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第三章 青嵐(正徳三年~正徳五年)
55 初めての閨(R15)
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布団の中で自分の手をぎゅっと握ってきたのは祝姫だった。手をつなぐだけなら御年寄も何も言うまいと隆礼は思い、軽く握り返した。少し汗ばんでいるが、それはお互い様である。
「姫様は御寝所へ」
御年寄ではない声がした。誰かと思って見ると、見たことのない顔だったので、姫とともに奥入りした女中の一人らしかった。
「ばあや、どうしても御寝所に行かなければならぬのか」
「若様は大人でございますれば」
隆礼はつないでいた手を離して身体を起こした。
ばあやと呼ばれた女は慌てて頭を下げた。
「姫様の乳母の糸賀にございます。此度の御輿入れに従って参りました」
そういえば、姫とともに入る女中の中に糸賀という名があった。乳母まで付いてくるとは。
「糸賀殿、添い寝くらい構わぬだろう。姫は慣れぬ場所で心細いはず」
「さような心弱きことでは御家の奥方は勤まりません」
これはまた困ったのがもう一人現れたなと隆礼は思った。このおばさんがこう言っている限り、手も足も出せないではないか。
「今宵はもう姫様は疲れているから、お部屋まで行くのもお疲れではないのか」
そこへ御年寄が近づいた。
「若君様、今宵は控えている者もおりますので」
控えている者。要するに御姫様の代わりの方がおりますということらしい。
だが、いくら何でも婚礼の晩にそれはないだろうと隆礼は思う。
「控えの者はもう部屋に帰して休ませてやれ。私は疲れているからそんな気にならぬ」
「疲れていらっしゃるくらいがちょうどよいのでは」
御年寄も言ってくれるものだ。
「とにかく、話くらいはさせてもらえぬか。別にどうこうする気はない。大体、中老もいて何かできると思うか」
「かしこまりました。決して姫様に無体な真似はなさらぬように」
御年寄は言い、乳母とともに閨から出て行った。
後は警備役の中老が二人いるだけである。一人は姫とともに中屋敷に入る新参の中老である。
二人を追い出すわけにはいかないから、そのまま横になって掻巻をかけ直した。
そして姫の方を向いた。姫も隆礼を見た。
「ありがとうございます」
突然の礼に隆礼は面食らった。一体何に対する礼だろうか。まさか乳母を追い払った礼か。
「蘇芳丸に立派な御殿を作ってくださって」
「ご覧になったのですか」
「まだ実際の物は拝見しておりませんが、嫁入り道具の運び込みをした者が絵に描いたものを見ました」
姫との婚礼の日取りが決まった後、近習や小姓が何かお祝いをと考えている時に牧村東平が姫様は狆を飼っているから狆の小屋を作ってはどうかと言ったのだった。
東平の父は普請作事掛で、東平も作事が好きで中屋敷の鶏小屋が強風で傷んだ時に修繕をしている。国許にいる時もあれこれ木材で作っていたということだった。
東平が設計し、材料などを見積もり、空いた時間に近習や小姓達に指図して一か月余りで狆小屋は出来上がった。
出来上がったものはもはや小屋と呼べるものではなかった。
唐破風の付いた屋根には黒く塗った木片を一枚一枚瓦に見立てて貼り、黄色く着色した木彫りの鯱までも乗っていた。壁も漆喰のように板の上に白い壁土を塗っていた。入口はまるで寺の本堂か何かのように大きく開けられ、内壁には見えない場所に書院のように小さな違い棚があったり、釘で狆が怪我をしないように工夫されたりしていた。高さは三尺、床は四尺四方あり、奥に守り本尊でも飾れるのではないかと思えるほどだった。
それを御錠口から姫の部屋まで運ぶのに奥女中が四人がかりで引いたのだった。
「蘇芳丸は気に入るでしょうか」
「きっと気に入るはずです。座布団を敷けば入ります」
他愛もない会話に中老達もほほ笑んでいた。やはり姫様はまだ子どもだと。
中老二人はそれぞれの床に入り、背中を向けて声だけを聴いている。
