ヴァルプルギスの夜に恋して

三矢由巳

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13 生きる活力

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 震えは止まったが、風呂から上がった後も七三子は心穏やかではいられなかった。動揺した自分に槇村は無下なことはしないと思うが、眠れるか不安だった。
 寝室に入ると、ガウン姿の槇村がベッドサイドのテーブルの上に置いたグラスの飲み物を口にしていた。琥珀色の液体がグラスの中ではねるさまに目を引き付けられた。

「おまえも飲むか」
「お酒ですか」
「ああ」

 こんな夜に媚薬もないだろうと七三子は思った。

「いただきます」

 七三子はベッドのそばの一人掛けのソファに腰かけた。

「少々きつい話だったから、眠れないだろ」

 グラスに3センチほど注ぎ、氷を入れたものを槇村から渡された。槇村はベッドに横になった。
 一口飲むと、少し身体がぬくもったように感じた。

「うまいか」
「はい」

 七三子は酒の種類にはさほど詳しくない。琥珀色ということはウィスキーだろうか。

「こっちこい」

 槇村は手招きした。グラスを持って横に少し離れて腰掛けると引き寄せられた。

「一人で我慢しなくていいぞ」
「何をですか」
「何をって、さっきの中里ちづえのことだ」
「仕事をいろいろ教えてくれたんです。親切で優しくて、でも仕事には厳しくて。あんな先輩になりたかった」 
「うん、そういう先輩に出会えたのは、幸せなことだ」
「どうして……どうして……」

 涙など見せたくなかったのに、涙が出て来た。隣で槇村は黙ってそんな七三子を見ていた。
 ひとしきりむせび泣いた後、七三子は目尻をぬぐいながら顔を上げた。

「ごめんなさい。見苦しい顔を見せて」
「見苦しい? 女の泣き顔っていうのは、そそるんだ」
「え?」

 あっという間に、押し倒されていた。七三子の手からグラスが落ちたが、グラスは空中に静止したまま、中身をベッドにこぼすことはなかった。槇村の魔法だろう。

「あ、あの、するんですか? 私、何にも感じないのに。それともくすぐるんですか」

 槇村はにたりと笑った。魔法使いにふさわしい笑いだった。

「さっき飲んだのは、媚薬だ」

 この前とは違い、身体がさほど熱くなっていない。本当に媚薬なのだろうか。

「媚薬もいろいろある。この前のは即効性。お祭り用だな。今夜のはゆっくり穏やかに効く」
「そんな……こんな晩に……」
「こんな夜だからだ。いいか、覚えておけ。死の恐怖に勝てるのは笑いとセックスだ。笑い飛ばせ。そして身体を交える快楽を味わえ。それが命の源のエネルギー、生きる活力になるんだ」
「活力……」

 考えたこともなかった。

「俺のエネルギーを分けてやる。だから、今夜は何も考えるな。気持ちのいいことだけ望めばいい」

 人の死を悼んでいたのに、不謹慎ではないかと七三子は思った。

「そんな、不謹慎です」
「おい、誰に向かって言ってる? 俺は魔法使いだ。そういうのは関係ない」
「魔法使いは人間なんでしょ! 悪魔とは違うんでしょ!」

 七三子は叫んでいた。

「お、どうやら効いてきたな。おまえは薬が効くと本当に面白いな」
「何言ってるんですか! この人でなし!」
「それはどうも」

 槇村は指を鳴らした。
 七三子も槇村も全裸になっていた。

「えええ!」

 風情も何もあったものではない。

「さあ、やるぞ!」

 槇村は空中に静止したままのグラスをつかむと、残った中身を口に流し込み、グラスを床に投げた。割れる音がするのも構わずに七三子を押さえつけると口づけた。口移しに媚薬が流し込まれ、七三子はむせた。槇村はさっと口を離し、吐き出されて首に垂れている媚薬を指で掬い取り、乳首に擦り付けた。
 途端に乳首にこそばゆさを感じ、七三子はうっと呻いてしまった。
 
「ひ、ひどい……」
「けど、こうするとすぐに気持ちよくなるぞ」
 
 再び口づけられ舌を入れまいとする七三子だったが、乳首を軽く摘ままれただけであっと口を開けてしまった。
 入ってきた舌は七三子の頬の裏から歯茎から舌からすべて舐りまくった。その感触の柔らかさを感じて七三子の身体の力が抜けていった。薬のせいもあるのか、次第に舌に触れられていく部分が熱くなってきた。
 ヴァルプルギスの夜の感覚が甦ってきた。あの時にされたようなことをされるのかと思った時、下腹部が疼き始めた。足の間にぬるりとしたものが湧き出していた。

