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28 結婚とは
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思いもよらぬことにグスタフは間抜けな声を発していた。この男に妹がいたのか。だとすればこんな顔をしているのだろうか。綺麗な顔だが、エルンストには劣るのではなかろうか。
「アレクサンドラは男嫌いで他の貴族の男が近づかぬように後宮に仕える女官となってしまったのです。だがあたら奥向きに埋もれさせるには惜しい美貌なのです」
兄に似ているのならそうなのだろう。だが、グスタフは女性に心惹かれたことがない。
「しかし、私は女性のことは無知で」
「それは結構。無知ならこれから知ればよいのです。妹は知ればしるほど面白いかと」
「ですが、後宮に仕えるような女官から見れば私は田舎者で粗野でつまらぬ者かと」
「なおさら結構。あれは私のような都育ちの男を嫌っているのです。粗野だと仰せですが、そんなものは礼儀作法を学べばなんとかなるものです。つまらぬかどうかはあなたが決めることではない。私は十分あなたは面白い男だと思うのですがね。それに、二つの公爵家が婚姻で結び付けば、それぞれの家臣たちも納得しましょう」
「え?」
「うちの家臣たちはレームブルック公爵家のせいで、私がこんな身体になったと思っていましてね。よく手入れされた猟銃が暴発するはずがないからと。私もそう思うんですが、証拠のないことなのでレームブルック家を責めるつもりはありません。レームブルックの家臣の皆様は正直田舎から出て来たあなたのことを公爵と認めたくないでしょう。だが、あなたが妹と結婚すれば認めざるを得ないでしょう。当家の家臣もレームブルック家が縁戚となれば、猟銃のことをとやかく言いますまい。貴族の結婚とはそういうものなのです。相手の家柄で決まると言っていい」
貴族らしからぬ率直さだった。レームブルックの家臣の気持ちまで推し量るとは。
だが、肝心の妹の気持ちはどうなのか。
「妹さんのお気持ちは」
「あれの気持ちは気にしなくていいです」
「あれ……」
「妹も貴族の結婚を理解しています」
父とアデリナの結婚が頭の中をよぎった。あんな生活になるとしたら、お互い不幸ではないのか。男嫌いの公爵令嬢と女性を好きになったことのない自分の結婚の結末がどうなるか、想像もできないくらい恐ろしい。
何より、エルンストの立場がどうなるのか。
「結婚したら後はお互い自由です。あなたが王になったらなおさらです。愛妾を持てばいいのです。アレクサンドラもそれなりに楽しむことでしょう」
公爵の言葉は衝撃的だった。領地の男女はそんなことはしなかった。皆夫と妻は仲睦まじかった。時々浮気をした夫を家から追い出した妻はいたが。
「貴族の結婚とはそういうものなのですか」
「ええ。返事はすぐでなくてもいいですよ。よくよくお考えを。宮殿の後宮に行けば妹がいますから、一度話しでもすればいい。あれはちょっと変わっているが、お気に召すかと」
言いたいことだけ言ってシュターデン公爵は帰った。
夜、寝室に来たエルンストに話そうかと思ったが、話す前に情熱的な口づけと抱擁を受ければ何も口にできなくなった。
目覚めるとエルンストはすでにいなかった。グスタフは話す機会を逸してしまった。
翌日訪れた公爵家は悲しみに沈んでいた。コルネリウスの死が公式に発表され、カスパルの遺体がレームブルックの領地から搬送されたので、公爵夫人とともに葬儀が行われることになったのである。
都の大聖堂で行われた葬儀には大勢の貴族たちがつめかけた。だが、グスタフはすぐに彼らが心からの哀悼だけで集まったのではないことに気付いた。
