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太陽の国から来た男
11 逢ひ見ての ★
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味など感じなかった。愛しい人に再びの快楽をもたらし、自分もまた歓びを味わいたかった。ただただ夢中で柔らかくなったそれをほおばって舌で先端を舐めた。みるみるうちに息苦しくなるほどに、それは充実と硬さを取り戻した。
「あなたはなんという……」
口を離し、カロリーネはすぐに元の体勢に戻り、一物に花びらを宛がい、今度は勢いよく中へ入れた。当たった奥はちょうど感じる場所で、カロリーネは全身を震わせた。
「ああ、幾三郎!」
「カロリーネ、あなたはなんと勇敢な」
「あなたのためなら、いくらでも私は勇敢になれる」
そう言うと、カロリーネは再び動き始めた。身体が求めるまま、官能の導くままに。金色の髪を振り乱し、乳房を揺らし。
硬く満ち足りた幾三郎の一物はカロリーネの身体の動きにつれて刺激を受けたが、今度はすぐには果てなかった。カロリーネは昂ぶりを味わい尽くすかのように、緩急をつけて腰を上下させ、時には大きく円を描くように振った。思惑通りに快感の曲線は右肩上がりに上がってゆく。やがて頂点が見えて来た。つかまえようと、もがくかのように伸ばした手を幾三郎の手がしっかりとつかんだ。
「ああっ!」
指の先から伝わった温もりと一物から伝わる快感がないまぜになって、カロリーネの中で燃え上がって爆ぜた。
気が遠くなりかけたカロリーネの全身を幾三郎が抱き締めた。
つながったまま、幾三郎は姿勢を変え、カロリーネを組み敷いた。
「あなたはなんと美しいのか」
「あなたも素敵」
まだ身体中が快楽の刺激に高揚していた。露を置いて震える花びらに咥え込まれた幾三郎の短刀がゆっくりと動き始めた。
「あっ、待って!」
いくらなんでも性急過ぎる。まだ身体は昂ぶり続けているのに。だが、幾三郎は斟酌しなかった。いや、わざとだった。頂上にいるカロリーネをさらに高みに押し上げようとしていた。
「昨夜の分まで、あなたを」
その後の言葉はカロリーネの記憶にない。ただただ、抜き挿しされて揺らされて昂ぶらされての繰り返しだった。喘ぎ声がすすり泣きに変わっても、幾三郎は容赦しなかった。快楽の大波が次から次へと寄せて、息をするのも苦しかった。けれど離れたくなかった。ずっとこのまま繋がっていたい。いつまでも。永遠にこの人といられたら。
許されないことだとわかっている。この人には使命がある。生きて、故国の人々のためにインガレスで得た知識を役立てる使命が。
三度目の逢瀬でも、カロリーネは幾三郎の年齢を訊けなかった。鏡の存在も忘れてただただ快楽を貪り合った。
幾三郎が眠ってしまったのを見計らい、くたくたの身体で屋敷に戻ると、幸福感と後悔が一度に襲ってくる。湯を使ってベッドに入ると夕刻まで目覚めなかった。
起きて夕食をとり、庭に出た。
ベルベッドのような濃い赤い花びらのバラが開きかけていた。それを一輪摘んだ。
「花瓶を用意して」
「畏まりました」
テレーズはすでに水を入れた一輪挿しを用意していた。青い模様の入った陶器はお気に入りのジルパンの焼き物だった。
「あら、ありがとう。それなら丁度いいわ」
微笑むカロリーネにテレーズも笑いを返す。
「奥様、バラをどなたかに差し上げては?」
「それもいいわね」
殺風景なタッカー家の屋根裏部屋にバラが一輪でもあれば、幾三郎の気持ちも安らぐことだろう。
夕食後、カールが最近、若い紳士達が約束もとらずに奥様に会おうとすると報告した。
「いずれも近所の若い男達です。追い返していますので、じきに来なくなるかと」
