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27 シュターデン公爵の来訪

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 翌朝、二つの知らせを携えてレームブルック公爵家から使いが来た。
 カスパルがレームブルック公爵領内の森で猪の牙に刺されて死んだという知らせと、公爵夫人アデリナが明け方に息を引き取ったという知らせである。身体の弱っていたアデリナの死はいずれ訪れるものだった。だが、カスパルの死についてはノーラの顔がちらついて仕方のないグスタフだった。彼女が何か仕掛けたのかもしれぬと思えた。
 後にノーラと対面した時、それとなく尋ねたが、ノーラはカスパル様は突進してきた猪に不幸にもぶつかったのですと答えただけだった。なぜ猪が突進してきたのか、追及しても恐らくかわされるだけだろうと思い、それ以上は尋ねなかった。
 公爵家からの使いは明日大聖堂でアデリナの葬儀に合わせてカスパルとコルネリウスの葬儀があることも伝えた。
 グスタフは出席が許されるとは思わなかった。使いは明日の朝、迎えに参りますと言って退出した。
 この日の午後、ヴェルナー男爵未亡人ブリギッテが訪ねて来るはずだったが、ゴルトベルガーから使いが来て明日4日に公爵家で会うことになった。
 今は別れたとはいえ、ブリギッテは公爵の元愛妾である。公爵夫人の葬儀の日に公爵家で会うというのは不謹慎な気がした。恐らく父が許したのであろうが、公爵家の人々はどう思うことか。



 昨夜親密な間柄になったとはいえ、エルンストは公爵家の使用人である。一緒にいるわけにはいかなかった。朝食も昼食も屋敷の大きな食堂で一人で食べた。レームブルックにいた頃は朝はともかく昼は出かけた先の農家で手伝いの礼にエルンストと一緒に、あるいは狩りの仲間と狩場で食事をしたものだった。一人で食べることは少なかった。この寂しさは公爵になったとしても続くのだろうか。グスタフは味気ないという言葉の意味を知ったような気がした。農家で食べた豆のスープや干し肉、硬いパンは公爵家の食卓に上る食物に比べて洗練されていないかもしれない。だがあの食卓には常に喜びと笑いがあった。
 食後、少し眠くなったので自室でウトウトしていると、エルンストの声が聞こえた。
 はっと目を覚ますと、視線の先にエルンストがいた。嬉しくて起き上がった。

「お客様がおいでです。すぐに応接間に」

 エルンストの手には重たげなジュストコールがあった。

「誰だ?」
「シュターデン公爵です」

 猟銃の暴発で負傷した公爵である。

「大けがをしたのでは」
「はい。杖をついておいでです」

 けが人を待たせるのは忍びない。グスタフはエルンストからジュストコールを着せられると急いで一階に降りた。



 応接間に入って最初に目に飛び込んだのはソファに腰掛けることもなく杖をついて立つ金色の髪の美丈夫だった。

「お待たせしました」
「突然のおとない、お許しください。シュターデン公爵領領主ハインリヒ・マリア・フォン・ローゼンハイムと申します。以後、お見知りおきを」

 グスタフの挨拶を待たずに青年は杖を持たぬほうの右手を胸の前に置き腰を軽く曲げて挨拶した。足を動かせないのは致し方ない。
 杖をついているのに礼を尽くそうとする姿にグスタフは慌てた。

「お身体に障ります。お座りください」
「では、お言葉に甘えて」

 ゆっくりとソファの座面に手を置いて青年は腰を下ろした。背もたれに背を預けることなく背筋を伸ばした姿は美しかった。
 
「グスタフ・ヨーゼフ・フォン・ローゼンハイムと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」

 氏名だけ名乗って向かい側に座った。
 シュターデン公爵はうなずいた。気品のある表情にグスタフは圧倒された。生まれながらに公爵の座を約束された者はやはり違うのだと思い知らされた。

「この度は公爵夫人が亡くなられたとのこと、御愁傷様です」
「恐れ入ります」

 お悔やみを言われても正直その死を心から悲しむ気にはなれないグスタフは決まり文句で答えた。

「とはいえ、あなたにとっては生さぬ仲の方、あまり悲しくはないでしょう」

 シュターデン公爵の指摘はグスタフを驚かせた。思っていてもそんなことを言う人間は田舎でもいない。

「公爵様、それは」
「ハインリヒと呼んでください。私達は親戚なのですから」
「はあ」
「貴族の社会ではよくあることです。悲しくなくても悲しまなければいけないというのは私も苦手です」

 貴族然とした容姿のハインリヒの本音にグスタフは驚いた。

「そうですね、ハインリヒさん」

 その返事に公爵はうなずくとグスタフに口を挟む暇も与えなかった。

「御多忙の折に申し訳ありません。実は急ぎの用件がありまして参った次第です」
「急ぎのですか」
「はい。明日以降、あなた様は今以上にお忙しくなるかと思います。そうなるとかような病人に会う時間もなかなかとれぬかと存じます」

 確かに明日は公爵夫人らの葬儀、母との面会、明後日は大臣たちの会議があり、もし国王にとなればその後の忙しさは想像を超えるものになろう。

「ではその用件をお話しください」
「単刀直入に申し上げます。グスタフ様には将来を誓い合った令嬢はおいでですか」

 令嬢ではないがエルンストがいる。だが、生まれながらの公爵がそれを理解してくれるとは思えない。

「令嬢はおりません」

 偽りではない。だが、何故令嬢のことを尋ねるのか、グスタフにはわからなかった。

「よかった」

 公爵は安堵の声をあげた。

「では私の妹アレクサンドラを娶ってもらえませんか」
「へ?」



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