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第二章 初恋(正徳二年~正徳三年)
36 出湯へ
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「大久間の堤の改修が終わった。本来なら余が視察に参るべきところだったのだが、あれこれとあって昨年のうちに行くことができなかった。今は参勤の準備などで城を離れるわけにはいかぬ。そなた行ってみぬか。駕籠に乗るのも慣れたほうがよい」
殿様にそう言われたのは正月七日の人日のことだった。
二月の吉日を選んでの参勤出発まで三十日余り。新右衛門も気忙しかったが、岡部惣右衛門が監督した堤ということで二つ返事で引き受けた。
それに城で毎日決まったような日程を過ごすのも退屈だった。
大久間までは城下から北西へ四里余り。坂瀬川と大久間川が合流する場所に大久間はある。
数百年前から出湯があり、刀の切り傷や筋の痛みなどに効能のある湯と言われ、香田角領のみならず、他領からの湯治客の多い保養地である。
山置家の別邸もあり、源泉から引いた出湯は歴代藩主の疲れを癒したのであった。
二泊三日で一日目は大久間へ行き視察、二日目は大久間の郡奉行とともに村の視察、三日目は大久間の関所を視察後帰城という日程になっている。宿泊は別邸ということだった。
近習見習いの岡部惣左衛門が随行することになったのは、父親の仕事だからという配慮もあったのだろう。
出発したのは一月十三日早朝。少し寒気の緩んだその日、新右衛門は漆塗りの乗り物と言われる大型の駕籠で城を出た。四人がかりで担ぐということで、交代のかき手四人も合わせて八人がついた。
参勤交代の時にも同じような乗り物に乗るということだったので、慣れるために乗ったのだが、一里もいかぬうちに、新右衛門は揺れで気分が悪くなってきた。小窓を開けて空気を入れても吐き気がしてきた。
「すまぬ、少し止めてくれ」
大声で言うと側を歩いていた小姓が先頭の用人に伝え、列は止まった。
「いかがされましたか」
小姓に問われ、新右衛門が気分が悪いと言うと、用人は言った。
「殿より、慣れてもらうため、食事以外は乗り物から下ろしてはならぬと言われておりますので、しばし中で堪えてください。少ししたら出発します」
鬼だと新右衛門は叫びたかったが、仕方なく小窓を開けて外の空気を少しでも吸い込むことにした。
やがて列は動き始めた。
昼食をとる予定の川添村に着いて、やっと乗り物から降りることができた。
ふらついた身体で川添村の庄屋の家の座敷に上がり、食べた昼食は城の台所で作られた握り飯と漬物、それに庄屋が準備した猪の煮物だった。
「うまい。これはよい」
育ち盛りの少年にとって動物性蛋白質の猪の肉は最高の美味だった。庄屋は大感激した。
これがきっかけで川添村は毎年城に猪の肉を献上するようになるのだが、それはまだ先の話である。
「気に入ってくださり光栄でございます」
庄屋は上機嫌で若君様の乗り物を村人一同とともに見送ったのだった。
猪の肉で満腹になったせいか、乗り物でうとうとしていたおかげで午後は気分はさほど悪くならなかった。
若君の御着きの声とともに、まず別邸に入り、待ち構えていた工事の監督をした与力、工事の人足を出した近在の村の庄屋、大久間の郡奉行らの出迎えを受けた。
与力の岡部惣右衛門はあくまでも臣下としての礼をとった。
怒られると頑固おやじと思うのに、こうして他人行儀でいるというのは新右衛門にとって物足りなくもまた寂しいことだった。
挨拶の後は、実際に現場に行って説明を受けた。現場を預かっていた惣右衛門の説明に、新右衛門は初めて父の仕事を知ったような気がした。
