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第三章 青嵐(正徳三年~正徳五年)
17 惣右衛門の負傷
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歩きながら勢以は村瀬の老人が来たことを話した。
「そういうことがあるのだな」
「長生きするとそうなる方もおいでのようです。実家の父と似ています」
「それは難儀だな」
「村瀬様に江戸から戻ってもらうわけにはいかないのでしょうか」
「村瀬の息子は江戸で出世しそうだから、帰ってこれぬようだな」
「まあ」
普通、妻帯者の場合、江戸での勤務は長くて三年、早ければ半年である。長く国許の家を空けるのはよくないと家中の上層部もわかっている。
村瀬の息子の場合は大坂では妻子と同居していたが、両親の病気で妻子だけ帰国し、村瀬だけが江戸に行っている。長男も一昨年、江戸に上ったという話を惣右衛門は聞いている。
「今年は三年目ですから、来年殿のご帰国とともに帰ってくるはず」
「だが、村瀬殿は重宝がられておるようでな。あの男は算術に優れておるし、押し出しもよい。江戸屋敷では使い勝手がよいのだろう」
勢以は細君の苦衷を思った。夫の出世は嬉しい。けれど家族の病気の看病の負担は大きい。
「何か私どもでできることはないでしょうか」
惣右衛門にも妻の気持ちはわかる。けれど、他人の家庭に親戚でもないのに口出しはできない。
「村瀬殿の細君の実家はどこかな」
「兄上が大久間の関所にお勤めのはず。御家族は皆大久間です」
大久間は領内であっても、少々遠い。気軽に手伝いに来れる場所ではない。
「戌亥の町の役人に頼んだほうがよいかもしれぬな。すでにご老人の徘徊は近所も御存じのはず。崖の件で町役人と話す機会がある。一言、伝えておこう」
「よろしいのですか」
「ついでだ」
惣右衛門にしては珍しいことだった。
「そなたがわざわざこちらまで出向いたのだ。わしにもできることをせねばな」
勢以は夫が少し変わったような気がした。惣左衛門と新右衛門が江戸へ出てから、夫は以前にはない気配りを勢以に見せるようになった。
今までは新右衛門を守らねばならぬということが、惣右衛門にとっては大きな任務だった。それがほぼ終わった今、これまで負担をかけていた勢以のことに目を向けるようになったかのようだった。
子ども二人のいない寂しさもあるのかもしれない。言葉にしない惣右衛門だが、時々二人の使っていた部屋に入っていることがあった。
惣右衛門は仕事があるからと辰巳町の入口で妻と別れた。これから城内の役所に戻り、文書を作るのだ。
勢以はお気をつけてと夫の背中に頭を下げた。
夜遅く惣右衛門は帰宅し、朝はいつもの時間に登城した。
事件があったのは昼前だった。
「大変でございます」
鳥居町へ使いにやった作造が駆け込んできた。
「奥様、旦那様がおけがを」
勢以はぎょっとして筆を落とした。惣左衛門に手紙を書いているところだった。
「作造、何があった」
筆を拾い、乱れそうになる息を整えた勢以だった。
作造の話によれば、鳥居町で用を済ませて戻ろうとしたところ、普請作事掛の若い者に岡部様の家の者かと呼び止められたのだと言う。若い者は、戌亥町の町役人に所用があって出かけた惣右衛門が、暴れる老人を取り押さえようとして怪我をしたのだと教えてくれたということだった。
暴れる老人と聞き、もしや昨日の村瀬の隠居ではないかと思ったが、作造は名前までは聞いていないようだった。
「戌亥町の大川先生のところで手当てをしているそうです」
「わかりました」
勢以はともに小治郎が帰って来たら、外に出さぬようにと命じ、戌亥町に向かった。
作造が万が一のこともございますのでとついていった。
