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さすらい
1 黄金の国を夢見て ★
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ネルランドはミャーロッパ大陸の西側の沿岸部にある低地の国である。低地だから洪水が起きればすぐに街は水浸しになってしまう。そこで堤防が作られ、低地の水を堤防の外に出し干拓し、陸地を広げて人々は暮らしていた。
農畜産業が盛んなだけでなく、商人たちは貿易に熱心で小国ながら諸外国との貿易で多大な利益を得ていた。特に東洋との貿易では他国を圧倒していた。彼らは東方の島国ジルパンと独占的に交易を行ない、多くの金・銀・銅を手に入れていた。手に入れた金で彼らはインデスとの貿易の決済を行ない、香辛料などをミャーロッパに売り、莫大な利益を得ていた。
クロードとカロリーネはそんなネルランドの港町の一角にある小さな宿屋に身を置いていた。
田舎の町と違い、人の出入りの多い港町だからさほど目立つことはないのだが、革命のさなかのフロランとは近いので貴族でございと振る舞うわけにはいかなかった。ゲマルン語を話す神聖帝国から来た商人のライマン夫婦ということで、宿屋に泊まっている。小間使いのマリイとルイーズは相変わらずそっくりな顔で二人に仕えている。
昼間はマリイとルイーズがあれこれ使いのために外出し、日が暮れるとクロードとカロリーネは街に出た。食事をするためだが、血を吸うためでもある。
互いに血を吸い合う二人は毎日吸血をする必要はなかったが、それでも月に一日か二日は他人の血が欲しくなる時期があった。
ヘルバ連邦の町でも、彼らは血を求めて町を散策したものだった。夕刻、湖のほとりの貧しい漁師の家々のあるあたりを歩きながら、ひとり暮らしの漁師や寡婦を探した。クロードはようやく差し障りのない寡婦を見つけ、彼女の血を吸った。といっても死ぬほどは吸わない。血を吸われて死んだ者はカロリーネ同様、不死の吸血鬼となる。仲間を必要以上に増やす気はなかったので、クロードは死なぬ程度に血を吸い、寡婦を解放した。彼女には吸血された記憶はない。小さな牙の痕が首筋に残るだけである。
カロリーネもクロードが見つけた若い漁師の血を吸った。彼にも記憶は残らず、牙の痕しか残らない。その痕は数日すれば消える。
だが、神父が日曜に教会に来た寡婦の首筋の痕に気付いてしまった。彼は驚き、教区の司教に相談した。司教は驚き、悪魔祓いを専門とする神父らを町に派遣したのだ。彼らは神父の元に招待された侯爵夫妻を捕まえるつもりでいたらしい。
たまたま外出していたアランは教会周辺の異変に気付き、クロードに知らせたのだった。
一階でカロリーネを待っていたクロードはアランから話を聞き、先に宿を出た。
宿屋の主人は神父から侯爵夫妻に何か動きがあったら知らせるように言われていたので、すぐに女中を教会に走らせた。それで、あんなにも早く神父たちがやって来たのだった。
「アランには本当に可哀想なことを」
カロリーネはあの時のことを思い出すたびにそう言った。アランは吸血鬼ではなかった。クロードによって使い魔とされた黒犬だった。彼もまた不死身であったが、銃の弾丸に銀が使われていたために灰となったのだとクロードは言った。
「銀にはまことに用心せねばならない。ジルパンでは銀が採れる。あまりに多くの銀が国外に流出したため、ジルパンの政府は銀を貿易の支払いに使うことを禁じたのだ」
「まあ、恐ろしい」
ジルパンは神を信じる者を火あぶりにすると聞いていたが、銀が豊富にあるなら自分達にとっても危ない国かもしれなかった。
数日後、宿屋の近くの商人らが利用する店で食事をしている時のことだった。
いつもはさほど混まない店だが、大きな船団が入港したということで船乗りたちがどっと入って来た。ネルランド人だけでなく神聖帝国の者もいるようでゲマルン語も聞こえてきた。
