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21 ただいまの挨拶

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 刑事たちが帰った後、高島はすでに病院に連絡し検診の予約を入れてあることを告げた。暁天大学付属病院ではなかった。

「明日の朝7時半にお迎えにあがります。朝食はとっても大丈夫です」
「明日は月曜日で仕事があるんですが」
「それについては御心配なく。明日の検診で診断書を出していただきます」
「どこも痛くないんですけれど」
「身体はそうでも、心の傷は簡単には癒えないものです」

 心の傷。確かにまったくないとは言い切れない。

「福田を発見した生徒さんも精神的に動揺していて、しばらくは出席停止扱いになると聞いています。鬼河原さんが休養するのも正当な権利です」
「家族でもないのに」
「家族ではないからです。家族には休むことが認められていますからね。それに、中里ちづえさんの件が立件されたら、マスコミが学校に押し掛けるかもしれません。特にあなたは福田の自白を引き出している。あなたに取材が殺到する恐れがある」

 取材されるなど想像もしていなかった。

「学校に迷惑かかりますね」
「今は御自分を優先してください。職場のことは心配しないで」

 自分を優先する。そんなことを考えたこともなかった。





 翌朝、高島の迎えで総合病院に行き、内科・外科・心療内科で検診を受けた。
 特に身体に異常は認められなかったが、心療内科の医師は面談の後、1週間の休養が必要だと診断書を書いた。
 高島は七三子をホテルに送った後、診断書を持って学校に向かった。
 休養が必要なのだろうかと思ったが、考えてみれば土曜日以後、あまり外に出たい気分ではなかった。昨日、瀧山達が帰った後、何もする気が起きなかった。やはり、福田の死の衝撃は自分では意識していないつもりでも、大きかったらしい。
 福田は自分を殺そうとしたのに。そう思った時、七三子は何か大事なことを忘れているような気がした。
 アパートの放火や羽交い絞めされたこと、体当たりされて床に背中を打ち付けたこと、その後、何かが起きたような。だが思い出せない。そういえば、女性刑事は雷が2回鳴ったとか言っていた。だが、七三子は1回しか聞いた覚えがない。
 思い出せないことを考えても仕方ないと思った。部屋の隅では相変わらず伯爵夫人が呪いの刺繍とやらを刺している。教わろうかなと思ったが、こういう精神状態で呪いの刺繍なんか刺したらもっと沈み込みそうだったのでやめた。
 魔界ガイドを開こうかと思ったが、なんとなく気が進まなかった。
 寝室に入ってベッドに横になった。昨夜もよく寝たはずなのに眠かった。七三子はそのまま眠りに落ちていた。





 肌をまさぐる指の動きで目が覚めた。

「え?!」

 目を開けた途端、槇村と目が合った。

「え、じゃないぞ。なんか一言ないのか」
「お帰りなさい」
「ただいま」

 その途端、口づけられ、舌がねじ込まれた。お帰りのキスという生やさしいものではなかった。はっきり言えば前戯だった。その証拠に唾液だけではない液体が七三子の口に注ぎ込まれた。恐らく穏やかに効く媚薬だろう。次第に舌の感触が熱く感じられてきた。
 マレーシアから帰って会社に行ってからここへ来たということはもう夕方なのだろうか。七三子は槇村の身体の向こうに見える窓をちらっと見た。まだ明るい時間だった。
 こんな時間にと思ったが、槇村に遠慮はなかった。口の中を舌で嘗め回しながら、七三子の身体を撫でまわしている。すでに着衣はない。魔法で剥がしたに違いない。槇村も裸だった。
  
「月曜の夜って伯爵夫人から聞いたのに」

 唇が離れた隙を狙って言った。

「土曜はそのつもりだった。でも、我慢できないから会社の用事は昼前に終わらせた。会えなかった夜の数を考えたら、夜だけじゃ足りないだろ」

 相変わらずの強引さだった。

「こんなに明るいうちから」
「明るかろうがなんだろうが、俺はおまえとしたい。おまえは嫌か」
「なんだか恥ずかしいです」
「誰も見てないだろ」
「だって世間の人は皆働いてるんですよ」
「俺は人が寝ている間も働いてたんだ。だから世間がどうだろうと関係ない。それに」

 槇村の指が七三子の陰唇に軽く触れた。思わず声が出てしまった。

「おまえだってしたいんだろうが。ぐしょぐしょじゃないか」
「それは媚薬のせい」
「わかった。そういうことにしておく」
「しておくって!」

 七三子が言い終わらぬうちに、槇村は強引に七三子の両足首をつかみ肩に担ぐと、すでに漲っている陰茎をぐいっと挿入した。するりと奥へ入ったそれは、すぐに抽送を開始した。
 心の準備もないのにと七三子は離れようとしたが、できなかった。すぐにいいところを突かれ、何も考えられなくなってしまった。速い動きで幾度も突かれ七三子は目がくらみそうだった。さほど大きくはない乳房が揺さぶられているのにも気づかなかった。

