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復讐
10 春の訪れ
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春が来た。
屋敷の敷地の中を流れる小川は雪解けで水かさが増し、周囲の木々では鳥がさえずり、花々のつぼみが膨らみ始めた。
夕刻目覚めるカロリーネも春の息吹を感じた。
それは使い魔たちも同様で、カールは庭の手入れをしながら草の香りを味わった。マリイとルイーズは野に咲く花々を小さな瓶に入れて屋敷のあちこちに飾った。テレーズは菫の花を摘んで砂糖漬けを作った。
そんな中、トラヴィスだけは憂鬱だった。なんだか身体がむずむずするような居心地の悪さを感じるのだ。ことに生温かい風が吹く日は何やら得体の知れない衝動が身内から湧き出してくるように思われた。
それをカールに話すと、彼はしばらく考え込んでいた。
「そういえば、奥様にお仕えする前にそんなことがあった。使い魔になってから間もない時にも。だが近頃はない」
「これって病気?」
「病気じゃない。トラヴィスはまだ使い魔になって日が浅いから猫の習性が残ってるんだろう」
「猫の習性……。マリイさん達を食べたくなるってこと?」
いくらなんでもそれはできないと思った。一緒に暮らしている仲間を襲って食べるなんてできない。
「いやいや、そういうことじゃない」
「どういうこと?」
カールは両腕を胸の前で組んでうーんとうなった。
「牝が欲しくなるということさ」
トラヴィスは困惑していた。スコット夫人の家にいた時、確かに似たような気分になったことはある。衝動的に家を出てあちこちさまよったこともある。でも、牝猫にちょっかいなど出せなかった。牝猫達はタビーを相手にしなかった。それに強い牡猫に睨まれると何も出来なかった。要するにタビーという猫は牝に対しては奥手だったのだ。
だが、使い魔になった今、猫の時のようにここを勝手に出ていくわけにはいかない。
「どうすればいい?」
「時期が過ぎるまで耐えるしかないな」
そう言うとカールはトラヴィスに物置の掃除を命じた。仕事によって衝動を少しでも忘れさせたかった。
「集中してやるんだ。考え事なんかしてると怪我するからな」
「はい」
棚からさほど多くない荷物を外に出して棚板や床を掃除する。特別難しい仕事ではない。けれど、梯子を使うのでそれだけは用心しなければならなかった。
上の棚や窓を拭いて、次は床と思い梯子にかけた右足を一段下に下ろした時だった。開いた窓から遠くの笑い声が不意に聞こえた。テレーズだ。そう思った瞬間、下ろしかけた左足が宙を踏んだ。しまったと思った。身体の均衡が崩れた。
起床してすぐに、トラヴィスが梯子から足を踏み外して床に背中から落ちたとカールから聞いて、カロリーネはまあと声を上げた。
元は猫であっても人の形をとれば、猫のようにくるりと回転して着地するのは難しいものらしい。
「それで怪我は?」
「大したことありません。打ち身です。治癒の魔術を使うまでもなさそうです」
カールはトラヴィスの注意不行届きによる軽傷程度に女主人の力を使わせるわけにはいかないと考えていた。仕事に慣れてきたトラヴィスに怪我の痛みで己の油断を悟らせる必要があった。
「頭は?」
「打ってません」
まずは大丈夫のようだった。
「それでは今日の授業は休みね。カール、面倒をかけるわね」
「テレーズがついてますから大丈夫です」
「テレーズが?」
トラヴィスとの因縁があるものの、テレーズは姉のように面倒をみたり、心配していた。だが、そばにつきそうほど親しかっただろうか。
「失礼します」
テレーズが入って来た。
「遅れて申し訳ありません」
「いいのよ。トラヴィスについてなくてもよかったの?」
「重病人じゃありませんから。寝てれば治ります」
テレーズはつんと澄まして言った。カールが微笑んだ。
「テレーズ、じゃ、後はよろしく頼むよ」