「ありがとう。面倒をかけるわ」
どこへ行ってもそうだった。かつてのパン屋のドラ息子など可愛いものだった。幸い、カールの巨躯のおかげで、気の小さい男達は一度で諦めてしまう。
そういうことがなければ、ここは治安のいい暮らしやすい場所だった。
それにしても安らげる場所というのはなかなかないものである。クロードと一緒にいる時も一人になっても、同じ場所に一年いたことはなかった。昔はもっと長くいられたものだとクロードは言っていた。
かつての時代と変わって変動の激しい社会では、民衆の力が強まり、昔ながらの貴族の称号などは好奇の目にさらされるだけなのかもしれない。吸血鬼たちは貴族の血を引く者が多く、侯爵や伯爵と名乗っている者も少なくない。けれど、近頃は目立つからとアレックスらのように称号を名乗らぬ者も出てきている。クロードとの生活が長かったせいか、称号を名乗るのが当然のように思っていたが、そろそろ考えなおさねばならないと思えてくる。
もし、人であればと夢想する。ただのカロリーネとして幾三郎とともにジルパンに行き、共に暮らすことができたなら。版画の男女のように、畳という敷物の上に少ない家具を置いて裸足で暮す生活ができたなら。
不可能なことだとはわかっている。いつか別れの日は来る。けれど夢見ずにはいられない。
それは突然にやってきた。
真紅のバラを幾三郎の部屋に持って行った次の日の夜。屋根裏部屋の窓から覗いても幾三郎はいなかった。
机も寝台もそのままだった。けれど、書棚にあった書物がない。
明日は他の留学生と一緒に講義を受けるからと一度しか交わらなかっただけでいつもと同じ熱い一夜だったのに。
一体何があったのかと周辺を蝙蝠の姿で飛び回っているうちに、エイムズ家から幾三郎の声が聞こえた。
幾三郎のいる部屋は屋根裏部屋ではなく、きちんとした客間だった。テーブルを挟んで書物を手に丸顔の内川と討論していた。
「数年のうちにインガレス海軍よりもアメロバニアの太平洋艦隊の力が上回るはずだ」
「アメロバニアの太平洋艦隊が? 実戦でははるかにインガレスに分がある」
なぜ、幾三郎がエイムズ家にいるのか。書物をすべて持ち出したとはどういうわけなのか。カロリーネはわけがわからず、周辺を飛んだ後、屋敷に戻った。
「カール! カール!」
自分でも見苦しいほどに取り乱していた。けれど、落ち着いてなどいられなかった。
すぐさま、カールはカロリーネの居室に駆け込んだ。テレーズもその後から入って来た。
「タッカー大佐の家で何かあったの? 幾三郎、あの留学生がいなかった」
答えたのはカールではなくテレーズだった。
「関係あるかどうかはわかりませんが、奥様が御目覚めになる二時間ほど前、エイムズ家の留学生と二人でタッカー家に行き、しばらくして二人がまた元来た道を戻って行くのを見ました。その後、タッカー家の留学生が戻ったかは確認しておりません」
「なぜ? なぜ、確認しなかったの!」
激昂する女主人に対してテレーズは冷静に答えた。
「エイムズ家で一緒に夕食を召し上がるのだとばかり。エイムズ夫人は料理上手だと評判ですので」
そう考えるのも無理はないとカロリーネにもわかる。いつぞやエイムズ家に行った時に食べたケーキは絶品だった。だが、ことはそれでは済まない。
「本棚に本が入ってなかったの。一体どういうわけかしら」
「それでは明日の昼のうちに調べておきます。奥様、お夜食はいかがしますか」
「いらない。いえ、頂戴。それから、ワインも」
畏まりましたと二人が部屋を出た後、カロリーネはベッドに腰を落とした。
幾三郎はタッカー家を出たのではあるまいか。あんな狭い屋根裏部屋に固いベッドなんて使用人だっていつけそうもなかった。だが、よりによって、丸顔男のいるエイムズ家とは!