彼らは一様に酒を注文した。
酒が入れば話も弾む。
「国のめしはうまいなあ」
「まったくだ。酒の味も違う」
「けど、女は、ナガサキだ」
「そんなにいいのか」
「ああ。ジルパンの女はいいぞ。こっちの女より情がある」
どうやら彼らはジルパンに行ったことがあるようだった。
「そんなにいいのか」
クロードは立ち上がり、男らにネルランド語で尋ねた。
「あたぼうよ」
男は当然とばかりに言う。クロードは店の親父にこの勇敢な船乗りたちの酒代を払うと言ったので、皆歓声を上げた。
「ジルパンという国は儲かるのか」
クロードの問いに男達は喜んで答えた。
「ああ。宸で買った絹糸や織物や砂糖を売ると何倍にもなるんだ」
「俺の時はラクダを運んだぜ。ジルパンの商人はそれを見世物小屋に売ると言っていた」
「俺なんざ、オウムを二羽だ。なんでもダイミョウが御所望だとか言っていたな」
「ダイミョウは行列作ってエドに行くんだ。俺は商館長のお供でエドに行く途中で、行列を見たよ。あんまり長いんで追い抜くのに三日かかった」
男達の話からすると、ジルパンという国は様々な動物も輸入しているらしかった。ダイミョウというのは、クロードの説明によると地方領主のことらしかった。
「ジルパンに行ってみたい」
宿屋に戻りそう言うと、クロードは静かに微笑んだ。
「そうだな。今は行けないけれど、いずれ行けるようになるだろう」
クロードの話では、ネルランドのようにジルパンと交易をしたい国は多いのだと言う。特にインガレスが東洋の地域に興味を持ち、自国の植民地にしようと画策しているらしい。そうなったらジルパンもいずれは国を開かざるを得なくなるのではないかとクロードは語った。
「そうなったらいいわね」
「その時は行ってみるか。ただ南をまわるから、日差しが強い。あまり外には出られないな」
吸血鬼の常でクロードもカロリーネも強い日差しは避けていた。夕方や曇や雨の時なら少しくらいは外に出ても大丈夫なのだが、長時間は耐えられなかった。
「いいものを見せよう」
クロードは船乗りから手に入れたという紙を広げた。
「まあ」
薄暗い部屋の中、灯したランプの光に照らされたのは、男女の絡み合う絵だった。だが、それはミャーロッパのものではない。男も女も見たことのない髪の結い方をしていた。男の額は広く、女の髪はどうすればそうなるのかわからないような結い方だった。
しかも二人は服のようなものをまとっているものの、局部だけ露出させて繋がり合っていた。男の一物は恐るべき大きさであった。
隣に座ったクロードは説明した。
「これはジルパンの版画だそうだ。素晴らしい印刷技術だ。見たまえ、髪の一本一本を。これは絵具で描いたものではないんだ。木を彫って、紙に印刷したのだ」
印刷技術はともかく、カロリーネは男女の結合部分に目を奪われていた。大きさ以外は実に精緻に表現されていた。ジルパンの人々はこの絵のような身体をしているのであろうか。
「本当にこんな身体をしているのかしら」
「さあ。確かめてみるにしても行かねばならないな。だが、そなたがあちらの男に心惹かれては困る」
「まあ」
カロリーネは笑った。ありえない話だった。
「そんなこと心配するなんて」
クロードはそう言ったカロリーネの唇を唇でふさいだ。熱い舌がカロリーネの口腔をまさぐる。初めてのキスの時は冷たい舌だと思っていたのに、今はクロードの身体が熱く感じられるようになっていた。
そのまま、転げ込むようにベッドに倒れこんで互いの身体を求め合う。
閉め切られたカーテンの向こうの外は夜明け近い。強い光を浴びることの許されぬ二人の抱擁は夕刻まで続いた。
ジルパンのナガサキで商館長をしていたという男に会ったのはその数日後の夜のことだった。
先日知り合った船乗りの一人が引退した商館長の屋敷に出入りしているということで、その伝手を使っての対面だった。
