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さすらい

5 灰 ★

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 十二月の聖誕祭が近くなると、カロリーネの心は何となく浮き立つ。無論、神に反した自分達にとって、聖誕祭は祝うべき祭ではない。だが、人であった時の記憶が残っているせいか、聖誕祭を忌むべきものとは感じられなかった。
 カロリーネの生まれた地方では、聖人が雪の上を豚の引くそりに乗ってやって来て子どもたちを祝福するという伝説があった。悪い子どもにはお仕置きをするとも言われていた。

「今の私はお仕置きされるわね」

 そう言うと、一糸まとわぬ姿のカロリーネはベッドの上で大きく足を広げた。

「来て、クロード」
 
 クロードはカロリーネの身体を組み敷いた。

「こんないい子にお仕置きをする聖人など」

 聖人を罵倒する言葉を吐くと、クロードはいまだ形の崩れぬみずみずしい乳房に触れた。



 その頃、屋敷の使用人部屋ではテレーズとマリイとルイーズが暖炉のそばで編み物をしていた。三人は主人夫婦に従ってミャーロッパ各地をめぐっていたので、各地の手芸を身に付けていた。テレーズはレース編み、マリイとルイーズは縄目に工夫を凝らしたセーターをそれぞれ編んでいた。

「北国の漁師のセーターは縄目模様がそれぞれ違うから、嵐で船が沈んで遺体が岸に流れついても身に着けているセーターの模様で誰かわかったんですって」

 マリイの話はもう何度も聞いていたが、テレーズはうなずいた。
 その時だった。バタンと隣の台所のドアが開く音がした。ルイーズは首をかしげた。

「風かしら」
「見てきます」

 テレーズはレース編みを置いて台所へ通じるドアを開けた。途端に冷たい風が身体に当たり身震いした。台所から外に出るドアが開けっぱなしになっていた。そこに目をやり、テレーズは叫んだ。

「ジャック!」

 床の上にこちらに頭を向けてうつ伏せにジャックが倒れていた。声を聞いてルイーズも出て来た。
 二人は駆け寄った。

「ルイーズか」

 小さな声が聞こえた。ルイーズは夫の顔に耳を寄せた。

「やられた。奴らが来る」

 そう言い終わると、ジャックの身体は次第に厚みを失っていった。ルイーズは思い出した。これはアランと同じだ。
 驚くテレーズの顔を見上げルイーズは言った。

「灰になったのさ」

 テレーズはドアを閉める間際、多くの松明たいまつが近づくのに気付いた。馬小屋の馬は放たれたらしく、いななきが遠くに聞こえた。

「早く旦那様に」

 使用人部屋のマリイは異変を知らせるべくすでに駆けだしていた。

「私はここにいる」

 ルイーズはテレーズの手を拒んで、夫の傍に座り込んだ。
 テレーズは松明が近づいていることを主に知らせねばならなかった。だが、ルイーズをこのままにしていてはやられてしまう。

「ルイーズ、逃げましょう」

 ルイ―ズは差し伸べられたテレーズの手を払った。

「ジャックを一人で逝かせたくないの」
「だけど」

 躊躇するテレーズにルイーズは言った。

「さっさと上に行って御主人様に知らせるのがあなたの仕事」

 テレーズは後ろ髪引かれる思いでルイーズから離れた。

「危なくなったら、すぐに身を変えて」

 そう言って走った。ルイーズは近づく人々の足音など聞こえていないかのように夫であった灰を手につかんだ。




「旦那様、奥様、お逃げください」

 寝室のドアを開けたマリイの叫びを聞き、クロードは挿入したばかりの一物を抜いた。

「ジャックがやられました」

 マリイの悲痛な声にカロリーネも危機を覚え起き上がった。
 テレーズも駆け込んで来た。

「松明が見えました。二十人はいます」

 恐らく馬小屋で馬の世話をしていたジャックが最初に襲われたのだろう。
 そこへジャンが駆け込んで来た。銃を持っている。

「旦那様、奥様、お逃げください。奴らの目をそらしたら私も逃げます。マリイ、テレーズも逃げろ」
「ルイーズをお願い」

 テレーズは灰になったジャックの傍を動かないルイーズのことが心配だった。

「わかった」

 ジャンは部屋を出て階段へ向かった。マリイとテレーズはすぐに白鼠に身を変えた。
 カロリーネはコルセットも付けずにドレスを着た。クロードもシャツとズボンだけを身に着けた。

「先に逃げろ。霧を呼んでから余も行く」
「はい」

 カロリーネは蝙蝠に姿を変え、開いた窓から飛び出た。落ち合う先は転居前にいつも決めている。すぐに屋敷の周囲には霧が立ち込めた。
 クロードも姿を変えようとした時だった。階下から銃声が聞こえた。

「やったぞ!」
「違う、こいつは執事だ」
「上だ」

 男達の興奮した声とともに足音が近づく。

「ジャン、そなたまで」

 クロードはつぶやいた。
 ドアのすぐ外で声が大きく響いた。

「聞いてるか、ヴァッケンローダー伯爵! 仲間の女を助けたかったら出て来い!」

 逃げ遅れたルイーズを人質にしたのかと、クロードは唇を噛んだ。
 
「旦那さまあ、早くお逃げ」

 ルイーズの叫ぶような声が途切れた。誰かに口をふさがれたらしい。
 許せない。か弱い女性を人質にするなど紳士のやることではない。神の名をもって吸血鬼を退治するという義務を負っているからといってやっていいことと悪いことがある。クロードは激しい怒りを感じた 
 
「女を放せ」

 クロードはドアを開け放った。その瞬間、稲光が外で光り、たちまち雷鳴が轟いた。廊下にいた男達は一瞬怯んだ。その隙を逃すクロードではなかった。
 十字架をこちらに向けている男の胸にナイフを投げると、男は叫ぶ間もなくその場に倒れた。これでいい。恐らく十字架のせいで、ルイーズは身動きがとれなくなって捕えられてしまったのだろう。

「司祭さまあ!」

 男達がそちらに目を奪われている隙にルイーズを背後から抱えている男の腕を掴んでへし折り、ルイーズを奪い取った。

「ルイーズ、生きろ!」

 叫んだクロードはルイーズの背中を押して部屋に入れドアを閉めると男達を睨みつけた。
 ルイーズはすぐさま白鼠に身を変えた。が、主のことが気になってその場を離れることができなかった。
 部屋の前の廊下では大乱闘となっているようで、男達の呻きや身体が床や壁にぶつかる音がひっきりなしに続いた。
 突然銃声が響いた。それを合図にしたかのように静かになった。

「吸血鬼め、思い知るがいい」

 若者らしい声が響いた。

「おお、灰になったぞ」
「女吸血鬼がまだいるぞ」

 別の男達の声が聞こえ、同時に部屋のドアが押し開けられた。

「女はどこだ!」

 ルイーズは壁の穴に隠れ、家具をひっくり返す音を震えながら聞いていた。

「逃げられたか」
「火をかけろ、燻し出してやる」

 誰かが床に油をまいた。すぐに松明の火が付けられ、炎が巻き上がった。
 ルイーズは壁の隙間を走って外へ出た。背後から煙が迫り、火の粉が落ちてきた。それでも後ろを見ずに走った。
 屋敷の敷地に隣接する牧場の柵の間をすり抜けると煙の匂いがやや薄くなった。新鮮な空気を吸って振り返ると屋敷は紅蓮の炎に包まれていた。




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