病で参列できぬ公爵、同じく病を理由に参列せぬ長男の子爵の事情をあれこれと噂する者、参列するグスタフを指さして田舎者と嘲笑する者、喪服のエリーゼを見て「御気の毒に、婚約は解消よ」と言う夫人等、公爵家の不幸をどこか楽しんでいるように見えた。
これが貴族かと思う一方で、村でも人は噂話が好きだったことを思い出す。人は結局どこに住んでいようとどんな身分であろうと大きな違いはないらしい。
そんな人々がどよめいたのは国王の生母ディアナが大聖堂に入って来た時だった。
美貌の生母はグスタフに気付くと、軽く会釈をした。人々は顔を見合わせた。これはどういうことだと。彼らが出した結論は翌日の大臣会議での結論と同じだった。
葬儀の後、大聖堂から棺に従って出て行くグスタフに人々は丁重に頭を下げた。田舎者と笑っていた者たちまでもがグスタフに敬意を示した。
グスタフは国王の生母の会釈一つで人々の自分に対する態度が全く変わってしまったことに恐怖を感じた。
葬儀の後、エリーゼと別の馬車で公爵家に戻ったグスタフは父の部屋に向かった。父の部屋にいるという母に会いたかった。
部屋に入ったグスタフは父の顔色がずいぶんとよくなっているのに気付いた。
ベールをしていないブリギッテは美しかった。
「わしは、ブリギッテと結婚した」
最初に聞いた父の声がそれだった。信じられなかった。
「アデリナが死んだ日の午後に司祭をこの部屋に呼んでな。つまり、おまえは公爵の妻の子だ。誰も公爵家の相続に文句は言えぬ。なにしろカスパルは死に、ゲオルグは怪我の傷が元で動けぬようになったのだからな。それから明日付でわしは公爵位を返上し、おまえに相続させる。おまえはレームブルック公爵だ。国王に即位するのに何の支障もない」
妻の死んだ日の午後に再婚するとは常識はずれもいいところである。だが、教会は妻が死亡した場合の再婚を許している。グスタフは喜ぶべきか困惑するばかりだった。
「グスタフ、許して。勝手なことばかりして」
謝る母に父は言った。
「そなたが謝る必要はない。わしの一存で決めたこと。まあ、司祭は驚いておったがな。前日に塗油の儀式をして翌日は同じ屋敷の中で結婚の儀式だからな」
前公爵カールが亡くなったのはその一か月後であった。
「アレクサンドラは男嫌いで他の貴族の男が近づかぬように後宮に仕える女官となってしまったのです。だがあたら奥向きに埋もれさせるには惜しい美貌なのです」
兄に似ているのならそうなのだろう。だが、グスタフは女性に心惹かれたことがない。
「しかし、私は女性のことは無知で」
「それは結構。無知ならこれから知ればよいのです。妹は知ればしるほど面白いかと」
「ですが、後宮に仕えるような女官から見れば私は田舎者で粗野でつまらぬ者かと」
「なおさら結構。あれは私のような都育ちの男を嫌っているのです。粗野だと仰せですが、そんなものは礼儀作法を学べばなんとかなるものです。つまらぬかどうかはあなたが決めることではない。私は十分あなたは面白い男だと思うのですがね。それに、二つの公爵家が婚姻で結び付けば、それぞれの家臣たちも納得しましょう」
「え?」
「うちの家臣たちはレームブルック公爵家のせいで、私がこんな身体になったと思っていましてね。よく手入れされた猟銃が暴発するはずがないからと。私もそう思うんですが、証拠のないことなのでレームブルック家を責めるつもりはありません。レームブルックの家臣の皆様は正直田舎から出て来たあなたのことを公爵と認めたくないでしょう。だが、あなたが妹と結婚すれば認めざるを得ないでしょう。当家の家臣もレームブルック家が縁戚となれば、猟銃のことをとやかく言いますまい。貴族の結婚とはそういうものなのです。相手の家柄で決まると言っていい」
貴族らしからぬ率直さだった。レームブルックの家臣の気持ちまで推し量るとは。
だが、肝心の妹の気持ちはどうなのか。
「妹さんのお気持ちは」
「あれの気持ちは気にしなくていいです」
「あれ……」
「妹も貴族の結婚を理解しています」