「かしこまりました」
カールが出て行くとすぐにテレーズは仕事にとりかかった。
髪を結い上げ、化粧を終えると、テレーズは失礼しますと部屋を出た。いつもなら新刊の婦人雑誌の話などをするのに、珍しいことだった。
不覚だった。まさか梯子から足を踏み外すなんて思ってもいなかった。猫の時はベランダの手すりや屋根から足を滑らせても、身体をしならせて回転してきれいに着地できたのに。それが肩や背中を打つなんて。
「入るわよ」
テレーズは返事も聞かずにドアを開けた。料理の乗ったワゴンを押していた。
「夕食。食べて早く動けるようになってくれないと、カールが迷惑するから」
「ありがとう」
痛みをこらえて上半身を起こした。
「うわっ、これ凄い」
いつもとは違って分厚いローストビーフが皿に載っていた。
「奥様が早くよくなるようにって」
そう言うとテレーズは部屋を出た。トラヴィスは食欲が湧いてきた。ポタージュもパンもサラダもローストビーフもプディングも平らげた。
最後に残ったのはテレーズが作っていた菫の砂糖漬けだった。この前作っていた時には一つしか食べさせてくれなかったのに、三つもあった。
トラヴィスは春の香りのするそれを噛みしめた。
一か月余り後の夜、アレックス・ダドリーが屋敷を訪れた。
彼らの用件はカロリーネから依頼された件についての報告だった。
「すべて終わった」
その一言にカロリーネは安堵した。時々報告をもらっていたものの、ジルパンの情勢も日々変動しているらしく、物思うことも多かった。
「スティーヴ・ラングは罷免された。留学生は帰国が決まった」
望んだ結果と望んでいなかったがそうならざるを得ない結果を、カロリーネは受け止めた。
「ありがとう、アレックス」
アレックス・ダドリーは感謝の言葉だけで満足した。彼女にそれ以上を望むのは諦めている。昔は望んだこともあったのだが、彼女の心の中にいる男には勝てないことがわかっている。
「どういたしまして。そうそう、ウェンビュー氏を覚えているかい?」
「ええ」
「彼から手紙が来てね。彼は去年の暮れに帰国して新年早々内戦で戦ったそうだ」
「まあ!」
「手柄を立てて出世したそうだ。いずれジルパンに来たら歓待するとあったよ」
堂々たる体躯の彼なら手柄を立てることもできよう。
「まだジルパンは内戦続きだそうだ。だが、サツマの軍勢が政府の本拠地であるエドに侵攻している。ウェンビュー氏もエド攻撃軍に加わっているそうだ」
カロリーネは版画の中のエドを思い出した。大勢の庶民が暮らす町、活気ある商人、職人、美しい女性たち……。彼らの住まいも焼かれてしまうのだろうか。
「攻撃されたらひとたまりもない。木と紙でできた家に皆住んでいるのに」
「そりゃひどいな。なんでも将軍家にはサツマと縁のある女性が将軍未亡人として君臨しているそうで、その方が攻撃をしないで欲しいと嘆願しているらしい」
未亡人。カロリーネは少しばかり親近感を覚えた。
「嘆願が受け入れられればいいわね」
アレックスはそれには答えなかった。あまりいい情報がないのかもしれない。カロリーネもそれ以上は話さなかった。
「留学生はいつインガレスを出るの?」
「恐らく六月。フロランに渡り引退した将軍の弟君や他の国の留学生と合流後に出港することになる。なんでも帰国の費用は弟君が滞在費から出すそうだ」
「まあ!」
ラングが解雇されたからといって失われた金銭が全部すぐに戻ってくるものでもないのだろう。元将軍の弟君の決断に、カロリーネは驚きとともに敬意を覚えた。
「将軍家の人達はなんと立派なのかしら」
「まったくだ。敗者になるかもしれぬのに、誇りを失うことなく生きている」
それぞれの主が会談している間、使い魔同士もまた控室で顔を合わせていた。
カールはヒューとヘイデンに挨拶した後言った。
「左がヒューさん、右がヘイデンさんですね」
瓜二つの顔を体格をしたヒューとヘイデンだが、カールから見ると全く違うらしく、すぐに見分けてしまった。
