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29 宮殿へ

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 翌日5日、グスタフは宰相ライマンからの命を受け、宮殿に参上した。エルンストも他の公爵家の関係者とともにお供をした。
 初めて入る広大な宮殿でグスタフを迎えたのはライマンの秘書だった。彼はグスタフ一人を奥向きの国王の間に案内した。香が焚かれた室内でグスタフは薄いカーテン越しに国王と対面した。無論、すでに亡くなっているから寝台に横になったままである。だが、生きていることになっているから、側近らしい老人がグスタフの挨拶をカーテンの向こうに伝えて、あたかも生きているかのように振る舞っていた。以前のグスタフなら馬鹿らしいと言うところだが、これも混乱を避けるためのことと今は納得し、茶番劇につきあった。
 控えの間に戻りしばらくすると、宰相から呼ばれて今度は会議室に入った。初めて会う宰相を役者のようだとグスタフは思った。年に一度か二度祭の時に来る旅芝居の一座にはこんな顔の色男がいて女達を夢中にさせていた。国王の生母と噂があってもおかしくない。
 会議室でレームブルック公爵が国王陛下の後見役に選ばれたことが告げられた。
 そこへ国王の側近の老人が入ってきて、「陛下が御隠れあそばしました」と報じた。
 大臣たちは一斉に弔意を示すために立ち上がり、俯き胸に手を当てた。グスタフもそれに倣った。
 その後、宰相ライマンは大臣たちを見回し、国政の混乱を回避するために後見役を国王に推挙したいと言った。全員が異議なしと言い、すべてが決まった。
 そのまま、グスタフは宮殿内に用意された新国王の住まいに移った。供についてきたエルンストらも国王の側近として宮殿内に控えの間を与えられた。



 その日のうちに、国内及び外交関係のある国々にすぐに国王ハインツ3世の逝去と新国王グスタフ2世の即位が知らされた。国王の死は以前から国民の間でひそかに語られていたせいか、それによる混乱はなかった。
 当然のことだが、国内の貴族からは新国王は妾腹だから認められぬという意見が出た。だが、ここで物を言ったのは、前レームブルック公爵の再婚だった。ヴェルナー男爵未亡人は正式な妻となったのだからその子は妾腹ではないという理屈である。出自で文句を言う者はいなくなった。
 次に問題になったのは、公爵家のたび重なる不幸であった。人々はあまりにも出来過ぎたグスタフの相続に、人為的な力が働いているのではないかと推理をめぐらせた。即位の約一か月後に前公爵が亡くなったことで疑惑は膨れ上がった。これにはグスタフも参った。恐らく噂の出どころはエリーゼらしく、かなり詳しい噂が広まっていたのだ。
 助け舟を出したのは長姉のビアンカの夫ゲプハルト侯爵だった。謹厳な侯爵は貴族の監察を行なう宮内省の副大臣として調査を命じた。調査はレームブルック公爵領にも及んだ。その結果、グスタフには何の瑕疵もないこと、害獣の猪や鹿を狩り農民に肥料の指導をして多くの領民に慕われていることなどが報告された。これにより多くの国民が新国王に期待の目を向けることとなった。
 一方、先のゲプハルト侯爵の調査で長男ゲオルグと次女エリーゼのグスタフ殺害未遂が暴かれた。グスタフの命令で公表されなかったものの、ゲオルグとエリーゼのそれぞれの婚約は白紙となった。ゲオルグは厳しい戒律の修道院に、エリーゼは山間の女子修道院にそれぞれ預けられ、外部との接触が禁じられた。彼らが修道院の外に出たのは死後のことである。
 ブリギッテは前公爵の死後、別邸に移っており、レームブルック公爵の一族は屋敷からいなくなった。
 レームブルック公爵家をこのまま廃するのは忍びないと宮内省では後継者となる四男クルトの行方を探した。だが、貿易会社に勤めるクルトは航海の途上にあり所在は不明、連絡を取ることも不可能だった。
 というわけで女子修道院で教育を受けていた三女アーデルハイドが戻され、後にシュターデン公爵の母の実家の伯爵家の子息と結婚しレームブルック公爵家を継いだ。
 公爵家の問題はほぼ解決したものの、グスタフは前国王の生母ディアナの処遇に悩んだ。国王になれたのは私のおかげというばかりの態度は目に余った。生活費を以前と同額出すように迫られ、さすがにグスタフも堪忍袋の緒が切れた。
 まず根回しをし、宰相以外の大臣の同意を得た上で、ディアナに宮殿外に屋敷を与え、その代わりに生活費を減らすことを提案した。宰相ライマンは前国王の生母への敬意に欠けていると難色を示した。が、窮屈な宮殿を出て屋敷で暮らせるのならとディアナ本人が了承した。これによって、国家予算の歳出の1パーセントが減ったという。
 根回しの手助けをしたのはシュターデン公爵の妹アレクサンドラである。



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