初恋はいつ実る?

三矢由巳

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33 学習発表会

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 木曜日が来た。学習発表会である。
 いつもより早く家を出たのは準備のために早めに登校する生徒がいるから。
 教室ではすでに出演者が最後の練習をしていた。脚本を書いた千寿子さんや演出の松重まつえさんが演技を見ながら最終のチェックをしていた。
 見ていると大岡越前役の計枝かずえさんの足の運びが少し変わっていた。前は男性らしさを意識したのかずいぶん速足で音を立てていたのに、ゆっくりと音を立てずに歩いている。父親を観察すると言っていたからその影響だろうか。

「計枝さん、その感じでいいよ」

 松重さんが言うからこれでいいのだろう。千寿子さんは言った。

「いかにもできるお役人て感じ」

 できるお役人に小学校六年の千寿子さんは会ったことがあるのだろうか。でも、うるさい足音は確かに品がない。御奉行様に品のない足音は似合わない。
 一回通したところで、職員会の時間が迫り、私は職員室に向かった。
 学習発表会前の職員会ということで、例年のように各係からの連絡があった後、校長が珍しく立ち上がった。

「先生方にお知らせがあります。本日の学習発表会をさるやんごとなき御方が御観覧になられることが昨日御公儀より伝えられました」

 昨日伝えられたとはずいぶん急な話だった。貴人の来訪は少なくとも半年以上前から決まっている。私の卒業した女学校に前の上様の御台所様がおいであそばした時は一年前から先生方は準備していた。そのおかげで学校の設備も改善された。
 今回のお出ましは一体誰なのか、何故急に連絡があったのか。わけのわからないことばかりだった。よもや、上様、あるいは御台所様ではあるまいか。姫様が三人おいでだから、そのうちのお一人か。

「時間は午後の部開始から2時までの一時間とのことです。貴賓席は今朝早く設営担当の先生方に急遽体育館の後部にしつらえていただきました。出迎えについては不要とのことです。当校には貴賓室がありませんので、応接室を控室に使っていただきます。そちらは事務で対応します。生徒・観覧の保護者には伝えないように。あくまでもふだんの生徒の姿を見たいとのこと。また警備担当者が保護者席に数名入っておりますので、そのつもりで」

 午後の部開始からということは六年梅組の演劇からではないか。私は大変なことになったと思った。内容に御政道批判はないはずだから演劇が問題になるはずはないと思うが。
 職員会が終わった後、校長に呼ばれた。

「梅組の芙二子さんに、お帰りの際の花束贈呈をしてもらいますから、2時10分前に体育館の後方に行くように。体育の先生が花束を用意していますので。午後の部の前に伝えてください」
「かしこまりました」

 芙二子さんは背景の制作係で、演劇の出演者ではないので時間通りに行けるだろう。
 問題は演劇の出演者だった。後方の急ごしらえの貴賓席は舞台の真正面のはずである。いくら舞台以外は暗いといっても真正面の席は目立つ。何も知らされずに舞台に上がった生徒の困惑や緊張を想像し、私は困ったことになったと思った。
 同じことを考えていたのは、演劇の次に舞踊を披露する三年桜組の担任だった。舞踏の次に合唱をする五年松組の担任も困っていた。
 三人顔を突き合わせていると、そこへ体育の先生が戻って来た。

「体育館の貴賓席を片付けるから手の空いた先生手伝ってください」

 どういうことか尋ねると、警備担当者から目立つ席にすると保安上の問題が生じるから撤去してくれと言われたとのことだった。
 こうしてやんごとなき御方は校長や教頭の並ぶ舞台から見て左側の席に座るということになった。
 これなら舞台の上の出演者の目に留まりにくいので緊張し過ぎることはないと私達はほっとした。





