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第二章 初恋(正徳二年~正徳三年)
12 秘め事(R15)
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「見せてくれぬか」
於三は何をと訊こうと思ったが、すぐにわかった。
「いけません。かような汚いところ」
「汚くはない。ここを舐めるとよいと指南書に書いてあった」
もしこれが現代なら於三の頭にはクエスチョンマークが無数に付くところだが、当時は存在しないので、ただただ混乱するばかりだった。
「しなん書とは、かようなことも書いているのですか」
「そうじゃ。好きおうた男と女がすることが書いてあるのじゃ」
「御公儀がお許しになっているのですか、それは」
思いがけない問いに、新右衛門は驚いた。考えたことがない。ただ、平太が持ってくるものを読んでいただけだった。そういえば、道場の仲間から、そのような本の存在を聞いたことがなかった。
「そんなことは考えたことがない。だが、男と女がすることじゃ。御公儀がいちいち目くじら立てることではないと思う。それに、指南書は指南書。もし、あれを読まなんだとしても、わしは於三のべべが見たい」
見たいから見る。そうだ、それだと新右衛門は発想を変えた。指南書は所詮書物だ。実際とは書物の通りにいかぬのだ。
書物に書いてあるよりずっと口吸いは心地よかった。於三の唾液は甘く思われた。そんなことは指南書には書いていなかった。
「なぜなぜ小僧なのですね、若様は今も」
於三は思った。三つ子の魂百までもという言葉があるが、新右衛門は今も結局は変わっていなかった。
「そうじゃ。わしは知りたい。於三の身体をすべて。なぜ、わしが他の男に於三を渡したくないのか、知ればそれがわかると思うのだ」
於三は思う。少し変わっているのではない。ずいぶんと変わっているのだ、この新右衛門という男は。
そんな変った男が於三は結局嫌いではなかった。
於三は裾を自らめくり上げた。
新右衛門は壺のそばまで於三の手を引いた。そこには切り燈台の光があった。
白くふっくらとした、やや上付き気味のそれは上開そのものではなかったが、新右衛門にとっては唯一至高のものだった。
切り燈台の火を近づけ過ぎぬように立っている於三の足元に座って新右衛門はそのべべを吟味するかのように見つめた。
於三は恥ずかしさで何も言えない。
自ら裾を開いたとはいえ、見られる恥ずかしさは格別のものだった。
口吸いの時と同じで於三はますます恥ずかしくなった。
「美しいのう」
そんなことを言われても困る。花鳥ならともかく、その場所は秘すべき処なのだから。
新右衛門は切り燈台を床に置いた。
これで終わりだろうと、於三はめくっていた裾をそっと元に戻そうとした。
だが、その手をつかまれた。
「座れ」
半ば引きずられるように横座りに座った。
新右衛門はその身体を正面から抱き締めた。於三は温かいと思った。
「わしのものになってくれぬか」
首筋に息がかかる。それがどういう意味か、わからない於三ではなかった。
「祝言も挙げぬのに、さようなことは」
「欲しいのじゃ。於三のベベを見たら、欲しうなった」
正直すぎる言葉だった。だが、新右衛門は言葉にせねばならぬと惣左衛門の言葉で知ったから、はっきりと言ったのだった。
「こわい」
於三の偽らざる気持ちだった。話には聞いてなんとなくうすぼんやりと男女の交わりのことは知っているが、具体的に知らないのだ。犬や猫のまぐわいは見たことはあっても、人が同じようなことをするというのは想像がつかない。
「できるだけ痛くないようにする」
「痛いのですか」
「それはそうじゃ。女子の身体に男のものを入れるのだから」
於三は息を呑んだ。知らなかった。怖すぎる。
「じゃが、慣れたら気持ちがよくなるそうじゃ。天にも昇る心地になるのじゃ」
夢見るように新右衛門は言った。於三にはそれはいけないことに思えた。そういうことはやはり祝言を挙げた夫婦のすることで、元服したばかりでは早いのではないかと思える。
「いけません。そういうことはもっと大きくなってから」
「そうなったら、於三は平太の嫁になってしまう」
新右衛門はそう言うが早いか、於三をその場に押し倒していた。冷たい木の床にはだけてしまった尻を押し付けられ、於三はぞくりとした。
「寒い」
そう言うと、新右衛門は自分の寝巻を脱ぎ床に敷き、於三の身体の下へすべらせた。
「すまぬ」
於三の口に唇を付けた。突然のことに、於三は動転した。さっきの口吸いと違い、唇に触れるだけのものだったが、またも背筋をぞくりとしたものが駆け抜けた。
於三はとまどい、どうしていいかわからず新右衛門にされるがままだった。
こんなことは初めてだった。
胸がとどろき始めた、唇が離れた途端に息が漏れた。その息は自分でも聞いたことのないものだった。
触れられるたびに、於三は気が遠くなりそうだった。背筋を走る感覚と腹の奥が熱くなるような感覚についていけないのだ。自分で止められないのがもどかしい。
