ヴァルプルギスの夜に恋して

三矢由巳

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25 黒い花嫁

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 姉の結婚相手が人外であることを七三子は知らなかった。義兄の話では姉にも額中央に一本だけ角が生えるらしい。ただ、姉の鬼の血は薄いらしく子どもには角が現れる様子がない。恐らくこのまま平穏に暮らしていれば生えることはないだろうということだった。
 槇村からその話を聞かされた七三子は、姉の勧めで入った結婚情報サービスのメンバーに変わった人が多かったことを思い出した。変わっているから婚期を逃したのだろうと思っていたが、人外であればそれぞれ事情があってのことだったのだろうと納得した。何はともあれ姉は幸せそうだった。姉にはよい出会いがあったのだ
 もしあの日イベントの会場を七三子が間違えなかったら、一体どんな人と巡り会っていたのやら。
 だが、七三子はあの日に戻ってやり直したいとは思わない。
 槇村柊人、最初は嫌な奴だと思った。強引でしつこかった。育った環境もあまりにも違い過ぎた。だが、今まで七三子を喜ばそうとする男はいなかった。執念と言っていいくらい、槇村は七三子に愛の歓びを感じさせようとした。こんな男を愛さずにいられようか。たとえ魔法使いでなかったとしても。
 
「次は魔界の披露宴だな」
「ヴァルプルギスに来てた人達を招待するんですね」

 槇村の友人の魔法使いが来るなら気軽なパーティという感じだろうと七三子は思った。

「そればっかりじゃないんだ。親父の関係で上のほうも呼ばないといけないんだ」
「つまり父親の友人とか父親の同僚ですか。なんだか大規模な披露宴ですね。もしかして近所の人も呼ぶとか」
「ちょっと違うかな」
「ちょっと?」
「かなり、だな。あ、おまえが特に支度することはないから。席次や引き出物・料理の心配もしなくていい。全部あっちで用意してくれるらしい」
「あっち?」
「披露宴の幹事」
「いつ決めたんですか、そんなこと」
「この前仲間に話したら、決まってた」
「え? どういうことですか」
「俺が結婚すると聞いて、早々と幹事を決めたらしい」
「手回しがいいんですね、魔界って」

 なにやら胸騒ぎを覚える七三子だった。





 披露宴会場はホテルの13階だった。
 黒いジョーゼットのドレスとベールを身に付けた花嫁は黒いマントとタキシードの花婿と手を取り合い、鮮血の色をしたバージンロードを歩き、賓客らの祝福を受けて一段高くなった会場中央の席に着いた。
 司会の魔女は開式を宣言し、来賓を紹介した。

「本日、遠路はるばる魔界からお越しになった大公爵アスタロト閣下でございます。まずは閣下からお言葉をいただきたく存じます」

 大歓声の中、花嫁花婿の席のそばに現れたのは堂々たる偉丈夫だった。さすがに魔界から来たというだけあってヨーロッパの昔の貴族のような重たげな鬘に丈の短い膨らんだズボンに白タイツ、上着、マントといういでたちは迫力がある。

「スピーチと魔女のスカートは短ければ短いほうがよいと昔から言いますので手短にさせていただきます」

 とまるで空気を読めないセクハラ上司のようなことを最初に言ったのには、七三子も驚いた。花嫁のドレスの色もベールの色も人とは違う黒だから、もっと違うことを言うのかと思っていた。

「新郎の槇村柊人君は、優秀な成績で工業大学を卒業し、就職後も社会人として立派に職責を果たし、この若さで課長代理を務めております。かたや、新婦の七三子さんはご両親を早くに亡くし、お姉さまと二人苦労しながら学校を卒業し、近代的な職業婦人として自立し、職場でも後輩に頼りにされているとのことでございます。この二人がこれから共に手を携え素晴らしい家庭を築くことをお祈り申し上げ……」