 開始10分前に生徒は体育館に入った。後方の保護者席はまだ満席にはなっていない。運動会と違って平日なので、自分の子どもが出る演目だけ見て帰る保護者も多い。
 その中に芙二子さんのおじい様もいた。どうやら運動会以来孫の学校の保護者会活動参加に生きがいを見出したらしい。今や同じ組の保護者だけでなく、保護者会会長とも打ち解けているようで何やら楽しそうに話している。
 午前中は低学年の舞踊や高学年の謡曲、中学年の合唱、組単位の研究発表等が行われた。今年もいろいろと趣向に富んでおり、保護者からの拍手が続いた。
 午前の部が終わると六年梅組の生徒はすぐに教室に戻って急いで昼食をとり、演劇の準備に入った。舞台装置は体育館の舞台袖に置いてあるので、大道具係が設営に取り掛かった。
 私は芙二子さんを呼んで、お客様に花束贈呈をするので2時10分前に体育館の後方にいる体育の先生のところに行くように伝えた。
 
「お客様がおいでになるのですか」
「ええ。ただし誰にも言わないように」
「はい」

 芙二子さんは明るい声で返事をした。
 午後の部開始5分前には舞台の設営・出演者の着替え・照明係の準備が終わり、後は開始の鐘を待つばかりだった。
 全校生徒も保護者も体育館に入っている。
 開始の鐘が鳴ると同時に体育館の照明が消され舞台照明だけになり、幕が上がった。
 舞台は町奉行所の御白州。そこに主人公万里と万里に金を取られたというゆきが座っている。傍らには奉行所の役人が控えている。
 ナレーションの生徒が裕福な商人安東屋の一人娘万里が近所に住む職人の娘ゆきに窃盗で訴えられたと説明したところへ、町奉行大岡越前守が登場し、裁きが始まった。
 生徒も保護者も舞台の上に集中していた。
 ただ教職員だけが校長の座る席をちらちらと見ていた。私もその一人だった。
 照明が消え薄暗くなった中、その人はいつの間にか体育館に入り、校長の横の席に座った。校長と教頭が立とうとすると、傍の者が手ぶりでそのままと指示したので二人とも立たなかった。
 見たところ、生徒とさほど年の変わらない少年だった。前髪があり羽織袴姿だが、薄暗いので顔はよくわからない。舞台の方を一生懸命見ているようだった。
 




 舞台では、ゆきが証言をしていた。金を盗まれた夜、障子に万里の髪型のような船の影が見えたと言い、それを再現した女が舞台に登場すると皆大笑いだった。なんと高く結った髪に樽廻船が載っていたのだ。
 
「かような珍妙な髪の者がいるのか」
「はい。万里は贅沢を好み、結った髪に船を載せて得意になっておりました」

 ゆきの証言に万里は叫ぶ。

「私は無罪です。確かにこんな髪型にしたことはあります。でも盗みのあったという夜はこんな形ではありません」

 その髪型を再現した女が現れると皆また笑った。今度は頭の上に鳥かごが載っている。
 奉行は困惑の表情になった。
 そこへ次々と証人が現れ、我儘で贅沢の好きな万里の日頃の行いを語っていく。
 あまりに贅沢をするので父親から小遣いをもらえなくなったという証言の後で、別の友人が語る。

「今挿しているかんざしはゆきさんがお金を盗まれた後に挿していました。一体、それをどうやって買ったのやら」

 友人の証言で万里は窮地に追い込まれる。

「万里、その簪はいかにして手に入れたのだ」

 奉行の問いかけに万里は答えられない。

「ゆきから盗んだ金で買ったのか」
「違います」
「ならば、どこでどうやって手に入れたか答えられるはず」
「それは……」

 うつむく万里にゆきはやはり金を盗んだから言えないのだと言う。
 奉行は死罪になるが、よいかと万里に尋ねる。
 万里は死罪になるなら仕方ない、でも盗んではいないと言う。
 奉行は不審に思い、いったん裁きを止める。
 ここで舞台は暗転。
 大岡越前守が観客に語りかける。

「ゆきが見た船の影とは何だったのか? そして、万里は簪をどうやって手に入れたのか? 本当に万里は金を盗んだのか? もし盗んでいないとしたら誰が盗んだのか? 皆さんも考えてみてください」

 生徒たちは舞台に集中していて、校長の隣に座る少年にまったく気づいていない。保護者の一部は気付いているようだったが、少年の背後に二人も刀を持った男が立っているのを見れば凝視するわけにもいかないようだった。





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