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幕間劇 鼠の嫁入り
1 食べたくなっちゃった
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奥様は誤解している。
テレーズは困惑していた。
セルマイユから山荘に来て以降、カールとあれこれ相談する時間が増えているように見えた。カールがトラヴィスと話す時間も増えたような気がする。
使用人部屋でトラヴィスと二人きりになった時に何の話をしたのか尋ねると、あっさり答えた。
「テレーズとのこと」
「カール何て言ってるの?」
「結婚するなら早くしろって」
カールの話と言うが、恐らくそれは奥様の指示だろう。奥様はやはり勘違いしている。
あの夜、奥様の思うようなことは起きていないのだ。
「まさか、はい、なんて返事してないでしょうね」
「したよ」
「はああ?!」
何の屈託もない返事に、テレーズは仰天した。
「わかってる? あなたは猫、私は鼠。無理よ!」
「うん。でも使い魔だし、前のことは関係ないと思う。それに、そういう話ってジルパンの話では珍しくないみたい。鶴と人間の男が結婚したり、タニシと人間の女が結婚するし」
それは民話の世界の話ではないか。しかもミャーロッパではなくジルパンの。ミャーロッパにも蛙と結婚するお姫様の話はあるが、蛙は王子様に戻るのだ。
「鶴がお姫様になる? タニシが王子様になる?」
「鶴はならないけど、タニシは人間になるよ。でも、それがどういう関係があるの?」
トラヴィスはそう言ってテーブルの上に置いてあったビスケットを摘んだ。かけらが口の端についている。
テレーズは思い出した、あの晩のことを。
奥様が劇場へ出かけた後、二人はカロリーネがルームサービスに頼んでおいた夕食を部屋で食べていた。テレーズには赤ワイン、トラヴィスにはホットミルクが供せられていた。
例のごとく、トラヴィスの唇にはミルクの膜が付いた。
「また、ミルクの膜が付いてる」
「あ、ほんとだ」
トラヴィスは気付き、慌ててナプキンで拭いた。その後、思い出したように尋ねた。
「ねえ、この前、どうして馬車の中で唇を付けたの?」
「どうしてって……」
実はテレーズにもその時の気持ちをうまく説明できないのだ。ただ、胸の奥から急に放ってはおけないような衝動が湧いてきて、唇を近づけていた。今まで感じたことのない衝動だった。ただ、その時、トラヴィスがひどく愛おしく思えたのは事実だった。愛おしさが衝動を生み、行動をとらせたのだとしたら、すべての元凶は愛おしさということになる。だが、なぜ、トラヴィスが愛おしいのか。猫だったのに。自分を鼠として襲ったのに。
「急にそういう気持ちになっただけ。気の迷い。だから、あれでおしまい」
こう答えるしかなかった。
「考えたんだ。人間も唇を付けるよね。スコットさんも、時々遊びに来てた姪のエミリーのほっぺに口づけしてた。だけど甥にはしてなかった。スコットさん、甥のことが嫌いだった。つまり、口づけって好きな人にするものなんだ。つまり、テレーズは……」
「そんなわけないでしょ!」
冗談ではなかった。そんな結論を出してもらっては困ると、テレーズは気色ばんだ。
「どうして?」
トラヴィスはきょとんとした顔でテレーズを見た。
「テレーズは心にもないことをする人じゃないでしょ」
真っ直ぐな瞳に射抜かれたような気がした。
「ヒューにクッキー作ってと言われた時、テレーズは奥様の化粧係だから作らないって言ってた。人間だったら、ああいう時、嘘でも機会があったらって言う。作りたくない時は作らないって言えるのはテレーズのいいところだと思う。そんなテレーズだから、信じられるんだ。あの唇のこと」
なんてことを言うのかとテレーズは思った。信じるなんて。これが愛しているとか恋しているだったら、気の迷いだと言える。でも、信じるというのは少し、いや、かなり違う。
急に愛おしく感じられたからなどと言ったら軽蔑されるような気がした。テレーズははっとした。自分はこの坊やに軽蔑されたくないと思っている!