「いい感じだな」

 口を離した槇村の低い声が身体に響き、また奥が疼いた。

「あ、ああっ! だめ」

 声が出てしまった。

「お、この前より色っぽいぞ」

 そんなことを言われてしまえば、身体がまた反応する。
 口づけが首筋から胸まで下がってきた。すでに硬くなった乳首を口に含まれると身体が胸を突き出してしまうような形になった。

「七三子、そんな恰好すると我慢できなくなる」
「したくてしてるわけじゃない……」
「おまえの身体は正直なんだな」

 槇村は乳首を再び口に含み舐めしゃぶりながら、もう片方の乳首を指で弄った。
 電流のような激しい刺激ではないのに、気持ちがよかった。穏やかなぬるま湯につかっているようだった。七三子はその快感に不謹慎という言葉も忘れていた。
 乳房への口づけはやがて腹や腰、太ももに移動した。
 両足を広げられた七三子は触れられる予感に愛液を流していた。温かいものが近づく気配があった。

「え?」

 柔らかいものが襞に触れた。指ではなかった。七三子は視線を足の間に向けた。槇村の茶色がかった髪が見えた。音がした。ぺちゃぺちゃと動物が水を啜るような。

「いやあ! き、汚い!」
「この前のより、今日のほうがうまい」

 風呂上りとはいえ、愛液にまみれた箇所に口づけするだけでなく、その周辺を舐めるなんて信じられなかった。
 だが、そんな嫌悪を感じたのは数秒だけで、舌が与える快感で七三子はさらに愛液を流していた。

「ひゃあ! いいやあ! ああっ! いい!」

 しかも七三子はまたも気絶できなかった。どうやらこの前と同じ気絶できない魔法がかけられているらしい。
 陰核を舐められると、もういけない。他愛ないくらい簡単に絶頂に達してしまった。

「さてと、それじゃそろそろいいな」

 その声とともに両足を持ち上げられた。次に何をされるか七三子にはわかっていたが、抵抗はできなかった。

「力抜けよ」

 力など入るわけもなかった。陰茎は前よりも楽に入った。あの暴力的なサイズのものが入っていると思うと、それだけで愛液がじわりと沁み出してきた。

「なじんできたな。温かい」

 気のせいか、槇村の声が優しく響いた。

「柊人さん」

 呼んでみた。

「さんはいらないから。七三子、気持ちよかったらいくらでも叫んでいいんだぞ。我慢しなくていい。して欲しいことを言えばいい」

 中で槇村が大きくなったような気がした。じっとしているのもいいが、なんだかもどかしい。このままでは快楽が逃げていきそうだった。

「して……動いて……」

 小さな声で言った。槇村はそれを聞き逃さなかった。
 七三子の望みは叶えられた。いや望む以上だった。
 最初からフルスピードの抽送だった。緩急をつけるなどという生ぬるい動きではなかった。

「ひゃあ! いい!」

 何度も感じる場所を突かれて、身体は汗にまみれ、涙と涎で顔は汚れ、接合部からは愛液がこぼれシーツをしとどに濡らした。

「七三子、そろそろ行くぞ!」

 そう言われた途端に七三子は目がくらんでおとがいをのけぞらせた。
 槇村は直後に吐精し、七三子の身体の上に倒れ込んだ。七三子はその背中に両腕を回した。

「七三子……」

 槇村は七三子の顔を見つめた。七三子はそのまなざしが熱く感じられてまともに見られなかった。

「七三子、おまえは俺が守る」

 その声だけで愛液が流れるのがわかった。

「おまえは本当にかわいいな」
「柊人さん……」

 七三子は自分でも思いがけないような甘い声でそう呼んでいた。

「そんな声出されて、我慢できる男はいないぞ。二回戦だ」

 槇村の声は荒っぽいが、七三子を労わるように髪を掻き撫でた。七三子は胸の鼓動の高鳴りを感じた。
 身体に回した右手をそっと離し、顎の割れ目に触れた。

「な、なんだ……」

 槇村の顔が真っ赤になった。割れ顎がセクシーだというのは本当かもしれないと七三子は思った。

「エネルギーください」

 思い切って言った。

「わかった。満タンにしてやる」

 七三子はその顎に口づけた。初めての顎への口づけだった。

「……俺の封印外したな」

 七三子は槇村の目の異様な輝きに気付いたが、もう遅かった。
 そのまま朝まで七三子はほとんど眠らせてもらえなかった。
 死の恐怖に勝てたかはわからないが、目覚めた時、七三子は昨夜より少しだけ生きていくのが怖くなくなった。
 



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