家では新右衛門を叱る以外は、素振りをしたり、図面を見たり、測量や天文の書物を読んでいた父の仕事を知り、なぜもっと話を聞かなかったのだろうかと思った。
「こちらは寛永の堤ですが、五年前の大雨の折に石積みの間に隙間ができて、年々それが広がったため、漏水が起きて近くの宿屋の床下にまで水が入り込むようになりましたゆえ、亀裂の入らぬように石積みを積み直しました。なお、石は近在の宿屋の奉公人を始め、大久間郷の若者らのべ二千人の力を借りて積み上げたものです」
堤の改修だから大した工事ではないと思っていたが、百間(約181.8メートル)余りある堤をほとんど作り直したようなものだった。父の仕事の大きさに新右衛門はとてもかなわないと思った。
視察が終わった後は源泉のある水神に参詣した。
これで一日目の日程は終わりで、少し明るいうちに別邸に戻ると、お風呂の支度ができておりますと言われた。
早速別邸の奥にある風呂に入った。小姓が背中を流しますと入って来たので流してもらった後、湯船に浸かった。明らかに普通の湯とは違ってぬるっとしていたが、不快なものではなかった。
「長く入っていると湯あたりしますので、そろそろ」
小姓が呼びに来るまで入っていたので、身体はすっかりぽかぽかと温かくなった。
着替えて食事の間に行くと、惣右衛門がいた。
「殿の命により倅ともども御相伴をあい勤めさせていただきます」
あいも変わらぬ臣下の礼である。惣左衛門も入って来た。
「遅くなりまして申し訳ございません。客人を連れて参りました」
惣左衛門の背後にいる人物に新右衛門はあっと叫んだ。
母の勢以と小治郎、それに満津だった。惣右衛門も知らなかったようだった。
「一体どうして、そなたらが」
新右衛門は嬉しいという言葉も出なかった。
「きよは」
その問いに答えたのは勢以だった。
「きよは風邪を引いてしまったので来れないのです。でも沢井様が面倒をみてくださるそうです」
父が今朝早く大久間に出発した後、照妙寺の梅芳院の使いが岡部家と沢井家にそれぞれ来て、岡部家の人々と満津に大久間に行くようにと手配をしてくれたのだと言う。
「この近くの宿屋に部屋をとってくださり、お昼まで御馳走になりました。先ほどは宿屋の湯にも入りました。本当に申し訳ないくらい」
勢以はそう言うと新右衛門に頭を下げた。
「若君様、ありがとうございます」
自分は何もしていないのにと思った新右衛門だった。
「わしは何もしておらん。梅芳院様のお気遣いじゃ」
「梅芳院様に殿様が相談なさったのです」
惣左衛門が言った。
「先日、殿様が照妙寺の本堂改修を視察なさった時に梅芳院様となにやらご相談のようでした」
そうかと新右衛門は合点がいった。
殿様は梅芳院に頼んで、自分を養ってくれた岡部家の人々を慰労するために大久間に招いたのだと。
奥ではお仙の方が気鬱のため、殿様自身が堂々と岡部家の人々と満津を温泉にやるなどということはできない。梅芳院が手配したことにすれば、お仙の方や御年寄りを刺激することもないのだろう。
満津もまた改めて梅芳院という人の凄さを知ったような気がした。殿様が直接できないことを代わりに城の外で行なう。並みの尼ではない。
「梅芳院様の後ろ盾があれば満津の方様も安心です」
惣左衛門の言葉に新右衛門も安堵した。だが、その時、勢以の表情が微妙に翳ったことに満津は気付いた。
そこへ料理が運ばれて来た。城の夕餉と違い、二の膳まである料理は温泉卵や山鳥の蒸し物なども城でも出ないような品が並んでいた。
無論、岡部家の食卓でも見たことのない物ばかりである。
小治郎は目を丸くした。
「兄上はいつもかようなものを召しあがっておいでなのですか」
「これ、兄上ではない。若君様です」
勢以に注意され小次郎は言い直した。
「若君様はいつもこのようなものを召しあがっておいでなのですか」
「そういうことはない。ふだんは家と同じだ。お汁と漬物と干した魚や豆腐が多い。殿様も皆と同じものを召しあがっておいでだ」