「凄い、わかるんだ」
ヘイデンは素直に驚いた。が、ヒューは驚くことじゃないとばかりに言った。
「さすがは鼻がよくお利きになる」
トラヴィスが控室に顔を出すと、ヘイデンがヒューを軽くこずいた。ヒューはそれで気付いたらしく口を開いた。
「トラヴィス、この前は済まなかったな。敵を欺くにはまず味方からって言うんでな」
済まなかったと言う割には、その表情にはまったく反省の色は見えない。
「いいよ。怪我は治ったから気にしてない」
トラヴィスはそう言うとヘイデンに尋ねた。
「留学生の家は辞めたんですか」
「ああ。ラングが仕事を解かれたので、こっちも自動的にクビさ」
「べスさんはどちらに?」
「また別の家で働いてるよ。彼女のスープは絶品だからな。たぶん、あの家よりはいい給金もらえてるな」
そこへテレーズがお茶と焼き菓子を持って来た。
「皆さんどうぞ」
カップがそれぞれの前に置かれている間、ヒューはトラヴィスに向かって尋ねた。
「べスって誰だ?」
「ラングの家の小間使い。すごくおいしいスープを作るんだ。残った肉をくれたし、竈の前で寝ていても追い出さなかったんだ。いい人だった」
「いい女だったんだな。料理上手は床上手っていうからな」
「とこじょうずって何?」
トラヴィスの疑問にカールは慌てた。テレーズの表情に嫌悪が浮かんでいた。
「ヒューさん、そういう話は婦人が同席している場では」
ヒューは肩をすくめた。
「これは失敬」
そう言った後、紅茶を口にした。無論、反省などしていない顔である。テレーズの表情は変わらなかった。
結局トラヴィスの疑問はこの夜解決しなかった。
夜半過ぎにダドリー氏は使い魔たちとともにドンロリアに戻った。
カロリーネは食堂に使い魔たちを集めて今後のことを語った。
「来月からフロラン南部のカノンに二ケ月ほど滞在します。その間、この屋敷の管理はマリイとルイーズお願い。トラヴィスはテレーズにフロラン語を習って。カール、これがカノンの屋敷の住所と地図」
転居は数日前、あるいは当日に決まるのが常だった。今回は移動まで三週間ほど時があるのでカールは慌てなくともよいと安堵した。
屋敷の敷地の中を流れる小川は雪解けで水かさが増し、周囲の木々では鳥がさえずり、花々のつぼみが膨らみ始めた。
夕刻目覚めるカロリーネも春の息吹を感じた。
それは使い魔たちも同様で、カールは庭の手入れをしながら草の香りを味わった。マリイとルイーズは野に咲く花々を小さな瓶に入れて屋敷のあちこちに飾った。テレーズは菫の花を摘んで砂糖漬けを作った。
そんな中、トラヴィスだけは憂鬱だった。なんだか身体がむずむずするような居心地の悪さを感じるのだ。ことに生温かい風が吹く日は何やら得体の知れない衝動が身内から湧き出してくるように思われた。
それをカールに話すと、彼はしばらく考え込んでいた。
「そういえば、奥様にお仕えする前にそんなことがあった。使い魔になってから間もない時にも。だが近頃はない」
「これって病気?」
「病気じゃない。トラヴィスはまだ使い魔になって日が浅いから猫の習性が残ってるんだろう」
「猫の習性……。マリイさん達を食べたくなるってこと?」
いくらなんでもそれはできないと思った。一緒に暮らしている仲間を襲って食べるなんてできない。
「いやいや、そういうことじゃない」
「どういうこと?」
カールは両腕を胸の前で組んでうーんとうなった。
「牝が欲しくなるということさ」
トラヴィスは困惑していた。スコット夫人の家にいた時、確かに似たような気分になったことはある。衝動的に家を出てあちこちさまよったこともある。でも、牝猫にちょっかいなど出せなかった。牝猫達はタビーを相手にしなかった。それに強い牡猫に睨まれると何も出来なかった。要するにタビーという猫は牝に対しては奥手だったのだ。
だが、使い魔になった今、猫の時のようにここを勝手に出ていくわけにはいかない。
「どうすればいい?」
「時期が過ぎるまで耐えるしかないな」