「テレーズ、どうしたの? 気分が悪いの?」
「なんでもない」
なんでもなくはないのに、テレーズはそう言って、グラスに残ったワインを飲み干した。テーブルをさっさと片付けなきゃと思い立ち上がった。途端に、目がまわった。
自分の名を叫んで近づくトラヴィスに驚きながらも拒めなかった。
ふだんならこの程度のワインでふらつくことなどありえなかった。トラヴィスはふらつくテレーズの身体を支えて使用人部屋まで連れて来た。
「ここで一休みして」
そう言うとトラヴィスは寝台にテレーズを座らせ、部屋に片付けに戻った。テレーズは座っていられず、横になった。すぐに目まいは消えるはずだと思った。
いつの間にか眠っていたらしく、ドアの開く音とランプの光で目が覚めた。ここはトラヴィスが使っている部屋だったと思い出した時、声が聞こえた。
「大丈夫?」
トラヴィスの声に、いつまでもここで寝ているわけにはいかないと起き上がろうとした。
が、身体が重い。トラヴィスの顔が目の前にあった。その顔に男を感じ、テレーズは胸が騒いだ。
「何するの?」
「無理しちゃダメです。まだ休んでてください」
「ここ、あなたのベッドだし」
「構いません」
そちらは構わなくとも、テレーズにとっては問題だった。男と名の付く者と同じベッドに寝たことなどなかった。それなのに、トラヴィスは自分の横にするりと入って来た。
「寒いみたいだ。顔色が悪い」
トラヴィスは何の迷いもなく、テレ―ズを抱き締めた。温かさよりも驚きが先に立って、テレーズは身体を離そうと手をばたつかせた。
「食べたりしません」
「そうじゃなくて、なんで、こんなことするわけ?」
鼻先に噛みつかんばかりに言った。
「身体が冷たいから温めたくて」
「こんなことしなくても、自分のベッドに入れば温まるから」
トラヴィスの腕から離れようと身をよじりながら言った。だが、意外なほど、トラヴィスはびくともしなかった。
「離して! これは紳士の振舞じゃないでしょ!」
カールが言いそうなことを言ってみた。だが、力は一向に緩まない。
「ちょっと、タビー、やめて!」
猫の頃の名を呼べばと思ったが、逆効果だった。
「なんだか食べたくなっちゃった」
背筋に冷たいものが走った。猫に睨まれた鼠のように、テレーズは動けなくなった。
トラヴィスが舌なめずりをした。食べられる! そう思った時だった。
唇に柔かい唇が触れた。同時に、身体をぎゅっと抱きしめられた。
どうしよう。食べられる。そう思った時、唇が離れた。
「食べちゃいたいくらい、可愛い」
可愛い? 何を言っているのだ。テレーズはわけがわからなかった。
「テレーズ、大好き」
再び唇が近づいた。テレーズは混乱していた。食べられるのか、食べられないのか? 食糧に対して可愛いってどういう意味なのか?
だが、その意味を考える前に、口の中に割り入ろうとする舌に驚いた。舌なんか入れたら噛み切られるかもしれないのに。
テレーズだから信じられる。トラヴィスの言葉を思い出す。噛み切られるはずがないと信じているのか。
思い切って口を少し開いた。柔かく熱い舌がするりと入ってきた。トラヴィスの舌の運命は今テレーズが握っている。もし、これ以上おかしな真似をしたら噛みちぎってやると思った。
すると、舌はおかしな真似を始めた。舌の先でテレーズの舌を突いたり、舐めてみたり。噛みちぎってやろうと思った。けれど、できなかった。舌の感触のせいなのか、それとも抱き締められているせいなのか、身体に力が入らない。なんだか身体中が熱い。
どうしてこんなことになったのかと思っていると、舌がさっと引き抜かれた。一瞬、もう終わりかと思う自分に気付き、テレーズはぞっとした。まさか、もっと舌に触れて欲しかったのか。
「驚かせてごめん。でも、テレーズがあんまり可愛いから」
可愛い? どこが?