新右衛門は言う。惣左衛門もうなずいた。
「さよう。城の台所で出る昼の菜も殿様のものと同じと聞いておる」
「殿様はおなかがすくのではないですか」
惣右衛門は畏れながらと言った。
「そのようなことを言わないから殿様なのだ。我らと同じ物を召しあがっても不平をおっしゃらない。それが殿様という方なのだ」
ふーんと小治郎はうなずいた。
夕食を食べた後、勢以と満津と小治郎は用意された菓子があるとのことで別室に案内された。
部屋に残った惣右衛門は相変わらず姿勢を崩さなかった。
「岡部殿」
新右衛門は父上と呼んでも、どうせそれを無視して臣下の顔になるとわかったので姓を呼んだ。
「堤の工事、まことに素晴らしうございました。殿に代わって礼を言います。岡部家にいた折、もっと話を聞くべきでした」
「有り難き幸せ」
惣右衛門は頭を下げた。
「これからもよき仕事をしてください」
「畏れながら」
惣右衛門は顔を上げた。
「若君様におかれましては、江戸に参られましても、ご健勝であらせられるようにお祈り申し上げます」
「かたじけない」
四角四面の言葉でも、新右衛門には父の言葉の奥にある真心がわかった。
惣左衛門もまた父の思いを感じていた。新右衛門のことだけでなく、自分のこともまた案じているのだと。
「ただ一つだけ、心にかかることがございます」
新右衛門は息子の惣左衛門のことかと思った。
「なんでしょう」
「満津の方様のことにございます」
新右衛門も惣左衛門も驚いた。
「若君様の門出を前に無用の心配かもしれませぬが、満津の方様をこのまま国許に置きなさるおつもりですか」
「そうなるが」
惣右衛門は新右衛門を見つめた。
「若君様が江戸の上屋敷に入られたならば、次に国許に戻るのはいつになるかおわかりでしょうか」
問われて新右衛門は愕然とした。
殿様は新右衛門を養子にすると言っていた。すなわち次の藩主である。世継ぎは江戸に留め置かれることになっていた。つまり、新右衛門は自分が藩主になった時、つまり兄である殿様が隠居、もしくは死去して藩主でなくなった時にならないと香田角には戻れないということだ。兄はまだ三十代である。新右衛門が藩主となるまで何年かかることか。
「そんな。では、満津を江戸へ」
「そう簡単な話ではありませんぞ。満津の方様の座を狙う者がおれば、御隠居所改装の作事に横槍が入ったようなことがまたないとも限りません」
考えたこともなかった。
「梅芳院様の加護があったにしても、満津の方様や沢井様だけでは太刀打ちできぬかもしれません」
「どうすれば」
「簡単なことです。満津の方様の立場を強固なものにすればよいのです。御子を是非にも」
惣右衛門の言葉に驚いたのは息子の惣左衛門だった。父がこんなことを言うとは。
新右衛門もまた言葉が出なかった。
「元々御隠居所の件も満津の方様が懐妊しているやもということで始まったこと。本当にご懐妊なされば、これほど満津の方様を守ることはございません。生まれるのが男子であれ、女子であれ、子を産める側室というのは立場は強固なものになります。事と次第によってはお仙の方様よりも強い立場に立てまする。どうか、この大久間で満津の方様に子をお授けください」
父がこれほどまでに言うということは、かなり切迫した問題だということだった。
「かような機会を梅芳院様が設けられたということの意味も恐らくそこにあると」
梅芳院。彼女が一番子どものいる側室の強さを知っているのは確かだった。
「わかった」
新右衛門にはそれしか言えなかった。
同じ頃、満津もまた勢以に同じようなことを伝えられていた。
「梅芳院様は貴女様のご懐妊を強く望んでおいでです。御子を必ずや」
それから半刻もせぬうちに、岡部夫妻と小治郎は近くの宿に帰って行った。