そう言うとカールはトラヴィスに物置の掃除を命じた。仕事によって衝動を少しでも忘れさせたかった。
「集中してやるんだ。考え事なんかしてると怪我するからな」
「はい」
棚からさほど多くない荷物を外に出して棚板や床を掃除する。特別難しい仕事ではない。けれど、梯子を使うのでそれだけは用心しなければならなかった。
上の棚や窓を拭いて、次は床と思い梯子にかけた右足を一段下に下ろした時だった。開いた窓から遠くの笑い声が不意に聞こえた。テレーズだ。そう思った瞬間、下ろしかけた左足が宙を踏んだ。しまったと思った。身体の均衡が崩れた。
起床してすぐに、トラヴィスが梯子から足を踏み外して床に背中から落ちたとカールから聞いて、カロリーネはまあと声を上げた。
元は猫であっても人の形をとれば、猫のようにくるりと回転して着地するのは難しいものらしい。
「それで怪我は?」
「大したことありません。打ち身です。治癒の魔術を使うまでもなさそうです」
カールはトラヴィスの注意不行届きによる軽傷程度に女主人の力を使わせるわけにはいかないと考えていた。仕事に慣れてきたトラヴィスに怪我の痛みで己の油断を悟らせる必要があった。
「頭は?」
「打ってません」
まずは大丈夫のようだった。
「それでは今日の授業は休みね。カール、面倒をかけるわね」
「テレーズがついてますから大丈夫です」
「テレーズが?」
トラヴィスとの因縁があるものの、テレーズは姉のように面倒をみたり、心配していた。だが、そばにつきそうほど親しかっただろうか。
「失礼します」
テレーズが入って来た。
「遅れて申し訳ありません」
「いいのよ。トラヴィスについてなくてもよかったの?」
「重病人じゃありませんから。寝てれば治ります」
テレーズはつんと澄まして言った。カールが微笑んだ。
「テレーズ、じゃ、後はよろしく頼むよ」
「かしこまりました」
カールが出て行くとすぐにテレーズは仕事にとりかかった。
髪を結い上げ、化粧を終えると、テレーズは失礼しますと部屋を出た。いつもなら新刊の婦人雑誌の話などをするのに、珍しいことだった。
不覚だった。まさか梯子から足を踏み外すなんて思ってもいなかった。猫の時はベランダの手すりや屋根から足を滑らせても、身体をしならせて回転してきれいに着地できたのに。それが肩や背中を打つなんて。
「入るわよ」
テレーズは返事も聞かずにドアを開けた。料理の乗ったワゴンを押していた。
「夕食。食べて早く動けるようになってくれないと、カールが迷惑するから」
「ありがとう」
痛みをこらえて上半身を起こした。
「うわっ、これ凄い」
いつもとは違って分厚いローストビーフが皿に載っていた。
「奥様が早くよくなるようにって」
そう言うとテレーズは部屋を出た。トラヴィスは食欲が湧いてきた。ポタージュもパンもサラダもローストビーフもプディングも平らげた。
最後に残ったのはテレーズが作っていた菫の砂糖漬けだった。この前作っていた時には一つしか食べさせてくれなかったのに、三つもあった。
トラヴィスは春の香りのするそれを噛みしめた。
一か月余り後の夜、アレックス・ダドリーが屋敷を訪れた。
彼らの用件はカロリーネから依頼された件についての報告だった。
「すべて終わった」
その一言にカロリーネは安堵した。時々報告をもらっていたものの、ジルパンの情勢も日々変動しているらしく、物思うことも多かった。
「スティーヴ・ラングは罷免された。留学生は帰国が決まった」
望んだ結果と望んでいなかったがそうならざるを得ない結果を、カロリーネは受け止めた。
「ありがとう、アレックス」
アレックス・ダドリーは感謝の言葉だけで満足した。彼女にそれ以上を望むのは諦めている。昔は望んだこともあったのだが、彼女の心の中にいる男には勝てないことがわかっている。
「どういたしまして。そうそう、ウェンビュー氏を覚えているかい?」
「ええ」
「彼から手紙が来てね。彼は去年の暮れに帰国して新年早々内戦で戦ったそうだ」