 これだけ聞いたら普通の結婚披露宴である。

「花嫁にキスさせていただきます」

 言葉の意味を考える暇も与えず花嫁を抱き寄せた閣下はぶちゅっと唇を押し付けた。
 花婿は思わず叫んだ。

「やめろ!」

 花嫁は突然の事態に目がくらみそうだった。唇をつけるだけでなく、舌を強引に捻じ込み、なおかつドレスの上から胸を揉むとは。
 一分後、唇を離した閣下はにっこり笑った。

「よく仕込んだな、レオナルド」
「このスケベ爺!」

 閣下は酸欠でふらつく花嫁を花婿に押しつけて、自分の席に戻った。

「た、大変、熱烈なお祝いの言葉でございました。ありがとうございます」

 魔女もさすがに噛んでしまった。

「続きましては乾杯です。皆様、お手元のグラスにお飲み物のご用意はできたでしょうか。乾杯の音頭をお取りになるのは君主ベルゼビュート閣下です」

 こちらは全身黒ずくめのフロックコート姿である。

「諸君、今宵は二人の幸せを祈って飲み踊り交わり明かそうぞ。乾杯!」

 あちこちでグラスの音が響きあう。花婿と花嫁も与えられた盃を口にした。
 飲んだ途端、七三子は身に覚えのある熱を感じ始めた。
 司会の魔女も飲んだのか声が上ずっていた。

「さ、さて、それ、でーは、皆様、お、お、お食事、ご歓談、お交わり、く、くだ、ください……うひゃあ!」

 叫んだのは背後から出席者の悪魔に尻を触られたせいだった。

「ひゃあ、やめ、うわ、だめ、きゃあ、し、しか、しかいできにゃあーい!」

 悪魔は司会の魔女にのしかかって押し倒し、その場で魔女の衣裳を脱がし始めた。
 だが、その騒ぎなど誰の目にも入らなかった。なぜなら、そこかしこで同じような事態が起きていたのだから。
 乾杯の飲み物に何が入っていたか、言うまでもない。





 会場中央の席から周囲を見渡した七三子は唖然とするしかなかった。
 乾杯から3分とたたないうちに、あちこちで性の饗宴が繰り広げられていた。
 魔法使いと魔女、魔女とインキュバス、魔法使いとサッキュバス、悪魔と魔法使いと魔女、魔女と魔女、魔法使いと魔法使い、悪魔と魔女と魔女……考え付く限りの組み合わせがテーブルの上や下、壁際、床の上等で交わり合っていた。

「い、いいんですか、これ」
「いいに決まってるだろ」

 背後から七三子のドレスの内側に手を入れて乳房を揉んでいる槇村はそう言いながら、乳首を掴んだ。

「ひゃ!」

 その刺激だけで身体が震えた。

「この媚薬って……」
「魔王様の差し入れだ。最高級品だ」

 こういうものに高級も何もあったものではないと思うのだがと七三子はちらっと思った。

「はあ、七三子、声出せ」
「だって、人が大勢いるのに……」
「だからいいんだ。いいか、ここで一番でかい声出せよ。今日の主役なんだから」

 なんだか意味が違うような気がする。そう思った次の瞬間、うなじに熱い息がかかった。

「やあ!」

 その声にそばのテーブルの上で魔女と戯れていた大公爵閣下がにやりと笑って七三子を見た。
 その視線に気付いて七三子は真っ赤になった。先ほどの口づけと愛撫を思い出してしまった。