明日の朝城下に戻るということだった。見送りはいらぬと惣右衛門は息子に伝えた。
殿様にそう言われたのは正月七日の人日のことだった。
二月の吉日を選んでの参勤出発まで三十日余り。新右衛門も気忙しかったが、岡部惣右衛門が監督した堤ということで二つ返事で引き受けた。
それに城で毎日決まったような日程を過ごすのも退屈だった。
大久間までは城下から北西へ四里余り。坂瀬川と大久間川が合流する場所に大久間はある。
数百年前から出湯があり、刀の切り傷や筋の痛みなどに効能のある湯と言われ、香田角領のみならず、他領からの湯治客の多い保養地である。
山置家の別邸もあり、源泉から引いた出湯は歴代藩主の疲れを癒したのであった。
二泊三日で一日目は大久間へ行き視察、二日目は大久間の郡奉行とともに村の視察、三日目は大久間の関所を視察後帰城という日程になっている。宿泊は別邸ということだった。
近習見習いの岡部惣左衛門が随行することになったのは、父親の仕事だからという配慮もあったのだろう。
出発したのは一月十三日早朝。少し寒気の緩んだその日、新右衛門は漆塗りの乗り物と言われる大型の駕籠で城を出た。四人がかりで担ぐということで、交代のかき手四人も合わせて八人がついた。
参勤交代の時にも同じような乗り物に乗るということだったので、慣れるために乗ったのだが、一里もいかぬうちに、新右衛門は揺れで気分が悪くなってきた。小窓を開けて空気を入れても吐き気がしてきた。
「すまぬ、少し止めてくれ」
大声で言うと側を歩いていた小姓が先頭の用人に伝え、列は止まった。
「いかがされましたか」
小姓に問われ、新右衛門が気分が悪いと言うと、用人は言った。
「殿より、慣れてもらうため、食事以外は乗り物から下ろしてはならぬと言われておりますので、しばし中で堪えてください。少ししたら出発します」
鬼だと新右衛門は叫びたかったが、仕方なく小窓を開けて外の空気を少しでも吸い込むことにした。
やがて列は動き始めた。
昼食をとる予定の川添村に着いて、やっと乗り物から降りることができた。
ふらついた身体で川添村の庄屋の家の座敷に上がり、食べた昼食は城の台所で作られた握り飯と漬物、それに庄屋が準備した猪の煮物だった。
「うまい。これはよい」
育ち盛りの少年にとって動物性蛋白質の猪の肉は最高の美味だった。庄屋は大感激した。
これがきっかけで川添村は毎年城に猪の肉を献上するようになるのだが、それはまだ先の話である。
「気に入ってくださり光栄でございます」
庄屋は上機嫌で若君様の乗り物を村人一同とともに見送ったのだった。
猪の肉で満腹になったせいか、乗り物でうとうとしていたおかげで午後は気分はさほど悪くならなかった。
若君の御着きの声とともに、まず別邸に入り、待ち構えていた工事の監督をした与力、工事の人足を出した近在の村の庄屋、大久間の郡奉行らの出迎えを受けた。
与力の岡部惣右衛門はあくまでも臣下としての礼をとった。
怒られると頑固おやじと思うのに、こうして他人行儀でいるというのは新右衛門にとって物足りなくもまた寂しいことだった。
挨拶の後は、実際に現場に行って説明を受けた。現場を預かっていた惣右衛門の説明に、新右衛門は初めて父の仕事を知ったような気がした。
家では新右衛門を叱る以外は、素振りをしたり、図面を見たり、測量や天文の書物を読んでいた父の仕事を知り、なぜもっと話を聞かなかったのだろうかと思った。
「こちらは寛永の堤ですが、五年前の大雨の折に石積みの間に隙間ができて、年々それが広がったため、漏水が起きて近くの宿屋の床下にまで水が入り込むようになりましたゆえ、亀裂の入らぬように石積みを積み直しました。なお、石は近在の宿屋の奉公人を始め、大久間郷の若者らのべ二千人の力を借りて積み上げたものです」