於三の身体が小さく撥ねた。
「気持ちよいのか」
そんなことを尋ねられてうなずくことなどできなかった。恥ずかし過ぎる。
「於三はなんだかおとなしうなってしまったな」
こんな時に何を言えばいいのか、於三にはわからない。いつもと変わらぬふうに話す新右衛門のほうがおかしいとしか思えない。
「恥ずかしいのです」
それだけやっと言えた。
「そうだな。すまぬ。だが、わしだって恥ずかしい」
新右衛門はそう言いながらも、於三の薄い胸に口づけた。
ことが終わった。於三は天にも昇る心地とは程遠く、痛みに耐えていた。それでも百足や毒蛇に咬まれたわけではないから死ぬこともなかろうと腹をくくった。
唇を離した新右衛門は言った。
「於三、わしの嫁になってくれ」
惣左衛門が聞いたら、先走り過ぎだと言いかねない言葉だった。於三も何を言うのだと思った。まだ元服したばかりで出仕先も決まらぬというのに。
「わしは知っての通り、この家の子どもではない。いつかはこの家を出て行く。だから、二人だけで、いやきよも一緒に、家を構えて暮らそう」
寝言のような話だと於三は思った。平太に取られたくなくて、そんなことを言っているのだと思った。
「そんなことできません。わしは奉公人です」
「どこぞの家に養女になってから嫁げばよいのじゃ。川合様の嫁女もそうじゃ」
「父上様も母上様もお許しになりますまい。」
「許してもらえるように話す。二人が好きおうてるとわかれば、きっとわかってくださる。父上も母上も好きおうて所帯を持ったのだから」
岡部の両親は親同士の決めた相手ではないと近所の人の話で聞いたことがあった。江戸詰を終えて帰国した惣右衛門が御殿勤めをしていた勢以を見染めたのだと。
そんなに簡単な話ではないと於三は思う。岡部の血を引く子どもではないからこそ、また別の問題があるのではないかと思えるのだった。
「本当の父上様と母上様もおいでなのでしょう」
「二親は死んだ。だからそちらは問題ない。親戚はいるが、わしは年をとってからの末っ子だし、他にも男子がおるから、跡目とかややこしい話はない」
もし本当にそうならいいけれど、その親戚が一番の厄介のように思えた。何といっても於三は奉公人に過ぎない。こうして好きじゃと身体を交えたものの、その先のことなどあてはないのだ。
後悔はしないけれど、先々のことは期待しない。それが於三のこれまでの生き方だった。百足のことだって後悔はしていないし、それで何かいいことが自分に起きると思ってもいなかった。
けれど、新右衛門は先々に明るいものしか見ていないように思われた。それは危うげに於三には見えた。
於三は何をと訊こうと思ったが、すぐにわかった。
「いけません。かような汚いところ」
「汚くはない。ここを舐めるとよいと指南書に書いてあった」
もしこれが現代なら於三の頭にはクエスチョンマークが無数に付くところだが、当時は存在しないので、ただただ混乱するばかりだった。
「しなん書とは、かようなことも書いているのですか」
「そうじゃ。好きおうた男と女がすることが書いてあるのじゃ」
「御公儀がお許しになっているのですか、それは」
思いがけない問いに、新右衛門は驚いた。考えたことがない。ただ、平太が持ってくるものを読んでいただけだった。そういえば、道場の仲間から、そのような本の存在を聞いたことがなかった。
「そんなことは考えたことがない。だが、男と女がすることじゃ。御公儀がいちいち目くじら立てることではないと思う。それに、指南書は指南書。もし、あれを読まなんだとしても、わしは於三のべべが見たい」
見たいから見る。そうだ、それだと新右衛門は発想を変えた。指南書は所詮書物だ。実際とは書物の通りにいかぬのだ。
書物に書いてあるよりずっと口吸いは心地よかった。於三の唾液は甘く思われた。そんなことは指南書には書いていなかった。
「なぜなぜ小僧なのですね、若様は今も」
於三は思った。三つ子の魂百までもという言葉があるが、新右衛門は今も結局は変わっていなかった。
「そうじゃ。わしは知りたい。於三の身体をすべて。なぜ、わしが他の男に於三を渡したくないのか、知ればそれがわかると思うのだ」
於三は思う。少し変わっているのではない。ずいぶんと変わっているのだ、この新右衛門という男は。
そんな変った男が於三は結局嫌いではなかった。
於三は裾を自らめくり上げた。
新右衛門は壺のそばまで於三の手を引いた。そこには切り燈台の光があった。
白くふっくらとした、やや上付き気味のそれは上開そのものではなかったが、新右衛門にとっては唯一至高のものだった。
切り燈台の火を近づけ過ぎぬように立っている於三の足元に座って新右衛門はそのべべを吟味するかのように見つめた。
於三は恥ずかしさで何も言えない。
自ら裾を開いたとはいえ、見られる恥ずかしさは格別のものだった。
口吸いの時と同じで於三はますます恥ずかしくなった。
「美しいのう」
そんなことを言われても困る。花鳥ならともかく、その場所は秘すべき処なのだから。
新右衛門は切り燈台を床に置いた。