翌日、夕刻より少し早めに目を醒ましたカロリーネにテレーズは報告した。
「調べるまでもなく、噂が入ってきました。エイムズ家の下宿人がタッカー家の下宿人を自分の部屋に移したそうです。タッカー家では食事もよくない、健康状態が悪くなるばかりだからと。当然ですが、タッカー大佐はカンカンで、今朝は外まで聞こえる声で恩知らずの留学生と罵っていたそうです」
「健康状態って……」
「顔色がよくない上に、ネズミのような小動物に咬まれた痕があったとかで」
愕然とした。その理由はすべてカロリーネ自身に起因していた。血を吸われれば顔色も悪くなる。その咬み痕もまだ消えてはいなかった。すべては自分の責任だった。
テレーズもわかっていたので、それ以上は言わなかった。エイムズ氏が医師でなければとも思ったが、言っても仕方のないことだった。
カロリーネはしばらく一人にしてと言って、寝間着のままソファに座り込んだ。
愚か過ぎる。愛に溺れた結果がこれだ。
数時間の幸福のために、失ってしまったものは大きかった。
確かに彼は住む世界の違う人間だった。いずれは留学を終え国に戻る身だった。わかっていたことだった。それでも愛し合ったのだ。カロリーネの吸血鬼としての振舞ゆえに引き離されるとは思いもせずに。
一体、彼はどう思っているのだろうか。引き離された今、彼は自分と同じように嘆いているのだろうか。
会いたい。会って話を聞きたい。
けれど、もしも拒絶されたら。
怖い。
カロリーネは自分はなんと臆病になってしまったのかと思った。二日目の晩に忍んだ時も怖かった。拒まれるのではないかと。そして今また幾三郎の思いを知ることが恐ろしかった。
クロードといた頃は何も怖い物などなかったような気がする。クロードを信じさえしていれば恐れることはなかった。
それなのに、今のカロリーネときたら、幾三郎と幾度か愛を契っていながら、その気持ちを知るのが恐ろしくてたまらないのだ。
「こんなことではいけない。私はヴァッケンローダー伯爵夫人。何を恐れているの。失うことが恐ろしいの? それとも臆病になった己が?」
呟いた言葉の響きの弱さに、カロリーネは愕然となった。まるで小説の中で恋に惑う若い娘のようではないか。
結局、カロリーネはその夜、エイムズ家まで飛ぶことができなかった。ただ幾三郎を思い、彼の書いた二枚の紙を交互に見るばかりであった。
逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔はものを思はざりけり
「あなたはなんという……」
口を離し、カロリーネはすぐに元の体勢に戻り、一物に花びらを宛がい、今度は勢いよく中へ入れた。当たった奥はちょうど感じる場所で、カロリーネは全身を震わせた。
「ああ、幾三郎!」
「カロリーネ、あなたはなんと勇敢な」
「あなたのためなら、いくらでも私は勇敢になれる」
そう言うと、カロリーネは再び動き始めた。身体が求めるまま、官能の導くままに。金色の髪を振り乱し、乳房を揺らし。
硬く満ち足りた幾三郎の一物はカロリーネの身体の動きにつれて刺激を受けたが、今度はすぐには果てなかった。カロリーネは昂ぶりを味わい尽くすかのように、緩急をつけて腰を上下させ、時には大きく円を描くように振った。思惑通りに快感の曲線は右肩上がりに上がってゆく。やがて頂点が見えて来た。つかまえようと、もがくかのように伸ばした手を幾三郎の手がしっかりとつかんだ。
「ああっ!」
指の先から伝わった温もりと一物から伝わる快感がないまぜになって、カロリーネの中で燃え上がって爆ぜた。
気が遠くなりかけたカロリーネの全身を幾三郎が抱き締めた。
つながったまま、幾三郎は姿勢を変え、カロリーネを組み敷いた。
「あなたはなんと美しいのか」
「あなたも素敵」
まだ身体中が快楽の刺激に高揚していた。露を置いて震える花びらに咥え込まれた幾三郎の短刀がゆっくりと動き始めた。
「あっ、待って!」
