生まれて旅して恋して死ぬ、それが殿様の仕事です

三矢由巳

文字の大きさ
上 下
70 / 128
第三章 青嵐(正徳三年~正徳五年)

13 豊後守の孫娘

しおりを挟む
 怪我をしたドラゴンもどきはゆっくりと回復していった。サマリエは授業が終わると治療科を訪れ、安静にするために檻に入れられたドラゴンもどきを見舞ってから、モンスター舎でマルモットたちの世話をする日々を送っていた。
 1週間後、サマリエが見舞いに来ても、いつも姿を見せることのないライミが、ドラゴンもどきの檻の前にやってきた。今日も胸筋が逞しい。

「毎日、こんなところに来やがって。育成科ってのはそんなに暇なのか」
「暇じゃないですよ。でも、この子のことが心配で」

 サマリエは檻の中で、黄色いクッションに頭を預けて眠るドラゴンもどきを見た。冷たい金属の檻の中は、ドラゴンもどきが過ごしやすいように、マットが敷かれ、餌箱には瑞々しいフルーツが入れられている。

「変わったやつだな……モンスターに肩入れするやつなんて滅多にいないってのに」

 ポツリとライミが呟いて、白衣のポケットからタバコを取り出した。

「あ、ダメですよ! こんなところで」

 サマリエは勢い込んで注意した。ここにはドラゴンもどきの他にも怪我をしたり、病気のモンスターたちが檻に入れられている。そのどれもに、愛情のこもったひと手間が加えられている。
 ライミはめんどくさそうに髪をかき乱して、火のついていないタバコを咥えた。

「わかってるよ、咥えてるだけだ」

 ヘビースモーカーだなと思いつつ、サマリエはライミの言葉を反芻した。

 ──モンスターに肩入れするやつなんて滅多にいない。

 前世の記憶を取り戻してから、ずっと違和感を抱いていた。この世界でのモンスターの扱われ方に。
 サマリエの感覚では、モンスターたちは前世での犬や猫と同じで、愛すべき家族や仲間のような存在だ。それが、この世界の人間からは、モンスターたちは道具扱いされている。サマリエも記憶を取り戻す前は、世話をしているモンスターたちに名前をつけることもなく、それが普通だと思っていた。誰がしてくれたのかわからないが、檻にマットを敷いたり、モンスターにクッションを与えたりするのは珍しいことなのだ。
 モンスターを育てる育成科の生徒でも、モンスターをただの道具として見ている者が少なくない。退学になったミックスも、モンスターを可愛がってはいたが、健康を無視した育成は虐待と変わらない。

「どうして、みんなモンスターを大切にしないのかな」

 半分独り言の様にサマリエが呟く。

「それは、モンスターたちがまだ魔物と呼ばれていた時代に、人間をたくさん殺したからだろう」

 ライミの言葉にサマリエは、目をぱちぱちさせた。

(モンスターたちが魔物と呼ばれていた時代?)

 サマリエは記憶の奥から、埃を被った知識を引っ張り出す。

(あぁ、そう言えば……)

 この世界はゲームの設定では剣と魔法が失われた世界となっている。その前は魔法が存在していたということだ。この世界に転生したサマリエは、幼い頃にそんな昔話を読んでもらった記憶がある。

 まだ魔法が生きていた頃、モンスターたちは魔物と呼ばれ、村を襲い、人間を食べていた。魔法が失われる時、魔物たちも力を失った。魔法を使えなくなった人間は、剣を捨て、弱くはなったが、それでも人間よりも力のある魔物をモンスターと呼び、使役するようになったのだ。
 それはもう、ずっと昔々の話だ。
 モンスターたちがかつては人間を食べていたとしても、それは何世代も前のことだ。今生きているモンスターたちに、いまだにその罪を背負わせているのだとしたら酷な話だ。
 魔物に親を殺されたとか、傷を負わされたという人間は、とうに亡くなり存在しない。その一方で、人間に親を殺されたとか、傷を負わされたモンスターは現在進行形で増え続けている。
 モンスターが人間への復讐を考えてもおかしくない話だ。

(もしかして、それがモンスターの暴走のきっかけ?)

 シナリオ攻略の手がかりを見つけて、サマリエは天啓を受けたように閃いた。

(ってことは、モンスターたちの地位を向上させたら、最悪のシナリオは回避できるんじゃない?)