途中、普請作事掛の同僚の牧村東右衛門と出くわした。
「大丈夫です。傷は浅うございます」
ほっとした勢以に牧村は言った。
「戌亥の町役人の長尾殿がお話しを伺いたいと申しております」
「わかりました」
牧村は城の上役にこれから知らせに参りますと言うので、そこで別れ、まずは町医者の大川良仙のところへ行った。
「休み」と書かれた札が表に掛けられていた。
普請作事掛の若い男がその横で待ち構えていた。
「お待ちしておりました」
案内されて裏の勝手口から入った。通されたのは治療を終えた患者が休む三畳の小部屋だった。
惣右衛門は左腕を肩から布でつって、座っていた。
夫の怪我など初めてのことで、勢以はその姿に涙が出そうになった。
「大丈夫じゃ。少しかすった程度のこと。医者は大袈裟じゃ」
惣右衛門は笑った。だが、その笑いがいつもとは違うことくらい、勢以にもわかる。
「どなたにさような目に」
「村瀬の御隠居じゃ」
勢以は息を呑んだ。昨日の今日ではないか。村瀬の細君は刀を隠さなかったのか。
「今、町役人達が村瀬の家に行っておる。そなたにも事情を聴きたいようじゃ」
「牧村様からも伺いました」
「わしがいけなかった。町役人の長尾様に昨日の件を話したところ、長尾様が刀のことで驚いて、今すぐにでも村瀬に行き、刀をしまうように細君に言わねばと。わしも心配でついていったところ、ちょうど御隠居が庭においでだった。長尾様は、御隠居に、あまりあちこち出歩いてご家族に心配かけてはならぬと言うてな」
勢以はそれはまずいと思った。父もそうだが、こちらがきつく言うと、かえって老人は反抗的になるのだ。
「御隠居様はわしがいつ家族に心配かけたと御怒りになってな。家の奥へ走り、刀を持ち出したのだ。嫁御が止めたのだが」
その後、惣右衛門は騒ぎを収めるために、間に入って怪我をしたのだった。
「いやはや、凄い力でな。あれでは嫁御には止められまい」
誰も人死にが出なかったのが不思議なほどだった。老人は惣右衛門が取り押さえ、今は町役人の屋敷の中の座敷牢にいると言う。
なんとも大変なことになってしまった。元はと言えば、自分のせいかもしれぬと勢以は申し訳ありませんと頭を下げた。
「そなたが気に病むことではない。それにいずれ、同じようなことは起きたであろう。作造と言い合いになっただけで刀の柄を握るのだからな。かえって戌亥の町内でよかった。これが大手町の御重役の屋敷ならば、その場で討たれてもおかしくない」
想像するだに恐ろしいことであった。
そこへ大川良仙が来て傷の具合と塗り薬の使い方を説明した。傷はそう深くはないようだった。
「岡部様でなければ、もっと深手を負っていたことでしょう。ただ、若い時とは違い、治りが遅いので、無理はなさらぬように。傷がふさがったら、大久間の出湯で湯治をすれば傷跡が早くなくなります」
説明が終わった頃に町役人の長尾が三畳の小部屋に来た。
四十がらみの少々痩せた男は、申し訳ないとまずは惣右衛門と勢以に謝った。
「あのような気短な方ではなかったのだが、わしとしたことが、ご機嫌をそこねてしもうた。そのせいでこのようなことになり、まことに申し訳ない」
勢以は昨日の御隠居の来訪の次第を話した。
「恐らく、村瀬様は、忘れておいでだと思います。昔のことは覚えていますが、新しいことは覚えられぬようです。実家の父がそうですから」
「同じことを村瀬の嫁も言うておった。刀も昨夜寝ている間に隠したそうなのだが、見つけ出してしまったそうじゃ。勘が働くらしい」
長尾の言葉に勢以はまあとしか言えない。これはもう村瀬の嫁や子どもだけでどうこうできる問題ではないようだった。
長尾は近所の家で病人のいない家から募って、毎日朝夕だけでも手伝いに行ってもらうことにしたと言った後、付け加えた。
