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第三章 青嵐(正徳三年~正徳五年)

56 飛騨守発病

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 その日、飛騨守は御座の間にいた。
 四月になったら城にお暇の挨拶をして、国許に帰る。そのための費用の融通について、家老から出された書類に目を通さねばならなかった。
 年貢米からの収入は元より少ない。米以外の穀類からの収入を合わせても、とても参勤の費用までは全部出ない。やはり勘定方からの提案通り、商人から借りるしかない。
 勘定方と家老を呼ぶように、小姓に指図しようとした時だった。
 不意に胃の腑からこみ上げるものがあった。

「殿」

 小姓が駆け寄った。その声を聞いた控えの間にいる近習らが入って来た。
 彼らが真っ先に見たのは口元を押さえる殿の手のひらから洩れる吐瀉物の中の赤い色だった。

「誰か、医者を」

 上屋敷は騒然となった。





 山置飛騨守倒れるの報は、すぐに他の大名家に広がった。
 四月の参勤交代前のお暇の挨拶のための登城をすることもかなわず、病による参勤交代免除の願いを出しそれが受け入れられたことで、飛騨守の病が軽くはないことは明らかだった。
 見舞いの使者が連日各家中から訪れ、留守居役も家老もその対応におおわらわだった。
 隆礼もその対応のため昼間は上屋敷に詰めた。
 国許では殿の病気とお国入り中止が伝えられるや、領内の寺や神社では病気平癒の祈祷が始まった。
 城の奥でもお仙の方をはじめとする奥女中達が、城内にあるお社に連日お百度参りをした。
 満津はもしかすると自分が思っているよりも早く隆礼に会えるようになるかもしれないと思ったが、それは飛騨守の死を前提としたものであると気づき、その思いを周囲に悟られぬようにお仙の方とともにお百度を踏んだのだった。





 上屋敷では医師が詰め、飛騨守の経過を見守った。
 医師の見立てでは、胃の腑の内側にただれができたのではないかということだった。そのただれが破れ血を吐いたのだと。
 安静にして回復するまでは食事をとってはならぬということだった。
 奥の眞里姫も中奥に行き飛騨守の看護をした。普通動くのは女中だが、眞里姫は着替えの汗を拭くことも厭わずに行った。
 飛騨守は意識がある時は眞里姫にしきりに済まぬと言った。 
 完全に意識が回復したのは五日後のことだった。
 重湯をわずかしか口にできない飛騨守はそれでも身を起こして、家臣達に指示を与えた。
 親族が見舞いに来れば起き上がって対応した。





 参勤交代は中止となったが、人事異動はある。
 小姓や近習、側用人は殿と一緒に行動するので、国許に下ることはなくなった。
 だが、それ以外で交替要員の到着を待つ者以外は国に一斉に戻ることになった。
 病の殿様を江戸に置いての異動は後ろ髪引かれるものだったが、国許との打ち合わせもあり、遅れるわけにはいかなかった。
 船などの都合を考え、六十名が二班に分かれ日をずらして江戸を出ることになった。
 第一班は沢井清兵衛が頭となって四月の初めに江戸を出た。中屋敷の用人頭の引き継ぎを終えてのことである。
 第一班と第二班の出発の間に国許から赴任する者達三十名が上屋敷と中屋敷に分かれて入った。
 引き継ぎや出発の準備をする家臣達で騒然とするはずの屋敷は思いの外静かだった。
 病の飛騨守を思い、声を低めて引き継ぎをしたのだ。無論、私語はない。
 第二班は一か月遅れで江戸を出た。こちらは竹之助を伴っている。村瀬勘六もいた。
 出発前日竹之助は飛騨守を見舞い、小姓らを苛めるようなことはもうせぬと言った。飛騨守はそれを聞き、目を潤ませ、自分の持つ脇差の中から一振りを竹之助にとらせた。
 国許に帰り分家の養子となり壱姫と婚儀を挙げる祝いだと言って。
 隆礼はそれぞれの班に生きた若鶏を五羽ずつ持たせた。領内で鶏の肥育が盛んになるようにとの思いからだった。下屋敷の近くで卵をよく産むと評判の鶏の雛を譲ってもらい中屋敷で育てていたものである。





