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31 大舞踏会
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戴冠記念の大舞踏会は宮殿の大広間と隣の広間、それに庭園で行われる。庭園のあちこちに赤々と松明が灯され、飲み物と軽食を出すテントがいくつも並んでいる。踊りに飽いた人々がそこで飲食するのである。
無論、国王がそこに並ぶことはない。国王は大広間の玉座から踊る人々を見ることなく、大勢の賓客の挨拶を受けるのだった。
「ラグランド王国フランク三世陛下です」
外務省の事務官が次の面会者の名を告げる。
フランク王は30歳、堂々たる身体をしていた。五代前にローテンエルデ王国の王女がラグランドの国王に嫁いでいるので親戚である。
「このたびは御即位おめでとうございまする」
「どうもありがとう」
普通はこれだけのやり取りで終わる。なにしろ百人以上の内外の賓客が挨拶に来るのである。長話などできない。だが、フランク王は親戚ということなのか態度も身体同様堂々としていた。
「御母堂が我が国にお出ましにあらせられたことがあると伺うたが、まことのことであらせられるか」
「はい。その節は貴国の国民の皆様にお世話になりました」
「うむ。我が国の民は貿易に携わる者が多い故外からの者に寛容な気風がある。今後も貴国との友好の絆を結びたきものなり」
「まことに」
事務官が軽く咳払いした。振り返り大勢並んでいるのを見たフランク王は失礼つかまつると言ってその場を辞した。
挨拶が終わる頃には、多くの賓客が庭で飲食をしていた。踊っているのは体力のある若い貴族の令息令嬢である。
最後に踊ることになっていたが、これなら誰も見やしないだろうと思ってほっとしていると、侍従長が大広間どころか庭まで聞こえる声を張り上げた。
「皆様、大広間にお集まりください。これより新国王陛下が踊られます。皆様もどうぞご一緒に」
貴族や賓客たちは広間に集まり始めた。新しい王の踊りが果たしてどんなものか、皆好奇心にあふれた眼差しである。
これも仕事だ、仕方ないと思っていると、フランク王がやって来た。
「シュターデン公爵令嬢と踊ってもよいか」
「彼女がよいと言うなら構わないが」
「かたじけない」
踊るような足取りでフランク王はアレクサンドラの元へ向かった。やはり美人に男は惹きつけられるものらしい。男嫌いの彼女がダンスの申込を受けるかはわからないが。
グスタフは事前の打ち合わせで既婚の伯爵夫人と踊ることになっていた。女官長は執拗にアレクサンドラと踊らせようとしたが、男嫌いの彼女の気持ちを考えたらできないと言って断った。そう言われたら女官長もどうしようもない。国王の家臣への配慮を無視するなどできなかった。
相手の伯爵夫人は元女官で40歳、夫は宮内省の局長をしている。仲睦まじい夫婦だと聞いている。侍従長が彼女なら間違いを起こす心配はないと太鼓判を押した。
だが、夫人の姿が見当たらない。
侍従がやって来て耳打ちした。
「ハイデマン伯爵夫人は急な病ということで退席しました」
ダンスの相手がいない。侍従や秘書官らは慌てて相手のいない貴婦人を探し始めた。そういう貴婦人は何人かいたが、皆国王と踊ると聞かされると遠慮しますと言う。70を超えた老伯爵夫人が名乗りを上げたが、夫の伯爵が見苦しいと止めた。
いないならそれでいいではないかとグスタフは思う。王になってもあきらめねばならぬことはあるのだ。だが、家臣はそうは思わないらしい。
次第に増え始めた広間の人々の間からひときわ強い視線を感じた。フランク王の優越感に満ちた視線だった。彼の横にはアレクサンドラがいた。公爵令嬢として出席しているので、衣装は他の貴族の女性達よりも上質の生地を使ったものだった。深い青のせいで地味に見えるが見る人が見れば豪華な衣装だった。表情はいつもと変わらない。大舞踏会も彼女にとっては仕事の一つに過ぎないのだろう。他国の王をもてなすのは大事な仕事だ。いや、もしかするとフランク王の堂々とした態度に感服したのかもしれない。そんなことをグスタフは思っていた。
「エルンスト、何を」
思わず呟いていた。エルンストはアレクサンドラの傍に行き何事か耳打ちした。彼女は仕事中と同じように頷いた。そして、フランク王に何事か告げドレスの裾を軽くつまみ挨拶をすると、エルンストとともにこちらへ軽やかに進み出た。
「陛下、シュターデン公爵令嬢に申し込みを」
エルンストの真剣な表情にグスタフは思わずうなずいていた。否と答えれば死んでしまうのではないかと思われたのだ。
「シュターデン公爵令嬢、踊ってくださいませんか」
女性からダンスに誘うわけにはいかない。アレクサンドラははいと言い、グスタフの差し出した手を受け入れた。
どうやらダンスをあきらめることは許されぬらしい。エルンストはグスタフの一連の動作を見て安堵したようにその場から下がった。
侍従や他の秘書官たちもほっとした表情で持ち場に戻った。ただしフランク王だけは不満げな顔つきであったが。
楽団が音楽を奏で始めた。グスタフは教わったようにアレクサンドラの腕をとり、大広間の中央に進み出た。周りを取り囲む賓客や貴族の視線が二人に一斉に注がれる。
グスタフは深く息を吸い、アレクサンドラとともに典雅な曲の演奏に合わせて足を動かした。それに合わせて、時にリードするようにアレクサンドラは踊った。
周囲の人々も踊り始めた。フランク王は壁の花となっていた子爵令嬢を誘い踊り始めた。令嬢はラグランドの国王に誘われて有頂天になり何度もステップを間違えたが、王は足を踏まれても意に介さなかった。
