公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳

文字の大きさ
上 下
24 / 39

24 黒いベールの貴婦人

しおりを挟む
 廊下に出ると、人が増えていた。元々面会客のために置かれていたソファに禿頭のゴルトベルガー氏と黒いベールで顔を覆ったほっそりとした婦人が腰を下ろしていた。ゴルトベルガー氏の細君だろうかと思っていると、二人は立ち上がった。
 ブルーノが紹介した。

「ゴルトベルガー商会ラグランド支社支配人のブリヒッタ・マリア・ファン・デル・ヘイデンです」

 隣国ラグランド人の商人がいるのも珍しいが、それが女性というのも珍しかった。恐らく相当頭の切れる女性なのだろう。だが、ゴルトベルガー氏はなぜそんな者をここに連れて来たのか。借金の督促を得意とするとも思えない。

「初めまして、マダム」

 とりあえず挨拶するとゴルトベルガー氏は笑った。

「やはり幼い頃に別れたから覚えておいでではないようだ」

 意味がわからず、グスタフは支配人のベールの向こうを見つめた。

「グスタフ、ごめんなさい」

 息でベールが揺れた。

「現在、国境での出国者の身元確認は厳しいが、入国者の確認は緩くなっている。彼女の入国があまりにたやすかったので驚いたよ。ヴェルナー男爵未亡人だと誰も気付かなかった」

 ゴルトベルガー氏は愉快そうに言う。

「あなたが……母」

 思いも寄らぬ母との再会だった。嬉しいと感じるよりも驚きが大きかった。
 執事が咳払いをした。

「さて、それでは我らも面会しよう。ブルーノ、皆様を頼むぞ」

 公爵の部屋に二人は入った。グスタフはこれは夢ではないのかと思った。悪夢の後の夢ではないかと。

「さて、参りましょうか」

 ブルーノはそう言うと、木箱とゲッツを残してグスタフとエルンストを車寄せに移動した馬車にまで案内した。途中戦った広間を通ったが、誰も倒れていなかった。血の跡も拭かれていた。シャンデリアは何事もなかったかのように輝いていた。

「お疲れさまです」

 御者も何事もなかったような顔で三人を出迎えた。
 馬車に乗ったグスタフはどこへ行くのだと尋ねた。

「当家に公爵家の御世継を泊めるわけには参りません。後始末が済むまで、公爵家の別邸に御滞在ください」
「別邸があるのか」

 グスタフは都の屋敷と領地の館以外の屋敷があることを知らなかった。

「はい。グスタフ様がお生まれになった館です。そこにブリギッテ様は暮らしておいでだったのです。エルンストさんの御両親も働いておいででした。ブリギッテ様がラグランドに出国した後、グスタフ様はエルンストさんの一家に守られて領地まで旅をしたのです」

 ブルーノはグスタフもエルンストも知らぬことを語った。
 守られてという言葉にグスタフは母がいなくなっても自分の身には危険があったのだと気付いた。自分と生まれ月が同じエルンストにも危険が及ぶ恐れがあったのではないか。
 そういえばエルンストの父はグスタフが物ごころついた時にはすでにいなかった。乳母は何も語らないが。

「まさかエルンストの父親は俺を守るために……」
「手前はさような話は聞いておりません」

 ブルーノもまた知らぬ話のようだった。

「グスタフ様、館に入ったら公爵家の世継ぎとして言葉遣いから学ばねばなりませんね。ブルーノさん、よい先生をご存知でしたら紹介願えませんか」

 エルンストは話を変えた。

「勿論、喜んで。宮内省に伝手がありますから、早速手配します。あ、でも5日の会議が終わったら宰相閣下があれこれと手配なさるでしょう」

 話すうちに馬車は別邸の門をくぐっていた。先ほどまでいた屋敷にくらべこじんまりした屋敷だった。それでも領地の館よりは大きかったが。
 車寄せで下りたグスタフを迎えたのは、大勢の使用人だった。ゴルトベルガーの手配らしいが、皆昔からここに仕えているかのような態度と身のこなしだった。後でわかったことだが、彼らのうち年長の者は以前この屋敷に勤めていた者達だった。



 レームブルックの館の自室と比べて倍もある寝室にグスタフは落ち着けなかった。
 到着後、湯あみをし着替えた後、館に仕える者達の挨拶を受けた。その後、宰相の秘書だという男が面会を求めた。グスタフの身分を確認した後、秘書は領地での暮らしのことを細かく尋ねた。グスタフは妙なことをきくものだと思い、狩りや畑仕事の話をした。肥料の話もついでにした。
 秘書が帰った後、今度は国王の生母ディアナ妃の使いが来た。これは挨拶だけだった。
 夕食後にはゴルトベルガ―が来て、明日ヴェルナー男爵未亡人が訪問することを告げた。

「ところで、借用書の箱はどうしたんだ」
「あれでございますか。公爵様がすぐに返済の手続きをするとように執事に指示されましたので、中身と一緒に公爵家に。返済を確認した後は当方で持っている写しを直ちに破棄します」

 ゴルトベルガーはさらに語った。

「ヴェルナー男爵夫人は大した方です。ラグランドに来る前からラグランド語を勉強され、名を偽りゴルトベルガー商会のラグランド支社に秘書として入り実力で支配人になられたのですから」

 ゴルトベルガーの口調は自慢の娘のことを語るようだった。

「何故、ヴェルナー男爵夫人とわかったんだ」
「いくら隠しても貴族の気品がありますから」

 それだけでわかるものだろうか。鳩を使っているゴルトベルガー商会には独自の情報網があり、ヴェルナー男爵夫人とわかった上で雇ったのではあるまいか。グスタフはそう考えた。
 
「そうか。母を守ってくれて感謝する」
「おそれいります。こちらこそ夫人には大いに儲けさせていただきました」

 ゴルトベルガーは笑って帰って行った。
 未来の王に恩を売ったということらしい。まこと商人というのは抜け目ないとグスタフは感嘆し恐れた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

堕とされた悪役令息

SEKISUI
BL
 転生したら恋い焦がれたあの人がいるゲームの世界だった  王子ルートのシナリオを成立させてあの人を確実手に入れる  それまであの人との関係を楽しむ主人公  

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

俺の婚約者は悪役令息ですか?

SEKISUI
BL
結婚まで後1年 女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン ウルフローレンをこよなく愛する婚約者 ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています

倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。 今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。 そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。 ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。 エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。

処理中です...