 サマリエはドラゴンもどきの檻の前で、ふんすと鼻息を吐いた。
 モンスターの地位を向上させる。それがサマリエの当面の目標になりそうだ。何をすればみんながモンスターに対して優しくなるのか見当もつかないが、シナリオが始まるには、まだ時間があるはずだ。

 考え込んで、くるくると表情を変えるサマリエを、ライミは不思議そうな顔で見下ろしていた。

「お前、自分のモンスターの世話はいいのか?」
「ハッ! 今日はトカゲ三吉の水槽の水を変えるんだった!」
「トカゲ三吉……?」
「それじゃ、失礼しまっす!」

 脱兎の如く、駆け出すサマリエに、ライミが怒鳴る。

「おいこら! 病室で走るんじゃねぇ!」
「すみませーん!」

 シャカシャカと手を動かす早歩きになったサマリエの姿にライミは吹き出した。

「本当に変なやつだな……お前も次は、ああいうやつに世話されるといいな」

 ライミは口の端でタバコを咥え、ドラゴンもどきに優しく語りかけた。決して人間相手には見せない柔和な表情で、眠るドラゴンもどきの小さな頭を人差し指で軽く撫でた。
 ドラゴンもどきは薄目を開けたが、ペロリと舌を出して、すぐにまた目を瞑った。

 モンスター舎ではサマリエがトカゲ三吉の水槽を洗っていた。睡眠も食事も排泄も水の中で済ます水トカゲは、水槽で飼っているなら3日に1度は、水の入れ替えをしなければならない。水の入れ替え中は、水トカゲを外に出して、日光に当たらせる。時々、こうして体を乾かさなければ、病気になったりもする。野生の水トカゲなら自分の好きな時に、日向ぼっこをするが、狭い場所で飼われている水トカゲは人間がきちんと管理しなければ、すぐに病気で死んでしまう。

(もっと広い場所でのびのび過ごさせてやれたらなぁ……)

 せっせと水槽を洗い、新しい水を入れていると、ヒエラがやってきた。

「こんにちは……サマリエさんは、いつもモンスターたちの世話を丁寧にしていて感心ですね」
「それは、どうも」

 軽くお礼を言ったサマリエを、ヒエラは頬を赤く染めて見つめている。不思議な沈黙が2人に流れた。

「先生、何かご用ですか?」

 サマリエがそう訊くと、ヒエラは「あぁ!」と声を出し、脇に挟んでいた封筒を手に持った。

「捨てられていたドラゴンもどきの所有者と思われる生徒が見つかったので、お知らせに……

(それを早く言えよ!)

 突っ込みたい衝動を抑え、サマリエは笑顔を浮かべた。

「誰だったんですか?」
「これを……」

 訊ねるサマリエに、ヒエラは封筒を差し出す。アカデミーの校章の入った封筒だ。サマリエは濡れた手を制服の脇で拭き、封筒を受け取る。
 封筒の中には数枚の書類が入っていた。精巧な似顔絵と共に、生徒の名前と世話をしているモンスターの種類、付き合いのある生徒、行動パターンなどの情報が手書きで記載されている。まるで探偵が作る調査報告書のようだ。

「な、なんですか……これ」

 サマリエは眉間に皺を寄せ、恐る恐る訊ねた。

「犯人と思われる生徒の情報です。必要かと思いまして」
「いや、いらない……」

 思わず本音が出てしまい、サマリエは慌てて取り繕う。

「それより、この生徒は罰せられるんですか?」
「そうですね、アカデミー側にも報告書を上げたので、近々、監査が入ると思います。その結果で、処分が下るかどうかが決まると思いますよ」

 ふむ、とサマリエは調査報告書を見た。似顔絵には見覚えのある男の顔が描かれていた。改造した制服を着て、いつも違う女生徒を連れ歩いているハントだ。
 報告書の中には、いつどこで誰と何をしていたかが事細かく書かれていた。A4の用紙に日時付きで、米粒大の文字がびっしり並んださまは異様だ。まるで呪いの手紙にでも対面しているかのような恐怖に襲われる。

(この報告書、アカデミーに提出するために書かれたものでありますように……)

 ヒエラの恐ろしい性癖を見てしまったようで、サマリエは必死にそう願った。しかし、アカデミーへの提出書類がこんなおぞましい書式であるはずもなく。サマリエはそっと書類を封筒にしまった。それを丁寧にヒエラに突き返す。

「正当な罰が下ることを願っています!」

 言下に帰れという思いを含んでいたが、ヒエラは封筒を受け取ることもなく、サマリエを見つめている。

(え……持って帰ってよ)

 しばし、封筒を前に睨み合っていたが、根負けしたのはサマリエだった。水槽の水が溢れそうになっているのもあり、封筒はサマリエの元に残った。慌てて、水を止めるサマリエの後ろ姿を、ヒエラは何をするでもなく、ただ突っ立って見守っていた。

(ここで攻略対象が関わってくるのか……)

 水を止めた水槽に手をついて、サマリエは考え込んだ。どうにか自分が関わることなく収まってほしいが、どうにも不穏な予感が拭えない。背後に控えるヒエラのまとわりつくような視線も手伝って、サマリエは悪寒にブルリと体を震わせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

大江戸美人揃

沢藤南湘
歴史・時代
江戸三大美人の半生です。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

江戸の櫛

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。

処理中です...