西の女吸血鬼は美味なる血を持つ東の若侍に恋をした

三矢由巳

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序章 1791年

2 侯爵夫人 ★

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 周囲を五つの国に囲まれた山岳国家ヘルバ連邦の山々の麓にある湖のほとりの町にモンターニュ侯爵夫妻と名乗る男女が姿を見せたのは翌年の春たけなわの頃であった。
 夫妻は執事や小間使いを従え、町の中でも一番高級と言われる宿屋に部屋をとった。
 小さな町は、外国人の貴族夫妻の噂でもちきりになった。特に美しい夫人の湖のように澄んだ青い目と金色の巻き毛は人々を魅了した。
 夫妻は昼間は宿屋で過ごし、夕刻になると町のレストランで夕食をとった。その後、湖のほとりを二人で散歩した。時には、町長や商人の家に招かれることもあった。食事の後、侯爵は得意のヴァイオリンの演奏をして、人々を驚かせた。
 ナストリア人だという夫人はあまり話をしなかった。ヘルバ連邦は地方によって使われる公用語が違っており、夫人はこの地でよく使われるフロラン語が得意ではないということだった。
 侯爵のほうは母国語であるフロラン語だけでなく、ゲマルン語やアイタリヤ語、テラン語まで流暢に操り、町の知識人である僧侶らとも活発に交流していた。また教会に併設されている孤児院にも寄進をした。
 人々は革命によって祖国フロランを追われた侯爵の振舞に驚き、かつ敬意を抱いた。



 宿屋の主人は町の者の評判とはいささか別の感想を抱いていた。けれど、それを口にしてはせっかくの上客を失うことになると、口をつぐんでいた。宿屋のおかみも奉公人を部屋に入れず、自分で掃除をした。それが侯爵の希望だったからである。といっても、部屋の掃除はそっくりな顔をした二人の小間使いの少女が済ませており、おかみのやる仕事はさほどなかった。
 それに侯爵夫妻の部屋の手前にある執事の部屋で、止められることもたびたびあった。おかみは部屋から漏れ聞こえる音で事情を察し引き返すこともたびたびだった。
 黒ずくめの姿をした執事はたいていは陰気な顔をして机で書類を書いていた。おかみはあんな音が聞こえているのに、よく平気な顔でいられるものだと思った。



 この日の午後もカーテンを閉め切った部屋の中で、モンターニュ侯爵は夫人をベッドに組み敷いていた。

「カロリーネ、どうだ」
「クロード、もう、だめ、許し、て……」
「そろそろだな」

 うつぶせになった白い裸体の上におおいかぶさった侯爵は夫人の白い尻をつかみ、双丘の間の谷間に花開いた野菊のような皺を持った穴に己の一物をグイッと押し込んだ。 

「はあっ、ああっ」

 最近ようやくこの穴の交わりにも慣れてきたようで、カロリーネは息をついた。が、侯爵は容赦なく一物を奥に入れ、またすぐに外に引いた。その動きに引きつられるような内臓の粘膜の刺激にカロリーネは呻いた。
 その呻きがやむよりも早く、再び、侯爵はグイっと一物を押し込んでまた引いた。動作を繰り返すうちに、カロリーネの呻きは喘ぎに変わった。