「よかった。あれは近習や小姓らがいろいろ工夫して作ったのです。材料は中屋敷の改装の作事で余った物を使っているので、あまり費用はかかっていないのです」
「あのようなもの、どこのお屋敷に行ってもありません。公方様だって持っていらっしゃらないかもしれません」
姫は嬉しそうにほほ笑んだ。
「公方様はお城に住んでらっしゃるから、わざわざ狆に御殿を作る必要はないんですよ。狆はもうお城に住んでいるのですから」
「そうですね。わらわときたら畏れ多いことを」
「姫様が気に入ったと話したら、皆喜ぶことでしょう」
そう言うと姫は言った。
「茜丸様よりいい御殿に住んでいるのは申し訳ない気がします。茜丸様にも作って差し上げたら叔母様、いえ母上様も喜ぶのではないでしょうか」
「それはいいお考え。でも、今近習も小姓も殿様の参勤の準備であれこれ忙しいので、少し暇になってからにしましょう」
中屋敷でも、殿様の参勤に従って国許に戻る者もいた。特に長く江戸にいる者は国許との交代の時期でもあった。
沢井清兵衛も江戸勤務が長い上に、父の甚太夫からそろそろ結婚をとせっつかれており、この四月には殿とともに国許に異動することになっている。清兵衛の後任には下屋敷の用人が来ることが決まっている。
「母上様はお寂しくないのでしょうか。一緒に国許に行けなくて」
それは大名の正室の宿命だった。正室と嫡男は江戸に残る。それが御公儀の定めだった。祝姫も自分のこととして考えているようだった。
「さような心弱きことでは御家の奥方は勤まりません」
ばあやの口真似をすると、祝姫は思わず笑ってしまった。
「ばあやには黙っていてください」
「はい」
中老はほほえましい二人の会話に聞き入ってしまった。
掻巻布団の下で、二人が手を握り合っていることなど気付かずに。
お互いに汗ばんだ掌を握り合うだけで胸が高鳴るのを、話をすることでやり過ごしていた。
「去年の十月に御嫁に行った姉上様からお祝いをいただきました」
「御返しをしなければなりませんね。何をいただいたのですか」
「紅を。京のものです」
「それはよかった」
「今宵はそれを塗りました」
「よい色ですね」
中老はいつの間にか疲れで寝入ってしまっていた。
だから、二人がそっと身を寄せ合って、口づけを始めたことに気付かなかった。
ついばむような短い口づけを幾度も繰り返した後、あの日掃部助の中屋敷の離れでしたような深い口づけが始まった。
姫もまた自分から舌を入れ隆礼の口の中を懸命に舐めた。そのありさまが愛おしくて、抱き締めた。
驚いた姫は口を離し、顔を見つめた。
「夫婦の契りをするのですか」
「今夜は口吸いだけです。それでも契りをしたのと同じことです」
「あの」
困ったような姫の顔は苛めたくなるくらいに可愛らしかった。
「どうしましたか」
「あの、枕絵を見ました」
「乳母殿が見せたのですか」
まだ早いと隆礼は思った。頬を赤く染めて姫は言った。
「いえ、姉上がこの前里帰りした時にくださったのです。こんなことをするのだと」
「あれはもう少しあなたが大きくなってからにしましょう」
ほっとしたように姫は息を吐いた。無理もない。枕絵は少々大袈裟に描いてある。姫にとっては恐ろしいことに違いなかった。
「あのようなことを、利根としているのですね」
「利根ではなく、今は佐登です」
「そうでした。あの、佐登は大丈夫なのですか」
「佐登は大人ですから」
「わらわも大人になったら、できるのでしょうか」
「母上もしてきたことですから、大丈夫です」
「そうですよね。いろいろ考えると、なんだか大変なことのような気がして」
「大変なことと言うのは、やり遂げたらとても気持ちのいいものなのです」
「そうなのですか」
「はい。七つの時に六里離れた社まで歩いてお参りに行きましたが、途中きつい坂があったり、喉が渇いたりしましたが、お参りから帰って、近所に住む中老様の家でお風呂を借りた後は大変に気持ちのいいものでした」
姫の目が輝いたように思えた。
「茜丸様の肩掛けを作った時がそうでした。毎日夜遅くまで、指先に針が当たって痛くて血が出たけれど、出来上がった時は嬉しくて」
「そうでしょう。途中で痛くて血が出ても気持ちよくなります」