いくらなんでも性急過ぎる。まだ身体は昂ぶり続けているのに。だが、幾三郎は斟酌しなかった。いや、わざとだった。頂上にいるカロリーネをさらに高みに押し上げようとしていた。
「昨夜の分まで、あなたを」
その後の言葉はカロリーネの記憶にない。ただただ、抜き挿しされて揺らされて昂ぶらされての繰り返しだった。喘ぎ声がすすり泣きに変わっても、幾三郎は容赦しなかった。快楽の大波が次から次へと寄せて、息をするのも苦しかった。けれど離れたくなかった。ずっとこのまま繋がっていたい。いつまでも。永遠にこの人といられたら。
許されないことだとわかっている。この人には使命がある。生きて、故国の人々のためにインガレスで得た知識を役立てる使命が。
三度目の逢瀬でも、カロリーネは幾三郎の年齢を訊けなかった。鏡の存在も忘れてただただ快楽を貪り合った。
幾三郎が眠ってしまったのを見計らい、くたくたの身体で屋敷に戻ると、幸福感と後悔が一度に襲ってくる。湯を使ってベッドに入ると夕刻まで目覚めなかった。
起きて夕食をとり、庭に出た。
ベルベッドのような濃い赤い花びらのバラが開きかけていた。それを一輪摘んだ。
「花瓶を用意して」
「畏まりました」
テレーズはすでに水を入れた一輪挿しを用意していた。青い模様の入った陶器はお気に入りのジルパンの焼き物だった。
「あら、ありがとう。それなら丁度いいわ」
微笑むカロリーネにテレーズも笑いを返す。
「奥様、バラをどなたかに差し上げては?」
「それもいいわね」
殺風景なタッカー家の屋根裏部屋にバラが一輪でもあれば、幾三郎の気持ちも安らぐことだろう。
夕食後、カールが最近、若い紳士達が約束もとらずに奥様に会おうとすると報告した。
「いずれも近所の若い男達です。追い返していますので、じきに来なくなるかと」
「ありがとう。面倒をかけるわ」
どこへ行ってもそうだった。かつてのパン屋のドラ息子など可愛いものだった。幸い、カールの巨躯のおかげで、気の小さい男達は一度で諦めてしまう。
そういうことがなければ、ここは治安のいい暮らしやすい場所だった。
それにしても安らげる場所というのはなかなかないものである。クロードと一緒にいる時も一人になっても、同じ場所に一年いたことはなかった。昔はもっと長くいられたものだとクロードは言っていた。
かつての時代と変わって変動の激しい社会では、民衆の力が強まり、昔ながらの貴族の称号などは好奇の目にさらされるだけなのかもしれない。吸血鬼たちは貴族の血を引く者が多く、侯爵や伯爵と名乗っている者も少なくない。けれど、近頃は目立つからとアレックスらのように称号を名乗らぬ者も出てきている。クロードとの生活が長かったせいか、称号を名乗るのが当然のように思っていたが、そろそろ考えなおさねばならないと思えてくる。
もし、人であればと夢想する。ただのカロリーネとして幾三郎とともにジルパンに行き、共に暮らすことができたなら。版画の男女のように、畳という敷物の上に少ない家具を置いて裸足で暮す生活ができたなら。
不可能なことだとはわかっている。いつか別れの日は来る。けれど夢見ずにはいられない。
それは突然にやってきた。
真紅のバラを幾三郎の部屋に持って行った次の日の夜。屋根裏部屋の窓から覗いても幾三郎はいなかった。
机も寝台もそのままだった。けれど、書棚にあった書物がない。
明日は他の留学生と一緒に講義を受けるからと一度しか交わらなかっただけでいつもと同じ熱い一夜だったのに。
一体何があったのかと周辺を蝙蝠の姿で飛び回っているうちに、エイムズ家から幾三郎の声が聞こえた。
幾三郎のいる部屋は屋根裏部屋ではなく、きちんとした客間だった。テーブルを挟んで書物を手に丸顔の内川と討論していた。
「数年のうちにインガレス海軍よりもアメロバニアの太平洋艦隊の力が上回るはずだ」
「アメロバニアの太平洋艦隊が? 実戦でははるかにインガレスに分がある」
なぜ、幾三郎がエイムズ家にいるのか。書物をすべて持ち出したとはどういうわけなのか。カロリーネはわけがわからず、周辺を飛んだ後、屋敷に戻った。
