上 下
29 / 39

29 宮殿へ

しおりを挟む
 翌日5日、グスタフは宰相ライマンからの命を受け、宮殿に参上した。エルンストも他の公爵家の関係者とともにお供をした。
 初めて入る広大な宮殿でグスタフを迎えたのはライマンの秘書だった。彼はグスタフ一人を奥向きの国王の間に案内した。香が焚かれた室内でグスタフは薄いカーテン越しに国王と対面した。無論、すでに亡くなっているから寝台に横になったままである。だが、生きていることになっているから、側近らしい老人がグスタフの挨拶をカーテンの向こうに伝えて、あたかも生きているかのように振る舞っていた。以前のグスタフなら馬鹿らしいと言うところだが、これも混乱を避けるためのことと今は納得し、茶番劇につきあった。
 控えの間に戻りしばらくすると、宰相から呼ばれて今度は会議室に入った。初めて会う宰相を役者のようだとグスタフは思った。年に一度か二度祭の時に来る旅芝居の一座にはこんな顔の色男がいて女達を夢中にさせていた。国王の生母と噂があってもおかしくない。
 会議室でレームブルック公爵が国王陛下の後見役に選ばれたことが告げられた。
 そこへ国王の側近の老人が入ってきて、「陛下が御隠れあそばしました」と報じた。
 大臣たちは一斉に弔意を示すために立ち上がり、俯き胸に手を当てた。グスタフもそれに倣った。
 その後、宰相ライマンは大臣たちを見回し、国政の混乱を回避するために後見役を国王に推挙したいと言った。全員が異議なしと言い、すべてが決まった。
 そのまま、グスタフは宮殿内に用意された新国王の住まいに移った。供についてきたエルンストらも国王の側近として宮殿内に控えの間を与えられた。



 その日のうちに、国内及び外交関係のある国々にすぐに国王ハインツ3世の逝去と新国王グスタフ2世の即位が知らされた。国王の死は以前から国民の間でひそかに語られていたせいか、それによる混乱はなかった。
 当然のことだが、国内の貴族からは新国王は妾腹だから認められぬという意見が出た。だが、ここで物を言ったのは、前レームブルック公爵の再婚だった。ヴェルナー男爵未亡人は正式な妻となったのだからその子は妾腹ではないという理屈である。出自で文句を言う者はいなくなった。
 次に問題になったのは、公爵家のたび重なる不幸であった。人々はあまりにも出来過ぎたグスタフの相続に、人為的な力が働いているのではないかと推理をめぐらせた。即位の約一か月後に前公爵が亡くなったことで疑惑は膨れ上がった。これにはグスタフも参った。恐らく噂の出どころはエリーゼらしく、かなり詳しい噂が広まっていたのだ。
 助け舟を出したのは長姉のビアンカの夫ゲプハルト侯爵だった。謹厳な侯爵は貴族の監察を行なう宮内省の副大臣として調査を命じた。調査はレームブルック公爵領にも及んだ。その結果、グスタフには何の瑕疵もないこと、害獣の猪や鹿を狩り農民に肥料の指導をして多くの領民に慕われていることなどが報告された。これにより多くの国民が新国王に期待の目を向けることとなった。
 一方、先のゲプハルト侯爵の調査で長男ゲオルグと次女エリーゼのグスタフ殺害未遂が暴かれた。グスタフの命令で公表されなかったものの、ゲオルグとエリーゼのそれぞれの婚約は白紙となった。ゲオルグは厳しい戒律の修道院に、エリーゼは山間の女子修道院にそれぞれ預けられ、外部との接触が禁じられた。彼らが修道院の外に出たのは死後のことである。
 ブリギッテは前公爵の死後、別邸に移っており、レームブルック公爵の一族は屋敷からいなくなった。
 レームブルック公爵家をこのまま廃するのは忍びないと宮内省では後継者となる四男クルトの行方を探した。だが、貿易会社に勤めるクルトは航海の途上にあり所在は不明、連絡を取ることも不可能だった。
 というわけで女子修道院で教育を受けていた三女アーデルハイドが戻され、後にシュターデン公爵の母の実家の伯爵家の子息と結婚しレームブルック公爵家を継いだ。
 公爵家の問題はほぼ解決したものの、グスタフは前国王の生母ディアナの処遇に悩んだ。国王になれたのは私のおかげというばかりの態度は目に余った。生活費を以前と同額出すように迫られ、さすがにグスタフも堪忍袋の緒が切れた。
 まず根回しをし、宰相以外の大臣の同意を得た上で、ディアナに宮殿外に屋敷を与え、その代わりに生活費を減らすことを提案した。宰相ライマンは前国王の生母への敬意に欠けていると難色を示した。が、窮屈な宮殿を出て屋敷で暮らせるのならとディアナ本人が了承した。これによって、国家予算の歳出の1パーセントが減ったという。
 根回しの手助けをしたのはシュターデン公爵の妹アレクサンドラである。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

堕とされた悪役令息

SEKISUI
BL
 転生したら恋い焦がれたあの人がいるゲームの世界だった  王子ルートのシナリオを成立させてあの人を確実手に入れる  それまであの人との関係を楽しむ主人公  

転生令息の、のんびりまったりな日々

かもめ みい
BL
3歳の時に前世の記憶を思い出した僕の、まったりした日々のお話。 ※ふんわり、緩やか設定な世界観です。男性が女性より多い世界となっております。なので同性愛は普通の世界です。不思議パワーで男性妊娠もあります。R15は保険です。 痛いのや暗いのはなるべく避けています。全体的にR15展開がある事すらお約束できません。男性妊娠のある世界観の為、ボーイズラブ作品とさせて頂いております。こちらはムーンライトノベル様にも投稿しておりますが、一部加筆修正しております。更新速度はまったりです。 ※無断転載はおやめください。Repost is prohibited.

竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井
BL
竜人の国、アルディオンの王ジークハルトの后リディエールは、か弱い人族として生まれながら王の唯一の番として150年竜王妃としての努めを果たしてきた。 2人の息子も王子として立派に育てたし、娘も3人嫁がせた。 これからは夫婦水入らずの生活も視野に隠居を考えていたリディエールだったが、ジークハルトに浮気疑惑が持ち上がる。 帰れる実家は既にない。 ならば、選択肢は一つ。 家出させていただきます! 元冒険者のリディが王宮を飛び出して好き勝手大暴れします。 本編完結しました。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。

BBやっこ
BL
実家は商家。 3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。 趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。 そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。 そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!

最終目標はのんびり暮らすことです。

海里
BL
学校帰りに暴走する車から義理の妹を庇った。 たぶん、オレは死んだのだろう。――死んだ、と思ったんだけど……ここどこ? 見慣れない場所で目覚めたオレは、ここがいわゆる『異世界』であることに気付いた。 だって、猫耳と尻尾がある女性がオレのことを覗き込んでいたから。 そしてここが義妹が遊んでいた乙女ゲームの世界だと理解するのに時間はかからなかった。 『どうか、シェリルを救って欲しい』 なんて言われたけれど、救うってどうすれば良いんだ? 悪役令嬢になる予定の姉を救い、いろいろな人たちと関わり愛し合されていく話……のつもり。 CPは従者×主人公です。 ※『悪役令嬢の弟は辺境地でのんびり暮らしたい』を再構成しました。

処理中です...