「あんな気持ちになれるなら、夫婦の契りもいいものなのでしょうね。よかった」
少し違うような気もしたが、隆礼はうなずいた。
「指はもう痛くないのですか」
姫はそっと右手を顔に近づけた。
どの指も傷らしい傷もなくきれいなものだった。隆礼はそれを口元に近づけ、中指の先を軽く銜えた。
「あっ」
銜えた中指を舌の先で舐めた。姫は驚いてそれを見つめるだけだった。
舐めたり、吸ったり、唇で強く挟んだりした。
すぐに中指から口を離すと、今度は自分の中指を出して姫の唇に近づけた。
「同じようにして」
姫は何も考えず、指を銜え、舐めた。無心の表情で舐める姿に、隆礼は胸の鼓動の高まりを覚えた。
ふやけるのも困るので、姫の唇から指を抜き、今度は唇を近づけた。
「今みたいに、私の舌も舐めてください」
「はい」
素直に姫は入って来た舌を受け入れた。さっき舌を舐めた時よりも動きが巧みになっていた。
「とてもお上手だ」
「うれしい。母上が何事も若様のためにと申していました。わらわは、若様のお役に立てるようになれるでしょうか」
本当に姫は素直だった。母親は恐ろしいが、ちゃんと姫を素直に育ててくれたらしい。
「なれますとも。私こそ、姫のお役に立てるようになりたいと思います」
口吸いがまたも始まった。隆礼は再び抱き締めた。姫は抗うこともなく、身を任せた。
そうなると手がうずうずしてきた。髪を撫で、そこから首筋、背中まで撫でた。
唇を離すと、姫はくすぐったいと訴えた。
「それじゃ、同じように触って」
おずおずと背中を撫でる手つきが初々しかった。
「もっと思い切って。蘇芳丸を撫でるように」
「はい」
撫でられるうちに気持ちがよくなってきたのか、眠気がさしてきた。撫でている姫もいつの間にか背中に手を回したまま目を閉じていた。
そのまま二人とも、朝まで同じ床で眠った。
婚礼から数日後、隆礼は祝姫の実家に挨拶に行くことになっていた。
中屋敷の玄関前で駕籠に乗ろうとした時だった。上屋敷からの使いが門を入って来た。
その慌てように岡部惣左衛門は何ごとかと問いただした。
「飛騨守様、急な病で御倒れになりました」
「上屋敷へ。掃部助様には行けなくなったと伝えろ」
隆礼は叫んでいた。
出せる最大の速さで駕籠は上屋敷へ向かった。
隆礼は心の中で叫んでいた。兄上と。
不思議と父上という言葉は浮かばなかった。
「姫様は御寝所へ」
御年寄ではない声がした。誰かと思って見ると、見たことのない顔だったので、姫とともに奥入りした女中の一人らしかった。
「ばあや、どうしても御寝所に行かなければならぬのか」
「若様は大人でございますれば」
隆礼はつないでいた手を離して身体を起こした。
ばあやと呼ばれた女は慌てて頭を下げた。
「姫様の乳母の糸賀にございます。此度の御輿入れに従って参りました」
そういえば、姫とともに入る女中の中に糸賀という名があった。乳母まで付いてくるとは。
「糸賀殿、添い寝くらい構わぬだろう。姫は慣れぬ場所で心細いはず」
「さような心弱きことでは御家の奥方は勤まりません」
これはまた困ったのがもう一人現れたなと隆礼は思った。このおばさんがこう言っている限り、手も足も出せないではないか。
「今宵はもう姫様は疲れているから、お部屋まで行くのもお疲れではないのか」
そこへ御年寄が近づいた。
「若君様、今宵は控えている者もおりますので」
控えている者。要するに御姫様の代わりの方がおりますということらしい。
だが、いくら何でも婚礼の晩にそれはないだろうと隆礼は思う。
「控えの者はもう部屋に帰して休ませてやれ。私は疲れているからそんな気にならぬ」
「疲れていらっしゃるくらいがちょうどよいのでは」
御年寄も言ってくれるものだ。
「とにかく、話くらいはさせてもらえぬか。別にどうこうする気はない。大体、中老もいて何かできると思うか」
「かしこまりました。決して姫様に無体な真似はなさらぬように」
御年寄は言い、乳母とともに閨から出て行った。
後は警備役の中老が二人いるだけである。一人は姫とともに中屋敷に入る新参の中老である。
二人を追い出すわけにはいかないから、そのまま横になって掻巻をかけ直した。