「いや、あっ、そんなの、ずるい!」
「ずるいだと! おまえこそ、俺を咥え込んで離さないじゃないか。今日はもっと奥に挨拶するぞ! ただいま!」

 今までにない深い挿入に七三子は悶絶しそうだった。

「凄いな。子宮の口が喜んでる」
「こわれそう」
「これくらいじゃ壊れないさ。おまえには俺の子を産んでもらう。壊したりなんかしない」

 入り口まで引かれた陰茎が再び子宮口を突いた。七三子は気絶しそうだった。が、意識を失うことはできなかった。
 
「おまえには俺しかいない。おまえの亭主になれる人間は俺以外はいない」

 槇村は囁いた。
 何を言っているのだろうと七三子は思ったが、すぐにまた深く入れられて言葉にならない声しか出なかった。
 
「そろそろよくなるぞ」

 そんなはずはないと七三子は思った。が、媚薬の力なのか、次に陰茎の先端が子宮口を軽く突いた瞬間、全身に激しい慄きが走った。

「いや、なんで、こんな!」
「感じてるからだ。いいぞ。大洪水だな」

 慄く七三子に深く口づけながら槇村は射精した。たっぷりと溢れる愛液の流れの中、分身たちが唯一の女神を求めてうごめくさまを想像した。それだけでまた陰茎に力が漲ってきた。





 夕暮れ時、やっと槇村は七三子を解放した。無論、夜までの一時的なものだが
 
「ちょっとの間しなかったからって、今日は少しやり過ぎじゃないですか」

 七三子は槇村に背を向けた。

「おまえがベッドの上で口を半開きにして寝てるからだ。ああいうのはそそる」
「口を半開きにしてたらそそるって、それじゃ魚屋に並んでる魚が口を開けてたら、そそるんですか」
「残念ながら、俺は人類だから、魚類には欲情しない」
「本当に人類なんですか。まるで盛りのついたサルみたい」
「サル結構。男はケダモノだからな」

 相変わらず口が減らない男である。

「ところで、おまえ、俺に何か隠してないか」

 七三子にはもう隠すところは何もないように思われた。槇村は七三子のほぼ全身を知り尽くしている。

「うーん、もうないと思います」
「あるだろ」

 首筋に槇村の息がかかった。七三子はぞくりとした。

「ないです」
「戸籍謄本。この前本籍地から届いたんだが、中をよく見てなかった。で、会社から家に戻って確かめたんだ。おまえの親は、おまえの生まれた日に二人とも死んでるじゃないか。あの姉は本当の姉じゃないだろ」
「話してませんでしたっけ?」
「聞いてない」
「すみません。すっかり忘れてました」
「忘れるようなことか」
「でも、私、親のこと覚えてないし。それに本当の家族だと思ってるし」
「だからって、おまえまで借金返済の手伝いする必要ないだろ。養子縁組もしてないのに」
「だって、父も母も姉も私を愛してくれたんです。それって家族だからでしょ」
「まったく、おまえという奴は」

 七三子の産みの親は鬼河原夫妻の幼馴染の従弟夫妻だった。鬼河原氏は父親の代に山から下りて麓の町で暮らしていた。
 七三子の両親は山腹の一軒家で細々と暮らしていた。
 林業を生業にしていた父親は七三子が生まれる予定の数日前に山で事故死した。急に産気づいた母親は女児を生んだものの産後の出血が元で亡くなった。
 その日は七月三日。両親の命日と七三子の誕生日が重なった。
 生前父親は予定日の七月七日にちなんで七七子という名にしようかと従兄夫妻に話していた。
 赤ん坊の唯一の身内の鬼河原夫妻は女児に誕生日にちなんで七三子と命名した。七七は四十九に通じ、「死」と「苦」を連想させる名前では可哀想だと考えたのだった。
 その後、七三子は鬼河原夫妻に育てられた。七三子は子どもの頃にそれを知らされたが、父の従兄夫妻を両親、年上のはとこを姉と言うことに何のためらいも感じていなかった。二人は七三子を娘同様に大切に育てたからである。はとこも七三子を妹として慈しんだ。

「実の親でもない人間の借金返済に手を貸すなんて、お人よしもほどほどにしろ」
「でも、父と母は固定資産税払ってくれたんです、両親の残した山の」
「はあ? 固定資産税? おい、山持ってるのか」
「持ってないんですか。マンションは持ってるのに」
「普通は持ってない」
「田舎は結構持ってる人多いですよ」

 それはいくらなんでも大袈裟だと槇村は思う。

「うちの親も山を持っていたので私が相続したんですけど、赤ん坊には固定資産税払えませんから。今は自分で払ってます」
「山林だとそう高くないな。だが、管理はどうしてる?」
「遠縁の人が隣の山に住んでいるのでそちらに頼んでます」
「管理ってただじゃないだろ。売らないのか」
「父と母が言ってたんです。もし大きくなって帰りたくなったら帰れるように売らないって。もしどうしても都会で生きていけないと思ったら帰ればいいって」

 槇村は思い出した。七三子のもう一つの顔を。もし、あれが世間に知れたら都会で暮らすことはできまい。
 恐らく山で暮らしていた七三子の本当の両親は、もう一つの顔を自分たちが持っていることを知っていたのではないか。だから山で暮らしていたのだろう。育ての親も同じ一族だからそういう事情を知っていて、山を売らずにいたのではないか。
 だが、七三子自身は己のもう一つの顔を知っているのだろうか。





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