「食べないの」
「どうして? さっきご飯食べたばっかりなのに」
トラヴィスはそう言うと腕の力を緩めた。
「テレーズ、今夜はお休み、ゆっくりと」
首に息を吹きかけられた。眠りの精が子どもにするように。その途端にテレーズは意識を失った。
トラヴィスを呼ぶカロリーネの声が聞こえるまで、テレーズは目覚めなかった。声を聞き、事態を把握したものの、トラヴィスは熟睡していて小突いても起きなかった。
仕方なく起き上がった。髪や襟元の乱れを直す暇もなく。
以来、カロリーネは勘違いしているのだ。
「おとぎ話の世界じゃないのよ。猫と鼠なんて」
カロリーネやカールに勘違いされて、このままトラヴィスと結婚するなんてとんでもない話だった。しかもトラヴィスは猫。一度は襲われたこともあるのに。猫と鼠が理解し合うなんてありえない。
「もしかして、テレーズは、王子様がいいの?」
「は? 何の話」
「蛙の王子様みたいに、結婚するのは王子様がいいとか」
トラヴィスの無邪気な勘違いに、ため息が出た。
「別に王子様じゃなくていい」
その言葉に瞳が輝いたのを見て、テレーズはまずいと思った。
「王子様であれ、何であれ、好きじゃなきゃできないでしょ」
「それじゃできるね。キスしてくれたんだもの」
「あれは気の迷いって言ったでしょ!」
「それじゃどうして、ベッドでキスした時、舌を噛みきらなかったの? テレーズ、前に鼻をひっかいたよね。でもそれより、口の中の舌を噛みきるほうがよほど簡単じゃない?」
「それは……」
猫の癖にいちいち細かいことをと思った時、トラヴィスの口に目が向いた。
「口の端っこにミルクやお菓子のかすを付けてるような子どもは無理!」
「え?」
慌てて、ドラヴィスは唇に付いたビスケットのかすを指先で払った。その間に、テレーズは反論を考えていた。
ジルパンの民話には蛙の王子の話では対抗できない。何かないだろうか。そう考えた時、思い出した。
カロリーネの持っている膨大な書物の中にあったものを。
「鼠の嫁入りっていう話がジルパンにはあるの」
顔を上げたトラヴィスを見つめた。
「年頃の鼠の結婚相手探しの話よ」
これで諦めてもらわねば。
テレーズは困惑していた。
セルマイユから山荘に来て以降、カールとあれこれ相談する時間が増えているように見えた。カールがトラヴィスと話す時間も増えたような気がする。
使用人部屋でトラヴィスと二人きりになった時に何の話をしたのか尋ねると、あっさり答えた。
「テレーズとのこと」
「カール何て言ってるの?」
「結婚するなら早くしろって」
カールの話と言うが、恐らくそれは奥様の指示だろう。奥様はやはり勘違いしている。
あの夜、奥様の思うようなことは起きていないのだ。
「まさか、はい、なんて返事してないでしょうね」
「したよ」
「はああ?!」
何の屈託もない返事に、テレーズは仰天した。
「わかってる? あなたは猫、私は鼠。無理よ!」
「うん。でも使い魔だし、前のことは関係ないと思う。それに、そういう話ってジルパンの話では珍しくないみたい。鶴と人間の男が結婚したり、タニシと人間の女が結婚するし」
それは民話の世界の話ではないか。しかもミャーロッパではなくジルパンの。ミャーロッパにも蛙と結婚するお姫様の話はあるが、蛙は王子様に戻るのだ。
「鶴がお姫様になる? タニシが王子様になる?」
「鶴はならないけど、タニシは人間になるよ。でも、それがどういう関係があるの?」
トラヴィスはそう言ってテーブルの上に置いてあったビスケットを摘んだ。かけらが口の端についている。
テレーズは思い出した、あの晩のことを。
奥様が劇場へ出かけた後、二人はカロリーネがルームサービスに頼んでおいた夕食を部屋で食べていた。テレーズには赤ワイン、トラヴィスにはホットミルクが供せられていた。
例のごとく、トラヴィスの唇にはミルクの膜が付いた。
「また、ミルクの膜が付いてる」
「あ、ほんとだ」
トラヴィスは気付き、慌ててナプキンで拭いた。その後、思い出したように尋ねた。
「ねえ、この前、どうして馬車の中で唇を付けたの?」
「どうしてって……」
実はテレーズにもその時の気持ちをうまく説明できないのだ。ただ、胸の奥から急に放ってはおけないような衝動が湧いてきて、唇を近づけていた。今まで感じたことのない衝動だった。ただ、その時、トラヴィスがひどく愛おしく思えたのは事実だった。愛おしさが衝動を生み、行動をとらせたのだとしたら、すべての元凶は愛おしさということになる。だが、なぜ、トラヴィスが愛おしいのか。猫だったのに。自分を鼠として襲ったのに。