麗しい踊りの輪を見つめるエルンストはこれで良かったのだと自分に言い聞かせていた。
無論、国王がそこに並ぶことはない。国王は大広間の玉座から踊る人々を見ることなく、大勢の賓客の挨拶を受けるのだった。
「ラグランド王国フランク三世陛下です」
外務省の事務官が次の面会者の名を告げる。
フランク王は30歳、堂々たる身体をしていた。五代前にローテンエルデ王国の王女がラグランドの国王に嫁いでいるので親戚である。
「このたびは御即位おめでとうございまする」
「どうもありがとう」
普通はこれだけのやり取りで終わる。なにしろ百人以上の内外の賓客が挨拶に来るのである。長話などできない。だが、フランク王は親戚ということなのか態度も身体同様堂々としていた。
「御母堂が我が国にお出ましにあらせられたことがあると伺うたが、まことのことであらせられるか」
「はい。その節は貴国の国民の皆様にお世話になりました」
「うむ。我が国の民は貿易に携わる者が多い故外からの者に寛容な気風がある。今後も貴国との友好の絆を結びたきものなり」
「まことに」
事務官が軽く咳払いした。振り返り大勢並んでいるのを見たフランク王は失礼つかまつると言ってその場を辞した。
挨拶が終わる頃には、多くの賓客が庭で飲食をしていた。踊っているのは体力のある若い貴族の令息令嬢である。
最後に踊ることになっていたが、これなら誰も見やしないだろうと思ってほっとしていると、侍従長が大広間どころか庭まで聞こえる声を張り上げた。
「皆様、大広間にお集まりください。これより新国王陛下が踊られます。皆様もどうぞご一緒に」
貴族や賓客たちは広間に集まり始めた。新しい王の踊りが果たしてどんなものか、皆好奇心にあふれた眼差しである。
これも仕事だ、仕方ないと思っていると、フランク王がやって来た。
「シュターデン公爵令嬢と踊ってもよいか」
「彼女がよいと言うなら構わないが」
「かたじけない」
踊るような足取りでフランク王はアレクサンドラの元へ向かった。やはり美人に男は惹きつけられるものらしい。男嫌いの彼女がダンスの申込を受けるかはわからないが。
グスタフは事前の打ち合わせで既婚の伯爵夫人と踊ることになっていた。女官長は執拗にアレクサンドラと踊らせようとしたが、男嫌いの彼女の気持ちを考えたらできないと言って断った。そう言われたら女官長もどうしようもない。国王の家臣への配慮を無視するなどできなかった。
相手の伯爵夫人は元女官で40歳、夫は宮内省の局長をしている。仲睦まじい夫婦だと聞いている。侍従長が彼女なら間違いを起こす心配はないと太鼓判を押した。
だが、夫人の姿が見当たらない。
侍従がやって来て耳打ちした。
「ハイデマン伯爵夫人は急な病ということで退席しました」
ダンスの相手がいない。侍従や秘書官らは慌てて相手のいない貴婦人を探し始めた。そういう貴婦人は何人かいたが、皆国王と踊ると聞かされると遠慮しますと言う。70を超えた老伯爵夫人が名乗りを上げたが、夫の伯爵が見苦しいと止めた。
いないならそれでいいではないかとグスタフは思う。王になってもあきらめねばならぬことはあるのだ。だが、家臣はそうは思わないらしい。
次第に増え始めた広間の人々の間からひときわ強い視線を感じた。フランク王の優越感に満ちた視線だった。彼の横にはアレクサンドラがいた。公爵令嬢として出席しているので、衣装は他の貴族の女性達よりも上質の生地を使ったものだった。深い青のせいで地味に見えるが見る人が見れば豪華な衣装だった。表情はいつもと変わらない。大舞踏会も彼女にとっては仕事の一つに過ぎないのだろう。他国の王をもてなすのは大事な仕事だ。いや、もしかするとフランク王の堂々とした態度に感服したのかもしれない。そんなことをグスタフは思っていた。
「エルンスト、何を」
思わず呟いていた。エルンストはアレクサンドラの傍に行き何事か耳打ちした。彼女は仕事中と同じように頷いた。そして、フランク王に何事か告げドレスの裾を軽くつまみ挨拶をすると、エルンストとともにこちらへ軽やかに進み出た。
「陛下、シュターデン公爵令嬢に申し込みを」
エルンストの真剣な表情にグスタフは思わずうなずいていた。否と答えれば死んでしまうのではないかと思われたのだ。
「シュターデン公爵令嬢、踊ってくださいませんか」
女性からダンスに誘うわけにはいかない。アレクサンドラははいと言い、グスタフの差し出した手を受け入れた。
どうやらダンスをあきらめることは許されぬらしい。エルンストはグスタフの一連の動作を見て安堵したようにその場から下がった。
侍従や他の秘書官たちもほっとした表情で持ち場に戻った。ただしフランク王だけは不満げな顔つきであったが。
楽団が音楽を奏で始めた。グスタフは教わったようにアレクサンドラの腕をとり、大広間の中央に進み出た。周りを取り囲む賓客や貴族の視線が二人に一斉に注がれる。
グスタフは深く息を吸い、アレクサンドラとともに典雅な曲の演奏に合わせて足を動かした。それに合わせて、時にリードするようにアレクサンドラは踊った。
周囲の人々も踊り始めた。フランク王は壁の花となっていた子爵令嬢を誘い踊り始めた。令嬢はラグランドの国王に誘われて有頂天になり何度もステップを間違えたが、王は足を踏まれても意に介さなかった。
麗しい踊りの輪を見つめるエルンストはこれで良かったのだと自分に言い聞かせていた。
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