堤の改修だから大した工事ではないと思っていたが、百間(約181.8メートル)余りある堤をほとんど作り直したようなものだった。父の仕事の大きさに新右衛門はとてもかなわないと思った。
視察が終わった後は源泉のある水神に参詣した。
これで一日目の日程は終わりで、少し明るいうちに別邸に戻ると、お風呂の支度ができておりますと言われた。
早速別邸の奥にある風呂に入った。小姓が背中を流しますと入って来たので流してもらった後、湯船に浸かった。明らかに普通の湯とは違ってぬるっとしていたが、不快なものではなかった。
「長く入っていると湯あたりしますので、そろそろ」
小姓が呼びに来るまで入っていたので、身体はすっかりぽかぽかと温かくなった。
着替えて食事の間に行くと、惣右衛門がいた。
「殿の命により倅ともども御相伴をあい勤めさせていただきます」
あいも変わらぬ臣下の礼である。惣左衛門も入って来た。
「遅くなりまして申し訳ございません。客人を連れて参りました」
惣左衛門の背後にいる人物に新右衛門はあっと叫んだ。
母の勢以と小治郎、それに満津だった。惣右衛門も知らなかったようだった。
「一体どうして、そなたらが」
新右衛門は嬉しいという言葉も出なかった。
「きよは」
その問いに答えたのは勢以だった。
「きよは風邪を引いてしまったので来れないのです。でも沢井様が面倒をみてくださるそうです」
父が今朝早く大久間に出発した後、照妙寺の梅芳院の使いが岡部家と沢井家にそれぞれ来て、岡部家の人々と満津に大久間に行くようにと手配をしてくれたのだと言う。
「この近くの宿屋に部屋をとってくださり、お昼まで御馳走になりました。先ほどは宿屋の湯にも入りました。本当に申し訳ないくらい」
勢以はそう言うと新右衛門に頭を下げた。
「若君様、ありがとうございます」
自分は何もしていないのにと思った新右衛門だった。
「わしは何もしておらん。梅芳院様のお気遣いじゃ」
「梅芳院様に殿様が相談なさったのです」
惣左衛門が言った。
「先日、殿様が照妙寺の本堂改修を視察なさった時に梅芳院様となにやらご相談のようでした」
そうかと新右衛門は合点がいった。
殿様は梅芳院に頼んで、自分を養ってくれた岡部家の人々を慰労するために大久間に招いたのだと。
奥ではお仙の方が気鬱のため、殿様自身が堂々と岡部家の人々と満津を温泉にやるなどということはできない。梅芳院が手配したことにすれば、お仙の方や御年寄りを刺激することもないのだろう。
満津もまた改めて梅芳院という人の凄さを知ったような気がした。殿様が直接できないことを代わりに城の外で行なう。並みの尼ではない。
「梅芳院様の後ろ盾があれば満津の方様も安心です」
惣左衛門の言葉に新右衛門も安堵した。だが、その時、勢以の表情が微妙に翳ったことに満津は気付いた。
そこへ料理が運ばれて来た。城の夕餉と違い、二の膳まである料理は温泉卵や山鳥の蒸し物なども城でも出ないような品が並んでいた。
無論、岡部家の食卓でも見たことのない物ばかりである。
小治郎は目を丸くした。
「兄上はいつもかようなものを召しあがっておいでなのですか」
「これ、兄上ではない。若君様です」
勢以に注意され小次郎は言い直した。
「若君様はいつもこのようなものを召しあがっておいでなのですか」
「そういうことはない。ふだんは家と同じだ。お汁と漬物と干した魚や豆腐が多い。殿様も皆と同じものを召しあがっておいでだ」
新右衛門は言う。惣左衛門もうなずいた。
「さよう。城の台所で出る昼の菜も殿様のものと同じと聞いておる」
「殿様はおなかがすくのではないですか」
惣右衛門は畏れながらと言った。
「そのようなことを言わないから殿様なのだ。我らと同じ物を召しあがっても不平をおっしゃらない。それが殿様という方なのだ」
ふーんと小治郎はうなずいた。
夕食を食べた後、勢以と満津と小治郎は用意された菓子があるとのことで別室に案内された。