「急にそういう気持ちになっただけ。気の迷い。だから、あれでおしまい」
こう答えるしかなかった。
「考えたんだ。人間も唇を付けるよね。スコットさんも、時々遊びに来てた姪のエミリーのほっぺに口づけしてた。だけど甥にはしてなかった。スコットさん、甥のことが嫌いだった。つまり、口づけって好きな人にするものなんだ。つまり、テレーズは……」
「そんなわけないでしょ!」
冗談ではなかった。そんな結論を出してもらっては困ると、テレーズは気色ばんだ。
「どうして?」
トラヴィスはきょとんとした顔でテレーズを見た。
「テレーズは心にもないことをする人じゃないでしょ」
真っ直ぐな瞳に射抜かれたような気がした。
「ヒューにクッキー作ってと言われた時、テレーズは奥様の化粧係だから作らないって言ってた。人間だったら、ああいう時、嘘でも機会があったらって言う。作りたくない時は作らないって言えるのはテレーズのいいところだと思う。そんなテレーズだから、信じられるんだ。あの唇のこと」
なんてことを言うのかとテレーズは思った。信じるなんて。これが愛しているとか恋しているだったら、気の迷いだと言える。でも、信じるというのは少し、いや、かなり違う。
急に愛おしく感じられたからなどと言ったら軽蔑されるような気がした。テレーズははっとした。自分はこの坊やに軽蔑されたくないと思っている!
「テレーズ、どうしたの? 気分が悪いの?」
「なんでもない」
なんでもなくはないのに、テレーズはそう言って、グラスに残ったワインを飲み干した。テーブルをさっさと片付けなきゃと思い立ち上がった。途端に、目がまわった。
自分の名を叫んで近づくトラヴィスに驚きながらも拒めなかった。
ふだんならこの程度のワインでふらつくことなどありえなかった。トラヴィスはふらつくテレーズの身体を支えて使用人部屋まで連れて来た。
「ここで一休みして」
そう言うとトラヴィスは寝台にテレーズを座らせ、部屋に片付けに戻った。テレーズは座っていられず、横になった。すぐに目まいは消えるはずだと思った。
いつの間にか眠っていたらしく、ドアの開く音とランプの光で目が覚めた。ここはトラヴィスが使っている部屋だったと思い出した時、声が聞こえた。
「大丈夫?」
トラヴィスの声に、いつまでもここで寝ているわけにはいかないと起き上がろうとした。
が、身体が重い。トラヴィスの顔が目の前にあった。その顔に男を感じ、テレーズは胸が騒いだ。
「何するの?」
「無理しちゃダメです。まだ休んでてください」
「ここ、あなたのベッドだし」
「構いません」
そちらは構わなくとも、テレーズにとっては問題だった。男と名の付く者と同じベッドに寝たことなどなかった。それなのに、トラヴィスは自分の横にするりと入って来た。
「寒いみたいだ。顔色が悪い」
トラヴィスは何の迷いもなく、テレ―ズを抱き締めた。温かさよりも驚きが先に立って、テレーズは身体を離そうと手をばたつかせた。
「食べたりしません」
「そうじゃなくて、なんで、こんなことするわけ?」
鼻先に噛みつかんばかりに言った。
「身体が冷たいから温めたくて」
「こんなことしなくても、自分のベッドに入れば温まるから」
トラヴィスの腕から離れようと身をよじりながら言った。だが、意外なほど、トラヴィスはびくともしなかった。
「離して! これは紳士の振舞じゃないでしょ!」
カールが言いそうなことを言ってみた。だが、力は一向に緩まない。
「ちょっと、タビー、やめて!」
猫の頃の名を呼べばと思ったが、逆効果だった。
「なんだか食べたくなっちゃった」
背筋に冷たいものが走った。猫に睨まれた鼠のように、テレーズは動けなくなった。
トラヴィスが舌なめずりをした。食べられる! そう思った時だった。
唇に柔かい唇が触れた。同時に、身体をぎゅっと抱きしめられた。
どうしよう。食べられる。そう思った時、唇が離れた。
「食べちゃいたいくらい、可愛い」
可愛い? 何を言っているのだ。テレーズはわけがわからなかった。
「テレーズ、大好き」
再び唇が近づいた。テレーズは混乱していた。食べられるのか、食べられないのか? 食糧に対して可愛いってどういう意味なのか?