 五月の節句も城に上がることができず、飛騨守は病床にあった。やや硬めの粥が食べられるようになったというので、隆礼は中屋敷の鶏の卵を持って来た。
 粥に混ぜたり、茶碗蒸しにしたりして食べてもらうつもりだった。
 飛騨守は床から身を起こしていた。横になるより、起き上がったほうが身体が楽だということだった。
 卵を持って来たと言うと、次はカステイラを持って来てくれと言った。

「承りました。奥の分も持ってまいります」

 看病で疲れた眞里姫をはじめとする奥の女性たちもねぎらわねばならなかった。

「それとな」

 ついでのように飛騨守は言った。

「留守居役が中心となって今隠居の手続きの準備をしている」

 隠居。隆礼は思わず誰のと言いそうになってしまった。

「そなたもそのつもりでいてくれ。七月中までには準備を終え、八月には御公儀に出せるようにする」

 考えたくなかった。自分が飛騨守の後を継ぐことなど。
 それは遠い未来のことのはずだったのに。
 けれど、飛騨守は覚悟をしているのだ。この病がいずれ自分の命を奪うことを。そうなる前に、何もかも済ませようとしているのだ。

「弔いの後はいろいろごたごたするからな。父上の時がそうだった。五十日の忌明けが過ぎねば、相続のお礼の御挨拶もできぬのだから。隠居ならば手続きが済めば即日家督相続できる。主が定まらぬままでは、余は成仏できぬ」
「何をおっしゃいます。まだ早過ぎます」
「早い方がいいのだ。余はそなたに教えねばならぬことがたくさんある。余がきちんと話せるうちに、そなたに家督を譲らねば」

 決して大きな声ではないが、しっかりと飛騨守は声を発した。

「済まぬな。せっかく中屋敷に移って馴染んだとは思うが」

 相続したら上屋敷に住むことになるのだ。隠居する飛騨守は中屋敷に移る。

「祝姫もこちらに移らねばな。奥がいろいろと教えねばならぬからな」

 飛騨守の声が隆礼の頭の中を空しく通り過ぎていく。

「少し休ませてくれぬか。後は留守居役に」

 そう言うと小姓がさっと床に寄り、飛騨守の身体に手を添えて横にした。
 一年近く前に飛騨守が弟にしたように。





 隆礼は小姓に導かれて留守居役との打ち合わせのため、書院に入った。
 留守居役の村越仁左衛門の話では、まず隠居・家督願いを提出するにあたり先例に倣い、留守居役を中心として家老や近習、祐筆、小納戸方などで専従班を作ったとのことだった。
 隠居までには面倒な手順があった。
 隠居願には医者の証明が必要だが、家中の雇った医者では信頼性に欠けるとのことで、新たに医者を招いて診察の上、証明書を書いてもらうこと。
 隠居に当たり親類他の家中の皆様に相談が必要で、その数は三十家を越えること。
 御公儀に願いを出すにあたり、引請の大名、病気の殿の名代の大名、その控え大名、先手の旗本らに依頼をすること。
 城で懇意にしている坊主達にこれまでの飛騨守への心添えに対する謝礼、隆礼への心添えの依頼をするため上屋敷に招待し接待すること。
 お城への届けの際は病身の飛騨守は登城できないので、飛騨守の名代の大名や引請の大名らとともに隆礼は登城して、公方様にご挨拶すること。
 そういった流れについて一通りの説明を受けたものの隆礼の頭はまだ混乱していた。
 留守居役は後で紙に書いたものをお渡ししますと言った。
 家移りについても留守居役は言及した。
 八月中に若殿様と奥方様は上屋敷に移ること。
 十月に御隠居様と大奥様は中屋敷に移ること。
 様々なことがすでに決められていた。
 そういった様々な手続き上のことや殿の名代としての仕事があるので、できたら、正式の家移りの前に、若殿様だけでも上屋敷に御移り願えたらと留守居役は言った。
 もちろん、実際は一人ではない。小姓や近習、奥女中らも一緒に移ってくることになる。
 できたらと言っているが、恐らくそうしなければ仕事が回らないのだろうと隆礼は思った。