「おい、他の男のこと考えるな」

 花婿はそう言うと、七三子のドレスとペチコートの裾を背後からめくり上げ、その裾を握らせた。

「もうこんなになってるのか」

 ショーツを見ての第一声が大きいので七三子は恥ずかしかった。

「これじゃ役に立たないな」

 その声とともにショーツがあっさり消え、ガーターベルトと黒いストッキングだけの下半身になってしまった。

「ガーターベルトいいな。今度から、これにしろ。パンストはつまらん」

 勝手なことばかり言ってと思っていると、大きく開いた背中に密着された。

「テーブルに手をしっかりつけ」

 その言葉とほぼ同時に、後ろから挿入された。

「やっ! んんん……」

 指ではなくいきなりの御本尊の挿入なので、ぐいと押し広げられて呻いてしまった。

「はあ……狭いな」

 声に出すたびに、大公爵閣下がこちらを見るので、七三子は恥ずかしかった。

「言わないで……」
「実況中継しないと、お客様にわからないだろ!」

 とんでもない理屈だった。聞いているのは大公爵閣下だけだろう。

「動くぞ」

 言葉と同時に抽送が始まる。ぬちゃぬちゃと中を往来する音だけでなく、お尻に身体がぶつかる音までする。その音が嫌でも七三子を興奮させる。宴会場の真ん中だというのに。

「はあん……ひゃあ!」

 抑えても漏れてしまう声が恥ずかしいのに、唐突に目の前にマイクが現れた。他にも二人のいる場所の床にもマイクがあるのだが、七三子は気付いていない。

「お、誰だ、気が利くな」

 こういうのは気が利くとは言わないのではないかと七三子は思った。が、次の瞬間、奥のいい場所を突かれてしまった。

「あああぁ!」

 マイクを通して自分の声が聞こえてしまった。ありえない。おまけにぐちょぐちょとかぱんぱんとかいう音も大きく聞こえるような気がした。
 周囲の視線が突き刺さるように感じられた。

「見ろ。注目の的だ」

 こんなことで注目されたくなかった。それなのに、槇村の腰の動きは激しく、七三子の奥をどんどん突いてくる。そのたびに声が漏れて、もう止まらない。

「あ、あああぁ、ひゃあ、いやあ! だめぇ、こ、こえでちゃう……ゆるしてええ……」
「許す? 寝言は寝て言え」
「ひぇい!」
「お、また濡れてきたぞ。おい、締めるな……いくぞ」

 槇村の声も切羽詰っているのだが、七三子にはわからない。声を抑えるのに精一杯だった。だが、我慢すればするほど、快楽は募る。それは間もなく限界に達しようとしていた。
 膣口ぎりぎりまで抜かれた陰茎が勢いよく奥を穿った。その圧倒的な質量と勢いが七三子の快楽の限界を軽々と越えた。

「ひゃああああああああ! いいいいいいい! いっちゃああう!」

 マイクがなくとも聞こえる声に、場内の賓客は一斉に喝采を送った。





 先に絶頂を味わっていた司会の魔女が裸のまま、すっくと起き上がった。

「それでは、これより、新郎新婦はお色直しのため、退場いたします」

 七三子はスカートをめくりあげられたまま、槇村に横抱きにされ、会場から控室に移動した。

「会場の皆様、しばし余興をお楽しみください。まずはねずみの使い魔兄妹の皆様によるダンスです」

 白いロマンティックチュチュ姿の妙齢の女性と白いタイツ姿の青年が三人ずつ中央に出て来た。
 女性と青年が手を取り合い、ワルツに合わせて踊り始めた。魔界の楽団の生演奏である。
 最初、それは普通のダンスであった。だが、次第にダンスの速度が速くなり、うっすらと汗をかき始めた踊り手たちは身体を密着させた。
 青年のタイツの股間に開いていた穴から出た陰茎が女性のチュチュの下に履いたショーツの開いた穴の奥にある膣口に挿入された。
 そのまま女性を抱えて青年は踊り始めた。時折音楽に合わせて女性は身体をのけぞらせて歓喜の笑みを浮かべながら、片脚を上げ結合部分を皆に見せた。音楽が盛り上がってくると、白い足の間に陰茎が3組同じリズムで抜き差しされた。そのたびに湿った音が同時に響き合い、楽団の演奏と融合し絶妙なハーモニーを奏でた。
 周囲の魔法使いや魔女、悪魔達も集まって、同じような姿勢で踊り始めた。
 音楽に合わせて、陰茎を抜き差しながらダンスは続いた。