「んん、あ、ああっ、あああ、い、いい! あっ、クロード、そこ、あ、いい!」

 快楽を追いかけるようにカロリーネの腰も侯爵の動きに合わせて揺れ始めた。

「カロリーネ、なんとそなたは!」
「クロード、クロード!」

 カロリーネは侯爵の一物を絞らんばかりに締めつけた。



 故郷のナストリアの山間の領主の館を出て半年。
 カロリーネはクロードによって、快楽を得るためのあらゆる手段を教え込まれていた。
 故郷の村は敬虔な人々が多く、性の快楽を追い求めるなど想像もできぬ話だった。ましてや、カロリーネは領主の次女として生まれ、将来は近くの領主の息子と結婚することに決まっていた。彼以外の男性と交際するなどありえぬ話だった。
 だが、クロードの出現がカロリーネの運命を変えてしまった。
 領主の館にやって来たクロードはフロランの革命を逃れてナストリアに来た貴族モンテデール侯爵と名乗り、客人となった。領主主催の晩餐会で初めて会ったカロリーネは一目でクロードに魂を奪われてしまった。
 その夜、部屋に忍び込んだクロードをカロリーネは拒まなかった。乳母や侍女たちに知られぬように初めて身体を交えた。初めての交わりは夢の中のようだった。カロリーネは愛の歓びの前に身体の痛みも忘れていた。
 さらに処女の証をクロードはすべて舐めとってしまった。恍惚としたクロードの表情に、カロリーネは完全に堕ちてしまった。
 その夜から人知れず交情を続け、三日目の夜、カロリーネはクロードとともに村を出奔した。
 両親も兄弟姉妹も捨てて、カロリーネはモンターニュ侯爵夫人として、ナストリアから国境を越えてアイタリヤに出た。夏は陽光あふれるアイタリヤだが、秋から冬は雨が多く、クロードの友人の館に籠って過ごした。その間、クロードはカロリーネに様々な愛技を教えた。カロリーネはそれらをすべて受け入れた。
 そして春、ヘルバ連邦に入国したのだった。



 絶頂の際になると、クロードはカロリーネの首筋に歯を立てる。カロリーネは深い恍惚に溺れていく。やがて目覚めると、今度はクロードの首筋に犬歯を立て、カロリーネが吸う。命の証のような赤いほとばしりを口に含み呑み込めば、再び恍惚が甦り、全身に力が漲るのだった。

「起きて」

 クロードはカロリーネを抱き起こした。そこへそっくりな顔をした小間使いのマリイとルイーズが来て、二人の身支度を手伝った。ブルネットの巻き毛にブラウンの瞳をした二人は双子のようだったが、双子ではないと言う。二人はベッドのシーツを持って洗濯のため階下に下りた。
 着替えた二人は部屋の端にある机に向かい合わせに座った。
 机の上には石板があった。そばには本がある。フロランの詩集である。
 クロードはそれを読み、カロリーネに復唱させ、アクセントや発音を幾度も言い直させた。カロリーネは我慢強くそれに従った。

「いいか。言葉を知っていれば、身を守ることができる。言葉は武器でもあり、防御の手段でもある」

 クロードの口癖だった。カロリーネはそんなことを考えたこともなかった。けれどアイタリヤに行った時に言葉がわからずに困ったことを思えばそうかもしれないと思った。ナストリア訛りのゲマルン語では誰にもわからないのだ。

「我らは招かれざる者なのだ。だからこそ、不審を抱かせぬためにも言葉を上手に使わなければならぬ。間違うと灰になってしまう」

 灰になる。その言葉の意味がまだカロリーネにはよくわからない。けれど、それは望ましくない事態であることは確かだった。
 ともあれ、熱い交情の後の語学の授業にもまたクロードは情熱を込めていた。カロリーネは愛撫を受け止めるように、クロードの低いけれどよく響く声に耳を傾けた。



 町に来て一月ほどだった頃だった。
 その日は町の教会の神父から夕食に招かれていた。
 カロリーネはマリイとルイーズに手伝わせて身支度をしていた。
 クロードと旅を始めてから、カロリーネは自分の姿が鏡に映らなくなってしまったことに気付いた。これでは鏡を見て髪を整えたり、化粧ができない。それでクロードはマリイとルイーズにカロリーネの身支度をさせるようになったのだ。
 この日も二人の若い小間使いは侯爵夫人の髪を結い上げ、化粧を施していた。ドレスを身に付けた時だった。
 執事のアランが入って来た。いつも冷静なアランだが、少しだけ鼻の頭に汗をかいていた。



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