「他の衆とも相談して、江戸表に、喜兵衛殿の帰国を頼もうということになった。喜兵衛殿がおらぬから、御隠居様は落ち着かぬのではないかと大川先生もおっしゃっておる。喜兵衛殿が戻ってくれば、嫁御も楽になろう。家中の規則でも、親の世話をするための帰国や休みは認められておるはず」
というわけで、役人達は急ぎ文書を作るということになったと言う。
「江戸表の方々もかような事情があれば、喜兵衛殿をすぐに国許に御返しになるはず。喜兵衛殿も国の妻子や親のことを気がかりに思っておいでのはず」
惣右衛門は自分も江戸勤めの折は親のことがあれこれ気がかりだったことを思い出していた。実の父よりも年上だった義父の体調は江戸に参る前からすでによくなかった。
町役人が戻った後、惣右衛門は役所の上役に事情を説明するからと城へ戻った。
勢以は村瀬家に顔を出そうかと思ったが、この騒ぎでそれどころではあるまいと、家に戻った。今行けばかえって迷惑をかけそうだった。
夕刻、惣右衛門が帰宅するとすぐに、村瀬の細君が訪れた。
義父の不始末を詫びる姿に、勢以はこれは仕方のないこと、病がさせたことと言ったものの、細君はずっと頭を下げ通しだった。
「この件は御隠居様が病ゆえ、町役人の方々と相談の上、御咎めなしとなったのだ。案ずることはない。喜兵衛殿が江戸から戻っておいでになれば楽になる。それまでの辛抱じゃ」
惣右衛門の言葉に、細君は目頭を押さえた。
戌亥の町役人が送った手紙は五月の半ばに上屋敷に届いた。長雨で輸送が途中滞ったのである。
それに目を通した役人は、岡部家に村瀬の隠居が現れ下男との小競り合いの折、刀の柄に手をかけたこと、翌日には隠居と町役人の争いを止めようとした岡部惣右衛門が負傷したことを読み、これは大変と上司に手紙を見せた。
上司も仰天した。岡部といえば、若君の守役。その家の主に村瀬の隠居が病とはいえ、狼藉を働くとは。
上司から手紙は家老の手に渡った。
その日のうちに広敷の用人頭は江戸家老に呼ばれた。
家老の部屋を出た用人頭はすぐに村瀬喜兵衛を呼び出し、国許へ至急帰国するように命じたのだった。
「そういうことがあるのだな」
「長生きするとそうなる方もおいでのようです。実家の父と似ています」
「それは難儀だな」
「村瀬様に江戸から戻ってもらうわけにはいかないのでしょうか」
「村瀬の息子は江戸で出世しそうだから、帰ってこれぬようだな」
「まあ」
普通、妻帯者の場合、江戸での勤務は長くて三年、早ければ半年である。長く国許の家を空けるのはよくないと家中の上層部もわかっている。
村瀬の息子の場合は大坂では妻子と同居していたが、両親の病気で妻子だけ帰国し、村瀬だけが江戸に行っている。長男も一昨年、江戸に上ったという話を惣右衛門は聞いている。
「今年は三年目ですから、来年殿のご帰国とともに帰ってくるはず」
「だが、村瀬殿は重宝がられておるようでな。あの男は算術に優れておるし、押し出しもよい。江戸屋敷では使い勝手がよいのだろう」
勢以は細君の苦衷を思った。夫の出世は嬉しい。けれど家族の病気の看病の負担は大きい。
「何か私どもでできることはないでしょうか」
惣右衛門にも妻の気持ちはわかる。けれど、他人の家庭に親戚でもないのに口出しはできない。
「村瀬殿の細君の実家はどこかな」
「兄上が大久間の関所にお勤めのはず。御家族は皆大久間です」
大久間は領内であっても、少々遠い。気軽に手伝いに来れる場所ではない。
「戌亥の町の役人に頼んだほうがよいかもしれぬな。すでにご老人の徘徊は近所も御存じのはず。崖の件で町役人と話す機会がある。一言、伝えておこう」
「よろしいのですか」
「ついでだ」
惣右衛門にしては珍しいことだった。
「そなたがわざわざこちらまで出向いたのだ。わしにもできることをせねばな」