そして姫の方を向いた。姫も隆礼を見た。
「ありがとうございます」
突然の礼に隆礼は面食らった。一体何に対する礼だろうか。まさか乳母を追い払った礼か。
「蘇芳丸に立派な御殿を作ってくださって」
「ご覧になったのですか」
「まだ実際の物は拝見しておりませんが、嫁入り道具の運び込みをした者が絵に描いたものを見ました」
姫との婚礼の日取りが決まった後、近習や小姓が何かお祝いをと考えている時に牧村東平が姫様は狆を飼っているから狆の小屋を作ってはどうかと言ったのだった。
東平の父は普請作事掛で、東平も作事が好きで中屋敷の鶏小屋が強風で傷んだ時に修繕をしている。国許にいる時もあれこれ木材で作っていたということだった。
東平が設計し、材料などを見積もり、空いた時間に近習や小姓達に指図して一か月余りで狆小屋は出来上がった。
出来上がったものはもはや小屋と呼べるものではなかった。
唐破風の付いた屋根には黒く塗った木片を一枚一枚瓦に見立てて貼り、黄色く着色した木彫りの鯱までも乗っていた。壁も漆喰のように板の上に白い壁土を塗っていた。入口はまるで寺の本堂か何かのように大きく開けられ、内壁には見えない場所に書院のように小さな違い棚があったり、釘で狆が怪我をしないように工夫されたりしていた。高さは三尺、床は四尺四方あり、奥に守り本尊でも飾れるのではないかと思えるほどだった。
それを御錠口から姫の部屋まで運ぶのに奥女中が四人がかりで引いたのだった。
「蘇芳丸は気に入るでしょうか」
「きっと気に入るはずです。座布団を敷けば入ります」
他愛もない会話に中老達もほほ笑んでいた。やはり姫様はまだ子どもだと。
中老二人はそれぞれの床に入り、背中を向けて声だけを聴いている。
「よかった。あれは近習や小姓らがいろいろ工夫して作ったのです。材料は中屋敷の改装の作事で余った物を使っているので、あまり費用はかかっていないのです」
「あのようなもの、どこのお屋敷に行ってもありません。公方様だって持っていらっしゃらないかもしれません」
姫は嬉しそうにほほ笑んだ。
「公方様はお城に住んでらっしゃるから、わざわざ狆に御殿を作る必要はないんですよ。狆はもうお城に住んでいるのですから」
「そうですね。わらわときたら畏れ多いことを」
「姫様が気に入ったと話したら、皆喜ぶことでしょう」
そう言うと姫は言った。
「茜丸様よりいい御殿に住んでいるのは申し訳ない気がします。茜丸様にも作って差し上げたら叔母様、いえ母上様も喜ぶのではないでしょうか」
「それはいいお考え。でも、今近習も小姓も殿様の参勤の準備であれこれ忙しいので、少し暇になってからにしましょう」
中屋敷でも、殿様の参勤に従って国許に戻る者もいた。特に長く江戸にいる者は国許との交代の時期でもあった。
沢井清兵衛も江戸勤務が長い上に、父の甚太夫からそろそろ結婚をとせっつかれており、この四月には殿とともに国許に異動することになっている。清兵衛の後任には下屋敷の用人が来ることが決まっている。
「母上様はお寂しくないのでしょうか。一緒に国許に行けなくて」
それは大名の正室の宿命だった。正室と嫡男は江戸に残る。それが御公儀の定めだった。祝姫も自分のこととして考えているようだった。
「さような心弱きことでは御家の奥方は勤まりません」
ばあやの口真似をすると、祝姫は思わず笑ってしまった。
「ばあやには黙っていてください」
「はい」
中老はほほえましい二人の会話に聞き入ってしまった。
掻巻布団の下で、二人が手を握り合っていることなど気付かずに。
お互いに汗ばんだ掌を握り合うだけで胸が高鳴るのを、話をすることでやり過ごしていた。
「去年の十月に御嫁に行った姉上様からお祝いをいただきました」
「御返しをしなければなりませんね。何をいただいたのですか」
「紅を。京のものです」
「それはよかった」
「今宵はそれを塗りました」
「よい色ですね」
中老はいつの間にか疲れで寝入ってしまっていた。
だから、二人がそっと身を寄せ合って、口づけを始めたことに気付かなかった。
ついばむような短い口づけを幾度も繰り返した後、あの日掃部助の中屋敷の離れでしたような深い口づけが始まった。