だが、その意味を考える前に、口の中に割り入ろうとする舌に驚いた。舌なんか入れたら噛み切られるかもしれないのに。
テレーズだから信じられる。トラヴィスの言葉を思い出す。噛み切られるはずがないと信じているのか。
思い切って口を少し開いた。柔かく熱い舌がするりと入ってきた。トラヴィスの舌の運命は今テレーズが握っている。もし、これ以上おかしな真似をしたら噛みちぎってやると思った。
すると、舌はおかしな真似を始めた。舌の先でテレーズの舌を突いたり、舐めてみたり。噛みちぎってやろうと思った。けれど、できなかった。舌の感触のせいなのか、それとも抱き締められているせいなのか、身体に力が入らない。なんだか身体中が熱い。
どうしてこんなことになったのかと思っていると、舌がさっと引き抜かれた。一瞬、もう終わりかと思う自分に気付き、テレーズはぞっとした。まさか、もっと舌に触れて欲しかったのか。
「驚かせてごめん。でも、テレーズがあんまり可愛いから」
可愛い? どこが?
「食べないの」
「どうして? さっきご飯食べたばっかりなのに」
トラヴィスはそう言うと腕の力を緩めた。
「テレーズ、今夜はお休み、ゆっくりと」
首に息を吹きかけられた。眠りの精が子どもにするように。その途端にテレーズは意識を失った。
トラヴィスを呼ぶカロリーネの声が聞こえるまで、テレーズは目覚めなかった。声を聞き、事態を把握したものの、トラヴィスは熟睡していて小突いても起きなかった。
仕方なく起き上がった。髪や襟元の乱れを直す暇もなく。
以来、カロリーネは勘違いしているのだ。
「おとぎ話の世界じゃないのよ。猫と鼠なんて」
カロリーネやカールに勘違いされて、このままトラヴィスと結婚するなんてとんでもない話だった。しかもトラヴィスは猫。一度は襲われたこともあるのに。猫と鼠が理解し合うなんてありえない。
「もしかして、テレーズは、王子様がいいの?」
「は? 何の話」
「蛙の王子様みたいに、結婚するのは王子様がいいとか」
トラヴィスの無邪気な勘違いに、ため息が出た。
「別に王子様じゃなくていい」
その言葉に瞳が輝いたのを見て、テレーズはまずいと思った。
「王子様であれ、何であれ、好きじゃなきゃできないでしょ」
「それじゃできるね。キスしてくれたんだもの」
「あれは気の迷いって言ったでしょ!」
「それじゃどうして、ベッドでキスした時、舌を噛みきらなかったの? テレーズ、前に鼻をひっかいたよね。でもそれより、口の中の舌を噛みきるほうがよほど簡単じゃない?」
「それは……」
猫の癖にいちいち細かいことをと思った時、トラヴィスの口に目が向いた。
「口の端っこにミルクやお菓子のかすを付けてるような子どもは無理!」
「え?」
慌てて、ドラヴィスは唇に付いたビスケットのかすを指先で払った。その間に、テレーズは反論を考えていた。
ジルパンの民話には蛙の王子の話では対抗できない。何かないだろうか。そう考えた時、思い出した。
カロリーネの持っている膨大な書物の中にあったものを。
「鼠の嫁入りっていう話がジルパンにはあるの」
顔を上げたトラヴィスを見つめた。
「年頃の鼠の結婚相手探しの話よ」
これで諦めてもらわねば。
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