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第二章 初恋(正徳二年~正徳三年)

37 出湯の戦場(R15)

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 その夜、女中の一人も侍らぬ閨で二人は過ごすことになった。

「御子をと言われました」

 満津の言葉をすべて聞くまでもなかった。

「わしもだ」

 新右衛門はそう言うと横にいる満津を抱き締めた。
 ここは満津にとって戦場。満津は獅子奮迅の働きをした。
 
「満津は武者にも劣らぬ勇ましき女子じゃ」

 一戦交えた後、図らずも新右衛門は言った。
 結局、一番鶏が鳴く頃まで、二人は身体を交えた。
 声がすっかり嗄れてしまった満津に、別れの挨拶に来た勢以は驚いたものの、昨夜はそれなりに成果があったに違いないと確信したのだった。





 二日目、新右衛門はあくびをかみ殺しながら、郡奉行とともに大久間郷を視察した。
 駕籠ではなく馬に乗ってのことで、気分は悪くならなかったが、領民の目がじかに注がれるのには参った。どの領民もまだ子どもではないかという顔で自分を見るのだった。
 昼食は郡奉行の屋敷でとった。なぜか食事の時、隣に給仕として若い娘が二人もついた。いずれも自分とさほど年が変わらないように見えた。
 それだけならまだしも、食後に郡奉行は昼寝を勧めた。新右衛門は昨夜の疲れもあったのでそれでは半刻だけならと言うと、奥に案内された。
 なんとそこには先ほどの給仕の娘が二人いた。

「苦しうない。下がってよいぞ」

 と言うと、二人とも困ったような顔で座っている。

「どうした」

 娘の一人が畏れながらと口を開いた。

「若君様に添い寝せよとお奉行様に言われまして」

 新右衛門は仰天した。冗談ではなかった。

「添い寝はいらぬ。そなたたちはもう家に戻るがよい。家族が心配しておろう」
「よろしいのでございますか」
「よろしい。わしは眠いのだ」

 二人の娘は一礼し、部屋をさっさと出て行った。新右衛門は羽織を脱ぐと、これまたさっさと布団の上に横になった。
 半刻後、惣左衛門が起こしに来たので、再び午後の視察先に向かった。
 郡奉行は何も言わず、平然と畑の収量の説明などをしている。
 別邸に戻ってから昼寝の話をすると、惣左衛門はさようなことがあったのですかと驚いていた。

「郡奉行殿はよかれと思ってのことだったのでしょう」
「わしはそんなに女好きだと思われておるのか」
「それはそうです。満津の方様のことはこの辺の者も知っているようですから」
「わしは於三だけでよいのに」

 そうはいかないことは惣左衛門もわかっている。だが口にはしなかった。

「お風呂の準備ができましてございます」

 小姓が呼びに来た。

「満津は一緒に入ってはならぬのか」

 新右衛門の問いに、小姓はいいえとは言えなかった。前例があった。啓悌院様と梅芳院様がこの別邸でお過ごしになった時に。

「前例がございますれば、よろしいかと。御仕度がございますのでしばらくお待ちを」

 小姓は別邸使用の前例を調べておいてよかったと安堵していた。





 半刻後、新右衛門と満津は別邸の湯船でくつろいでいた。満津は恥ずかしそうに胸を隠していた。湯は白く濁っているので、入ってしまえば身体は見えないのだが。
 さすがに湯船の中で無体な真似はすまいと満津は思った。別邸は山置家の方々しか使えないのだから。ましてやこの湯船は殿様一族専用で別格である。
 が、それは大きな間違いだった。

「こっちにこい」

 広い湯船の端の壁に背を付けて座る新右衛門は向かい側に座る満津をそばに寄せた。

「よい湯じゃな」

 そう言うと、隣に座る満津を抱き寄せた。

「御戯れはおよしください。この湯船は殿様もお使いになるもの」
「どうせ、わしらが出た後にはきちんと洗うのだ。気にせずともよい」

 小姓があきれるほど長い湯浴みの後、夕食が済むと満津はすぐに閨に連れ込まれた。
 惣左衛門も呆れてしまうほどだった。実は食事の後、郡奉行が明日の説明に別邸に来たのだが、それを断らざるを得なかったのだ。
 郡奉行もまた事情を察し、明日はもうお昼寝は勧めまいと決めた。
 その代わり、満津の方には精の付くような土産を持たせねばと家の者に猪や鹿の干し肉の手配を命じたのだった。





 視察三日目の朝、満津は先に髪や衣装を整え別邸を出た。別邸を出て城下へ向かう梅芳院の差し回した豪華な女乗り物とたくさんの土産を持たされた沢井家の女中や警護の侍を見た近隣の人々は、あれが若君様の御側の君と口々に噂し合ったのだった。
 それを見送ってから新右衛門は関所の視察に向かった。
 大久間の関所は天領ではなく他の家中と接していた。そちらもまた香田角同様山間の小藩である。ただし、そちらは肥後の国であり、かつては香田角と相争っていた土地でもある。
 山の麓の関所の先には険しい峠道が続いており、出入りするのは商人や湯治客、修験者がほとんどだった。
 参勤交代の際はこちらの関所は使わずに南側の天領を通過してから豊後方面に北上する行程となっている。
 関所を管理する役人は最近の出入りの動向などを説明した。

「隠密とかいう御公儀差し回しの者はおるのか」

 その質問に役人ははっきりとは答えなかった。

「恐らくは。ですが、隠密の手形に隠密と書いているわけではありませんので。それにたとえ隠密とわかっても、それを理由に入国させぬわけには参りませぬ。御公儀をないがしろにしたと思われますゆえ」

 関所の役人もいろいろと大変のようだった。新右衛門はそれ以上は質問しなかった。
 昼食を関所内でとった後は郡奉行に大久間領内との境まで見送られて、城下に戻った。
 夜の勤めにさすがの新右衛門も疲れ、帰り道はうつらうつらとして乗り物の中で過ごしたのであった。




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