姫もまた自分から舌を入れ隆礼の口の中を懸命に舐めた。そのありさまが愛おしくて、抱き締めた。
驚いた姫は口を離し、顔を見つめた。
「夫婦の契りをするのですか」
「今夜は口吸いだけです。それでも契りをしたのと同じことです」
「あの」
困ったような姫の顔は苛めたくなるくらいに可愛らしかった。
「どうしましたか」
「あの、枕絵を見ました」
「乳母殿が見せたのですか」
まだ早いと隆礼は思った。頬を赤く染めて姫は言った。
「いえ、姉上がこの前里帰りした時にくださったのです。こんなことをするのだと」
「あれはもう少しあなたが大きくなってからにしましょう」
ほっとしたように姫は息を吐いた。無理もない。枕絵は少々大袈裟に描いてある。姫にとっては恐ろしいことに違いなかった。
「あのようなことを、利根としているのですね」
「利根ではなく、今は佐登です」
「そうでした。あの、佐登は大丈夫なのですか」
「佐登は大人ですから」
「わらわも大人になったら、できるのでしょうか」
「母上もしてきたことですから、大丈夫です」
「そうですよね。いろいろ考えると、なんだか大変なことのような気がして」
「大変なことと言うのは、やり遂げたらとても気持ちのいいものなのです」
「そうなのですか」
「はい。七つの時に六里離れた社まで歩いてお参りに行きましたが、途中きつい坂があったり、喉が渇いたりしましたが、お参りから帰って、近所に住む中老様の家でお風呂を借りた後は大変に気持ちのいいものでした」
姫の目が輝いたように思えた。
「茜丸様の肩掛けを作った時がそうでした。毎日夜遅くまで、指先に針が当たって痛くて血が出たけれど、出来上がった時は嬉しくて」
「そうでしょう。途中で痛くて血が出ても気持ちよくなります」
「あんな気持ちになれるなら、夫婦の契りもいいものなのでしょうね。よかった」
少し違うような気もしたが、隆礼はうなずいた。
「指はもう痛くないのですか」
姫はそっと右手を顔に近づけた。
どの指も傷らしい傷もなくきれいなものだった。隆礼はそれを口元に近づけ、中指の先を軽く銜えた。
「あっ」
銜えた中指を舌の先で舐めた。姫は驚いてそれを見つめるだけだった。
舐めたり、吸ったり、唇で強く挟んだりした。
すぐに中指から口を離すと、今度は自分の中指を出して姫の唇に近づけた。
「同じようにして」
姫は何も考えず、指を銜え、舐めた。無心の表情で舐める姿に、隆礼は胸の鼓動の高まりを覚えた。
ふやけるのも困るので、姫の唇から指を抜き、今度は唇を近づけた。
「今みたいに、私の舌も舐めてください」
「はい」
素直に姫は入って来た舌を受け入れた。さっき舌を舐めた時よりも動きが巧みになっていた。
「とてもお上手だ」
「うれしい。母上が何事も若様のためにと申していました。わらわは、若様のお役に立てるようになれるでしょうか」
本当に姫は素直だった。母親は恐ろしいが、ちゃんと姫を素直に育ててくれたらしい。
「なれますとも。私こそ、姫のお役に立てるようになりたいと思います」
口吸いがまたも始まった。隆礼は再び抱き締めた。姫は抗うこともなく、身を任せた。
そうなると手がうずうずしてきた。髪を撫で、そこから首筋、背中まで撫でた。
唇を離すと、姫はくすぐったいと訴えた。
「それじゃ、同じように触って」
おずおずと背中を撫でる手つきが初々しかった。
「もっと思い切って。蘇芳丸を撫でるように」
「はい」
撫でられるうちに気持ちがよくなってきたのか、眠気がさしてきた。撫でている姫もいつの間にか背中に手を回したまま目を閉じていた。
そのまま二人とも、朝まで同じ床で眠った。
婚礼から数日後、隆礼は祝姫の実家に挨拶に行くことになっていた。
中屋敷の玄関前で駕籠に乗ろうとした時だった。上屋敷からの使いが門を入って来た。
その慌てように岡部惣左衛門は何ごとかと問いただした。
「飛騨守様、急な病で御倒れになりました」
「上屋敷へ。掃部助様には行けなくなったと伝えろ」
隆礼は叫んでいた。
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