クロードはクラ―ス・ライマンと名乗り、カロリーネを妻と紹介した。
商館長は五十過ぎていたが、年齢よりも若く見えた。彼は旅先で集めたコレクションに囲まれた応接室で二人をもてなした。
宸の青磁の壺、ジルパンの鮮やかな赤色を使った陶器の大皿、インデスの象牙等、見たこともない品々にカロリーネは目を奪われた。
商館長は船旅のことを語った後、ジルパンでの日々を語った。
「ナガサキはまことによい港であった。女性たちは美しかった。デジマの役人達はあれこれとうるさかったが、学者や医者は好奇心と知識を吸収する意欲に溢れていた。エドへの旅はなにもかも物珍しかった。カゴという乗り物の揺れることといったら慣れるのに時間がかかった」
商館長は紙に羽ペンでカゴという乗り物の絵を描いた。箱の上に棒がついており、それを前後の男が担ぐのだと言う。担ぎ手の髪型も奇妙なものだった。
エドでのタイクンとの謁見や学者たちとの交流、ダイミョウとの情報交換等、クロードは興味深げに聞いていた。カロリーネはタイクンの夫人はどのような宮殿で暮らしているのか尋ねた。
「オオオクという男の入ることのできぬ宮殿で暮らしている。謁見の際には、ミスという薄いカーテンの向こうから我らを見ていたようだ。あちらでは舞踏会はない。晩餐会にも女性の姿はない。タイクンの妻たちは隠されているのだ、ハレムのように」
商館長は次の言葉で話を締め括った。
「かの国はいずれ、国を開くであろう。もしそれまで生きることができたなら、もう一度行きたいものだ」
明け方、カロリーネははるか東の国を胸に思い描きながら眠りについた。美しい女達、カゴを担ぐ奇妙な髪型の男達、オオオクというハレムにいる女達、精巧な印刷技術で作られた版画、金箔を壁一面に施した建物、フジという火の山……。
午後目覚めたカロリーネは、すでに起きて書類に目を通しているクロードに告げた。
「ジルパンの言葉を勉強したい」
「わかった。ジルパンの言葉は難しい。だが、我らのように永遠を生きる者にとってはいい暇つぶしになる。商館長に教師を紹介してもらおう」
クロードは上機嫌だった。カロリーネが自分から新たなことを学びたいと言うのは初めてのことだった。
農畜産業が盛んなだけでなく、商人たちは貿易に熱心で小国ながら諸外国との貿易で多大な利益を得ていた。特に東洋との貿易では他国を圧倒していた。彼らは東方の島国ジルパンと独占的に交易を行ない、多くの金・銀・銅を手に入れていた。手に入れた金で彼らはインデスとの貿易の決済を行ない、香辛料などをミャーロッパに売り、莫大な利益を得ていた。
クロードとカロリーネはそんなネルランドの港町の一角にある小さな宿屋に身を置いていた。
田舎の町と違い、人の出入りの多い港町だからさほど目立つことはないのだが、革命のさなかのフロランとは近いので貴族でございと振る舞うわけにはいかなかった。ゲマルン語を話す神聖帝国から来た商人のライマン夫婦ということで、宿屋に泊まっている。小間使いのマリイとルイーズは相変わらずそっくりな顔で二人に仕えている。
昼間はマリイとルイーズがあれこれ使いのために外出し、日が暮れるとクロードとカロリーネは街に出た。食事をするためだが、血を吸うためでもある。
互いに血を吸い合う二人は毎日吸血をする必要はなかったが、それでも月に一日か二日は他人の血が欲しくなる時期があった。
ヘルバ連邦の町でも、彼らは血を求めて町を散策したものだった。夕刻、湖のほとりの貧しい漁師の家々のあるあたりを歩きながら、ひとり暮らしの漁師や寡婦を探した。クロードはようやく差し障りのない寡婦を見つけ、彼女の血を吸った。といっても死ぬほどは吸わない。血を吸われて死んだ者はカロリーネ同様、不死の吸血鬼となる。仲間を必要以上に増やす気はなかったので、クロードは死なぬ程度に血を吸い、寡婦を解放した。彼女には吸血された記憶はない。小さな牙の痕が首筋に残るだけである。
