初恋はいつ実る?

三矢由巳

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40 今週の切腹 参

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『日本全国の皆様、今週の切腹の時間です。この番組は国内での切腹を中心とした処刑の情報を江戸町奉行所並びに火付盗賊改、警察庁、法務省の協力でお伝えしています。いつか犯罪がなくなりこの番組が放映されなくなることを願って今夜も放送いたします』

 ベテランアナウンサーの声が今週もお馴染みの口上を述べる。
 女性アナウンサーがラインナップを紹介する。

『今週の処刑は全国で三人。三人とも御府内での処刑です。詳しい内容はこの後のコーナーでお送りします。後半は生中継です。介錯は山田浅右衛門殿です』

 リビングのテレビの前に私たちと母上は座っていた。
 今日の処刑情報は夫の出張と深い関わりのあるものだった。しかも、偶然にも私にも関わりがあった。私達は画面を食い入るように見つめていた。





 夫の出張先はアメリカ合衆国だった。上様から直々に命令があっての出張だった。
 夫の任務は、ある人物に関するものだった。
 人物の名はジェームズ・A(仮)。年齢は43。
 西部カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の町に住み建築業を営んでいた。家族は年老いた養母と同い年のインテリアデザイナーの妻、それに高校生の長女と小学生の次女。
 その人物が恐れ多くも先の上様の御落胤ではないかという噂が周辺で広まっていたのである。
 ジェームズは黒髪にブラウンの瞳でどこか、東洋系を思わせる顔だちをしており、ネイティブアメリカンの血を引くと周辺の人々は思っていた。だが、生き別れた母から譲り受けた短刀を見た友人が袋に葵の紋があることに気付き、調べたところ、短刀は将軍家ゆかりのものと似ていた。
 さらに彼が生まれる一年近く前の新聞を調べると、将軍家の若君プリンスが合衆国を訪れていたことがわかった。しかも若君はカリフォルニア州にも数日滞在していた。
 友人達は彼をふざけて将軍の王子様と呼んでいた。本人もその呼び名を笑って名乗ったのだった。
 周辺には日本からの移民が多く、日系人社会でその話が広がっていった。

「先の上様には御落胤がいる」
「もし本物だったら、彼が本当の将軍ではないか」

 そんな噂が広まり、すぐにサンフランシスコの総領事館にも伝わった。
 年齢が上様よりも上ということで、これは看過できぬと本国に報告された。
 上様はすぐに先の上様の側近や日誌を調査させ、四十四年前の訪米時にロスアンゼルスで現地の娼婦と一夜を過ごしたことを突き止めた。老中は娼婦の行方とジェームズ・Aの身辺を総領事館に調査するよう命じた。
 そんな中、サンフランシスコ駐在の総領事の元に見過ごしにできぬ情報が舞い込んだ。
 日系人の中には、現在の将軍家の政治に不満を抱く者が少なからずいた。その中でも主君の改易によって浪人となりアメリカに移民した者達が、ジェームズ・Aを担ぎ上げようとする動きを見せていたのである。
 この情報を外務担当の老中や外国奉行は重大な事案と認定し、在米の移民たちの動向を警察庁のテロ専従の捜査員達に監視させたところ、すでにインターネット上に「ジェームズ・Aこそ正当な将軍・今の将軍は偽物だ」と主張するサイトが作られ、日本でも呼応する動きがあることが判明した。
 日本の組織も浪人で構成されており、将軍及びその親族の暗殺を企てているという情報があった。
 もし、これが日本のマスコミで報道されたら、大変な騒ぎになる。すでにネット上では話題になりつつあった。
 ここに至り、ジェームズ・Aがまことの御落胤かどうか確認し、彼を担ぎ上げる組織を壊滅させるように上様が御庭番をはじめとする配下の者達に直々に命じた。
 が、御庭番や目付の中には国外に出たことのない者が多い。ということで、アメリカ留学経験のある夫、左京に白羽の矢が立った。
 上様は夫を城内に招き、御庭番や目付に英会話を教えさせ、怪しまれぬように身なりを変えさせた。
 すっかり支度が整うと、夫と数名の精鋭は日本への里帰りから帰国した日系二世や三世という偽りの旅券を持って渡米、ジェームズ・Aに接触しDNA鑑定を求めた。
 ジェームズ・Aは自分がネット上で正当な将軍と主張されていることを知らず、夫たちが日本政府の関係者だと知ると驚いたが、構わないと答え、翌日地元の施設で検体を採取することになった。彼は御落胤だったら家族が増えて嬉しいし、そうでなくとも話のタネになると笑っていた。
 だが、翌日約束の場所に彼は来なかった。家族に問い合わせると、約束の時間の二時間前に家を出たと言う。
 夫たちはジェームズ・Aが組織に拉致されたと考え、地元警察及びアメリカ連邦捜査局と協力しジェームズ・Aの行方を捜索、組織の隠れ家に突入し彼を助け出した。組織のメンバーは十人。彼らのうち五人は銃撃戦で死亡、残った五人は地元警察に逮捕された。
 拉致されたジェームズ・Aが無傷だったのは幸運だった。彼の証言で組織のリーダーが判明した。リーダーは銃撃戦で死亡していた。生き残った五人はカリフォルニア州の法律で裁かれることになった。
 DNA鑑定の結果、彼は日系だが上様とは兄弟ではないと判明した。
 彼が持っていた短刀は実母の父がオークションで入手した脇差で、実物を鑑定した専門家によると150年ほど前にさる大名家から盗まれたものであると判明した。ジェームズは自分が持ついわれはないと言い、後日、当該の大名家に脇差は返還された。
 また総領事館の調査で、先の上様の相手をした娼婦に妊娠出産した記録はなかった。
 ジェームズ・Aは御落胤ではなかった。
 一方、日本では若君様の暗殺未遂事件が起きた。
 私が運動会の時に遭遇した事件がそうだったのだ。
 実行犯の浪人二人と組織のリーダーは死罪、それ以外の浪人らはそれぞれの組織との関わりの度合いによって懲役刑が決まった。  
 その三人の死罪が今日の番組で報告されるのだ。