「まあ!」
「手柄を立てて出世したそうだ。いずれジルパンに来たら歓待するとあったよ」
堂々たる体躯の彼なら手柄を立てることもできよう。
「まだジルパンは内戦続きだそうだ。だが、サツマの軍勢が政府の本拠地であるエドに侵攻している。ウェンビュー氏もエド攻撃軍に加わっているそうだ」
カロリーネは版画の中のエドを思い出した。大勢の庶民が暮らす町、活気ある商人、職人、美しい女性たち……。彼らの住まいも焼かれてしまうのだろうか。
「攻撃されたらひとたまりもない。木と紙でできた家に皆住んでいるのに」
「そりゃひどいな。なんでも将軍家にはサツマと縁のある女性が将軍未亡人として君臨しているそうで、その方が攻撃をしないで欲しいと嘆願しているらしい」
未亡人。カロリーネは少しばかり親近感を覚えた。
「嘆願が受け入れられればいいわね」
アレックスはそれには答えなかった。あまりいい情報がないのかもしれない。カロリーネもそれ以上は話さなかった。
「留学生はいつインガレスを出るの?」
「恐らく六月。フロランに渡り引退した将軍の弟君や他の国の留学生と合流後に出港することになる。なんでも帰国の費用は弟君が滞在費から出すそうだ」
「まあ!」
ラングが解雇されたからといって失われた金銭が全部すぐに戻ってくるものでもないのだろう。元将軍の弟君の決断に、カロリーネは驚きとともに敬意を覚えた。
「将軍家の人達はなんと立派なのかしら」
「まったくだ。敗者になるかもしれぬのに、誇りを失うことなく生きている」
それぞれの主が会談している間、使い魔同士もまた控室で顔を合わせていた。
カールはヒューとヘイデンに挨拶した後言った。
「左がヒューさん、右がヘイデンさんですね」
瓜二つの顔を体格をしたヒューとヘイデンだが、カールから見ると全く違うらしく、すぐに見分けてしまった。
「凄い、わかるんだ」
ヘイデンは素直に驚いた。が、ヒューは驚くことじゃないとばかりに言った。
「さすがは鼻がよくお利きになる」
トラヴィスが控室に顔を出すと、ヘイデンがヒューを軽くこずいた。ヒューはそれで気付いたらしく口を開いた。
「トラヴィス、この前は済まなかったな。敵を欺くにはまず味方からって言うんでな」
済まなかったと言う割には、その表情にはまったく反省の色は見えない。
「いいよ。怪我は治ったから気にしてない」
トラヴィスはそう言うとヘイデンに尋ねた。
「留学生の家は辞めたんですか」
「ああ。ラングが仕事を解かれたので、こっちも自動的にクビさ」
「べスさんはどちらに?」
「また別の家で働いてるよ。彼女のスープは絶品だからな。たぶん、あの家よりはいい給金もらえてるな」
そこへテレーズがお茶と焼き菓子を持って来た。
「皆さんどうぞ」
カップがそれぞれの前に置かれている間、ヒューはトラヴィスに向かって尋ねた。
「べスって誰だ?」
「ラングの家の小間使い。すごくおいしいスープを作るんだ。残った肉をくれたし、竈の前で寝ていても追い出さなかったんだ。いい人だった」
「いい女だったんだな。料理上手は床上手っていうからな」
「とこじょうずって何?」
トラヴィスの疑問にカールは慌てた。テレーズの表情に嫌悪が浮かんでいた。
「ヒューさん、そういう話は婦人が同席している場では」
ヒューは肩をすくめた。
「これは失敬」
そう言った後、紅茶を口にした。無論、反省などしていない顔である。テレーズの表情は変わらなかった。
結局トラヴィスの疑問はこの夜解決しなかった。
夜半過ぎにダドリー氏は使い魔たちとともにドンロリアに戻った。
カロリーネは食堂に使い魔たちを集めて今後のことを語った。
「来月からフロラン南部のカノンに二ケ月ほど滞在します。その間、この屋敷の管理はマリイとルイーズお願い。トラヴィスはテレーズにフロラン語を習って。カール、これがカノンの屋敷の住所と地図」
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