 お色直しとは普通別の衣裳に着替えることのはずである。だが、控室で待っていた伯爵夫人はにっこりと笑ってこう言った。

「全部御脱ぎください。身に付けるのはネックレスと指輪、イヤリング、ティアラ等の装飾品だけです。ガーターベルトも取りましょう」

 非常識な披露宴に続いて非常識なお色直し。槇村は何も教えてくれなかった。
 その槇村は黙々と服を脱いでいる。

「どうして教えてくれないんですか!」

 七三子の剣幕に平然とした顔である。

「知らないほうが新鮮な感じで面白いだろ」
「新鮮て、いくらなんでも、これは」
「今日は魔界のお偉いさんも来てるんだ。これくらいのことをしないと申し訳ないだろ。披露宴ていうのは結婚しましたってことを堂々と披露するためにやるんだ」
「花嫁の裸も披露するんですか!」
「ああ。俺も脱いでるから気にするな」
「気にします!」

 すでに槇村はボクサーパンツ一枚である。指には結婚指輪をはめているが。

「つべこべ言わずに脱いじまえ。どうせ、客も今頃は皆すっぽんぽんだから」
「はあ?」
「海外のサウナなんか男女混浴があるんだぞ」
「それとこれとは違います!」
「違わないぞ。あ、そうだ。うちの会社、海外転勤もあるんだ。その準備だと思えばいい」
「だからってサウナに行くとは限らないでしょ」
「行くぞ。俺は」
「行けばいいでしょ、一人で」
「あら、もう夫婦喧嘩?」

 ドアが開いて入って来たのはルリだった。着ていた黒いドレスではなく、黒いブラジャーとショーツだけという姿である。髪が乱れているところを見ると、会場でお楽しみだったのだろう。

「七三子ちゃん、別に誰も気にしないから。かえって着てるほうが恥ずかしいよ。もう、皆脱いでるし」
「聞いたか。さあ諦めて脱げ」

 今にも脱がしそうな顔の槇村だった。七三子は諦めた。嫌でも魔法で脱がされることになるのだ。
 ドレスを肩からすべらせるとするりと足元に広がり落ちた。

「よし、いい覚悟だ。」
「わあ、背中綺麗ねえ」

 ルリはうっとりとした顔で七三子の背中を覗きこんだ。伯爵夫人もうなずいた。

「そうでございますねえ。ご主人様、爪などお立てにならないでくださいね」
「わかってる」

 ペチコートも何もかも脱ぐと装飾品だけになった。七三子は胸を両手で隠した。

「凄いな、おまえの胸全部隠れるんだな」
「シュウ、揉み方足りないんじゃないの?」
「そんなことはない。こいつの胸はもんでもしゃぶっても大きくならないんだ」

 余計なお世話だと七三子は思った。

「下の毛も薄いし、羨ましい」

 ルリの言葉に下も手で隠そうとしたが、今度は胸が見えそうになった。

「隠すな。人は隠されたところをかえって想像してしまうんだ。そのほうがよっぽどいやらしい」

 そう言うと、槇村はパンツも脱いだ。勃ちかけた陰茎が見えた。

「また、あそこでするんですか」

 不穏な予感に七三子はため息をついた。

「俺が相手ならいいだろ。俺としなかったら、閣下達が貸せと言うに決まってる」

 あまりのことに七三子は泣きたくなった。あの二人だけは嫌だった。七三子に明らかにセクハラ親父の視線を向けていた。

「観念しろ。今日だけの話だから。それに、おまえの体型見たら閣下もがっかりだろう。隠せば変な期待をされるぞ」

 そうまで言われたら隠すのは諦めるしかなかった。
 数少ない装身具の指輪を見つめた。左手薬指には婚約指輪と結婚指輪が重ねて付けられている。
 槇村からもらった指輪、姉一家との会食の席で交換した結婚指輪、二人の愛の証である。





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