勢以は夫が少し変わったような気がした。惣左衛門と新右衛門が江戸へ出てから、夫は以前にはない気配りを勢以に見せるようになった。
今までは新右衛門を守らねばならぬということが、惣右衛門にとっては大きな任務だった。それがほぼ終わった今、これまで負担をかけていた勢以のことに目を向けるようになったかのようだった。
子ども二人のいない寂しさもあるのかもしれない。言葉にしない惣右衛門だが、時々二人の使っていた部屋に入っていることがあった。
惣右衛門は仕事があるからと辰巳町の入口で妻と別れた。これから城内の役所に戻り、文書を作るのだ。
勢以はお気をつけてと夫の背中に頭を下げた。
夜遅く惣右衛門は帰宅し、朝はいつもの時間に登城した。
事件があったのは昼前だった。
「大変でございます」
鳥居町へ使いにやった作造が駆け込んできた。
「奥様、旦那様がおけがを」
勢以はぎょっとして筆を落とした。惣左衛門に手紙を書いているところだった。
「作造、何があった」
筆を拾い、乱れそうになる息を整えた勢以だった。
作造の話によれば、鳥居町で用を済ませて戻ろうとしたところ、普請作事掛の若い者に岡部様の家の者かと呼び止められたのだと言う。若い者は、戌亥町の町役人に所用があって出かけた惣右衛門が、暴れる老人を取り押さえようとして怪我をしたのだと教えてくれたということだった。
暴れる老人と聞き、もしや昨日の村瀬の隠居ではないかと思ったが、作造は名前までは聞いていないようだった。
「戌亥町の大川先生のところで手当てをしているそうです」
「わかりました」
勢以はともに小治郎が帰って来たら、外に出さぬようにと命じ、戌亥町に向かった。
作造が万が一のこともございますのでとついていった。
途中、普請作事掛の同僚の牧村東右衛門と出くわした。
「大丈夫です。傷は浅うございます」
ほっとした勢以に牧村は言った。
「戌亥の町役人の長尾殿がお話しを伺いたいと申しております」
「わかりました」
牧村は城の上役にこれから知らせに参りますと言うので、そこで別れ、まずは町医者の大川良仙のところへ行った。
「休み」と書かれた札が表に掛けられていた。
普請作事掛の若い男がその横で待ち構えていた。
「お待ちしておりました」
案内されて裏の勝手口から入った。通されたのは治療を終えた患者が休む三畳の小部屋だった。
惣右衛門は左腕を肩から布でつって、座っていた。
夫の怪我など初めてのことで、勢以はその姿に涙が出そうになった。
「大丈夫じゃ。少しかすった程度のこと。医者は大袈裟じゃ」
惣右衛門は笑った。だが、その笑いがいつもとは違うことくらい、勢以にもわかる。
「どなたにさような目に」
「村瀬の御隠居じゃ」
勢以は息を呑んだ。昨日の今日ではないか。村瀬の細君は刀を隠さなかったのか。
「今、町役人達が村瀬の家に行っておる。そなたにも事情を聴きたいようじゃ」
「牧村様からも伺いました」
「わしがいけなかった。町役人の長尾様に昨日の件を話したところ、長尾様が刀のことで驚いて、今すぐにでも村瀬に行き、刀をしまうように細君に言わねばと。わしも心配でついていったところ、ちょうど御隠居が庭においでだった。長尾様は、御隠居に、あまりあちこち出歩いてご家族に心配かけてはならぬと言うてな」
勢以はそれはまずいと思った。父もそうだが、こちらがきつく言うと、かえって老人は反抗的になるのだ。
「御隠居様はわしがいつ家族に心配かけたと御怒りになってな。家の奥へ走り、刀を持ち出したのだ。嫁御が止めたのだが」
その後、惣右衛門は騒ぎを収めるために、間に入って怪我をしたのだった。
「いやはや、凄い力でな。あれでは嫁御には止められまい」
誰も人死にが出なかったのが不思議なほどだった。老人は惣右衛門が取り押さえ、今は町役人の屋敷の中の座敷牢にいると言う。