カロリーネもクロードが見つけた若い漁師の血を吸った。彼にも記憶は残らず、牙の痕しか残らない。その痕は数日すれば消える。
だが、神父が日曜に教会に来た寡婦の首筋の痕に気付いてしまった。彼は驚き、教区の司教に相談した。司教は驚き、悪魔祓いを専門とする神父らを町に派遣したのだ。彼らは神父の元に招待された侯爵夫妻を捕まえるつもりでいたらしい。
たまたま外出していたアランは教会周辺の異変に気付き、クロードに知らせたのだった。
一階でカロリーネを待っていたクロードはアランから話を聞き、先に宿を出た。
宿屋の主人は神父から侯爵夫妻に何か動きがあったら知らせるように言われていたので、すぐに女中を教会に走らせた。それで、あんなにも早く神父たちがやって来たのだった。
「アランには本当に可哀想なことを」
カロリーネはあの時のことを思い出すたびにそう言った。アランは吸血鬼ではなかった。クロードによって使い魔とされた黒犬だった。彼もまた不死身であったが、銃の弾丸に銀が使われていたために灰となったのだとクロードは言った。
「銀にはまことに用心せねばならない。ジルパンでは銀が採れる。あまりに多くの銀が国外に流出したため、ジルパンの政府は銀を貿易の支払いに使うことを禁じたのだ」
「まあ、恐ろしい」
ジルパンは神を信じる者を火あぶりにすると聞いていたが、銀が豊富にあるなら自分達にとっても危ない国かもしれなかった。
数日後、宿屋の近くの商人らが利用する店で食事をしている時のことだった。
いつもはさほど混まない店だが、大きな船団が入港したということで船乗りたちがどっと入って来た。ネルランド人だけでなく神聖帝国の者もいるようでゲマルン語も聞こえてきた。
彼らは一様に酒を注文した。
酒が入れば話も弾む。
「国のめしはうまいなあ」
「まったくだ。酒の味も違う」
「けど、女は、ナガサキだ」
「そんなにいいのか」
「ああ。ジルパンの女はいいぞ。こっちの女より情がある」
どうやら彼らはジルパンに行ったことがあるようだった。
「そんなにいいのか」
クロードは立ち上がり、男らにネルランド語で尋ねた。
「あたぼうよ」
男は当然とばかりに言う。クロードは店の親父にこの勇敢な船乗りたちの酒代を払うと言ったので、皆歓声を上げた。
「ジルパンという国は儲かるのか」
クロードの問いに男達は喜んで答えた。
「ああ。宸で買った絹糸や織物や砂糖を売ると何倍にもなるんだ」
「俺の時はラクダを運んだぜ。ジルパンの商人はそれを見世物小屋に売ると言っていた」
「俺なんざ、オウムを二羽だ。なんでもダイミョウが御所望だとか言っていたな」
「ダイミョウは行列作ってエドに行くんだ。俺は商館長のお供でエドに行く途中で、行列を見たよ。あんまり長いんで追い抜くのに三日かかった」
男達の話からすると、ジルパンという国は様々な動物も輸入しているらしかった。ダイミョウというのは、クロードの説明によると地方領主のことらしかった。
「ジルパンに行ってみたい」
宿屋に戻りそう言うと、クロードは静かに微笑んだ。
「そうだな。今は行けないけれど、いずれ行けるようになるだろう」
クロードの話では、ネルランドのようにジルパンと交易をしたい国は多いのだと言う。特にインガレスが東洋の地域に興味を持ち、自国の植民地にしようと画策しているらしい。そうなったらジルパンもいずれは国を開かざるを得なくなるのではないかとクロードは語った。
「そうなったらいいわね」
「その時は行ってみるか。ただ南をまわるから、日差しが強い。あまり外には出られないな」
吸血鬼の常でクロードもカロリーネも強い日差しは避けていた。夕方や曇や雨の時なら少しくらいは外に出ても大丈夫なのだが、長時間は耐えられなかった。
「いいものを見せよう」
クロードは船乗りから手に入れたという紙を広げた。
「まあ」