これで終わりだろうと、於三はめくっていた裾をそっと元に戻そうとした。
だが、その手をつかまれた。
「座れ」
半ば引きずられるように横座りに座った。
新右衛門はその身体を正面から抱き締めた。於三は温かいと思った。
「わしのものになってくれぬか」
首筋に息がかかる。それがどういう意味か、わからない於三ではなかった。
「祝言も挙げぬのに、さようなことは」
「欲しいのじゃ。於三のベベを見たら、欲しうなった」
正直すぎる言葉だった。だが、新右衛門は言葉にせねばならぬと惣左衛門の言葉で知ったから、はっきりと言ったのだった。
「こわい」
於三の偽らざる気持ちだった。話には聞いてなんとなくうすぼんやりと男女の交わりのことは知っているが、具体的に知らないのだ。犬や猫のまぐわいは見たことはあっても、人が同じようなことをするというのは想像がつかない。
「できるだけ痛くないようにする」
「痛いのですか」
「それはそうじゃ。女子の身体に男のものを入れるのだから」
於三は息を呑んだ。知らなかった。怖すぎる。
「じゃが、慣れたら気持ちがよくなるそうじゃ。天にも昇る心地になるのじゃ」
夢見るように新右衛門は言った。於三にはそれはいけないことに思えた。そういうことはやはり祝言を挙げた夫婦のすることで、元服したばかりでは早いのではないかと思える。
「いけません。そういうことはもっと大きくなってから」
「そうなったら、於三は平太の嫁になってしまう」
新右衛門はそう言うが早いか、於三をその場に押し倒していた。冷たい木の床にはだけてしまった尻を押し付けられ、於三はぞくりとした。
「寒い」
そう言うと、新右衛門は自分の寝巻を脱ぎ床に敷き、於三の身体の下へすべらせた。
「すまぬ」
於三の口に唇を付けた。突然のことに、於三は動転した。さっきの口吸いと違い、唇に触れるだけのものだったが、またも背筋をぞくりとしたものが駆け抜けた。
於三はとまどい、どうしていいかわからず新右衛門にされるがままだった。
こんなことは初めてだった。
胸がとどろき始めた、唇が離れた途端に息が漏れた。その息は自分でも聞いたことのないものだった。
触れられるたびに、於三は気が遠くなりそうだった。背筋を走る感覚と腹の奥が熱くなるような感覚についていけないのだ。自分で止められないのがもどかしい。
於三の身体が小さく撥ねた。
「気持ちよいのか」
そんなことを尋ねられてうなずくことなどできなかった。恥ずかし過ぎる。
「於三はなんだかおとなしうなってしまったな」
こんな時に何を言えばいいのか、於三にはわからない。いつもと変わらぬふうに話す新右衛門のほうがおかしいとしか思えない。
「恥ずかしいのです」
それだけやっと言えた。
「そうだな。すまぬ。だが、わしだって恥ずかしい」
新右衛門はそう言いながらも、於三の薄い胸に口づけた。
ことが終わった。於三は天にも昇る心地とは程遠く、痛みに耐えていた。それでも百足や毒蛇に咬まれたわけではないから死ぬこともなかろうと腹をくくった。
唇を離した新右衛門は言った。
「於三、わしの嫁になってくれ」
惣左衛門が聞いたら、先走り過ぎだと言いかねない言葉だった。於三も何を言うのだと思った。まだ元服したばかりで出仕先も決まらぬというのに。
「わしは知っての通り、この家の子どもではない。いつかはこの家を出て行く。だから、二人だけで、いやきよも一緒に、家を構えて暮らそう」
寝言のような話だと於三は思った。平太に取られたくなくて、そんなことを言っているのだと思った。
「そんなことできません。わしは奉公人です」
「どこぞの家に養女になってから嫁げばよいのじゃ。川合様の嫁女もそうじゃ」
「父上様も母上様もお許しになりますまい。」
「許してもらえるように話す。二人が好きおうてるとわかれば、きっとわかってくださる。父上も母上も好きおうて所帯を持ったのだから」
岡部の両親は親同士の決めた相手ではないと近所の人の話で聞いたことがあった。江戸詰を終えて帰国した惣右衛門が御殿勤めをしていた勢以を見染めたのだと。
そんなに簡単な話ではないと於三は思う。岡部の血を引く子どもではないからこそ、また別の問題があるのではないかと思えるのだった。
「本当の父上様と母上様もおいでなのでしょう」
「二親は死んだ。だからそちらは問題ない。親戚はいるが、わしは年をとってからの末っ子だし、他にも男子がおるから、跡目とかややこしい話はない」
もし本当にそうならいいけれど、その親戚が一番の厄介のように思えた。何といっても於三は奉公人に過ぎない。こうして好きじゃと身体を交えたものの、その先のことなどあてはないのだ。
後悔はしないけれど、先々のことは期待しない。それが於三のこれまでの生き方だった。百足のことだって後悔はしていないし、それで何かいいことが自分に起きると思ってもいなかった。
けれど、新右衛門は先々に明るいものしか見ていないように思われた。それは危うげに於三には見えた。
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