 ベテランアナウンサーが落ち着いた口調の中にも怒りをにじませて原稿を読んでいた。

『……この二人の浪人はまだ元服もされていない若君様を襲ったのです。幸いにもある御婦人と御老人の勇気ある行動によって若君様は難を逃れました。浪人は若君様の警護の者らに拘束され、取調の結果、組織の全貌が判明、首謀者ともども死罪と決まりました。執行されたのは今週の火曜日です。なお、若君様を助けた御婦人と御老人には先日上様から直筆の感謝状が送られました。これが信賞必罰のことわりというものです』

 この言葉通り、先週、私と芙二子さんのおじい様は城に招かれ花押付きの感謝状を頂いた。それどころか、同行した夫とともに将軍様御一家との昼食まで頂いた。芙二子さんのおじい様は洋食に目を丸くしていた。
 帰りしな、上様は三月から夫が西の丸勤めになると告げた。西の丸には三月に元服する若君様が入られる。

「息子のたっての希望でな。どうか、勉強するように尻を叩いてくれ」

 上様はまるで世間一般の父親と同じだった。
 若君様も世間一般の子どもと同じだった。

「父上、尻など叩かれなくとも勉強します。いちいちうるさく言われると勉強する気がなくなります」 

 夏休みの宿題で苦労していながらこの言葉である。
 ただ夫に言わせると、若君様はいったん始めたらかなりの集中力を発揮するらしい。計画性さえ身に付けば夏休みの宿題で悩むこともなくなるだろうとのことだった。本人も計画性を身につけようと、何やら予定表を作っているらしい。
 それはともかく、「今週の切腹」の後半の生中継も私達は固唾を呑んで見守った。
 今回は兵庫の叔父である。本来なら昨年のうちに刑に処されるはずだったが、先の上様の薨去後、半年ほど死罪が執行されなかったので、順送りで今年初めになったのである。
 折しも大学や高等学校、昌平黌等の入試を目前に控えた時期である。昌平黌の元理事の切腹は社会に大きな影響を与えるだろう。
 アナウンサーは事の経緯を説明し、昌平黌が昨年末に学頭以下理事を一新し改革を始めたことを伝えた後、長いコメントを付け加えた。