薄暗い部屋の中、灯したランプの光に照らされたのは、男女の絡み合う絵だった。だが、それはミャーロッパのものではない。男も女も見たことのない髪の結い方をしていた。男の額は広く、女の髪はどうすればそうなるのかわからないような結い方だった。
しかも二人は服のようなものをまとっているものの、局部だけ露出させて繋がり合っていた。男の一物は恐るべき大きさであった。
隣に座ったクロードは説明した。
「これはジルパンの版画だそうだ。素晴らしい印刷技術だ。見たまえ、髪の一本一本を。これは絵具で描いたものではないんだ。木を彫って、紙に印刷したのだ」
印刷技術はともかく、カロリーネは男女の結合部分に目を奪われていた。大きさ以外は実に精緻に表現されていた。ジルパンの人々はこの絵のような身体をしているのであろうか。
「本当にこんな身体をしているのかしら」
「さあ。確かめてみるにしても行かねばならないな。だが、そなたがあちらの男に心惹かれては困る」
「まあ」
カロリーネは笑った。ありえない話だった。
「そんなこと心配するなんて」
クロードはそう言ったカロリーネの唇を唇でふさいだ。熱い舌がカロリーネの口腔をまさぐる。初めてのキスの時は冷たい舌だと思っていたのに、今はクロードの身体が熱く感じられるようになっていた。
そのまま、転げ込むようにベッドに倒れこんで互いの身体を求め合う。
閉め切られたカーテンの向こうの外は夜明け近い。強い光を浴びることの許されぬ二人の抱擁は夕刻まで続いた。
ジルパンのナガサキで商館長をしていたという男に会ったのはその数日後の夜のことだった。
先日知り合った船乗りの一人が引退した商館長の屋敷に出入りしているということで、その伝手を使っての対面だった。
クロードはクラ―ス・ライマンと名乗り、カロリーネを妻と紹介した。
商館長は五十過ぎていたが、年齢よりも若く見えた。彼は旅先で集めたコレクションに囲まれた応接室で二人をもてなした。
宸の青磁の壺、ジルパンの鮮やかな赤色を使った陶器の大皿、インデスの象牙等、見たこともない品々にカロリーネは目を奪われた。
商館長は船旅のことを語った後、ジルパンでの日々を語った。
「ナガサキはまことによい港であった。女性たちは美しかった。デジマの役人達はあれこれとうるさかったが、学者や医者は好奇心と知識を吸収する意欲に溢れていた。エドへの旅はなにもかも物珍しかった。カゴという乗り物の揺れることといったら慣れるのに時間がかかった」
商館長は紙に羽ペンでカゴという乗り物の絵を描いた。箱の上に棒がついており、それを前後の男が担ぐのだと言う。担ぎ手の髪型も奇妙なものだった。
エドでのタイクンとの謁見や学者たちとの交流、ダイミョウとの情報交換等、クロードは興味深げに聞いていた。カロリーネはタイクンの夫人はどのような宮殿で暮らしているのか尋ねた。
「オオオクという男の入ることのできぬ宮殿で暮らしている。謁見の際には、ミスという薄いカーテンの向こうから我らを見ていたようだ。あちらでは舞踏会はない。晩餐会にも女性の姿はない。タイクンの妻たちは隠されているのだ、ハレムのように」
商館長は次の言葉で話を締め括った。
「かの国はいずれ、国を開くであろう。もしそれまで生きることができたなら、もう一度行きたいものだ」
明け方、カロリーネははるか東の国を胸に思い描きながら眠りについた。美しい女達、カゴを担ぐ奇妙な髪型の男達、オオオクというハレムにいる女達、精巧な印刷技術で作られた版画、金箔を壁一面に施した建物、フジという火の山……。
午後目覚めたカロリーネは、すでに起きて書類に目を通しているクロードに告げた。
「ジルパンの言葉を勉強したい」
「わかった。ジルパンの言葉は難しい。だが、我らのように永遠を生きる者にとってはいい暇つぶしになる。商館長に教師を紹介してもらおう」
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