を聞かされて育ったのだった。
いつかは小田切の家の者や、伯父を辱めた者達に目にもの見せてやろうと誓っていた矢先、お城への奉公をするように小田切家の主から命じられた。
於絹はこれは絶好の機会と隆朝侯の目につくように振る舞い、みごと寵を受けることとなり隆迪を産んだのだった。
於絹は伯父をなぶり者にした者達を見下ろす地位に立ったのだった。
隆迪を産んだ時、存命していた母ぬいはこれで兄の恥辱が雪がれると泣いたものだった。
部屋住みの次男である父は重い病の床にあった。今更復讐する必要はなかった。
だが、伯父の死に関わった者で生きている者は当時数名いた。
復讐しようと思えばできた。
だが、彼らが城下で自分の乗る女乗り物に平伏している姿を小窓の格子越しに見た時、馬鹿らしくなった。
勝手に自分の仕返しに怯えておればいい。死ぬまで怯えておれ、父のように。
そうは言っても、気にかかるのは杉谷家の者達のことだった。
於絹は彼らが皆所払いになって肥後や豊後、豊前、日向の他領に散っていることを調べていた。
彼らは戻って来れまい、そう思った。
だが、戻って来た者がいた。それが杉谷喜与だった。きよという名で孫娘を連れて山置の縁者の元に身を寄せて奉公人となっていた。
於絹はきよが岡部家にやって来たことも知っていた。守倉衆に調べさせていた。ちょうど当主の次男坊が孫娘と同い年で調べるのに都合がよかった。
おかげで、御分家の陰謀も阻止できた。
もっとも、やせっぽちの孫娘が富久の産んだ八千代丸と恋に落ちることだけは予想できなかったが。
若き日の於絹が願ったように小田切家は没落しようとしていた。江戸での次男の不始末をきっかけとする仁右衛門の隠居・閉門後、小田切家の石高は減らされ、長男は小納戸組から山置の郡奉行配下に降格、三男だけが変わらず村越塾の仕事をしていた。
思い残すことはほとんどない。山置家の跡継ぎ以外は。
「そなたはこれからは姫様大事にな。いずれ、殿がご帰国の際は、必ずや男子を挙げるように努めよ。それが杉谷の家の者の罪滅ぼしぞ。それにしても、八千代丸は大きくなったであろうな。殿の御子だから、きっと背が伸びようぞ」
梅芳院はそう言った後、咳き込んだ。すぐに世話掛の若い尼が入って来た。
満津は寺を後にした。
その女乗り物の行列を見た人々は口々に、あれが満津の方様、強運の方と囁くのだった。かつて於絹の方の乗り物の行列を見た人々が囁いたように。
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