部屋に残った惣右衛門は相変わらず姿勢を崩さなかった。
「岡部殿」
新右衛門は父上と呼んでも、どうせそれを無視して臣下の顔になるとわかったので姓を呼んだ。
「堤の工事、まことに素晴らしうございました。殿に代わって礼を言います。岡部家にいた折、もっと話を聞くべきでした」
「有り難き幸せ」
惣右衛門は頭を下げた。
「これからもよき仕事をしてください」
「畏れながら」
惣右衛門は顔を上げた。
「若君様におかれましては、江戸に参られましても、ご健勝であらせられるようにお祈り申し上げます」
「かたじけない」
四角四面の言葉でも、新右衛門には父の言葉の奥にある真心がわかった。
惣左衛門もまた父の思いを感じていた。新右衛門のことだけでなく、自分のこともまた案じているのだと。
「ただ一つだけ、心にかかることがございます」
新右衛門は息子の惣左衛門のことかと思った。
「なんでしょう」
「満津の方様のことにございます」
新右衛門も惣左衛門も驚いた。
「若君様の門出を前に無用の心配かもしれませぬが、満津の方様をこのまま国許に置きなさるおつもりですか」
「そうなるが」
惣右衛門は新右衛門を見つめた。
「若君様が江戸の上屋敷に入られたならば、次に国許に戻るのはいつになるかおわかりでしょうか」
問われて新右衛門は愕然とした。
殿様は新右衛門を養子にすると言っていた。すなわち次の藩主である。世継ぎは江戸に留め置かれることになっていた。つまり、新右衛門は自分が藩主になった時、つまり兄である殿様が隠居、もしくは死去して藩主でなくなった時にならないと香田角には戻れないということだ。兄はまだ三十代である。新右衛門が藩主となるまで何年かかることか。
「そんな。では、満津を江戸へ」
「そう簡単な話ではありませんぞ。満津の方様の座を狙う者がおれば、御隠居所改装の作事に横槍が入ったようなことがまたないとも限りません」
考えたこともなかった。
「梅芳院様の加護があったにしても、満津の方様や沢井様だけでは太刀打ちできぬかもしれません」
「どうすれば」
「簡単なことです。満津の方様の立場を強固なものにすればよいのです。御子を是非にも」
惣右衛門の言葉に驚いたのは息子の惣左衛門だった。父がこんなことを言うとは。
新右衛門もまた言葉が出なかった。
「元々御隠居所の件も満津の方様が懐妊しているやもということで始まったこと。本当にご懐妊なされば、これほど満津の方様を守ることはございません。生まれるのが男子であれ、女子であれ、子を産める側室というのは立場は強固なものになります。事と次第によってはお仙の方様よりも強い立場に立てまする。どうか、この大久間で満津の方様に子をお授けください」
父がこれほどまでに言うということは、かなり切迫した問題だということだった。
「かような機会を梅芳院様が設けられたということの意味も恐らくそこにあると」
梅芳院。彼女が一番子どものいる側室の強さを知っているのは確かだった。
「わかった」
新右衛門にはそれしか言えなかった。
同じ頃、満津もまた勢以に同じようなことを伝えられていた。
「梅芳院様は貴女様のご懐妊を強く望んでおいでです。御子を必ずや」
それから半刻もせぬうちに、岡部夫妻と小治郎は近くの宿に帰って行った。
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(本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。)
※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。
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