なんとも大変なことになってしまった。元はと言えば、自分のせいかもしれぬと勢以は申し訳ありませんと頭を下げた。
「そなたが気に病むことではない。それにいずれ、同じようなことは起きたであろう。作造と言い合いになっただけで刀の柄を握るのだからな。かえって戌亥の町内でよかった。これが大手町の御重役の屋敷ならば、その場で討たれてもおかしくない」
想像するだに恐ろしいことであった。
そこへ大川良仙が来て傷の具合と塗り薬の使い方を説明した。傷はそう深くはないようだった。
「岡部様でなければ、もっと深手を負っていたことでしょう。ただ、若い時とは違い、治りが遅いので、無理はなさらぬように。傷がふさがったら、大久間の出湯で湯治をすれば傷跡が早くなくなります」
説明が終わった頃に町役人の長尾が三畳の小部屋に来た。
四十がらみの少々痩せた男は、申し訳ないとまずは惣右衛門と勢以に謝った。
「あのような気短な方ではなかったのだが、わしとしたことが、ご機嫌をそこねてしもうた。そのせいでこのようなことになり、まことに申し訳ない」
勢以は昨日の御隠居の来訪の次第を話した。
「恐らく、村瀬様は、忘れておいでだと思います。昔のことは覚えていますが、新しいことは覚えられぬようです。実家の父がそうですから」
「同じことを村瀬の嫁も言うておった。刀も昨夜寝ている間に隠したそうなのだが、見つけ出してしまったそうじゃ。勘が働くらしい」
長尾の言葉に勢以はまあとしか言えない。これはもう村瀬の嫁や子どもだけでどうこうできる問題ではないようだった。
長尾は近所の家で病人のいない家から募って、毎日朝夕だけでも手伝いに行ってもらうことにしたと言った後、付け加えた。
「他の衆とも相談して、江戸表に、喜兵衛殿の帰国を頼もうということになった。喜兵衛殿がおらぬから、御隠居様は落ち着かぬのではないかと大川先生もおっしゃっておる。喜兵衛殿が戻ってくれば、嫁御も楽になろう。家中の規則でも、親の世話をするための帰国や休みは認められておるはず」
というわけで、役人達は急ぎ文書を作るということになったと言う。
「江戸表の方々もかような事情があれば、喜兵衛殿をすぐに国許に御返しになるはず。喜兵衛殿も国の妻子や親のことを気がかりに思っておいでのはず」
惣右衛門は自分も江戸勤めの折は親のことがあれこれ気がかりだったことを思い出していた。実の父よりも年上だった義父の体調は江戸に参る前からすでによくなかった。
町役人が戻った後、惣右衛門は役所の上役に事情を説明するからと城へ戻った。
勢以は村瀬家に顔を出そうかと思ったが、この騒ぎでそれどころではあるまいと、家に戻った。今行けばかえって迷惑をかけそうだった。
夕刻、惣右衛門が帰宅するとすぐに、村瀬の細君が訪れた。
義父の不始末を詫びる姿に、勢以はこれは仕方のないこと、病がさせたことと言ったものの、細君はずっと頭を下げ通しだった。
「この件は御隠居様が病ゆえ、町役人の方々と相談の上、御咎めなしとなったのだ。案ずることはない。喜兵衛殿が江戸から戻っておいでになれば楽になる。それまでの辛抱じゃ」
惣右衛門の言葉に、細君は目頭を押さえた。
戌亥の町役人が送った手紙は五月の半ばに上屋敷に届いた。長雨で輸送が途中滞ったのである。
それに目を通した役人は、岡部家に村瀬の隠居が現れ下男との小競り合いの折、刀の柄に手をかけたこと、翌日には隠居と町役人の争いを止めようとした岡部惣右衛門が負傷したことを読み、これは大変と上司に手紙を見せた。
上司も仰天した。岡部といえば、若君の守役。その家の主に村瀬の隠居が病とはいえ、狼藉を働くとは。
上司から手紙は家老の手に渡った。
その日のうちに広敷の用人頭は江戸家老に呼ばれた。
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