「わかった。できるだけ早く移る。ただ身軽なほうがよいから最低限必要なものだけで参る」
「そうしてくだされば、幸いです」

 留守居役は腰を低くして言った。

「早速ですが、書類に目を通してくださいませぬか。わからないことは殿の近習がお答えしますので」

 すぐに書院に近習らが書類の束を運んできた。
 文机の高さと同じ高さで書類が三つも重ねられていたが、これでも家老が処理できるものはすべて処理した残りだと言う。
 小姓が墨を擦り始めた。

「花押が必要なものには紙で目印を付けております」

 近習が言った。
 花押は一応練習していたが、これまでほとんど使う機会がなかった。まさかここで使うことになろうとは。

「あいわかった」

 そう言ったものの、慣れない文書の山はなかなか減らない。気が付くと夏の長い日が傾き始めていた。
 とりあえず切りのいいところで終わり、中屋敷に戻った。
 明日以降の予定を調整して上屋敷に単身移る準備をしなければならなかった。
 すでに上屋敷についてきた小姓の小ヶ田与五郎らには上屋敷の小姓頭から説明があったということで、中屋敷に戻ると小姓と近習が一部屋に集まり、引っ越し準備の相談を始めたのだった。
 隆礼も奥に入ると早速祝姫に飛騨守隠居のことと家移りのことを話した。

「それでは蘇芳丸は茜丸兄様に会えるのですね」

 祝姫の言葉に一同は脱力した。狆の兄弟再会どころではないのだ。

「姫様、飛騨守様が隠居なさるのは御病気だからなのですよ。眞里姫様のお気持ちをお考えください」

 さすがに乳母の糸賀はこういうことには厳しい。

「申し訳ありませぬ。わらわとしたことが、母上様のお気持ちも考えずに」

 うつむく姫の顔は可愛すぎて、食べてしまいたいとふと思う隆礼だった。
 祝姫以上に驚いていたのは御年寄の小島だった。
 なにしろ、中屋敷から上屋敷に家移りをすれば奥の人員が二か月だけだが増えるのだ。混乱が予想された。

「上屋敷の奥はよもや、人減らしをなさるのではありませぬか」

 小島の経験からすると、殿の隠居や家移りをきっかけに奥の女中を減らすというのはよくある話なのだった。

「しかし、そうなると母上の身の回りが手薄になる」
「畏れながら、奥方様には御子がおりませぬ。減らしてもさほど障りはございません」

 小島はそう言った後、さらに続けた。

「そうなれば、国許も飛騨守様の御国御前様も家移りということになります。あちらも御子がおりませぬゆえ。満津の方様が奥を仕切ることになります」

 満津がそのような地位に昇ることまでは考えていなかった。先代の於絹の方、梅芳院と同じ立場になるのかと思うと隆礼は不思議の感に打たれた。

「満津様とはどのような方なのであろう」

 祝姫の唐突な問いに糸賀は困ったものだと思う。

「姫様、このような席では」
「桃の節句のお礼状をいただいたが、薄紅の紙に散らし書きした文字が美しくて。わらわもあのような文字が書きたいと思ったのじゃ。さぞや心美しき人なのであろうな」

 祝姫がそう言うほど、満津の書は上達していた。一昨年、岡部家にいた頃の満津はたどたどしいひらがなしか書けなかった。最近では隆礼への文に漢字が交じっていて、祐筆が書いたものではないかと思うほどだった。

「いつになったら江戸に姫様を連れておいでになるのであろう。若君様、早くおいでになるようにお手紙を書いてくださいませ。そうすれば、母上も父上もきっと喜びます。病気も治ります」
「まだ生まれて一年もたたないのですよ」

 乳母がたしなめた。
 小島はほほ笑んだ。

「糸賀、よいではないか。姫様が御子を愛おしむ気持ちはありがたきこと。ほんに姫君が江戸においでになる日が待ち遠しい」

 そんな女達の会話をよそに、隆礼は自分の心の中に兆した気持ちが恐ろしかった。
 自分が藩主になれば、思ったよりも早く国許に戻り満津に会えるかもしれない。だが、それは死を覚悟した飛騨守の隠居が前提である。
 満津に会うことがすなわち飛騨守の死を願うことのようで、隆礼は自分が恐ろしくなった。



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