「カール! カール!」
自分でも見苦しいほどに取り乱していた。けれど、落ち着いてなどいられなかった。
すぐさま、カールはカロリーネの居室に駆け込んだ。テレーズもその後から入って来た。
「タッカー大佐の家で何かあったの? 幾三郎、あの留学生がいなかった」
答えたのはカールではなくテレーズだった。
「関係あるかどうかはわかりませんが、奥様が御目覚めになる二時間ほど前、エイムズ家の留学生と二人でタッカー家に行き、しばらくして二人がまた元来た道を戻って行くのを見ました。その後、タッカー家の留学生が戻ったかは確認しておりません」
「なぜ? なぜ、確認しなかったの!」
激昂する女主人に対してテレーズは冷静に答えた。
「エイムズ家で一緒に夕食を召し上がるのだとばかり。エイムズ夫人は料理上手だと評判ですので」
そう考えるのも無理はないとカロリーネにもわかる。いつぞやエイムズ家に行った時に食べたケーキは絶品だった。だが、ことはそれでは済まない。
「本棚に本が入ってなかったの。一体どういうわけかしら」
「それでは明日の昼のうちに調べておきます。奥様、お夜食はいかがしますか」
「いらない。いえ、頂戴。それから、ワインも」
畏まりましたと二人が部屋を出た後、カロリーネはベッドに腰を落とした。
幾三郎はタッカー家を出たのではあるまいか。あんな狭い屋根裏部屋に固いベッドなんて使用人だっていつけそうもなかった。だが、よりによって、丸顔男のいるエイムズ家とは!
翌日、夕刻より少し早めに目を醒ましたカロリーネにテレーズは報告した。
「調べるまでもなく、噂が入ってきました。エイムズ家の下宿人がタッカー家の下宿人を自分の部屋に移したそうです。タッカー家では食事もよくない、健康状態が悪くなるばかりだからと。当然ですが、タッカー大佐はカンカンで、今朝は外まで聞こえる声で恩知らずの留学生と罵っていたそうです」
「健康状態って……」
「顔色がよくない上に、ネズミのような小動物に咬まれた痕があったとかで」
愕然とした。その理由はすべてカロリーネ自身に起因していた。血を吸われれば顔色も悪くなる。その咬み痕もまだ消えてはいなかった。すべては自分の責任だった。
テレーズもわかっていたので、それ以上は言わなかった。エイムズ氏が医師でなければとも思ったが、言っても仕方のないことだった。
カロリーネはしばらく一人にしてと言って、寝間着のままソファに座り込んだ。
愚か過ぎる。愛に溺れた結果がこれだ。
数時間の幸福のために、失ってしまったものは大きかった。
確かに彼は住む世界の違う人間だった。いずれは留学を終え国に戻る身だった。わかっていたことだった。それでも愛し合ったのだ。カロリーネの吸血鬼としての振舞ゆえに引き離されるとは思いもせずに。
一体、彼はどう思っているのだろうか。引き離された今、彼は自分と同じように嘆いているのだろうか。
会いたい。会って話を聞きたい。
けれど、もしも拒絶されたら。
怖い。
カロリーネは自分はなんと臆病になってしまったのかと思った。二日目の晩に忍んだ時も怖かった。拒まれるのではないかと。そして今また幾三郎の思いを知ることが恐ろしかった。
クロードといた頃は何も怖い物などなかったような気がする。クロードを信じさえしていれば恐れることはなかった。
それなのに、今のカロリーネときたら、幾三郎と幾度か愛を契っていながら、その気持ちを知るのが恐ろしくてたまらないのだ。
「こんなことではいけない。私はヴァッケンローダー伯爵夫人。何を恐れているの。失うことが恐ろしいの? それとも臆病になった己が?」
呟いた言葉の響きの弱さに、カロリーネは愕然となった。まるで小説の中で恋に惑う若い娘のようではないか。
結局、カロリーネはその夜、エイムズ家まで飛ぶことができなかった。ただ幾三郎を思い、彼の書いた二枚の紙を交互に見るばかりであった。
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