『一生懸命勉強してきた受験生の皆さんの夢を裏切る行為を二十年続けてきたことに憤りを感ぜざるを得ません。私事ですが、数年前に息子が受験し不合格の通知をいただきました。その後、別の高等学校を受けた後、今は大学の三年生。この事件の報道を見て、悔しがると同時に合格しなくてよかった、腐敗した学問の府で学ばずに済んでよかったと申しておりました。一方、この二十年、真面目に勉強して実力で合格した方もいるはずですが、その方たちにとってもこの一件、非常に衝撃的で腹立たしいことでしょう。けれど真面目に己の力で合格した方々には何の罪もありません。批判されるべきは、貧しくとも勉学に燃える若者たちの気持ちを踏みにじった大人たち、理事の面々です。この事件の捜査を指揮した火付盗賊改方頭の馳川勘兵衛殿は若者たちの学習する権利を奪った理事たちが取調の際に、黙秘権等の己の権利だけはやたら主張するのが腹立たしかったと述べています。確かに黙秘権は大事な権利です。しかしながら、聖人の教えを学んでいるはずの方々が、黙秘権を行使し己の利を守ろうとする姿は馳川殿でなくとも、見苦しく感じられます。論語読みの論語知らずとは、まさにこのことではないでしょうか』

 処刑場からのレポーターの実況が入ってこなければ、そのまま番組終了まで話し続けるのではないかという勢いだった。
 現場は府内の某屋敷の庭に面した一隅。白い小袖に浅葱色の裃をつけた老人のように見える男が現れた。年齢は六十いかないはずだが、痩せた身体といい白い髪といいどう見ても七十くらいに見えた。恐らく評定所の判決から刑の執行までの時間が長かったことで、心労が募ったのだろう。
 レポーターが 辞世の歌を読み上げた。

『若人の 蛍雪の 月日裏切りし 悔いぞ積もりて 今日ぞ果てぬる』

 若者の努力を無にした行為を悔いて詠んだ歌なのだろう。けれど、アナウンサーが言ったように、若者の気持ちを踏みにじったことに対する反省が切実に感じられないのはなぜだろう。今日命を終えたところで兄のような若者達の人生は元には戻らないのに。こんなふうに感じる私は冷たいのかもしれない。
 この世の最期の食事が運ばれた。だが、兵庫の叔父はそれを口にしなかった。
 膳が下げられ三方の上に切腹用の刀が用意された。
 介錯人の山田浅右衛門が登場し検視役が席に着いた。
 私達も改めて姿勢を正した。

『拙者、介錯を仕る山田浅右衛門と申す』

 今回が介錯七十五回目だというのに、丁寧な姿勢と口調を崩さない。どんな人間であっても奪う命に敬意を表し誠実に向き合う。仕事は違うけれど、見習いたいと思える。
 介錯人は清められた刀を八双に構えた。
 兵庫の叔父は左手で短刀を手にし、右手を添えて押し頂いた。
 画面は一転、水鳥が池から羽ばたくシーンに変わった。

『先ほど、検視役が死亡を確認しました。これにて儀式は終了いたします』

 辞世の歌が見事な筆文字で画面に映し出された。背景の画面は霧氷に覆われた冬の山だった。
 最後にアナウンサーがコメントを述べるのだが、今回は目付の鈴木刑部がスタジオに出演した。

『今回の一件の被害者は受験生だけではありません。一昨年の十二月に切腹を遂げられた備後殿もまた被害者でした。備後殿は息子の合格を願い、理事らに多額のまいないを贈っていました。それは元はといえば、不正請求した出張旅費でした。堂島の米市場の先物投資に失敗したのは事実ですが、それ以上の額の賂を理事に求められ、不正を犯してしまったのです。出張旅費の不正請求は公務員として許されないことですが、その一因が入試の不正だったのです。監査と我々目付が捜査した際、その事実の追及まで至らなかったため、入試の不正の追及が遅れることになりました。まことに口惜しい限り。我ら目付の不徳の致すところ。故にそれがしはこの度、責めを負い職を辞したいと存じます』

 まさか、現職目付の辞職宣言が飛び出すとは誰も思わなかった。不正入試の一件は彼の手柄であるのに。
 母上だけは刑部らしいと言った。
 最後にベテランアナウンサーがお知らせを伝えた。

『四月から「今週の切腹」は装いも新たにリニューアルします。そこで三月に視聴者が選ぶ名場面集を放送いたします。番組のサイトから投票が出来ますので皆さま奮ってご投票をお願いします。それでは今夜はこの辺で。どうか来週の放送がありませんように』

 最後の決まり文句で番組は終わった。
 7時の時報が鳴り、ニュースが始まった。
  

 


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