父とアデリナの結婚が頭の中をよぎった。あんな生活になるとしたら、お互い不幸ではないのか。男嫌いの公爵令嬢と女性を好きになったことのない自分の結婚の結末がどうなるか、想像もできないくらい恐ろしい。
何より、エルンストの立場がどうなるのか。
「結婚したら後はお互い自由です。あなたが王になったらなおさらです。愛妾を持てばいいのです。アレクサンドラもそれなりに楽しむことでしょう」
公爵の言葉は衝撃的だった。領地の男女はそんなことはしなかった。皆夫と妻は仲睦まじかった。時々浮気をした夫を家から追い出した妻はいたが。
「貴族の結婚とはそういうものなのですか」
「ええ。返事はすぐでなくてもいいですよ。よくよくお考えを。宮殿の後宮に行けば妹がいますから、一度話しでもすればいい。あれはちょっと変わっているが、お気に召すかと」
言いたいことだけ言ってシュターデン公爵は帰った。
夜、寝室に来たエルンストに話そうかと思ったが、話す前に情熱的な口づけと抱擁を受ければ何も口にできなくなった。
目覚めるとエルンストはすでにいなかった。グスタフは話す機会を逸してしまった。
翌日訪れた公爵家は悲しみに沈んでいた。コルネリウスの死が公式に発表され、カスパルの遺体がレームブルックの領地から搬送されたので、公爵夫人とともに葬儀が行われることになったのである。
都の大聖堂で行われた葬儀には大勢の貴族たちがつめかけた。だが、グスタフはすぐに彼らが心からの哀悼だけで集まったのではないことに気付いた。
病で参列できぬ公爵、同じく病を理由に参列せぬ長男の子爵の事情をあれこれと噂する者、参列するグスタフを指さして田舎者と嘲笑する者、喪服のエリーゼを見て「御気の毒に、婚約は解消よ」と言う夫人等、公爵家の不幸をどこか楽しんでいるように見えた。
これが貴族かと思う一方で、村でも人は噂話が好きだったことを思い出す。人は結局どこに住んでいようとどんな身分であろうと大きな違いはないらしい。
そんな人々がどよめいたのは国王の生母ディアナが大聖堂に入って来た時だった。
美貌の生母はグスタフに気付くと、軽く会釈をした。人々は顔を見合わせた。これはどういうことだと。彼らが出した結論は翌日の大臣会議での結論と同じだった。
葬儀の後、大聖堂から棺に従って出て行くグスタフに人々は丁重に頭を下げた。田舎者と笑っていた者たちまでもがグスタフに敬意を示した。
グスタフは国王の生母の会釈一つで人々の自分に対する態度が全く変わってしまったことに恐怖を感じた。
葬儀の後、エリーゼと別の馬車で公爵家に戻ったグスタフは父の部屋に向かった。父の部屋にいるという母に会いたかった。
部屋に入ったグスタフは父の顔色がずいぶんとよくなっているのに気付いた。
ベールをしていないブリギッテは美しかった。
「わしは、ブリギッテと結婚した」
最初に聞いた父の声がそれだった。信じられなかった。
「アデリナが死んだ日の午後に司祭をこの部屋に呼んでな。つまり、おまえは公爵の妻の子だ。誰も公爵家の相続に文句は言えぬ。なにしろカスパルは死に、ゲオルグは怪我の傷が元で動けぬようになったのだからな。それから明日付でわしは公爵位を返上し、おまえに相続させる。おまえはレームブルック公爵だ。国王に即位するのに何の支障もない」
妻の死んだ日の午後に再婚するとは常識はずれもいいところである。だが、教会は妻が死亡した場合の再婚を許している。グスタフは喜ぶべきか困惑するばかりだった。
「グスタフ、許して。勝手なことばかりして」
謝る母に父は言った。
「そなたが謝る必要はない。わしの一存で決めたこと。まあ、司祭は驚いておったがな。前日に塗油の儀式をして翌日は同じ屋敷の中で結婚の儀式だからな」
前公爵カールが亡くなったのはその一か月後であった。
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